「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

過去に何度も様々な小説に挑戦しましたが、
どの小説も最初のページから酷く退屈さを感じてしまい、
次第に文字を目で追うだけになり、苦痛に耐えられなくなり挫折してしまいます。

ダラダラとした冗長な展開や心理描写や会話の連続に弱く、
論文のような?淡々とした文章(感情ではなく思考が主なもの)しか読めません。
(実用書や教科書の類の本は普通に読みます)

そもそも共感する脳が無いのかもしれません。
子供の頃から社会性もコミュニケーション能力も極端に低く、
多分、アスペルガーなんだと思います。

正直なところ、読まなければいいだけなのかもしれませんが、
小説を読むことができれば人生はより豊かになると思います。

小説を読むための脳の使い方、もしくは
殆ど小説は読まないが、これだけは読めた!みたいな本があれば教えて下さい。

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A 回答 (12件中1~10件)

こんばんは。



論文・評論・説明文・新聞記事などは読めるが、小説は苦手ということですよね?

感情移入や想像力の必要な文章が苦手なのであれば、事実を淡々と述べるタイプの小説を選ぶのが良いと思います。

ライトノベルは、会話文や心理描写が多い傾向にあるため、お勧めできません。

私の個人的なお勧めは、星新一の作品です。
文章が簡潔かつ言い切りの形が多いため、何が起こっているか理解しやすいです。
話の展開も早く、分かりやすいオチがつくので、納得できます。
会話文も少ないです。

「A氏は○○した。するとB氏が××した。よってA氏は~~することにした」のように、淡々とした文章です。


また、厳密に言うと小説ではありませんが、叙事詩はいかがでしょうか。
小説と比べて心理描写が少なく、説明的な文章です。

史実に基づいた歴史小説など、大まかな展開があらかじめ分かっているものを読むのも良いと思います。


心理描写の多用された小説をどうしても読んでみたいという場合、いくつかの方法があります。

・小説を書く際のテクニックを学ぶ。
(例)天候と心理を連動させる手法……曇り空の描写=登場人物の不安、すがすがしい空気=すがすがしい気持ち、等。


・心理描写のパターンを学ぶ。
(例)足取りが軽い=楽しい気持ち、等。

こういったテクニックやパターンを学ぶことによって、想像力を働かせなくても、登場人物の心理を読み取ることができます。
現代文の受験勉強は、主に小説と論説文に分かれますが、前者のテキストを参考にすると良いと思います。

楽しみの為の読書というよりも、「文章を読解する作業」になってしまいますが、小説に慣れるという意味では有益な方法だと思います。

参考URL:http://blog.livedoor.jp/shoji_arisawa/archives/5 …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
星新一は読みやすいですね。
叙事詩や歴史小説は読んだことがありませんでした。
読書の幅を広げてみたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:47

ハリー・ポッター賢者の石おすすめですよ


小説が好きになると思います
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
ハリーポッターですね。
厚い本ですが、ぜひ挑戦してみたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:24

失読症とかそういうのではないのでしょうけど、小説のみ読めないというのはよくわかります。

ちなみに学生の頃、十代の頃はどうでしたか? 新聞のような適当に読み飛ばせるものはすらすら読めませんか? 小説を読んでいるとき頭で別のことをすぐに考えたりしていませんか? 自分もできていないのですが、小説を読んでいるときはその小説に頭をつかうとよいと思います。論文等は読んでいるとき、その文章の理解に頭を使いますよね? 他のことに気が向かない。でも、小説を読んでいると、読んでいるようでいて心ここにあらずになっているようです。病気ではないのでしょうけど、思春期以降、そういう症状がよく出ます。
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この回答へのお礼

読み飛ばせるものは読みやすいと感じます。
子供の頃から小説は苦手でした。
読んでいると他のことを考えてしまうんですよね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/13 23:27

なお英語だとネットで原文がよめます。


英語を貼るだけなので、あなたを刺戟しそうなところを少し取り上げてみましょうか。長くなるので結論部分だけの引用になります。

★ネット習慣によって読書は散漫になるという一致した結論。
Dozens of studies by psychologists, neurobiologists, educators, and Web designers point to the same conclusion: when we go online, we enter an environment that promotes cursory reading, hurried and distracted thinking, and superficial learning.

★読書はネットほど刺激がない、しかしだからこそ集中力のいる落ちついた脳の働きにつながる。
It is the very fact that book reading "understimulates the senses" that makes the activity so intellectually rewarding. By allowing us to filter out distractions, to quiet the problem-solving functions of the frontal lobes, deep reading becomes a form of deep thinking. The mind of the experienced book reader is a calm mind, not a buzzing one.

★ネットでつくられる底浅の脳。
The influx of competing messages that we receive whenever we go online not only overloads our working memory; it makes it much harder for our frontal lobes to concentrate our attention on any one thing. The process of memory consolidation can't even get started. And, thanks once again to the plasticity of our neuronal pathways, the more we use the Web, the more we train our brain to be distracted — to process information very quickly and very efficiently but without sustained attention.
That helps explain why many of us find it hard to concentrate even when we're away from our computers. Our brains become adept at forgetting, inept at remembering. Our growing dependence on the Web's information stores may in fact be the product of a self-perpetuating, self-amplifying loop. As our use of the Web makes it harder for us to lock information into our biological memory, we're forced to rely more and more on the Net's capacious and easily searchable artificial memory, even if it makes us shallower thinkers.

Search, Memoryという章では脳の記憶をコンピュータのメモリと同列に並べるのは間違いだとして、いろいろな面から考察されています。
結論的にはこういうことでしょう。

★記憶をアウトソーシングに頼ると知性が滅ぶ。
When we outsource our memory to a machine, we also outsource a very important part of our intellect and even our identity.

★文化も各世代の構成員の「頭」で更新しなければ、衰退する。
Culture is more than the aggregate of what Google describes as "the world's information." It's more than what can be reduced to binary code and uploaded onto the Net. To remain vital, culture must be renewed in the minds of the members of every generation. Outsource memory, and culture withers.

