キリスト教は女性蔑視の宗教である・・・というような結論を望んでいるわけではありませんが、歴史を振り返ればそのような主張も説得力があるように思います。

★クリスチャンの方は、出来れば聖句からこの問題を説明していただけないでしょうか。

★クリスチャンでない方のご意見もお待ちしております。


今回もどうぞよろしくお願いします。

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A 回答 (13件中11~13件)

 成立が2000年近く前なんですから、基本的にはその当時の価値観によっている宗教であるのは間違いないでしょう。

キリスト教会の公式声明で「奴隷の扱いについて」が発表されていた時期もあるんですから。
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この回答へのお礼

回答を感謝します。

歴史を持つ宗教というものは、様々な時代の価値観に晒されますから、常に正等であれというのも難しいものなのでしょうね。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/15 19:41

こんにちは。

クリスチャンではありません。

私は、イエス・キリストの教え=キリスト教ではないと思ってます。

イエス・キリストの教えを受けた弟子が、師の言葉を自分なりに解釈して、さらにその弟子に教えて・・・という、ある意味、伝言ゲームみたいな状態になります。

そして、一派の宗派をなすようになれば、教祖は神格化され、段々、超現実的な存在に作り替えられてゆきます。

これはキリスト教に限らず、あらゆる宗教に言える事でしょう。

キリスト教で言うなら、キリストの母、聖母マリア様は処女である、というのは、キリストを神格化する為に作られた話である事は間違えありません。
そのために、純潔性を求められ、処女懐胎という、生物学上、あり得ない事を言ってるわけです。

他にもマグダラのマリアの迫害?もどきの話他、いろいろありますが、全てキリストという人を神格化する為に作った話なので、現実のキリストという人からはかけ離れた話になってるはずです。

そして、長い歴史を持つ集団が、女性蔑視であったり軽視であるのは、宗教だけでなく、珍しい事ではありません。

古来、男性は、力で子孫反映に貢献し、その力ゆえに集団を支配するという形態が一般的でした。
その名残を留めているというだけの事だと思います。
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この回答へのお礼

素早い回答に感謝します。

>古来、男性は、力で子孫反映に貢献し、その力ゆえに集団を支配するという形態が一般的でした。
>その名残を留めているというだけの事だと思います。

●これは、旧訳(ユダヤ教)の民族神のなごりということでキリスト教世界にそのまま当てはまるようにも思います。


>全てキリストという人を神格化する為に作った話なので、現実のキリストという人からはかけ離れた話になってるはずです。

●私はどちらかといえばクリスチャン寄りの立ち場で回答するつもりなので、ちょっとプロセスを逆転させて頂いて(^^
キリストを神であることを裏付ける記述や教義が必要になることもまた当然であると思います。ただ、ご指摘にあるように、本来の教えから離れているのであれば問題ですね。

この辺のところにどのような回答が寄せられるか楽しみにしています。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/15 01:11

キリスト教に限らず、すべての神は民であるすべての我々に対して平等です。



そもそも、女性蔑視との考えにいたる、質問者様ご自身のお考えに、このご質問の本質があるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

回答に感謝します。

>キリスト教に限らず、すべての神は民であるすべての我々に対して平等です。

同意します。

にもかかわらずこの質問をしたのは、宗教としての教の部分がどのような問題を抱えているのかという事についてみなさまの意見をお伺いしたいからです。

神が女性蔑視をしていない=宗教が女性蔑視を行わないという結論にはならないのではないかと考えています。


●そもそも1920年、アメリカで婦人参政・憲法修正により、
沈滞していたフェミニズムが、約50年後の第二次フェミニズム運動にで大きなうねりを見せた事実は宗教的土壌とは何の関係もないものなのでしょうか。

この辺のところも回答してくださる方がいれば嬉しいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/15 01:02

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Q孔子による女性差別

孔子の教えの中の”男女七歳不同席”という言葉は女性を差別する意味が込められていると聞きました。このほかにも儒教の中で女性差別を助長するような言葉があれば教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは。

儒教は男性中心で女性蔑視はかなり激しいですよね。
「女は夫を主君とうやまえ。夫は天であるから、夫にさからったら天罰をうける」なんて、あからさまに言っちゃってるし・・・

