■夏にウナギを食べる理由
そもそも、ウナギはいつから食べられてきたのか。
「日本では、縄文・弥生時代の頃にはすでにウナギを食べる習慣がありました。北海道から沖縄に至る当時の遺跡から、その骨が出土しています。ウナギにはタンパク質、ビタミン類、カルシウムなどの栄養素が豊富に含まれています。古くから滋養強壮効果のある食べ物として扱われていたようです」(ながさきさん)
「夏場にウナギを食べるとよい」といわれはじめたのは、いつ頃だろう。
「大伴家持が万葉集の中で“夏痩せにはウナギを食べるとよい”といった内容の歌を詠んでおり、奈良時代にはすでにその習慣があったと考えられます。鎌倉時代あたりから『蒲焼き』という食べ物はありましたが、今の形になったのは江戸時代からです。夏の『土用の丑の日』にウナギを食べるという風習も、この頃定着したといわれています」(ながさきさん)
きっかけは諸説あるそうだ。
「『土用の丑の日』には“『う』のつくものを食べるとよい”という習わしがあります。それに目をつけた平賀源内が、冬が旬のウナギを夏に売るためのキャンペーンを打ったことがはじまりといわれることが多いです。ただし、その真偽は定かではありません」(ながさきさん)
そのキャンペーンが本当であれば、現代まで引き継がれていることになる。平賀源内本人もびっくりだろう。
■ウナギの旬
本来の生態からすると、ウナギの旬は冬なのだとか。
「変温動物であるウナギは、冬にはほとんど活動しません。本格的に寒くなる前に栄養を蓄えるため、その頃のウナギは脂がのっていておいしいのです。しかしこれは天然ウナギの話です。現在日本に流通するほぼ全てのウナギは、養殖によるものです。養殖場では冬場も水温を30度近くに保つことが多いため、ウナギは活動し続け“冬が旬”というサイクルは崩れています」(ながさきさん)
養殖ウナギの生産は、夏場が最盛期となるそうだ。
「基本的に養殖ウナギは夏場に最もよいコンディションになるよう仕上げられます。しかしウナギの成長速度にバラつきがあったり、自然に近い形で養殖をしている事業者もいるため、夏以外にもよいウナギが入荷するタイミングはあります。お店の人から『よいウナギが入ったよ』といわれたら、季節に限らず食べてみるとよいですよ」(ながさきさん)
夏以外にも、おいしいウナギを食べられるチャンスがあるのはうれしい。
■ウナギの食文化
近年の稚魚の漁獲量を聞いてみた。
「2020年、2021年と10トンから20トンの間で推移しており、好調です。稚魚の価格は2018年に国内平均で1キロ299万円と最高値だったのをピークに下がり続けています。2021年は132万円でした。とはいえ、稚魚の輸入が減少したことなどから、高値が続いています」(ながさきさん)
ウナギの生産量が多い地域は、聞けば納得の4県だ。
「鹿児島県、愛知県、宮崎県の順に多く、次に養殖の歴史が最も長い静岡県と続きます。愛知県の『一色(いっしき)うなぎ』は品質の評価が高く、ウナギの地域ブランドの先駆けといえます。宮崎県は近年生産量を増やし、業界内での評判を上げています」(ながさきさん)
その食べ方にも地域性があるそうだ。
「ウナギ料理として代表的な『蒲焼き』は、文化を重んじる城下町や門前町、宿場町で盛んに食されてきました。たとえば三重県津市は腹開きで蒸しの工程がない関西風の文化で、消費量は日本随一です」(ながさきさん)
東日本や近畿地方より西側では、それぞれの蒲焼き文化があるとのこと。
「東日本は背開きで蒸しの工程が入る、関東風で食します。東京以外では、門前町で栄えた成田などがウナギの街として知られています。中国、四国、九州地方では、背開きで蒸さずしっかりとした食感の蒲焼きが多く、特に九州はタレが甘めです。福岡や長崎などでは『せいろ蒸し』の文化もあります」(ながさきさん)
ウナギの歴史は古く、日本の食文化に昔から根付いていることがわかった。各地のおいしいウナギ料理を食べながら、その土地の文化を紐解くのもおもしろそうだ。夏に限らず栄養たっぷりのウナギを楽しみたい。
●プロフィール:ながさき 一生(いっき)(「さかなの会」)
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」を主宰し、多くのイベントを開催。著書「五種盛りより三種盛りを頼め」も出版。
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