注)回答や知識の源をネット検索にかなりの割合で頼っているようですね。またSearch, Memoryの章はあなたの持論と大部ちがうということもあり、質問と直接関係ないかもしれませんが、取り上げてみました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
確かに空いた時間はほとんどネットをして過ごしていました。
ネットを離れて活字を取り入れたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:31

名前は違いますが、よく回答してくれる方ですね。



小説なんか腰落ち着けて読むようなタイプではない人っているでしょう。
あなたもそういうタイプではないですか。そういうのは習慣の問題ですから、すぐにどうこうなるもんじゃないでしょう、ましてやその年齢なんですから。

ただですね、あなたの、落着きなくあっちこっちに出入りして、ほとんど寝てないようなネットの使い方を顧みると、次の本を取り上げないわけにはいかないんですよね。

The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains
Nicholas Carr
『ネット・バカ:インターネットがわたしたちの脳にしていること』
ニコラス・カー 

ご存知ですか。ネットが脳に及ばす問題を取り扱ったエッセイです。

これによると、脳はネットの刺激にさらされ続けると、読書に必要な落着きある活動ができなくなるそうです。

脳の特徴については(あなたにとって)既知のことも少なくないでしょうし、ネットで本書の要点を知ることもできると思いますが、お読みになったらいかがでしょうか。著者は脳の専門家ではありませんが、学術的な研究もずいぶん参照していて、結論にいたるプロセスも面白い(あなたにとっては耳が痛い)のではないかと思います。


注)既読だったらすみません。しかし、あなたの記憶軽視の発言や古典をよむ意義にかんする平板な意見(こういう話題も本書にはある)、それから読書における集中力欠如の嘆き、こういうのを読むと既読とは考えられませんでした。
(理解と記憶は車輪の両輪、こういのは学習論の基本でしょう。補い合うもので、どちらかが一方的に優越するわけがありません。数学も様々な約束ごとやパターン、運用方法を記憶してませんか)

注)小説以外は読めるとのことですが、ほとんどのばあい新書やビジネス書(味わう必要などない本)を読むのに持続的な集中力は要りません。ぶつ切れの時間つかっても問題なく要点つかめるものです。

注)ご存じのようにぼくもいろいろ読みますが、退屈感じますよ、特に外国の長いのは。ほかの多読家も同じと思います。


余談
>子供の頃から社会性もコミュニケーション能力も極端に低く

社会性なくても、そんなにやることってないもんですかね。
ともかく、話好きでもコミュニケーション能力は高くない人多いですよ。ネット中毒には。低いとか高いとかでなく腐敗・崩壊していると言ったほうがいいような。だから安心してください。それより問題なのは、自分の足らなさを指摘されると、まともな反駁もしないで、指摘者やその人にかかわる対象を貶す方向に走るサイコパス気質の人です。そんなのじゃないなら安心です^^
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
ネットばかりして集中力が落ちてるんでしょうかね。
休日はPCの前から離れてみたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:37

好きなジャンルって、何でしょうか?


とりあえずで読まれているのでしたら、児童書もいいですよ。
(ヤングアダルトではなく、児童書)

有名な作品も、児童書ならば読みやすさが違います。
シャーロック・ホームズシリーズ
アーサー王物語
南総里見八犬伝
など、有名どころでお難そうな文章のものは、児童書で読みました。

>小説を読むことができれば人生はより豊かになると思います。
良作に触れることを大事にするのか、綺麗な文章に触れることを大切にするのかによっても、ここは変わってくると思いますが、有名な作品にはやはり長年愛されているよさがあると思います。
文章に慣れるという意味でも、借りるのが恥ずかしいと思わないのでしたらぜひ一度お試しあれ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
児童書ですかそれは思い当たりませんでした。
お勧めの本をあたってみたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:38

淡々とした文章で、心理描写よりも筋そのものの方が好きなら


星新一さんの短編とかどうでしょうか。
「未来イソップ」とか、「ぼっこちゃん」とか

小説が面白くないなら、無理に読むこともない気がしますが
(私は好きだから読みますが)

確かにいろんなことを知ったり、心理を想像したり、文章から物事を想像する役には立ちますが
それが苦手な人が無理に読んでも
人生や心を豊かにするのにものすごく遠回りじゃないかと思います。

小説が映画になった物、漫画になったものから入るのもいいかな、と思いますよ
そこにある世界観や意味や内容がとりこめるなら
そういった手段も悪くないと思います。

酒見賢一氏の「墨攻」もわりと堅苦しい文体で短いし、内容はまあ面白いと思います
試してみてはどうでしょうか
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この回答へのお礼

星新一は子供の頃にいくつか読んでいて好きでした。
他の本もあたってみたいと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/13 23:39

つまらない小説を読むからいけないんです。

純文学に多い。芥川賞なんかその典型。あれを読んで面白いという人はいません。面白い小説を読めばいいです。あなたの好きなジャンルなら何でもいい。SF、時代劇、剣豪物、歴史物、恋愛小説、推理小説、ホラー物などなど。質問者が男性だったら、ポルノ小説、それも過激なセックスシーンばかりのものもいいでしょう。扇情的な絵や写真入りだとなおいいです。
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この回答へのお礼

名作と呼ばれるものばかり読んでいました。
SFなど読みやすいものをあたってみようと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/13 23:40

日本人の小説家は、詩人を目指している人が比較的多いようで、ダラダラした描写が大好きです。

各賞の選考者もそうなのでそういう人が多く世に出るのでしょう。
翻訳物をお薦めします。短編からの方がいいんでしょう。長編でも引き込まれると朝まで読み切ってしまうなんて事もあるんですけどね。さすがに年には勝てないw
純文学で無いもの、もっと軽い、興味の持てる分野を見付けて下さい。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
純文学や名作ばかり読もうとしていました。
もっと軽いものを読んでみたいと思います。

お礼日時:2014/03/13 23:41

小説ってどんなジャンル呼んでいるのでしょうか、



数ページから十数ページの短編でも駄目ですかね、星新一のショートショートとか。

それかラノベ。
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この回答へのお礼

星新一は読みやすいですね。
子供の頃にいくつか読んでいました。
他の作品を読んでみようと思います。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/03/13 23:42

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Q本を最後まで読めない。

私は、本を読んでいて、どうも集中力が極端に弱いのか、一冊300ページ位の本を最初から最後まで完全に通読する事が出来ず、途中で飽きて止めてしまう事があります。これはなぜなのでしょうか?やはりに

忍耐力や集中力が足りないのでしょうか?それとも読書そのものに慣れていないのが原因でしょうか?