有名な儒教の教えの中に、女性が必ず守るべき道徳として「三従・七去」という教えがありますが、三従の教えとはご存知かもしれませんが、「幼い内は父に、嫁したら夫に、老いれば子に従え」というものですね。

七去の教えはあまり聞かないですが、「やきもちを焼く女、夫の親に従わない女、産まず女、淫乱・淫倫な女、たちの悪い病気を持つ女、人の物を盗む女、口が立ち親類との仲が悪い女は、夫から離縁を言い渡されても仕方が無い」というものです。

盗んだり淫乱だったりは、男だろうが女だろうが悪いものは悪いだろうし、子供が産めないのも病気を持ってるのもその人のせいじゃなかろうに、どこまで手前勝手な話だ!と、高校時分に始めて読んだときは憤慨しましたが、最近は、そうでも言って無理やりにでも自分たちの立場を固めておかないと危ういと思ったんでしょうね。
実際、当の孔子様も、なかなか娶れず、せっかく迎えた妻にも結婚生活はわずかで逃げ出されちゃったそうですから、「さもありなん。」と思ったりします。

ご参考になれば幸いです。

こんにちは。

儒教は男性中心で女性蔑視はかなり激しいですよね。
「女は夫を主君とうやまえ。夫は天であるから、夫にさからったら天罰をうける」なんて、あからさまに言っちゃってるし・・・

有名な儒教の教えの中に、女性が必ず守るべき道徳として「三従・七去」という教えがありますが、三従の教えとはご存知かもしれませんが、「幼い内は父に、嫁したら夫に、老いれば子に従え」というものですね。

七去の教えはあまり聞かないですが、「やきもちを焼く女、夫の親に従わない女、産まず女、淫乱・淫...続きを読む

Q昔のヨーロッパは男尊女卑社会だったのでしょうか?

近世以前のヨーロッパはキリスト教の力が強く、多くの人が戒律に従って生活を送ることを強制されていたため、現在のイスラム世界なみの宗教社会だったと聞いたことがあります。

中世、近世は戦争も頻発していたため、どうしても兵士となる男性の力が強く、かなりの男尊女卑だったとも聞いたことがありますが、これは本当でしょうか?

そして男尊女卑が近代まで続いたため、その反動として(主として女性からの)男女平等を叫ぶ声が強まり、それが現在の男女同権社会につながっていたという理解でよろしいでしょうか?

(日本については、江戸時代までは比較的男女平等な社会だったといいます。そして明治時代に男女平等が進む前のヨーロッパの制度を取り入れたため男尊女卑の風潮が生まれたとか。)

Aベストアンサー

はい、その通りです。というより、今でもヨーロッパは実質的には男尊女卑です。平等になるように努力しているのは欧米のほうですが・・

まず、最初に法整備としてヨーロッパが男女同権になったのは、実は1970年のことです。びっくりするでしょう。
もちろんヨーロッパと言っても国に違いがありますが、1970年というのはフランスで婚姻に関する財産権が男女で平等になった年で、これで法的な男女差別は撤廃されたのです。

そもそも、男女差別の根本はなんであるかというと「自分で取捨選択することができるか」ということです。日本が古来からずっと平等だったのは、女性にも財産権と相続権があり、女性でも財産を持っていれば男性に頼ることなく生きられた、ということです。もちろん、商家などは女性が跡継ぎになって婿養子を取ることも可能でした。

ところがヨーロッパはそうではありませんでした。相続は男性に限られ、女性には相続権はほとんどありませんでした。そのため、ドラマ「ダウントンアビー」のような悲劇がしばしば起こりました。このドラマの始まりは、3姉妹しかいない貴族の跡継ぎとして、貴族の長女と結婚する予定だったいとこ(貴族の正式な相続者)が事故で死んでしまい、次の相続権利者は平民のどこの誰とも知らない若者だった、というものです。

つまり、その若者と3姉妹のうちの誰かが結婚しなければ、貴族の館も財産も貴族の娘たちは相続することができなかったです。

現代のヨーロッパはそんなことは無くなりましたが、イスラム教の国ではこれに近い状態であるといえます。また、イスラム教の国だと、女性の職業が限定されていてたり、免許を取ることが禁止されていたり、と「自分の選択で自分で生きる」というのができない、というのが男尊女卑のそもそもの問題点であったといえます。

