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私はよく人から優しいと言われます。しかし、正直なところ他人の事なんかどうでもいいし、心の痛みなんかも分かりません。ただ、こうすれば人が喜ぶというのを知識として知っていて、それを基に考えて行動した結果、優しいと言われます。
例えるならば、数学の問題を解くのに解法暗記して問題に当てはめてるだけなんです。

でもその一方で、人の気持ちが痛いほど分かるけど他人からは疎まれるような優しさを見せる人もいます。ただ話を聞いて欲しいだけなのにてんで見当違いなアドバイスをする人とかが、多分該当します。
本物の気持ちでも、それを受け取る人にとって不都合だったら偽善とか余計な干渉とかに分類されてしまうんですよね。

私みたいに上辺の人間関係を円滑にする為とか女の子に気に入られたいからとか、そういった下心のみで優しくするのは少なくとも本物の優しさではないんでしょうけど、ふと優しさってなんだろうと思いました。
相手にとって都合のいい存在になる事なのか?それとも、本当に相手の事を案ずる気持ちなのか?
どちらかだけでは足りないと個人的には感じるのですが、皆様は『本当の優しさ』ってなんだと思いますか?

A 回答 (14件中1~10件)

そんなもの、考えても仕方がないよ。

だって人それぞれ、ケースバイケース。何が最適かなんて決まっていないもの。各々の価値観で決まるから一概には言えない。

でもだからっていい加減にしても誰も嬉しくないよね。やっぱり誠意を持って相手を考えて行動をするからその想いが優しさに繋がるんだと思う。伝わらないこともあるけれど、伝わらなければならない必要はないと思うから。

kuriko756さんは自分は優しくないと思っているのかも知れませんが、知識として知っているという事は優しさを理解しているという事ですよ。それは十分優しい人にしか出来ない事ですよ。
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「耳に優しい」という言い方があります。

相手の方の為になる、ならないは関係なしに、相手を尊重するわけです。相手が間違っていても指摘しないで、思っている方へ方へとアドバイスを延長していく。
でも、人間ここぞというときに意見を求めるのは、意見を尊重してくれる人ではなくて、悪いことは悪いと言ってくれる人。ただ優しいだけだったら、それなりの時だけしか相談など持ち掛けようとは思いませんから。精神的にただ、優しく話を聞いてほしいときもありますから、悪いというわけじゃあないですが。
「優しいですね」という表現はすごく使いやすいと思うのです。言われて悪い気はしないですし。
「本当の優しさ」とは何かは、禅問答みたいなもののように思いえます。
「時に厳しいく戒めてくれる」のが「本当の優しさ」などと答えようものなら、何が何だか分からなくなる。
優しさには、「本当の」とか「うわべだけの」とかいろいろ形容できますが、さほど深みのあるものではないと思います。強いていえば、優しい人のほうが近寄りやすい程度でしょうか。

ワタシの勤め先に、「優しい上司」がいます。どんな話でも、否定せずに聞いてくれるとても優しい方なんです。でも、その人はほとんど話の中身理解していなんです。ただ、相談してくる相手が話しやすいように、相談の途中途中でうなずいて見せる。「なるほど、そうなんですね」と理解を示す。でも、相談の答えは絶対に出さない。出せない。
コーチングというスキルで相手の話を引き出すだけで、答えは質問者の中になるという考え方です。参考 http://skira.tokyo/2016/11/05
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私もほとんどの人に優しいと言われます。

自覚はあまりなく、当たり前のことをしているつもりです。逆に私の当たり前ができない人を目にすると、思いやりのない、気遣いのない自分が1番の人なんだなと見てしまいます。自分が損をしても相手が助かるとわかれば自然にそれを選んでしまいます。だからといって 私が本当に優しいとは違うと思うのです。本当の優しさなんてわかりません。自己満足だから。同時に気を遣いすぎとも言われます。相手のために助けになる、そう自分が感じて行動をおこしたり、言葉をかけたり、時には身を引いたり、見守ったり、都合の良い人でもいいんです。自分がよければ。母が私が今までみてきた人たちの中で、1番優しい人です。自分が損をするとわかっていても、相手が嘘をついていることに気づきながらも助けようとする、損ばかりしている母ですが、尊敬しています。相談者様はこうすれば人が喜ぶと知識と知っていて考えて行動、優しくない人はそこまでさえ何も考えず、その本当の優しさを考えている時点で私には優しい人だと感じます。
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誰にもわからないし、人それぞれ違うものだと思います。