Aベストアンサー

読書そのものに慣れていないからでしょう。
この慣れの本質は、3つあります。
かなり長いので、がんばって最後まで読んで下さい。

一つ目は、文章から想像したり、文字を絵として捉えた時の美しさを感じる力(審美眼)など、
文字羅列に対する慣れです。

二つ目は、本を選定するときの慣れです。
最後に、本を読むときの心得です。

1.『文字の羅列に慣れるための基礎訓練』

読書への精通は、音楽鑑賞、歌唱などと同様ですので、基本なしで闇雲に行っても辛いだけで
上達しません。

読書ができるようになる難易度は、
歌が苦手な人が歌を練習して、セミプロ程度に上手くなるのと同じくらい難しいです。

例えば歌唱では音程精度があります。その結果として上手い下手ができてしまいます。
同様に読書にも読解力が必要であって、読書の上手い下手があります。

読書が趣味であると言う人がいたとして、
これにも個々人の読解力に差があるため、実際にちゃんと読めているかはわかりません。

「では何ができてないといけないのか?」

思い出して欲しいのは国語の授業です。
その中で読解というのを散々やったと思いますが、
あれで少なくとも100点近く取れないと、基本が出来ていないとなります。
ただし、人の心情を慮る出題は大変難しいと思います。
40歳を超え、立派と言われる人物にならないと無理でしょう。
ここだけは、将来に向けての布石程度でも仕方ないと思います。

わたしも特に国語が好きというわけではありませんでしたが、
好きな本を美味しく読む(最後まで楽しんで読む)ためには、
あれがやっぱり基礎としてよく出来ていると思いました。

では具体的で非常に重要な基礎訓練です。
これだけが全てと思えます。

歌には音痴と言うのがあります。音感が育っていない人が歌うと間違いなく音痴を露呈します。
これを養うには3年ほど毎日音楽に触れていないと無理でしょう。

読書にも音感に相当する部分があります。
これは一つの文字や文章から、頭の中に映像を作る能力です。

実際にやると、
記号を扱う脳と絵を認識する脳を同時に働かせて連結するわけですから、大変疲れます。

しかしこの力を獲得すると、
人の話が良く分かるようになったり、話し方が上手くなったり、と他のことでも得をします。

では実際に文章から映像を頭の中で作ってみましょう。

「二つの三角形があり、これが回転しながらそれぞれ左右にとび、しばらくすると左の三角形が
 地面に落ちてパタンと倒れた」

と描写されていた時、私のイメージ映像は、
真っ暗な背景に白い三角形が二つ浮かび、面をこちらに向けて回転し、
左の三角形が落ちた時、突然茶色の地面が出現する感じです。

しかし、映像がぼやけたまま読み進める人がいます。
これが歌で言うところの音痴です。

一冊の本を読む場合、大量の映像がイメージとして記憶に残ります。
音や匂いが残る場合もあり、この場合は作者が相当すごいですね。
本を書いている人は、最初に自分でイメージ映像を(想像力で)作り、
これが消える前に文章力によって書き留めるわけです。

読み手と書き手の能力がほぼ等しいと完全に映像が伝達されます。
(プロは大意で飛ばされても、面白く感じるように構成するけど)

まずは文章から映像を作る練習を徹底的にします。

会社で同僚にやらせたことがありました。
5分ほどでイライラし、頭が割れるほど痛くなったとか。
それくらいが普通なのだと思います。

慣れると段々早くなってきます。
この練習は毎日1時間、3年を目処にすると良いでしょう。
末永くクリアーな脳を人生で活用できると思います。
ちなみに、うつ病や老人ボケの治療である認知治療も似たような事をします。
企業内での経営者や管理者層で重要視されるコンセプチュアル能力も同様のカテゴリ。

私がいま言った練習は、これらの数倍きつい練習量になるでしょう。
なので本が読める程度で終わらないと思います。


2.『自分にあった本の様式を選定する』

次は本の様式選定ですが、
本にもある程度の様式がありますので、そのジャンルに沿って作者が文体を変えたりします。
ここにはお約束があり、文字通りの意味ではなく、様式に沿った意味になります。
つまり、日本語が読めるから本が読めると言うことにはなりません。

この読み方も国語の中で幾つかのジャンルを選定して教えているはずです。
そのため自分が読めるジャンルは読みやすく、それ以外は読みにくいとなります。

大体の場合は、エッセイやコラムが読みやすく、次に専門書、次に論説、次に小説、
最後に学術書、それに相対する次元で詩となるでしょう。

学術書や詩以外は、雑誌でも良く見かけるジャンルですね。
論説を読み解けない状態で、小説に挑むと、大雑把な理解
(会話分だけを追うとか、筋だけ追うとか)
で読んだ気になり、中身の美味しい部分は味わえません。

取りあえず本を読みたいという場合は、作者で選ぶよりも、こうした形式で選び、
順に難易度を上げていくのが良いと思います。

1.の基礎力が身についたあとは、難なく多くのジャンルを楽しめるはずです。

3.『もっとも大事なこと、心得』

最後に本に関する共通するお約束があり、これを知らないとどんな本を読んでも辛いです。

これも国語の最初のほうで習うのですが、読書感想文と言うのがありましたよね?

