都道府県穴埋めゲーム

私は 死刑はむしろ報復ではなく、自分のした責任を自分で取る、ということだと思います。
人を殺した以上は、自分の死を以て償う以外にはないと思いますね。

むしろ、酷い殺し方をした人は、同じように残虐な方法で殺されるべきだと思います。被害者が受けた痛みや恐怖に勝る罰はないでしょうし、日本の死刑執行方法では罰として軽すぎるくらいですよね。

証拠が揃っていて本人の自供があり最高裁で死刑判決が出た者の死刑執行になんの躊躇がいりますか。
ましてや残虐な手口で殺人を犯したものに絞首刑ではもの足らない気がします。刃物で殺したものは刃物で死刑にする。放火犯は火炙りの刑にするべき。「そんなこと誰がやるの?」って言うかも知れないが、殺された遺族にやらせてあげればいい。私の家族が殺されたら迷わずにやります。死刑囚の「人権」を口にする人がいるが、もし自分の子や孫がむごたらしい殺され方をしたら同じことが言えるか?よく「罪を憎んで人を憎まず」なんてことを聞きますが、そんなのは立派な「タテマエ」です。私は逆です、人(犯人)を憎みます。仏さんのような心は持ち合わせていません。

みなさんは、どう思いますか?

A 回答 (3件)

私も死刑制度そのものについては肯定しますが、質問者さんの考え方には否定的です。



●証拠が揃っていて
○警察が証拠を捏造したり、誤認したりすることもありますし、自白も強要や誘導、誰かをかばってということもありえます。
また「裁判で判決が出ている」からと単純に死刑を執行して良い、となると再審請求がされていると執行できなくなるということにもなりかねません。

●絞首刑ではもの足らない
○残忍な手法で死刑にする意味がどれほどあるでしょうか?
残忍な刑にすれば死刑囚が反省するのでしょうか?またそれで被害者感情が癒されるのでしょうか?
「残忍」というなら「生活・娯楽を制限された終身刑」の方が精神的にはよっぽど残忍、という考え方もあります。
人の命を奪った償いとして死刑があることは支持しますが、それはあくまで刑罰であって復讐であってはならないと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/01/14 10:15

目には目を、歯には歯をというハムラビ法典と同じ


考えですね。原始的です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3% …

あなたは報復ではないと書きながら、遺族にやらせてあげればいいとも
書いています。自分の質問文をよく読んでください。
あなたの考えは、刑罰は報復だというものです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>質問で書いたことは必ずしも私の主張ではなく、アンチテーゼを投げている部分もあります。

>あなたは報復ではないと書きながら、遺族にやらせてあげればいいとも
書いています。
遺族にやらせるのなら、決闘ですね。加害者にハンディを与えてもいいでしょう。しかし、遺族が負ければ
遺族は加害者を赦すというルールです。でも、今の日本人に そんな度胸と潔さがないか。

お礼日時:2014/01/12 19:33

あんまり人権やら法律やら詳しいことは分かりませんが…


私もそう思います。
自分の子供が酷い殺され方をしたら、犯人にはそれ以上の痛み苦しみ恐怖を味わわせてやりたいと強く思うでしょう。
そういう意味では私にも仏心なんてものはないんでしょうね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>自分の子供が酷い殺され方をしたら、犯人にはそれ以上の痛み苦しみ恐怖を味わわせてやりたいと強く思うでしょう。
自分の娘が凌辱されて、相手にも娘がいたら 凌辱することになるのでしょうか? 加害者のカマ掘っても
面白くないでしょ。

お礼日時:2014/01/12 18:33

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