ちなみに日本は全く違います。

これが宗教による圧力だったか、というとそれは分かりません。ただ、ヨーロッパの法整備の基礎となったローマ法では女性の財産権や相続権を認めていましたので、中世のヨーロッパ社会で封建制が強まっていった経緯と関係があるだろうとは思います。
 特に、封建領主は支配のために領民を搾取しており、女性が結婚するのに税を取る制度がありました。これは人頭税の一種で、名目的には「領主は領民の女性の処女をもらう権利がある。領主の許可なく処女でなくなるのは違法であり、また処女である女性を娶るには領主に税金を納める必要がある」というものでした。

これにより、女性のバージンを管理するようになります。勝手に性交しては税金が取れなくなるからです。ただ色恋を法律で縛っても効果がないため、キリスト教の処女信仰を利用して、修道院などでバージンでいるように管理したと言われています。

この処女管理のあり方が、のちに女性の権利を阻害する方向に動いたのは間違いないです。

逆をいうと日本でこれが起きなかったのは、日本の封建領主が領民の主人ではなく、単に租税徴収権を持っている権力者にすぎなかったからです。日本では人頭税はかけられなかったのです。

さて、近代になるとこの反動が出ます。きっかけは第一世界大戦です。この戦争は大量破壊兵器により男性が大量に犠牲になったため、変わって女性が社会進出しました。鉄工所で大砲の弾をつくり、鉄道を運転し、男性と同じ仕事をこなしたのです。

そのため女性自身に疑問が芽生えます「なんだ、女だからといわれたけど、あたしたちでも男と同様に仕事できるじゃん」ということです。

これに特に戦後は奴隷差別の撤廃や民族差別の撤廃などがあり、男女差別の撤廃も推進された、ということになります。
そしてその平等の考え方は「男性と同等に仕事をする能力があり義務を果たすのだから、男性と同等の権利をくれ」というものです。そして完全に男女平等になったのが1970年、ということです。

ですから、外国の女性は「その仕事が自分の手に負えない、と思わること」をすごく嫌がります。重い荷物も持つし、残業もこなすし、きつい仕事もなんでもやります。アメリカ映画ですが、GIジェーンのような「なんか分かんないけど、女性が男性と張り合って、男並み、を証明する映画」ができるのはそういう理由からです。
日本で絶対に作られないでしょう。

さて、じゃあ、法律的に男女平等になったからヨーロッパは男女平等なのか、というと、そうでもありません。これもアメリカの映画の話ですが、男性が主人公の映画に対して女性が主人公の映画は1割程度しかない男尊女卑だそうです。日本だと恐ろしいぐらい女性が主人公の映画がたくさんありますね。

はい、その通りです。というより、今でもヨーロッパは実質的には男尊女卑です。平等になるように努力しているのは欧米のほうですが・・

まず、最初に法整備としてヨーロッパが男女同権になったのは、実は1970年のことです。びっくりするでしょう。
もちろんヨーロッパと言っても国に違いがありますが、1970年というのはフランスで婚姻に関する財産権が男女で平等になった年で、これで法的な男女差別は撤廃されたのです。

そもそも、男女差別の根本はなんであるかというと「自分で取捨選択することができるか」と...続きを読む

Q女性差別の具体的な例

具体的な女性差別の例を教えてください。
たとえば、男女混合名簿とか

Aベストアンサー

>具体的な女性差別の例を教えてください。

1)プロの女相撲の禁止(大正時代くらいまではあったんですが)
2)プロ野球への女性入団の禁止
(アメリカには女性の選手いるんですよね)
3)東大の教授の人事
(東大卒の女性教授はいますが、東大に女性の教授が
 いません)。
4)女性用風俗店の少なさ
 男性用の性風俗は沢山あるのに、女性用は
 あまりありません。女性だけの東南アジア向け  
 美少年売春ツアーがあるくらいですから、需要は
 少なくないはず。
5)女性の教育レベルの低さ
 今だに女は早く結婚させるべ、みたいなバカ親が
 いること自体信じがたいことですが、男性の
 大学院への進学率の上昇率に対して、女性の
 進学率が低すぎます。
  これについては社会的障害ではなく、親が女の子
 に十分な教育を行わないという差別をしている
 ことに間違いありません。
6)女子大の存在
  社会に出たら、男女平等に機会が与えられると
 同時に共に戦わなければならないかもしれないのに、
 大学という中等教育まで女性専用という箱入り娘
 的逆差別教育環境があるのはおかしいです。