本を読む人で失敗する人は、内容を理解しようとして読むからです。
そういう人は、難しい、優しい、読みやすい、読みにくい、完読、読破などを語ります。

実際は、本の中の一文や使われている語句、これについて感想を述べ、
文章の流れについて感想を述べ、そこで語られているシーンを想像し感想を述べ、
成り行きについて感想を述べ、論理展開について感想を述べ

と、色んな点について誰かに「感想として紹介する」目的で読まないといけません。

字が多いと言うのも立派な感想ですが・・。

また、感想を述べるためには、ある程度緊張感を減らさないといけません。

コツとしては、
自分が執筆するつもりで批判的に挑み、途中から実力を認め、ファンとして読むのがよいかと。
こうしないと、面白くない本を無理して読むことになります。
つまらない本は読まないようにすることが大事です。
作者に向けて直接苦情が言えない訳ですから、”読まない”と言う防御はとても大事です。

気がついたら嫌な気分にさせられており、本をたたいたことが何度もあります。

面白くない本とは、
人生経験が足りない、優しさが足りない、発想が足りない、取材が足りない本などです。
こうした本にあたると、最後まで続きませんし、活力を得ることが出来ません。
また、面白くない本を面白いと言う人にもなってしまいます。
とくに内容を理解できたと言う満足感と面白さが混同してしまうのは良くありません。

本を売りたい書き手と言うのは、
読み手にショックを与えることで印象を強くし、名作として勘違いさせる手法を平気で
使ってきますので、書き手を信用しない姿勢が大事です。

字を大きくして、無理にページ数を増やし、「読んだ満足感」を与えたら、
本が売れたと言う逸話が出版業界にあるそうですが。

これはさすがに読み手の責任かな。

小説などの創作物と言うのは、
全てを満たしているか、全てが足りないかのどちらかに倒れる傾向があるようです。
書き手と言うのは、人生経験が増すと優しさが生まれ、これが執筆の衝動になります。
優しさから伝えたいことが生まれ、どう伝えるか発想が出来上がると、
現実感を増すために取材に行くわけです。


4.『最後にまとめ』

さて、本件へのお答えとしてまとめます。

・まともに読めている人は、ほぼ居ないので気にするな
・読めているかどうかは、記憶に残った映像の鮮明度合いだ
・読んだページ数よりも、この鮮明度合い(歌で言うと音程精度)に対して敬意を払うのが普通だ
・実際にちゃんと読もうとすると、読むのが遅くなり、凄い時間がかかっても仕方ない
・上記に自信がついたら、綺麗な映像が出やすい作家と全く出てこない作家を識別しろ
・これをもって作家の力量を測り、本を選べ(映像が出やすい作家が当然ながら力が上)

今一度1.の練習からはいり、自信がついたら文学小説などを読んでみてください。
文豪に書かれた文章が、どれだけ読みやすいか分かりますよ。しかも大変美味しいです。
市中の書き手との力の差もわかります。

また、現代でもすごい人が居たりします。
それが自分で分かるとなれば、うれしいものです。
この段階で本格的に読書ができているとして良いかと思います。

論説の読み解きは練習しておくと、インターネットで調べごとをしているとき、助かりますよ。
まずはこうした本のジャンル(スタイル、タイプ)を一度調べてから取り組むとわかり易いです。

以上ご参考になれば。。

読書そのものに慣れていないからでしょう。
この慣れの本質は、3つあります。
かなり長いので、がんばって最後まで読んで下さい。

一つ目は、文章から想像したり、文字を絵として捉えた時の美しさを感じる力(審美眼)など、
文字羅列に対する慣れです。

二つ目は、本を選定するときの慣れです。
最後に、本を読むときの心得です。

1.『文字の羅列に慣れるための基礎訓練』

読書への精通は、音楽鑑賞、歌唱などと同様ですので、基本なしで闇雲に行っても辛いだけで
上達しません。

読書ができるようになる...続きを読む

Q本を読むスピードってどれくらい??

大学2年、女です。
小さい頃から大の本好きで、特に海外文学が好きすぎて英文科に進学したほどです。
他の学生と比べてもかなり読んできた影響なのか、本を読むのは人より早いと思っています。
勿論、目標はいかに早く読み終わるか、ではありませんが・・皆様は1冊読むのにどれくらいの時間がかかりますか?

私は15分で40ページ程度です。(文庫本の場合)
また、平均ではどれくらいなのでしょうか。
漠然とした質問で申し訳有りません。本を普段から読まれる方、また、そうではないから双方の意見を伺いたいです。

Aベストアンサー

akane-Rさん、初めまして。

15分で40ページですか。かなりお速いですね。
当方は、普段は「哲学的著作」や「評論」といった「小難しい」ものばかり読んでおりますから、大体1ページ1分ぐらいでしょうか。小説になるともう少し速いと思います。

大学2年生くらいだと所謂「乱読」期でしょうから、手当たり次第でいいと思います。

ご質問は
>1冊読むのにどれくらいの時間がかかりますか?

ですから求められた回答を記すと、

新書あたりは、約2時間~3時間前後
小説は400ページくらいだと6時間はかかるでしょうか。

もっとも、こんな人間でも例えば赤川次郎の文庫本であれば1時間かからないかもしれませんね。

読書については申し述べたいことは山ほどあれど、ご質問の範囲を超えますのでこの辺で終わります。

Q理解力のない友達と話すとイライラしてしまいます。

理解力がかなり乏しく、話しているとイライラしてしまう友達がいます。
イライラする事で、強い口調で訂正してしまったりする事がありますが、
理解力のなさは相手の能力の問題でしょうし(治せない本人の素質といいますか)
これって友達として成り立っていないという事でしょうか・・?

