しかしここで一つ問題が残る。それは残された相続人の中で、もしも自分だけが一銭も遺産相続されないような遺言だった場合だ。当人もいくら遺言とはいえ「はい、そうですか」とすんなり受け入れることはできないだろう。ということで、そのような相続には「遺留分侵害額請求」という救済措置が残されているのだが、では遺言書と遺留分侵害額請求はどちらが優先されるのだろうか。相続問題に積極的に取り組んでいるという井上義之弁護士(富士見坂法律事務所代表)に伺った。
■遺留分、遺留分侵害額請求とは
「遺留分とは、身近な遺族の生活を保障するための、最低限受け取ることができる遺産の割合です。例えば、遺言者に配偶者と子がいるのに第三者に全てを遺贈された場合、子や配偶者は遺留分を請求できます。遺留分の割合は、配偶者や子が法定相続人の場合が法定相続分の2分の1、配偶者や子がおらず両親のみ法定相続人である場合が法定相続分の3分の1です」(井上義之弁護士)
まずはこのように説明してくれた。つまり遺言の内容に関係なく、遺留分・遺留分侵害額請求とは相続人が必ずもらえる財産と解釈していいのだろうか。
「遺留分侵害額請求権は、相続開始及び遺留分を侵害する遺贈や贈与などがあったことを遺留分権利者が知ってから1年の間に行使しないと時効により消滅します。また、兄弟姉妹や甥姪が法定相続人であるケースでは、当該相続人には遺留分自体がありません」(井上義之弁護士)
1年の時効があるとのことで、これを過ぎたら請求はできないので注意が必要だ。
■遺留分侵害額請求と遺言 どちらが優先されるか
遺言書を残しても、遺留分侵害額請求によって、遺言書の内容が変わってしまう。遺言書にはどこまで従わなければならないのだろうか。
「遺言があっても、相続人及び受遺者全員の合意で遺言と異なる遺産分割協議をすることは可能です。そのような合意がない場合、相続人は(遺留分は別として)遺言の内容に拘束されます。なお、遺言できる事項は法律で決まっており、例えば、遺言で葬儀や埋葬の形式を指定しても法的効力はありません。自分の望む葬儀や埋葬を望む場合は、遺言とは別に、信頼できる人や会社との間で死後事務委任契約を結んでおくこともひとつの方法でしょう」(井上義之弁護士)
そもそも遺言として残すことができる項目が決まっているようだが、遺産相続については受遺者全員の合意で、改めて遺産分割協議が可能とのこと。つまり遺言を作っても、それが完全に実現するかどうかは別ということだ。
■遺言を残すときは遺留分も気をつけるべき?
遺言書を作るなら、遺留分もある程度考慮しなければならないということなのだろうか。もしも「愛人に全財産相続したい」、「兄妹の特定の一人にだけ相続したい」「全額寄付したい」などの希望があっても、遺留分侵害額請求がなされれば、それは叶わないということだろうか。
「遺留分は相続人の権利ですのでそのような理解で良いです。遺留分を侵害する遺言でも有効ですが、遺留分に関する遺族の紛争を避けたいのであればそれを考慮した内容の遺言にするのが穏当です。なお、遺言者が特定の推定相続人に対して既に十分な生前贈与をしており、当該推定相続人が真意から遺留分を放棄することを了承しているようなケースでは、裁判所の許可を得て予め遺留分を放棄してもらう方法も考えられます」(井上義之弁護士)
遺言書の作成を考えている人は、遺留分にだけは気をつけたほうが良さそうだ。一方で相続人は遺留分を請求する権利があることを忘れないよう気をつけたいところである。
専門家プロフィール:弁護士 井上義之(第一東京弁護士会)事務所HP ブログ
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記事提供:ライター o4o7/株式会社MeLMAX
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