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初めまして。
難しい質問ですが回答お願い致します。

一言、人生とは何ですか?

私は30歳ですが、今まで一度の楽しいと感じた事は有りません。皆からじゃあ、何で生きているのと質問されます。私は答えます(死ぬのは良いけど自分で死ぬ勇気が無いから生きていると)
私は、8才の時から死に関する事を考えて生きてます。
私の考えは変ですか?

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A 回答 (18件中1~10件)

私は、今40歳です。

貴殿より10年年上です。国語の授業で習いましたよね?
子曰く、我15にして学に志す。30にして立つ。40にして惑わず。50にして天命を知る。60にして耳に順う。70にして心の欲するところに従えども、・・・。
現代語に訳すと、15歳で学問に志し、30歳で学問の基礎が確立し、40歳で惑わず、50歳で天命を知り、60歳で人の言葉が、素直に理解でき、70歳で思うままに行動しても、道を外すことが無くなった。となります。
貴殿は、今この論語で言うところの30歳にあたります。30歳で学問の基礎が確立する、とはどういう事か分かりますか?やっとこさ、掛け算九九が分かるようになった!ということだと思いますか?つまり、論語で言いたいのは、30歳という年齢は、成人したと見なされる、ということです。30歳で大人であると言うことですよ。貴殿は、今まで一度も楽しいと思ったことがない!という。じゃあ何故、死なないの?と普通の人は、異口同音に、言うのが当たり前ですよ。生きていて楽しくないなら、自殺の名所である青木ヶ原樹海で首つり自殺すればよいのですよ。自分で死ぬのは、嫌と言うことは、他人を巻き添えにして、丁度秋葉原の事件のように、殺戮してから、死刑判決を受けて、そして死刑台にて死ぬ、ということですね?そういうのは、エゴイスト以上のなんというか、言い方が悪いが、頭がイカレタ病気野郎ですよ。
中国の故事に次のようなものがあります。
「窮達命有り、吉凶は人に由る」
解釈は、「困窮と栄達は、天命だが、吉と凶は、人に由る。困窮と栄達とは、その人その人の運命のしからしめるもので、人間の力では、どうにもならないが、その天命の存するところを感知して、吉に導くのも凶に導くのも、その人がいかに世に処するかに由る。」となります。
男であれば、天命をしっかりと把握して、身の処し方を決断すべきなのですよ。貴殿のように、おそらくわがままな人なのでしょう。何にもいいことがなかった!という人に限って、わがままし放題の人生を送ってきたのです。自分のわがままで、両親なり、友人なりがしてくれたことに対して、貴殿は、常に不満を抱いてきたのです。本当にいいことがない人は、貴殿のようなことを言いません。アメリカのボクサーたちは、みな貧しい幼少期を過ごしてきました。マルコムxという活動家も、ろくな出ではありません。
しかし、みな成功して、時の人になりましたよ。マーチンルーサーキング牧師をご存じですか?彼は、人種差別を撤廃し、何時の日か、肌の色で人が差別されない日が来る日を待ち望み、志半ばで、凶弾に倒れました。彼の無念を貴殿は、理解できないでしょう。彼の志を貴殿は、バカにするでしょう。
貴殿は、8歳の時から30になる今日まで、わがままな人生を送ってきたのです。いいですか?歴史上の偉人に限らず、不遇の幼少期を過ごした人は、五万といますよ。30歳は、成人です。身の処し方を考えて、人生を歩んでください。まだ30歳ですからね。今から老後の準備をしてどうするのですか?死期が迫った老人のようですよ。遺言を残して死ぬ老人ですよ。若いのですから、頑張りましょう!!未来が、貴殿を待っていますよ。今から考え直してください。貴殿の考えは、常軌を逸脱しております。一度、浅草寺や増上寺で、お払いをしてもらうと良いでしょう。きっと、開運しますよ。思し召せ。 
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崔監督の映画 『血と骨』観ましょう。



精神の浄化とか感動とは全く違った、重く苦しい物語です。
どう生きても、人生は時が流れて完結する
そのことがよくわかります。
この世の地獄みたいな世界が描かれます。