どのくらい理解力がないかというと、
・全ての会話に主語をつけないと、誰が、どうしたという部分がわからなくなる。
・1から10まで、ひとつひとつ段階を追って説明しないと、状況理解ができない。
のです。
また、語彙力や、知識も乏しい事が理解力のなさに拍車をかけていると思います。

よくIQが20以上離れていると会話が成り立たないといいますが、それに近いですか?
IQ高いほうが低いほうに噛み砕いて説明するべきと言っている人を見かけたことがありますが、
噛み砕いて話すために一つのエピソードを語るのに3倍近い労力を使うので、
いつもしゃべりつかれてしまいます。

ちなみに、その友達の事は好きですし、友達として付き合っていきたいです。
でも、話すといつも私が、だからーそうじゃなくって!と言ってしまう事が多いんです。
全て丁寧に噛み砕いて話すと、ここまで話してるんだから理解できるでしょうという気持ちになって、
疲れてしまって会話が面白くなくなったり。(会話ってテンポが必要ですから・・)
お互いを思いやる気持ちはあれど、楽しくいられないなら友達として成り立たないのかな。。

みなさまの経験談あれば教えて下さい。また、このような友達と上手く付き合っていく方法を教えて下さい。

理解力がかなり乏しく、話しているとイライラしてしまう友達がいます。
イライラする事で、強い口調で訂正してしまったりする事がありますが、
理解力のなさは相手の能力の問題でしょうし(治せない本人の素質といいますか)
これって友達として成り立っていないという事でしょうか・・?

どのくらい理解力がないかというと、
・全ての会話に主語をつけないと、誰が、どうしたという部分がわからなくなる。
・1から10まで、ひとつひとつ段階を追って説明しないと、状況理解ができない。
のです。
また、語彙力...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。女性です。

質問者さんの気持ち分かります(笑)
大変ですよね~
「だからそうじゃなくて」と何回言ったか。
私自身、他の人と話していてもちゃんと通じるし、なるべく細かく話すようにはしているのですが…
流石に、私にはその友達ほど「全てに主語」をつけるくらいの友達はいませんが、複数人と話していて「だからそうじゃなくて」と説明することが多々ある人がいます。

伝達能力がないから、と言われればそれまでかもしれませんが、他の人とも話していてもそうなるのですから、伝える側の努力だけではなく、理解する側もどうにかする努力はして欲しいと思います。
一番困るのは本人なんですし、どうにかしやすいのも本人なんですから。(病気かなにかでそうなのであれば仕方ないのですが、単に勉強不足だったり集中してなかったりといった本人がどうにかできることを放置しておくのは問題が違うと思いますので)

それで、私が思うそうなる原因は、いくつかあると思っています。

その友達は、質問者さんじゃない他の人との会話ではどうなのでしょうか?
全員にそのような状態が起こるのであれば、友達自身の問題だとは思いますが、一人でもそうでない場合、何かしらこちら側にも理由があって、通じないのだと思います。
例えば「口調」
ゆっくり話せば理解できるけど、そうでない場合、頭の中がついていかない。
「内容」
特に女性とかだと、話題・話のポイントがポンポン飛びます。
話している本人には自覚がないけれど、一つのことを話すのに、様々な情報が混ざって分かりづらくなっていることがあります。
友達というのは男性でしょうか?
もしそうなら、男性の「会話の仕方」と女性の「会話の仕方」が違うので、話していても着目・気にする部分が違うので、主語を使わないと「頭の中で思い浮かべるもの」が違ってくるので、通じにくくなります。
また、男性脳は同時に複数のことを処理することが難しい(女性より苦手)とのこと。
シンプル・単純な話を一つ一つ積み重ねていくような会話だと大丈夫かもしれません。
そういう意味では、友達は男性的な会話の仕方の傾向が強いのかも。
それだと女性的同士の話の仕方では難しいと思います。

誰と話しても同じようになる場合。
「聞いていない部分がある」
一つ前のことについて考えていたりして、次の言葉を聞いていない。
これはあるでしょう。
「発想が変わっている」
これもあるかもしれません。
周りが当たり前のように結びつける対象と、友達が結びつける対象が、そもそも違う。
話のポイントがずれているんですよね。
“イヤイヤ、注目して欲しいのはそこじゃないから”ってところに注目する。
これは仕方ないですね。
「文章の最初を忘れてしまう」
短期記憶がうまくできないのかも。
文章を短くすることで対処できるかも。

あ、あと、多分IQはあるかもしれません。
前に聞いたのでは、とても高いIQの人は、普通の人と会話してもつまらない?疲れるみたいです。
普通の人って「あれ何だっけ」とか忘れることあるでしょ?
IQが高い人からすれば「なんで忘れるんだろう?」となり、「普通(その人の中で)覚えてるでしょ?聞いたんだから。」とか「理解できるでしょ?丁寧に説明したんだから」となるみたいです。
だから、そういう高いIQの人達の集まりがあるとのこと。
必然的に同じ高いIQ同士で結婚することが多いとのこと。
きっと、これと同じような感じかもしれません。

友達を続けるなら、なるべく短文で丁寧に話していくしかないんじゃないでしょうか?
多少の改善はあるかもしれませんが、劇的に変わることはありませんし、友達は友達のままです。
イライラしそうな時は距離を取り「友達の個性」として、笑いにできる余裕のときに会っては?
程よく距離をとることも人付き合いには大切だと思いますよ?
私は職場の同僚で仕事の話をしなくてはいけない相手だったので、皆との会議は大変でした(汗)

がんばってくださいね!

こんにちは。女性です。

質問者さんの気持ち分かります(笑)
大変ですよね~
「だからそうじゃなくて」と何回言ったか。
私自身、他の人と話していてもちゃんと通じるし、なるべく細かく話すようにはしているのですが…
流石に、私にはその友達ほど「全てに主語」をつけるくらいの友達はいませんが、複数人と話していて「だからそうじゃなくて」と説明することが多々ある人がいます。

伝達能力がないから、と言われればそれまでかもしれませんが、他の人とも話していてもそうなるのですから、伝える側の努...続きを読む

Q言われたことがうまく理解できない障害?

上司から指示を受けて、やったことが指示と違うということが多くて悩んでいます。

メモしても、そのメモ事態がポイントがずれているから始末に置けません。

指示したことと違うと言われて、再度説明を受け、実施したことがまた違うということも良くあります。
お互い嫌ですよね・・・・

どなたか、このようなタイプの私にコツのようなものをアドバイスいただけないでしょうか?