ただひとつ、言えることは
みんな優しくないから、優しくなりたいと願い、
誰かに優しくすることで、優しいひとになれたような気がする。
大事なのは、受け止めてもらえたか、そして気持ちを返してもらえたかです。

やさしさは料理みたいなもの。私は若い人によく話します。
どんなに気持ちを込めて美味しい料理を作っても、
それを「おいしいね」って言ってくれる人がいないと、料理とは言えないし、完成しないのです。

本当の優しさは、心のキャッチボールだと思います。
優しさという「もの」があるわけではなく、気持が通いあう事ではないのかな、とおじさんは思います。
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付け加えたいことがあるので再度失礼いたします。



例えば、何かをプレゼントしたり奢ったりする場合、する側もよりもされる側の方が心の負担を感じる事が多いと私は思うのです。

一見差し出す側の人の方が負担が多いと感じる人は多いかもですが、相手から強要されない限り、自分の好き勝手や、見栄やお節介でプレゼントしたりしている人も多い訳です。
相手が喜ぶと思い込んでいるんですね……。

でも、親切にされてばかりいる方は、心の負担や申し訳なさが増えてきて、喜びよりも苦痛が増え、やがては卑屈になったりしなくてはならなくなるのです。

経済事情や心の余裕が釣り合ってない場合もありますものね。
お返ししたくてもできない人もいるのだと思うのです。

そんなデリケートなバランスや相手の気持ちを推し量れる気遣いのできる間柄が、私は理想なのですが、中々人間って、他者より自分が優位に立ちたい動物なので難しいですよね(^^;;

私も含めてですが、本物の優しい人より、自己満族(敢えてこの字を)が多いのも又事実ですものね。(^^;;

相手が本当に望んでいることだけを相手の負担や自分の負担にならないように出来る人。
それが本当の優しさのような気がします。
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「本当の意味での優しさってなんですか?」と質問するのは、あなたが未熟だからでしょう。


あなたにとって、「本当の哀しさ」「本当の口惜しさ」「本当の苦労」とはなんですか?
そもそも、「あなたの人生ってなんですか?」

もし、あなたが努力を続ける中で自分自身に「本当に悩み」、いつの日か自分に自信が持てるまで人間力を高める事ができたなら、これらの疑問の大半が氷解すると思います。
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「私はよく人から優しいと言われます。

しかし、正直なところ他人の事なんかどうでもいいし、心の痛みなんかも分かりません。ただ、こうすれば人が喜ぶというのを知識として知っていて、それを基に考えて行動した結果、優しいと言われます」
⇒よく分りますよ。

「でもその一方で、人の気持ちが痛いほど分かるけど他人からは疎まれるような優しさを見せる人もいます。ただ話を聞いて欲しいだけなのにてんで見当違いなアドバイスをする人とかが、多分該当します。本物の気持ちでも、それを受け取る人にとって不都合だったら偽善とか余計な干渉とかに分類されてしまうんですよね」
⇒そうでしょうね。

「ふと優しさってなんだろうと思いました。相手にとって都合のいい存在になる事なのか?それとも、本当に相手の事を案ずる気持ちなのか? どちらかだけでは足りないと個人的には感じるのですが、皆様は『本当の優しさ』ってなんだと思いますか?」
⇒そうですね。優しさという行動から入ると自己満足になってしまいますね。
行動する前に、自己満足のためなのか、本当に相手のためなのかを考えることが必要でしょうね。

よく、偽善ということばがいわれます。
偽善とは自分を評価してもらいたい、という欲望から生まれます。

ですから、自分を評価してもらいたいという欲望を捨てた時に、真の優しさが出せるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほど、結局偽善って自己満足ですよね。
そうなると人にお礼を言われるのが好きだから人に優しくしている、という人も本当の意味では優しい人ではないのですね。
下心のない優しさが出せる人って凄いなと個人的には思ってしまいます。

