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何でもかんでも勝ち負けですか?『楽しんだものよかった‼(*‘∀‘)」』それだけでいいんじゃないですか?

A 回答 (13件中1~10件)

仰る通り。


今思えば、五輪開催を提唱・推進したクーベルタンの「参加することに意義がある」と云う言葉が理解できる。
WBCを観てそれが確信に変わった。勝ちに拘りつつもそれだけではない。大谷翔平はその代表なのだろう。彼の居るところなら、仮に優勝できなかったとしても、チームの面々も観衆も視聴者も皆が楽しめたのではないだろうか。

ラグビーは試合終了を「ノーサイド」と云う。勝者も敗者も無く、互いに健闘をたたえ合う精神だ。誰が「ノーサイド」と言い出したのか知らないが、本質を突いた言葉であると思う。
サッカーはフーリガン問題など、選手も観衆も勝ち負けに拘り過ぎる庶民のスポーツだったが、サッカーから派生したラグビーは紳士のスポーツと云われる。サッカーの見苦しさを嘆いた英国紳士たちが、ラグビーがサッカーのようにならないことを祈って試合終了を「ノーサイド」と云い始めたのだろうか。
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この回答へのお礼

私もその『争わない』精神に同意です!

お礼日時:2023/04/16 18:37

成る程。


ぐるぬいゆさんの捉え方を、何とか理解できたかな?と思います。

無意識への刷り込み、と云うのだから言い出しっぺには、何らかの目的があったのでしょう。
その目的は、競争社会の実現。
これでいいですか?

そうだとすると、なんとなく頷きたくなります。
でも、危惧するほどの事でもないでしょう。

ぐるぬいゆさんは、取り越し苦労するような御年になってしまったんですね。
私にとっては遥か昔の事。ただ、気分はまだまだ。
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この回答へのお礼

私はまだ世界の心配をしています。

お礼日時:2023/04/20 08:47

言い出しっぺはアスリートの様な考えを持った人ではないかと思います。


そしてこの表現が、気の利いた言い回しだと、受け止めた人たちが使うようになり、一般に安易に使われるようになった?のだと思います。

ぐるぬいゆさんのような敏感な人には、疑問視される表現ではありますが、一般には気にするほどの表現ではないと、受け止められるのではないでしょうか。

ただ、楽しむという行為になぜ、勝敗という概念を持ち込むのか、と云う問いですから、考えて見ればやはり損得を強調した表現でしかない、と云いたくなります。
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この回答へのお礼

>一般には気にするほどの表現ではない
こういうのが大衆の洗脳に使われる手法ですよね。政府とかもっと上層からの指示による無意識への刷り込みです。人生のベースには《勝ち負け》であるという(要するに強制的に勉強して働いて上昇志向こそが正当)という価値観の付与です。

お礼日時:2023/04/17 08:17

勝ちとか負けとかの概念を、生活上に持ち込んでいる人は、アスリートの様な人たちであって普通人には、いないと思います。



このような発言、或いは表現をする人は、アスリートの様な生活環境に身を置く“特殊な人”だと思えば、疑問は解消するのではないでしょうか。

彼らにとっては《勝利》にこそ価値があるのですから。
勝たなければ意味はない、なんて云い方もよく云いますしね。

※ でも、全てのアスリートたちに、当てはまるとは思っていませんけど。

また、「勝利」と云うものに付いての概念、という事であるならば、やはりそれゆえの価値と云うものは有るとは思いますが。
同時に「敗北」にもそれなりの価値がある様に思います。
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この回答へのお礼

アスリートとはなんの関係もない人達が使います。

お礼日時:2023/04/16 23:30

成る程!


寄せられた回答へのご返事をみて、やっと気付きました。

こうした発言をする人は「勝ち組」に当たる人で、この発言に“反応・反発”する人は「負け組」に組み込まれる人なんだなぁと。

ぐるぬいゆさん、もしかしたら「負け組」?
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この回答へのお礼

勝ちとか負けとか言う概念を生活上にもってきていないのです。なぜそんなにも「勝ち」の価値があるのでしょうか?

お礼日時:2023/04/16 21:04

勝負という欲動に身を任せるのを辞めました。

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この回答へのお礼

素晴らしいですね!

お礼日時:2023/04/16 18:37

何でも勝ち負けです


人生において勝ち負けの概念を持ち込む込むことこそ重要なのです。
人生とは「生老病死」との戦いです
人生とは宿命と運命との容赦なき闘争なのです
人生とは常に「生きずまり」との戦いなのです
今日一日、自分に勝てたか、負けたか、耐え抜いたか。
その積み重ねが人生のなのです
 その戦いの武器は不屈の勇気、豊かな知恵、無限の希望
だと思います
その武器を持たず、適当に生きている人には
目先の小さな楽しみに満足している人は
勝ち負けの概念は不要だと思います。

当然『楽しんだもの勝ち』です
何の苦労も無い楽しみなんて小さ過ぎますので勝ち、とは言えません。
 冬を耐えぬくからこそ桜は美しく咲き誇る。
人生も同じです。何事も変化、変化の連続です。時を見つめ、時を待ち、時を創りながら、耐えぬき、戦いぬいていく。その積み重ねのなかに、人生の満開の勝利がある、楽しもがある、のだと思います
 はかなく消え去る一瞬の楽しみのみ、追いかけている人に、本当の楽しみなど分からないと思います
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この回答へのお礼

最もなのですがもう一つ踏み込んで、すべての戦いを放棄するところから本物が生まれないでしょうか?

お礼日時:2023/04/16 18:38

「楽しんだもの勝ち」はただの比喩表現です。


いわゆる、言い回しや格言っぽい感覚のもの。
ここで言う「勝つ」は「得」とか利害に関しての比喩表現です。


「神対応」とかよく使いますよね?実際には神な訳ではないのに。
それくらい素晴らしいって表現したいだけなんです。
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この回答へのお礼

でもそこで『勝ち負け』という言葉を持ってきてしまうのは何かと戦っています。

お礼日時:2023/04/16 18:39

勝ち負け関係ない、楽しく一日、一月、一年過ごしたらそれでいいのです。


それが難しいんだけどね。
人間ってあれやこれや、気をつかうから
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この回答へのお礼

欲とか自助努力とかを放棄する姿勢です。

お礼日時:2023/04/16 18:40

表現としては勝負言葉を使ってますが、中身は損得という“概念”なのです。



見てるだけでなく、やって見て楽しんだ方が得だよ、と云っているのです。
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この回答へのお礼

でもそこで『勝ち負け』という言葉を持ってきてしまうのは何かありますね。

お礼日時:2023/04/16 18:41

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