ビートルズのメンバーも半分になってしまいましたが、今でも根強いというか無条件に人気があるのは間違いないと思います。
かねがね疑問に思っているのですが、ビートルズの中でジョン・レノンだけが格別に人気があるのはなぜなんですか?作詞してるから?ボーカルだった(ですよね?)から?いい詩ももちろんあるけど、たいしたことないのも多いように思うんです。ビートルズの音楽は、どっちかいうと作曲をしているポール・マッカートニーの手柄なんじゃないのかなあ、と思うのですが、この認識は間違っているでしょうか。
音楽以外に人間的な魅力が特別強いんですか?反戦運動の影響とか?
私には不良少年でデビューした、オノヨーコに翻弄されたというイメージが強すぎて、あまりいい印象がないんですが、ジョン・レノンの魅力、教えて下さい。

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A 回答 (6件)

冷めた回答が多いようなので、ン十年にわたってビートルズおよび、レノン、マッカートニーのソロ時代の曲にも親しんできたものとして、やや思いいれも交えつつ答えてみます。



ビートルズの曲についてはよくレノン・マッカートニーと書かれていますが、これはジョンが作詞、ポールが作曲という分担をしていたという意味ではありません。特に初期の曲は二人が共同作業で作ったものも多いので、二人をまとめてレノン・マッカートニーと表しています。レノン・マッカートニーとされている曲の中にも、実際にはどちらか一方が100%作っているものも多くあります。Please, Please MeやA Hard Day's Night、Ticket to Rideなどはレノン100%の曲、All My Loving、Yesterday、Let It Beなんかはマッカートニー100%の曲です。

一般的に言ってポールの曲はメロディアスなラブソングが多いので、日本で好まれている曲はポールのものが多いと思います。一方、ジョンの曲はA Hard Day's NightやHelpの頃から既に自分の悩みや内面を歌ったものが多く、ラブソングにしても自分の感情を赤裸々に歌っています。

人がジョンの歌に魅かれるのは、彼の歌の中にいい感情も悪い感情も含めて彼の内面がさらけ出されているからではないでしょうか。ポールのラブソングというのは時にHey Judeのようにyouとsheで表される他人の恋愛や頭の中で作ったような恋愛を歌っているのに対し、ジョンの歌はいつもIとyouの関係で恋愛を歌っています。ポールの作る明るいsilly love songsをジョンは嫌っていました。

ジョンは父にも母にも捨てられた過去を持ち、マザコンでヤク中で皮肉屋で、アイドルであることに満足できず必死でもがいているような人生を送りました。特にソロになってからのジョンの歌はシンプルでありながら彼の心の中をそのまま見せてくれるようなものが多く、生々しい魅力があります。彼の生涯を追ったドキュメンタリーである「イマジン」は彼の実像のわかるよくできた映画です。

熱狂的なファンによって撃ち殺されたジョンですが、ポールのファンがポールを殺すとようなことは有り得ないと思います。そのような点でもジョンが持っていたカリスマ性を過小評価することはできないのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

丁寧に答えていただいて恐縮です。
なるほど、とよくわかりました。silly love songsの話は特に納得です。
カリスマ性、これですね~!

お礼日時:2004/10/15 21:45

ハンサムで声が良く、唄も桁外れに上手い(おまけにユーモアのセンスも抜群)。


天才であるが、非常に人間臭く弱みも見せる。
レノン・マッカートニーって別にジョンが作詞でポールが作曲してたわけではありません。
ジョンが作曲した名曲もたくさんありますし(私はジョンの曲のほうが好きです)、二人共同で作曲した曲もあります(これも名曲が数多くあります)。
確かにポールも曲作りやベースプレイでは天才というほかないのですが、あまりに優等生のイメージがあり、奔放なジョンの前ではかすんでしまう面もありますね。
勿論死して神格化された一面も否定しがたいでしょう。
いずれにしても、二人の超天才が同じグループにいたのが奇跡ですよね。
幸いビートルズにはたくさんの音源と文献がありますから、これから少しずつ勉強されるとジョンの魅力についても理解できるようになると思います。
ポールも大好きなんですよ(最後に誤解なきように)。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

四人のうち二人が超天才というのは、たしかに奇跡ですね。
ジョンの顔は個人的には(あくまでも個人的には)好きでないのでハンサムというのには抵抗したいです(笑)。ジョージの方がいい顔では?魅力について理解できるように勉強したいと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2004/10/15 21:59

本当にジョン・レノンだけが格別に人気があるのでしょうか?


そうだと仮定した場合ですが、ビートルズ時代にはポールとジョンは同じぐらいの人気だったと思います。差がでたのは解散してからの活動によるところでしょう。ポールが音楽活動に専念したのに対し、ジョンはヨーコとの「ベッド・イン」や数々の政治的なラジカルな発言で物議を醸しだしました。そういった事が共感を集めたのではないでしょうか。「ロック=体制への反発」という図式も無きにしもあらずですから。
それと、毎年のようにアルバムを出していたポールに対し、ジョンは2年ぶりまたは4年ぶりといった間隔でアルバムをだしたことも多少関係しているのではないでしょうか。あまり数多くだされても多少飽きてしまいますから。
更にこれは僕だけが思っていることかもしれませんが、ポールがずっとビートルズにこだわっている(何か事があって人を集めるといつも「Let It Be」)に対し、ジョンが最後まで拒んでいたとが「いさぎよい」と感じるからでしょうか。実際、何回か再結成の話があったらしいのですが、最後までジョンだけが首を縦に振らなかったそうです。
僕もポールよりもジョン派ではありますが、ウイングスとジョンだったら断然ウイングスの方が好きです。ロックしてましたからねぇ。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。
もしかして前提条件が違ってますか?すみません、自信ないです。解散前は、そうでしたか?私の周囲では断然ジョンって感じでしたが、、、。