それと
娯楽映画ですけど上映中のキアヌ・リーブス主演の
『コンスタンチン』
これも観てください。

大天使ミカエルが
「人間だけ、好き勝手に生きても天国に召される
 宇宙中さがしてもそんな虫のいい話はない
 なぜに主は、人間ばかりをかくも寵愛されるのか」
というセリフ

それと、結末の「自己犠牲」の意味

人のために生きることで人間は人生に価値を見出せる

人生の意味を追い求めても空しいです。
あなたの人生に価値を与えるのはあなたの行動が
他の人にどれだけ役にたったか・・ということ。
広義の愛

『地と骨』の主人公金俊平のように、利己的に生きても人生はちゃんと
時間とともに完結します。
どう生きても、人を殺したり、自殺しない限りは、与えられた生を
精一杯生きれば 最後は天国に召される。

気力がわかないときは休んでいていいですけど
いつまでも休んでいると心の筋肉がやせ衰えて
気力が出なくなります。
心を鍛えることが必要かも。
一人で心を鍛えるのは読書が一番ですけど
映画ならもっと楽に心を磨けますね。
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>私の考えは変ですか?


決して変ではありません。補足を拝見しましたが、質問者様の家庭環境の中で育てば、そのような考えを抱くのは仕方ないです。また、現在まで生きるのも大変だったのでは・・・、今までよく頑張って来られたと思います。

宗教や哲学などでよく語られることは、人は自分だけの力で生きているのではなく、絶対的なもの(神、仏、宇宙の法則、天命など)から何かの目的があって生かされているのだと。SMAPの「世界に一つだけの花」の歌詞を一部パクリますが、貴方だけの花を咲かすために生かされ、貴方は生きている(生きていく)のだと思います。
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こんにちは



>一言、人生とは何ですか?

一言 人それぞれ。

ひとそれぞれ、人生の意味が違います。
60億人の人が生きていることは、それぞれに60億種類の
人生の意味 があります。
ひとつの人生の意味ならば、一種類の人生だけがあればいい
ことになってしまいます。
この世のには、人間以外にも生命が幾億種類もあります。
それぞれが、「自分は考えないにしろ」生きている意味を
持って生きています。

自分の人生は、生まれた瞬間から、誰とも共有しない
独自の時空(時間と空間)をあなたが占有して生きてきて
います。
どんな風な生き方も自由ですし、どのような生き方も可能です

ただ、人間社会がここまで繁栄した背景には文化と倫理が
あってのことです。
各自が独自の道を生きたら、紛争や諍いが絶え間なく起こり
結局皆が人生の意味を自分全うすることなく終いえてしまう
でしょう。

でも、人に価値観を押付けたり、成功の美酒を無理やり
飲ませる必要はないのです。

人間は狼や猿同様に、群れで生きる生き物です。あなたが
どう思おうと、社会という枠組みから抜けて生きていくのは
難しいです。抜けてみても決して快適ではないです。

世の中には
(1)楽に生きる生き方
(2)困難を楽しむ生き方
(3)他人ばかりを気にする生き方

の3つがあります。
楽に生きるのは、簡単です。自分の望むことしかしない。
楽に生きて、成功する人もいれば楽に生きて貧困にあえぐ人も
います。
楽に生きて成功するコツは、簡単です。自分がしたいことを
通じて人の役に立つ。人の役に立つことをすることです。
自分がビールを飲みたいと思ったら、グラスを二つ用意して
友達や恋人にも出す。


困難を楽しむ生き方は、文字通り自分で自分に困難を与えて
それに取り組むことで人生の意味を見出したい人の生き方
こればかりが注目されますが、たいていの人は困難はきらいです
からあまりお手本ととして優れているわけではないです。

一番多いのは他人ばかりを気にする生き方。
これは、自分の結婚相手を人がどう思うか気になったり、自分の
会社や自分の外見を人がどう思うか気になったり
要するに自意識過剰な人生。

あなたは、どれでもないと言うかもしれません。

生きるとは、自分の中に沸き出でる欲求と向き合い
そこから逃げないで、それをごまかさないで、それを
どうやって「生きる」か考えなくてはいけません。

生きるの 反対語は 逃げです。

>私は30歳ですが、今まで一度の楽しいと感じた事は有りません。

逃げるのは生きてることではないですから。

>皆からじゃあ、何で生きているのと質問されます。

私は訊きます。あなたはなぜ生きることから逃げているの?