実は、これは自分は一種の障害なのかな?とも思っています。

というのも、メールを見ても話し言葉でないと理解できないことがあるのです。話し言葉でないと文章が理解できないのはなんとか(名前はわかりませんが)症というそうです。

簡単なことじゃないかといわれるたびに、気持ちがブルーになります。

Aベストアンサー

病気ではないです。
一言でいいますと、あなたには、思考能力が不足しています。もっと自分で考えてみてください。考えることによって改善されるはずです。

といきなり厳しいことを書きましたが、私も同じことで悩み続けています。上司には毎日怒られっぱなしです。
私も自分のこと、ADHD(注意欠陥多動性障害 )なのかなどと悩んだほどです。
ただ、最近、何がいけないのかがなんとなく、わかってきました。私自身の感じていることを下記に書きますね。


【主な原因】
相手の言行っていることを自分の中の知識の中で考え理解しようとして、結果的に自分の中で新しいことを作ってしまい、相手の指示内容と異なってしまう。
(これって自分では気がつかないんですよね。これが正しい、あの人はこう言っているって思い込んじゃっているから・・・・・)

【私生活において】
私はそうなのですが、私生活において、結構流されてすごしていませんか?つまり、なぜ?なんで、って考えて自分で納得し、理解してから行動する。とりあえず、よくわからないけどやってみますか??
ではないですか?
「お前の行動は私生活にもにじみ出ているんだよ」って私は言われました・・・


【対策】
自分自身の主観的な思い込みはやめる。
相手が何をしてほしいのかを整理して考える。
 何をしてほしいのか
 何でそれをしてほしいのか?
 どういうOutPutを望んでいるのか?

私自身も半分くらいしか理解できていないので正確にかけなくてごめんなさい。
もし、相手の指示が悪ければ、相手に対して指示を明確にさせてあげるくらいのレベルになりたいですよ。

【読むべき本】
これは、考えることができない自分。物事を順序だてて整理できない自分にいつも怒っている上司がアドバイスしてくれた本です。

1.考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則
バーバラ・ミント (著)

2.ザ・ゴール 2 ― 思考プロセス
エリヤフ ゴールドラット (著)

この2冊はかなり有名のようです。
私が今読み終わった本は、
考えるプロが明かす「思考の生活習慣病」克服法
 船川 淳志 (著)

です。この本を読んで、心が痛かったです。
なかなかお勧めですね。
ザゴール2は読み物(物語)みたいなので読みやすいそうです。ただ、何も考えずに読んだら何にもならないぞ。と言われました。。。。

masadayoさんと私を一緒にしては大変失礼かもしれませんが、私も相手の言っていることを正確に理解し、相手が望む以上のパフォーマンスを出したいと努力しております。これは病気ではなく、今まで訓練していなかっただけですので、どんどん訓練してこんな状況から早く抜け出たいですね。
お互いがんばりましょう。

病気ではないです。
一言でいいますと、あなたには、思考能力が不足しています。もっと自分で考えてみてください。考えることによって改善されるはずです。

といきなり厳しいことを書きましたが、私も同じことで悩み続けています。上司には毎日怒られっぱなしです。
私も自分のこと、ADHD(注意欠陥多動性障害 )なのかなどと悩んだほどです。
ただ、最近、何がいけないのかがなんとなく、わかってきました。私自身の感じていることを下記に書きますね。


【主な原因】
相手の言行っていることを自分の...続きを読む

Q無感情になりました。助けてください。

数年前からのうつ病から、感情がなくなりました。

小さい頃から負けず嫌いだったのに、今では悔しさを
バネにして頑張るとかそういう気持ちが全く
ありません。

給料前やボーナス前でも嬉しいと思いませんし、
仕事に対してもやりがいを全く感じません。
感動も喜び、悲しみも全く感じません。

魂ここにあらずみたいな状態です。
怒る場面でも起こる気もありません。

どうしたら、悔しさ、怒り、喜び、悲しみを
心の底から感じれるようになるのでしょうか?

信念や目標もありません。というより夢があっても
そこまで強く思えないのです。

Aベストアンサー

僕の場合は過度の薬物乱用による物理的後遺症であったので治る見込みがありませんでした。そういった脳内物質を出す器官が疲弊して出なくなってしまったとの事でした。いわゆる廃人ですね。意欲と呼べるものは性欲さえなくなってしまいましたが私も人間ですのでそのような状態は大変つらい。後悔すると同時になんとかしたいと思うわけです。しかしどうにもならない。死のうと思いはじめました。何度か軽い未遂をした後かかっている精神科でその問題もとりあげられるようになり薬も増えました。(僕は急性精神分裂症とパニック障害も同時に併発していました)そんな中で少し落ち着いた後僕が考えたのは今はとにかく逃げようという事でした。TVを眺めていて偶然NHKの特集で見た「平沢進」さんという音楽家の曲がその時期唯一「聴く」という欲求が起こるものであったので、なにか病気の事を考え始めたらそのCDを聴き音楽に身を委ね頭を止めるようにしました。治る治らない、抜け出せる抜け出せない、「どうせ僕はもう治らない。ならばいま少しでも楽ならいいじゃないか。いま何かを考えるのはやめよう」と思うようになりました。また大変苦痛ではありましたがスポーツジムに入会し毎日自転車こぎ30キロを始めました。2年が経ちました。友人から復職の誘いが来たので状態はあまり変わっていませんがどうせ地獄なら何か起これと思いその話を受けました。生活も実家療養から一人暮らしにもどりました。プログラムのように仕事に行き帰っては「平沢進」を聴きながら寝るだけの日々これが約2年続きました。1日13時間は寝ていたと思います。CD屋、映画、友人との食事などになんとなく行きたいと思うほどではないですが行くようになりました。平沢のコンサートは唯一行きたいと思って行きました。そんな状態ですがそんなころ僕の昔のキャリアを知っていて引き抜きたいという会社が出てきました。これは掛けでした。仕事内容が管理職でハードだったからです。しかしここでも僕は廃人ならばなんとでもなれと誘いを受けました。最初は矢張り地獄でした。症状はやや悪化し死にたいという気持ちももどったり。でも少し実績が上がり始めたころ昔の感覚が戻りすこし楽しいという気持ちが出て来ました。僕はこれは機会だと思い自力で処方薬の減薬を始めました。まずは抗てんかん薬をその日にやめ、抗不安剤を何週間かしてやめました。その後精神安定剤を少しづつ減らしていき3~4ヶ月で断薬。次に睡眠薬の断薬を始めこれは2ヶ月ぐらいでなんとかなりました。最後に抗鬱剤。いまは最後の抗鬱剤パキシルを2日に一回1/4錠になっています。こうして薬をやめていく中で薬漬けの精神状態と体調から薬なしの状態との差に気持ち良さや意欲的なものが感じられるようになってきました。そうしたところに病気のため離婚した家内と子供から復縁の話が出て来ました。僕にはこれはうれしく仕事をする理由も出来ました。今は来年の同居を目指し貯金などに奮闘しています。ホームページ、ブログも始めました。参考にはならないかもしれませんが僕の経験から言うと状態が悪いなら治るよりもその気分をごまかす(言い方は悪いですが)事が出来るあなたに最良なものを見つけて(それがたとえば処方薬でもいいと思います)ひたすらただ生きて、偶然を待つ事ではないでしょうか。そしてサイコロを振れる時がもし来たら絶対に振る気はしないでしょうが自分を無にほうりなげるつもりで振ってしまったらいかがですか?変わりたいという願望は少なくとも唯一あるわけですから、それは遠くの願望に置きつつ、決して煮詰まらず、時間をかけ、しかし可能性が入り込む余地はあたえると。偉そうにすいません。