>具体的な女性差別の例を教えてください。

1)プロの女相撲の禁止(大正時代くらいまではあったんですが)
2)プロ野球への女性入団の禁止
(アメリカには女性の選手いるんですよね)
3)東大の教授の人事
(東大卒の女性教授はいますが、東大に女性の教授が
 いません)。
4)女性用風俗店の少なさ
 男性用の性風俗は沢山あるのに、女性用は
 あまりありません。女性だけの東南アジア向け  
 美少年売春ツアーがあるくらいですから、需要は
 少なくないはず。
5)女性の教育レベルの...続きを読む

Qキリスト教 差別

無宗教でキリスト教のこともあまり深く知らないのですが、キリスト教の基本ていうのは人類の愛、隣人愛と聞きました。(勉強不足ですみません)
これは皆平等である、ということと思うのですが
キリスト教はどこか差別的なものがある気ものもするのですが、それは自分の偏見なのでしょうか。
(例えば、キリスト教は同性愛とか女性差別的な部分があると聞きました)
よければ皆さんの意見お聞かせください。

Aベストアンサー

キリスト教に限らず、人間は差別しますよ。個々の人間も差別しますし、社会も差別します。仏教だってヒンズー教だって八百万の神だって、差別します。
差別の根源は美醜や好悪といった価値感です。プラス方向の価値感、例えば美しいと思ったり、可愛いと思ったり、立派だと考えたり、これは逆方向の価値観を必ず生み出します。

マイナス側の価値評価のうち、ある社会にとって合理性を欠いていると考えられる価値評価が、「差別」と言われるようになります。社会の価値観に沿っているものは単に「区別」であるに過ぎません。「差別」と「区別」の違いは、社会の価値観から相対的に判定されるものにすぎません。

「部落差別」というのは、江戸自体には社会制度の根幹を為す当たり前の制度だったので、「差別」などと言われなかった。士農工商という身分制度がありましたが、商人は差別されているなどと言わなかった。
穢多非人という汚れの観念は、高貴な血筋という価値観の対立観念として必要だったんです。高貴な血筋という社会幻想が希薄になることによって、穢多非人という汚れの価値観も希薄になることができます。

たとえばこのように、以前からあった価値観が希薄になってゆくことが、社会にとって合理性を欠いてゆくというプロセスです。

今の日本はお金絶対主義ですが、いくらお金があっても被差別者は物を売ってもらえない、店に入れてもらえない、なんて社会がいくらでもありました。今でもあると思います。お金持ちなのに差別されるという社会もある。


さて、ご質問についてですが、そもそも「人類の愛、隣人愛」というのは、差別をするかしないかという問題と、関係ありません。「皆平等」という意味では無いです。ですから、「偏見」ではなく事実をその通り感知なさっているだけです。
南北戦争時代のアメリカでは、黒人奴隷を売買したり鞭で打ったりする人が、毎週末教会で「汝、隣人を愛せよ」という説教を聞いてたわけです。きっと牧師さんの家にも黒人奴隷はいたことでしょう。
だいたい、「人類の愛、隣人愛」と言った時点で、人類以外の生物種を差別してます。キリスト教では牛や豚は人が食べるように神が遣わした生き物だと解釈されています。


このように書くと「じゃあ差別するのは仕方無いのだな」と言う人がいます。
ある意味ではそうです。差別が存在するのは仕方無い。社会の価値観は常に変遷しますから、それに伴って今まで差別でなかったものが次々と差別になってゆく。また価値観は社会の変遷に伴って変遷すべきものです。
これは克服することができない問題ですから、私達は、自らの価値観が常に変わるかもしれないということを認識していなければならないのでしょう。変化することを受け入れなければならない。そして不合理な区別、つまり差別であると考えられるものについては、無くすように努めないといけません。差別があるのが仕方無くても、差別をしていいということにはなりません。
宗教を信じている人はこういったことを考えなくていいから楽です。楽をしている人たちは、理由を考えずに自信を持って物事を差別します。そういった状態になっているときの人を、ぼくは狂信者と呼びます。社会の実態に照らして意見の対立を止揚することができない。
宗教の教義なんかよりも、現実に生きている社会の実情の方が、絶対に大事だとぼくは思います。