>私は答えます(死ぬのは良いけど自分で死ぬ勇気が無いから生きていると)

今日、あなたが口にした食べ物は、何ですか。

コンビにでハムカツサンドを買ってたべた?
それだって、米国の農場でできた小麦を製粉会社が輸入して日本で粉にして
埼玉のパン工場でパンに焼いて、四国の肉屋がハム作ったものと、茨城の
養鶏場の卵で作ったマヨネーズを加えて、コンビにトラックが深夜に運んで
バイトのにいちゃんが店に並べた結果です。
あなたの住んでいる住居も、工務店が材料仕入れて、何ヶ月もかけて
作ったものです。
会社に通うのに、火力発電で電気を作って、製鉄所で作った鉄板で
さらに電車ができて、それを運転する運転手のおかげて歩かずに
会社にいけます。

働くというのは、人のやくにたつことです。
あなたもきっと人のやくにたっていますよ。
人の役にたつことは とても楽しいことですよ。
「ありがとう」って言われたことあるでしょう。


>私は、8才の時から死に関する事を考えて生きてます。
私も8歳の頃から、宗教書を何10冊と読破して、死とは何か
生命とは何かを考えてきました。普通のことです。
死んでみたろかと大人なら誰しも思ったことはありますよ。

>私の考えは変ですか?
変ではないですよ。だれしも、同じです。
ただ、自分だけ特別だ・・・とことさら言わないこと。
だれでも、自分だけ特別ですから。
いい特別も悪い特別もないです。何をやってもその責任を負うのは自分ですから。

ただ、何もしない、逃げるということは、それもひとつの選択ですから
いいですけど、自分が逃げる生き方 何も目指さない生き方に
納得していたらそれでいいのだと思います。
そういう人は実は今の世の中急増していますから。
あまりいいことではないですけど。
事実ですよ。
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はじめまして、こんにちは


人生とは・・・何かを生みだしてゆくということです。
自分自身が何かを生みだしていないからつまらない人生になるのかも知れないですね・・・(私の場合。

ちなみに、貴方の考えは変かどうか?ときかれたら、私は変だとも言いますし、変じゃないとも言えます。
生きているから死を考えるのは当然のことですし。答えを導くための理由や意味づけや根拠は百万通りです。
だからこそ、悩んだり苦しんだりするんですけどね。
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こんばんは。



> 一言、人生とは何ですか?

生きている時間です。
そして、人は必ず死にます。

私も何年か前まで、人生について考えたり、本を読んで、そこから答えを得ようとしていました。
そして、偶然、ある作家の書いた本に、その答えをみつけました。

池波正太郎さんの書いた小説でした。
この人の書いた本は、人生について書いた多くのベストセラーの本よりも、生きるということはどういうことなのかを、強烈に私に教えてくれました。

「剣客商売」、「鬼平犯科帳」、「仕掛人藤枝梅安」、その他様々な短編、長編。

テレビ化されている作品を見て、ああこういう話かと思ったら、大間違いです。
面白いストーリーに乗せて、この人は人生というものをさりげなく教えてくれます。

私はこの人の小説のおかげで、日常の色々なことに幸せを感じるようになりました。

「剣客商売」が一番お薦めです。


> 私は、8才の時から死に関する事を考えて生きてます。
> 私の考えは変ですか?