僕の場合は過度の薬物乱用による物理的後遺症であったので治る見込みがありませんでした。そういった脳内物質を出す器官が疲弊して出なくなってしまったとの事でした。いわゆる廃人ですね。意欲と呼べるものは性欲さえなくなってしまいましたが私も人間ですのでそのような状態は大変つらい。後悔すると同時になんとかしたいと思うわけです。しかしどうにもならない。死のうと思いはじめました。何度か軽い未遂をした後かかっている精神科でその問題もとりあげられるようになり薬も増えました。(僕は急性精神分裂...続きを読む

Q本の読み方が分からない・・・場面を想像できない・・・

最近、今まで本をあまり読んでなかったのですが、家にいる時間が増えたので小説でも読んでみようと思うようになりました。
ネットであらすじを調べてみて面白そうだなって思ったのもの、amazonのレビューなどを参考に多数買ってみて読んでいるのですが、確かに内容は面白いのだけど頭に入らない、理解できない、特にうまく想像ができない、と自分の本の読み方が悪いのではないかと考えたりします。
本を読むときって普通ははっきりと細かく場面を想像したり人物を自分の頭の中で想像したりするものなんでしょうか?

私は場面を想像しようとするときはまずおでこの裏側あたりに意識を集中します。そして黒い背景(頭の中)の中で本の文章の描写を再現しようとします。しかし、なんかぼやけているというか全然はっきりしない感じなのです。なんか黒みがかっているし人を再現しようとすると人形のようで体が真っ黒でしか再現できないし顔や手や指も想像できません。人という輪郭しか描けないのです。そして奥行きの表現が難しくどうしても二次元的になってしまいます。(紙芝居のよう)
大きさもミニチュアサイズのようにしか想像できません。大きくしようとしたり、より細部を細かくしようとすると頭が痛くなってきて大変疲れます。頭の中をコントロールするのがうまく出来ない感じです。自分の思い通りに想像する事ができないで必ず不完全になります。
さらに自分が主人公になりきったように想像する事がまるで出来ません。
一人称視点で想像ができません。どうしても三人称視点つまり傍観者のように想像する事しか出来ないのです。試しに一人称視点で想像してみましたが、二次元と三次元が入り交じっておかしな感じになりました。

他にも何故その人がその台詞を言ったのか考えたり、何故そこで怒ったのかが分からなくなってその訳を考えたりするのに時間がかかります。さらにそうやって考えていって至って出た結論は正しいのかがはっきりとせず、悩んでしまいます。
普通の人はそういうのもすらすら読み取っていくのでしょうか?

うまく想像が出来ない、理解できない部分が多いので文字だけを追っているだけになってしまいます。そしてなんとか大変疲れながら読み終わっても翌日になると内容をすっかり忘れてしまいます。
だから読んでいる時も読み終わっても自分にとても腹が立ってきます。
同時に他の人はどんな風に想像したり読んでいっているのかが気になります。
一字一句想像しながら読むって相当疲れますし今目を開いて自分が見ている現実のようにリアルに再現するのって難しすぎます・・・。
ふと、自分の本の読み方が正しいものなのか、正しい読み方なんていうものはそもそもなんなのかなどと考えるようになってしまいました。
これは自分が脳に欠陥があったりするからなんですかね。
それともこういったことは普通なんでしょうか?

先にも述べましたが今まで本はあまり読んできませんでした。
年齢は17です。今まで生きてきた中で小説体型の物を読んだ覚えがあるもので数えると本数は6冊くらいです。
そのせいもあるのでしょうか。でも想像が思い通りにできないってて普通じゃないですよね・・・。
学校は普通のところに通ってきました。(学力も含め)
真剣に悩んでます。
どなたかご回答よろしくお願いします。

最近、今まで本をあまり読んでなかったのですが、家にいる時間が増えたので小説でも読んでみようと思うようになりました。
ネットであらすじを調べてみて面白そうだなって思ったのもの、amazonのレビューなどを参考に多数買ってみて読んでいるのですが、確かに内容は面白いのだけど頭に入らない、理解できない、特にうまく想像ができない、と自分の本の読み方が悪いのではないかと考えたりします。
本を読むときって普通ははっきりと細かく場面を想像したり人物を自分の頭の中で想像したりするものなんでしょう...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