お礼日時:2017/05/16 00:30

できるだけ分かり易く語ります



本当の優しさとは
①勇気です
②恩を忘れない事です

③もう一つ決定的なものが(愛もしくは慈悲)なんですが 
      これは難解ですので 興味あれば 最後の参考で


①勇気とは 強がる事ではありません
      怖がらない事でもありません
      一歩前に出る事です
      別名 忍耐と言います
      臆病な人は残忍です 勇気の人は優しいのです

             参考 勇気 http://rokusann.sakura.ne.jp/index11.htm


②優しい人は恩を忘れません
恩を忘れない人は感謝の心があります
感謝がある人は 
心には豊かさがあふれ 喜びに満ち
生き生きとして明るい
多くの人に慕われるんです・・「信頼」があるから
             
           参考 君子 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage14.htm
          ・   信頼 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage13.htm

感謝の心のない人は
いつも不信があり 不平と不満
嫉妬と恨みと愚痴
暗雲が渦巻いている
人が離れていく人生惨め・・不信のため

ゲーテ
「感謝しなければならぬ人と出会いながら
感謝を忘れている事がどんなにしばしばだろう」
と言っています

影で支えてくれた方々に
感謝の声を掛けていくこと
けっして 当たり前とおもってはならない
声一つ 言葉一つで 人間の心は動くのです

優しいかどうか 愛があるかどうか
慈悲があるか無いかは すべて行動で現れるんpです
どんな心を持っているかは 行動で現れるのです


ここから更に難しくなるのですが
本当に優しい人は
非難され罵倒され迫害されるのです

歴史上現れた 賢人 聖人 哲学者 文学者 革命家
正しいがゆえの 無理解です

 優しさは 使命感 責任感に変わり行動に写るんです
誰よりも語り 誰よりも平和のための活動をするのです
精神の土壌を耕し 豊かな幸の花園にします
喪失した精神性は 人間を野獣にします 

 無理解のために 必ず大難を受けるのです 
嫉妬のゆえに 誰よりも多くの批判を受けるのです
それが悪世において 優しいと言う 正しいと言う証明なのです
 多くの人々に 人間としての模範的な生き方を教えるのです
 私達の故郷は地球 国籍は世界 人種は人間であると 
地球民族主義を掲げます
世界的規模で 万年の先を見据えています
 ガンジーは 偉大な運動が経る五段階
「無関心 嘲笑 非難 抑圧 を突き抜けて 尊敬の段階に入る」
と言いました
 ガンジーの言う「尊敬の段階に入る」のは200年先でしょう

更に詳しく 参考
青い空 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage17.htm
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

『本当に優しい人は
非難され罵倒され迫害されるのです』
というのは今まで考えた事がありませんでした。

他人のために行動を起こせる程の気持ちと行動力があるのは確かに羨ましいですね。

お礼日時:2017/05/16 00:04

誰だって、他人の心の痛みなんて分からない。

気付いているいないは別として、分かったふりしてるだけ。目の前で、歯の痛みに苦しんでいる人がいても、本当のその人の痛みは、分からない。ましてや心となると尚更だよ。

優しさにもいろいろあります。
よく気がつくのも優しさ。あなたはこれにあたりますね。
相手を思いやるのも優しさ。
本人のことを思って敢えて厳しいことを言うのも優しさ。
黙って寄り添い見守るのも優しさ。
他人から疎まれるのは、優しさの押し売り。

難しいね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

私もそう思います。お前の気持ち分かるとか言う人いますけど、別の人間なんだからどう感じてるかなんか分かる訳ねぇだろって凄い思います笑
相手を利用していても、騙されてる方は気づかなければ優しさだと思う訳ですからね。
多分これは一生考えていく命題なんでしょうね、、、

お礼日時:2017/05/15 23:35

本物の気持ちでも、それを受け取る人にとって不都合だったら


偽善とか余計な干渉とかに分類されてしまうんですよね。
 ↑
ここがポイントだと思います。

本物の気持ちがあっても、相手がそれをどう受け取るか
を考えない、判らないと結局相手を傷つけたりします。

だから、本当の優しさ、というのは。

本物の気持ち + 相手にとって好都合


ということになるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

やっぱり気持ちだけじゃダメですよね。相手が喜んで初めて優しさだと自分も思います。
でもそうなると俗に言う、『都合のいい男(あるいは女)』とは何が違うんだろうと今、ふと思いました。
優しさって難しいですね。

お礼日時:2017/05/15 23:28

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