ジョン(と言うよりヨーコ)は話題づくりというかマスコミ操作?がうまかったような印象ですが、これも自信ありません。
露出度の差というのはたしかにありそうですね~。昔の仲間より家庭を優先したという感じですけど。
でも後世に与えた影響の大きさという点では、ビートルズは日本の漫画界における手塚治虫のようなものでは?と思います。

お礼日時:2004/10/15 20:23

人間的な魅力などはよく分かりませんが、私はビートルズ解散後のソロでの平和活動(?)の方が印象強いですね。


かなり有名だった時に暗殺されたという話題性もあってさらに有名になったんじゃないでしょうか。
死んだ人に対して悪いことはあんまり言わないでしょうし...
人気というよりは有名という感じはします。

回答になってなくてすみません。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。
立派な回答だと思いますよ。

暗殺事件はショッキングでした。オノヨーコに対する世間の風当たりもころっと変わって好意的になったと思います。、、、ファンも恐いですね。

お礼日時:2004/10/15 19:56

リーダーでもあり、ボーカルでもあり、


一番ハンサムだったからかな・・・・・

徹底的な平和主義者だったのも当時の反戦ブームにマッチしたのかもしれません。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

ハンサム!?そうですか?神経質そうな顔だと私なんかは、、、(以下自粛)
反戦ブームの影響はありそうですね。

お礼日時:2004/10/15 19:49

手柄かどうかよく知りませんが・・・


余談ですが、ビートルズが解散したきっかけは
当時のポールの妻と、ジョンの妻の仲が悪かったからです。

ポールの妻は美人だがバ○で、ジョンの妻はブ○だけど才女。
互いが、互いの夫に悪口を言い合って、結局は解散に至った・・・と言うのが本来の理由だそうです。

「ピース・アンド・ラブ」が世界の流れに合ったのが、
根強い人気になったのだと思います。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。

ジョンの妻って、オノヨーコのことですよね?ブ○ですか?ううむ、、、。ポールの妻だけじゃなくてみんなに嫌われてたと思ってましたが(アクの強そうなオバサンだから)、そうなんですか~。ポールって愛妻家でしたよね?奥さんの言うことすぐきいたかも~。

お礼日時:2004/10/15 19:44

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日本国内からBeatlesやJohn Lennonの曲の著作権について申請したい場合は、
JASRACに申請すればOKですよ。
その手続きなどについて書かれたBlogの記事が見つかったので
参考URLに貼っておきます。

CDの音をどこかに使いたい場合はレコード会社、
映像を使いたい場合はその映像を制作した会社or発売した会社に
コンタクトするのがいいと思います。
ここまで来るとダメモトの世界になると思いますが。

参考URL:http://blogs.yahoo.co.jp/hoikorodaisuki/3334820.html

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ザ・ビートルズ・クラブというファンクラブがあります。そこでどのような仕事をするのか詳しくはわかりませんが、クラブの活動内容を載せておきます。

・・・・・・・・・・

〔ザ・ビートルズ・クラブの活動内容〕

月刊情報誌『ザ・ビートルズ』の発行

ビートルズに関連する世界の最新情報、より深く知りたい方のための研究講座、新しくファンになられた方のための入門講座などを満載したオフィシャル・マンスリー・マガジン。ビートルズに少しでも関心がある人の必読マガジンとして定評があります。(A5判 /カラー・白黒 80ページ)

ザ・ビートルズ音楽祭の開催

ビートルズに触発された個人やバンドによる楽しい音楽コンテストを開催。コピー部門に加えオリジナル部門も新設され、新しい才能を世に送り出す場ともなっています。

ザ・ビートルズ展の開催

時空を超えてますますその存在感を増すビートルズの残した貴重な歴史的資料の数々を、新たに発見されたものも含め直接ご覧いただく場として全国で順次開催しています。

ザ・ビートルズ・コンクールの開催

ビートルズの音楽、生き方、考え方などに触発されて生まれたさまざまなジャンルの作品コンクールを毎年開催しています。エッセイ、詩、小説などの文学部門、研究・評論部門、イラスト、絵画、CGなどのアート部門の3部門があります。

ザ・ビートルズ・ツアーの企画実施

ビートルズが生まれ育った街リバプール、ロンドンなどを訪れるオフィシャル・ツアーを毎年実施しています。

芸術大学LIPAへの協力

ポール・マッカートニーが提唱してリバプールに設立されたポピュラー音楽を中心とする芸術大学LIPAに協力しています。

情報提供・執筆・研究・出版活動

ビートルズを正確に伝え、ビートルズに関連する各種の文化活動を支えるために、ビートルズに関する世界の最新情報、研究成果、歴史資料の収集と研究を行なっています。これらは音楽、社会、歴史などのさまざまな視点から捉えられ、その成果を出版物や各種メディアを通して発表しています。

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