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以前、ブルース・リーのドキュメンタリーで、彼が不良になったのはいずれ白人の子どもにいい仕事を全部持っていかれ自分たちが彼らのために働かされるという現実への反発にある言っていたのですが、
イギリス領時代の香港の人たちは今の中国への反発のようにイギリス支配を嫌っていたのですか(そのことを踏まえると、シンガポールや台湾のような完全に独立したかったのでしょうか?)?

A 回答 (2件)

植民地時代の香港には民主主義はなく、イギリス人が優遇され、彼らの生活を中心として町が建設され制度が作られました。

 香港人に主権はなく支配層に抵抗する香港市民は弾圧されたことも確かです。

しかし、イギリスの植民地統治の目的は自由貿易にありました。イギリスの統治方針である自由放任政策のもと、香港は極東の貿易拠点として発展しました。

移民の規制もありませんでしたので、動乱が続く母国から多数の中国人が貧困や迫害を逃れるため流入してきました。

知識人や反体制政治家も香港を活動の拠点とするようになりました。

清朝や周辺の独裁国家の圧政下での生活と比較すると、言論・表現はそれほど制限されず、経済活動も自由で、支配層に入ることはできないものの、大富豪になる市民も現われたのです。

第二次世界大戦後も中国本土の共産主義政治を嫌った、資本家、技術者等が難民となり、自由を求めて香港に入ってきました。

このようにイギリス支配の香港市民には民主主義はなかったものの、中国にはない自由があり香港市民の民主主義を希求する気質が醸成されていったのです。 よって、シンガポールや台湾のような完全に独立したいと言う動きはありませんでした。

そのため1982年香港の中国への返還が決ると、多くの人々が、旧英連邦のカナダやオーストラリアなどへの脱出をはかったのです。
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この回答へのお礼

回答をありがとうございます。

お礼日時:2022/05/10 14:57

>イギリス領時代の香港の人たちは今の中国への反発のようにイギリス支配を嫌っていたのですか



はい、嫌っていました。
なので、今香港が中国に復帰し、さらに中国に取り込まれて同化することを支持する人たちも多いのです。

だから香港の民主化運動は下火になったわけです。
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この回答へのお礼

回答をありがとうございます。

お礼日時:2022/05/10 09:52

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