キリスト教に限らず、人間は差別しますよ。個々の人間も差別しますし、社会も差別します。仏教だってヒンズー教だって八百万の神だって、差別します。
差別の根源は美醜や好悪といった価値感です。プラス方向の価値感、例えば美しいと思ったり、可愛いと思ったり、立派だと考えたり、これは逆方向の価値観を必ず生み出します。

マイナス側の価値評価のうち、ある社会にとって合理性を欠いていると考えられる価値評価が、「差別」と言われるようになります。社会の価値観に沿っているものは単に「区別」である...続きを読む

Qキリスト教の「父と子と精霊」とは何でしょうか?

キリスト教のお祈りで、「父と子と精霊の御名において」という文言があります。
これの意味を教えてください。
父=神、子=イエスでしょうか?
それなら「神とイエス」といえばいいですよね。
これはキリスト教以前のユダヤ教に根ざしているのでしょうか。
また精霊はマリアと交わったので、イエスの父でしょうか?
三位一体などともいわれますが、その意味もよくわかりません。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

もともと原始キリスト教では三位一体はありませんでした。
後世にカトリックの司祭たちがその概念を生み出したものです。

その元となるものが、処女ー聖母ー破壊者の概念を持つ女神です。
神は三相だと古代は思われていました。
女性原理の時代から男性原理の時代に変化して、紀元前300年頃は、男性原理にあの地域一体となり、神は女から男に代わり、キリスト教は女性を憎んでいますので、教父たちは神は男だとして、三位一体 父ー息子ー聖霊 という概念を作り上げていきました。

イエスの考えではなく、後世の人の考えが現在の三位一体になっただけです。

何故聖霊になったかというとキリスト教は「男が罪を犯したのは女のせいだ」と決定したからでした。
それで両親と子供という聖家族の中から女性を排除して、聖霊をとってつけたわけです。
父親と息子と聖霊が神の豊穣をもららすと考えたのでしょうか。

今の科学でしても、父親と息子が交わっても子孫はできませんが、キリスト教は精神世界でそれは可能であると考えたようです。
永遠の命を与えられる人は子孫はいらない という考えだったのかもしれません。
それで、男性オンリーの修道会など作り、男性だけで暮らしたようです。

もし、イエスが実在の人物だったとしても、イエスは天から突然降って沸いたものではなく、ちゃんと人間の父親がいたようです。
司祭で<神の父>と呼ばれる人物の一人がイエスの本当の父親だったようです。

それで神殿で「父の家」とイエスが言ったわけです。
司祭ですから神殿が住居でもおかしくないですね。

もともと原始キリスト教では三位一体はありませんでした。
後世にカトリックの司祭たちがその概念を生み出したものです。

その元となるものが、処女ー聖母ー破壊者の概念を持つ女神です。
神は三相だと古代は思われていました。
女性原理の時代から男性原理の時代に変化して、紀元前300年頃は、男性原理にあの地域一体となり、神は女から男に代わり、キリスト教は女性を憎んでいますので、教父たちは神は男だとして、三位一体 父ー息子ー聖霊 という概念を作り上げていきました。

イエスの考えではなく...続きを読む

Qローマ法王はどうして皆男性なのか

どうしてローマ法王はみな男性なのでしょうか。またカトリック教会の重要なポスト(枢機卿など)に女性がついたという話もあまりききません。どうしてでしょうか。

Aベストアンサー

 以下の回答はいまいち回答になっていない気がします。

 聖書的に原罪を根拠にしておられる人がいますが、これは根拠になっていません。旧約から新約まで男と女の罪を区別するような記述はなく、罪人であるというのは人であるかぎり共通のものです。