随分、真剣に悩んでいらっしゃいますね。
私は小学1年の頃から本ばかり読んでた文化系人間ですが、本を読んでる最中の頭の中の想像風景は、あなたとほとんど変わらないと思います。
人物だってシルエットに名前がついてるくらいの状態で読み進めることがほとんどで、時々文中に「口ひげをなでた」とあればシルエットに口ひげをつけ、「ひげを剃った」とあれば先ほど生やしてやったひげを剃らせてます(苦笑

想像しつつ本を読むというのは、目で文字を認識し、文字を単語としてとらえ、単語の意味を理解し、単語を文章につなげ、それから映像化したり音声化したり、おまけに登場人物の心境まで思いはせる。
これを同時進行するのって中々大変ですよね?
おまけにその思い浮かべた情景を葉っぱの一枚、髪の毛の一本まで精密に・・・となれば、本の内容がおろそかになるのは仕方の無いことだと思います。
テレビでドラマを見ている時、ストーリーを理解し、登場人物の心境を考えながら、同時に背景の細かいところまで記憶していられますか?
かなり難しいと思います。

だからそんなに難しく考えないで、「楽しい」と思うままに本を読めばいいと思いますよ。
所々、気になるところで情景を想像しながら読めばいいと思います。
登場人物がシルエットのままでもいいと思います。
やたら細かいところまでリアルに想像しなくてもいいのです。
だって、細かいところまで想像できていないと感じておられる今でも、読み進めている本そのものは面白いと思えるのでしょう?
それなら、今の自分にできる範囲で適度に想像されれば良いと思いますよ。

せっかくステキな本と出会えたのだから、その出会いを大切にして欲しいなと思います。

こんにちは。

随分、真剣に悩んでいらっしゃいますね。
私は小学1年の頃から本ばかり読んでた文化系人間ですが、本を読んでる最中の頭の中の想像風景は、あなたとほとんど変わらないと思います。
人物だってシルエットに名前がついてるくらいの状態で読み進めることがほとんどで、時々文中に「口ひげをなでた」とあればシルエットに口ひげをつけ、「ひげを剃った」とあれば先ほど生やしてやったひげを剃らせてます(苦笑

想像しつつ本を読むというのは、目で文字を認識し、文字を単語としてとらえ、単語...続きを読む

Q小説の楽しみ方を教えてください

小説の楽しみ方を教えてください。
小さな頃からたくさんの物語に囲まれて育ちました。読み聞かせや詩の暗唱なども人並み以上に取り組んできたと思います。
しかし、この年になっても未だに小説の楽しみ方がわかりません。教養として読んでおかなければという義務感から古典の類にも手を出しましたが、「長ったらしいなぁ、」とか「で、何がおもしろいの?」という感想しか持てないのです。

マンガや映画は大好きです。しかし文芸作品はどうしても愉しみ方が分らないのです。何を、どう「おもしろい!」と感じればいいのでしょうか?
参考になる文献なども教えていただけると幸いです。

Aベストアンサー

私も読書はしますが、小説のしめる割合はあまり多くないので、
適切な回答者かどうか不安ですが、やはり「想像力」が大きな要素でしょう。
他の回答にもありますが、小説を自分の脳内で映画やドラマに変換して楽しむ、ということは私もやっています。
伏線や隠喩も味わい尽くしたいなら、すでにある程度の評価を得ていて研究書の出ているような作品をそれと合わせて読む、あるいはご自分で何度も繰り返し読むことになるのでは、と思いますが。

あと、読書会や作家の講演会などへの参加はいかがでしょう?
読書会は会の個性や参加者の傾向などもありますから、合わない場合もあるかもしれませんが、「こういう読み方もあるのか」というヒントがもらえるかもしれません。

私の場合、「作者は、自分の作った作品の世界をすみずみまでほんとうに見渡せているのか?」と思うことがたまにあります。
もちろん、そのほころびがあきらかなものなどは下手すぎて話になりませんが、おもしろかったものでも読者としてはちょっといじわるく考えてしまいます。別に作者が完璧に世界を構築していなくても、矛盾が出ない程度にととのっていれば問題はないのです。でも読みながらや読み終わってから、そういうことを考えるのも楽しみのうちだと思っています。

楽しい読書のお役に立てれば、さいわいです。

私も読書はしますが、小説のしめる割合はあまり多くないので、
適切な回答者かどうか不安ですが、やはり「想像力」が大きな要素でしょう。
他の回答にもありますが、小説を自分の脳内で映画やドラマに変換して楽しむ、ということは私もやっています。
伏線や隠喩も味わい尽くしたいなら、すでにある程度の評価を得ていて研究書の出ているような作品をそれと合わせて読む、あるいはご自分で何度も繰り返し読むことになるのでは、と思いますが。

あと、読書会や作家の講演会などへの参加はいかがでしょう?
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Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q「裸の王様」という比喩

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力に欠けたリーダー

(3)自分にとって都合の良いことを言ってくれる連中だけを周りにおき、都合の悪い話には聞く耳を持たない人

(4)本当は威厳も権威も既に失墜しているのではあるが、他人にそのことを指摘されてもなお、威厳や権威があることを見せつけようとする人

 といったところです。

 「裸の王様」のストーリーからすれば、確かにどれも正しいような気がするのですが、本来はどのような意味合いで使用すべき比喩なのでしょうか? ご存じの方、ご教示下さい。
 なお、辞書は一応調べてみたのですが、掲載されていないようでした。

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力...続きを読む

Aベストアンサー

No1です。
辞書をいくつかひっくり返してみました。
で、三省堂の新明解国語辞典(第5版)で、裸の王様の語句説明を発見しましたので、紹介しておきます。

[目に見えない服を着せられているのに気づかず、子供から「裸の王様」と言われてはじめて自分のほんとうの姿に気づくという、アンデルセンの童話から]いいことだけを知らされていて本当のことを知らないでいる人のたとえ。「有権者は裸の王様であってはならない」

という説明がありました。
ご報告いたします。


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