私は毎日、死を意識しながら生きています。
momotarou2002さんの考えが変なら、私の考えも変ですね。


補足も読みました。
私はmomotarou2002さんが経験なさったようなことは、全く経験していません。
ですが、何かヒントになればと思い、上記の小説を紹介させていただきました。

参考になれば幸いです。
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「私の考えは変ですか?」ということですが、多数意見ではないにせよ、そうした考えには誰でもときどきとらえられるものです。



 「人生とは何ですか?」ということですが、こうした質問に対してもいろんな答をお示しすることはできても、それにあなた自身が納得できるかどうかとなると、また別問題になってしまいます。

 で、私が気になったのは、こういう問いかけを好む方には、総じて思考に際して、自分でそうと気づかずに飛躍をしがちだということで、あなたはその点はいかがですか?
飛躍というのは、自分では論理的に、理詰めに考えていると思いつつも、他人から見た場合、基本的なこと、大切なことを無視して、現実世界からポーンと飛躍して、自分の内的世界に閉じこもってしまっていることです。

 あなたは「死に関することを考えて生きてます」とありますが、「死に関することを考え」ることは厳密に言って不可能です。
なぜなら、死は大いなる謎であって、私たちがどんなに緻密に思考したところで、その限界を超えているからです。
だから、あなたは単に「生に関することを考えまいとしている」だけと言うべきなのです。
なぜ「生に関することを考えまい」とするのかと申しますと、自分の人生がは、思うとおりにならない、自分の意識の連続性を裏切る、不如意に見舞われてばかりと判断なさっているからではないですか。

 あなたは、「今まで一度の楽しいと感じた事は有りません」とありましたが、その判断はどんな確たる基準に基づいてなされたか、そうした判断は絶対的に正しいか、と考えたことがありますか?
自分の主観的な、思いつきの判断で「楽しい」とか「苦しい」とかと決めつけたり、「人生なんて生きるに値しない」などと思い込んだりする自分の思考の不十分さに不安を覚えないのですか?

 ということで、どういう考え方をなさるのも結構ですが、まずはご自分の考え方の根本的な拠り所について、今一度徹底的に吟味なさってみてはいかがでしょうか。
すると、世間一般の多くの人が、きちんとした考えに基づいてでなく、時勢に流されて惰性的に生きているだけではないかということが見えてくるかもしれませんが、と同時にご自分の死を見据えて生きているという態度も、随分と曖昧で感傷的な思考の上に立ったものでしかないことも明らかになってくるはずです。
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こんにちは。

はじめまして。
momotarou2002さんの回答の補足を読ませていただきました。
私が同じ立場だったら、おそらくmomotarou2002さんと同じ考えをもっていたかもしれません。

きっと、そう思ってしまうのは、
momotarou2002さんが、自分の存在価値を見出せないからだと思います。
支えてくれる家族や友達がいて、
愛されることで生きる意味や価値が生まれてくるのではないでしょうか。
今は、ただ死ねないから生きるという環境におかれているだけだと思います。
ネット上でもいいですから、何でも話し合えたり、
分かり合える友達をつくってほしいなぁと思います。

私にとって、人生とは、
私を支えてくれる人、私を愛してくれる人のために
精一杯生きることです。
そして生きていく中で同じように支えてあげたり、愛をおくったりしてあげたいと思っています。
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どんな環境に生まれた人であろうが「幸せ」を望まない人はいません。

生命はそういう様に出来ているのでしょうね。ですから、個人的には「幸せ」を感じる為に、つまり「幸せ」を生み出す為の人生だと思います。
そもそも、楽をして幸せを手に入れられるのならば本当に生きる意味は無いでしょうし、人生の意味も無いでしょうね。しかしそう簡単には幸せは手に入らない・・・だから人生があるのでしょうね。
自然に生きていれば必ず困難が生じますから。その困難を幸せに変える事が人生・・・じゃないすか。

この世の中はどんな種類の物でも良いものは苦労をしなければ得られません。。。これは普遍的な事。そしてそれを人間は追いかけている。こう思っています。
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人が生きるという意味である。


楽しいか辛いかは関係ない。
人が生きることそのものが、人生。

>今まで一度の楽しいと感じた事は有りません。

ちなみに自転車乗れますか?
私は、子供のころ初めて乗れたとき、とても感激したのを覚えてます。
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