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火垂るの墓についての質問なのですが、清田が節子の遺体を焼くときに無表情なのってなんでだと思いますか?
個人的には、清田は節子に殺意のようなものを抱いていて内心喜んでいるのではないのかなと思いました。
清田はまだ学生で、自分が生きていくだけでも大変なのに、それに加えて節子の面倒を見なくてはいけないのだから正直殺意を覚えてもおかしくはないなと思います。

A 回答 (8件)

要介護状態の高齢者が亡くなったときに、心のどこかでほっとするご遺族というのはよく聞く話です。


世話をしなければならない責任とその疲弊から解放されるという点で、肩の荷が下りた、と。
肉親を亡くすという悲しみと、抑圧からの解放の安堵が胸中を渦巻くのでしょう。
清太も同様の思いであったと感じます。
まして、清太にとって節子とは、ただ単に煩わしいだけの妹ではなく、ただ一人の肉親であり心のよりどころでもあった妹だと覗えます。
殺意を抱くというのは言い過ぎにしても一抹の安堵はあったかもしれません。

しかしなにより、心のよりどころである妹を亡くし、ひとりぼっちになってしまったという大きな悲しみが感情を奪ってしまった、と解釈したいと考えます。
彼はこれからいったい何を頼りに、何のために生きていけば良いのでしょう。節子の死から1ヶ月、清太もまた死んでいきます。
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所詮、アニメだから。

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原作のあとがき見るとアニメみたいに優しく出来なかったと書いてありますね。

原作あとがき見ると良いですよ。戦争でまだ幼いからね。生き延びるだけで精一杯ですよね
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私もそう思います


お荷物が減って喜んでるのでしょう
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そんなばっかな


本気かとびっくりする
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こんな釣り質問に真面目に答えるなよw


君たちw
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あなたがそう思うのなら、おそらくあなたは似た状況に陥った時に「内心喜ぶ」可能性がある人なのでしょう。

家族の介護疲れで殺人が起こる事実があることからも伺えるように、人の命の責任を負うということは大変なものでしょうから、私はそう考える人がいるとしても否定は出来ません。
また、実際そんな人がいるのなら、清太にもその可能性があるということなのでしょう。

私は、節子が亡くなった時に感情のピークは過ぎている、と考えてしまいました。
あるいはひょっとすると、節子がもう長くないことは薄々気付いていて心の準備は出来ていたのかもしれません。私にも患って亡くなった祖父母がいますが、亡くなった瞬間の反応は、やはり事故等の突然の死とは違う、「心の準備」があるものでした。
もしくは、自分も「じきに火葬されるかもしれない」と、他人事ではないと自覚していて、憐れみや悲しみとは違った感情があったのかもしれません。実際に清太はその通りになりましたから。


受け手それぞれの経験や人間性により様々な解釈になる作品は、基本的に優れた作品だと思います。「それちょっと違くない?」とならないぶん、「完璧」ですからね。
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両親も死にそして節子も死んで戦争で生き抜くことに疲れきって表情を表すことすらも出来なかったとか??

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