 問題は聖書の神にとって男と女の区別は何を意味しているのか?ということにあるのです。

 それは男は神の象徴であるということです。厳密にいっておきますが、これは男が神であるとか、法王が神だという意味ではありません。あくまで象徴にすぎません。聖書の各書物で主だって祝福された人たちの多くは男ばかり。モーセ、ノア、アブラハム、ヤコブ、イサク、ダビデ、ソロモン、新約は女性もいくらか祝福されていますが、一応中心的な人はやはり男ばかり。ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、パウロなど。

 これはただの男尊女卑だったか?私は違うと思います。

 実は新約にいくつか男がキリストをあらわし、女が召会にある人々をあらわすというところがあります。あくまで「象徴」です。つまり地上において女が男に服従するということは、人が神に服従することを指すのです。神は権威をおかれ、秩序を保つようにされています。

 ですから、年長者を敬えとか、隣人を愛せよとか、ともかく秩序に関わる言葉をいくつか残しています。

 ただローマ法王の場合、いくらか議論があります。聖書では女性は男の上に立つなという実質的な記述がいくつか見られますが、それは王様になって支配せよという意味ではないということです。ですからローマ法王という存在そのものが聖書的ではないのです。

 現に旧約も新約も、そんなことは一言も書いていません。法王をつくれとか選べといったことです。私個人としてはこのシステムそのものが少々怪しいとつくづく感じるのです。

 以下の回答はいまいち回答になっていない気がします。

 聖書的に原罪を根拠にしておられる人がいますが、これは根拠になっていません。旧約から新約まで男と女の罪を区別するような記述はなく、罪人であるというのは人であるかぎり共通のものです。

 問題は聖書の神にとって男と女の区別は何を意味しているのか?ということにあるのです。

 それは男は神の象徴であるということです。厳密にいっておきますが、これは男が神であるとか、法王が神だという意味ではありません。あくまで象徴にすぎませ...続きを読む

Q劉備玄徳の人肉接待について

三国志の劉備玄徳が、戦に敗れて逃走中にかつて面倒を見た人の家に泊まった時に、その人は自分の妻を殺して料理し劉備に食べさせたという話があります。

一般的な日本人の感覚では、到底受け入れられないですが、中国の史書では立派な行いと称賛してるものも多いそうです。

三国志演義に見える話とのことですが、翻訳した人が「この部分は日本では無理だろう」と判断して、訳書からカットすることが多いとのこと。さもありなんと思います。

ネットで見ると、中国では古くから人肉を食する習慣があるらしいです。まあ、中国に限らず今ほど食糧事情がよくなかった時代は、世界でも割とあったことのようですが。日本でも、天明の大飢饉のときなどに同種のことがあったのは有名ですね。

ただ、気になったのは、日本では特殊な時期しかこの種の話はないけど中国ではかなりの頻度であるようだし、それを主君に報いる行いと称える記述もあります。少なくとも日本では、やむにやまれずやったという感じがしています。しかし、天明の飢饉の絵図を見ると、まさに地獄絵図ですね。

質問ですが

(1) いろいろ見ると、中国で昔からカニバリズムがあるという証拠はない。三国志演義の記述もそれが当時としても極めて珍しいことなのでわざわざ書き残されている。これをもって、昔から一般的な習慣だったとはいえない・・・という意見があります。私も、そう思います。というか、そう思いたいです。
だって4000年の歴史を持ち、日本がまだ弥生時代で卑弥呼がでるかでないかの時代にすでに魏・蜀・呉の三国がせめぎあい、日本に漢字をはじめ様々な高度な文化を伝えてくれた国ですから。
詳しいかたにお聞きしたいのですが、上記のことはやはり事実なのでしょうか。それとも、ネガティブキャンペーンの一つという意味合いもあるのでしょうか。

(2) もし事実だったら、そうなった原因はどのへんにあるのでしょうか。私見では、古くから小国
分立で争いが絶えなかったため、残虐性が高くなったのかなとか思いますが。

三国志の劉備玄徳が、戦に敗れて逃走中にかつて面倒を見た人の家に泊まった時に、その人は自分の妻を殺して料理し劉備に食べさせたという話があります。

一般的な日本人の感覚では、到底受け入れられないですが、中国の史書では立派な行いと称賛してるものも多いそうです。

三国志演義に見える話とのことですが、翻訳した人が「この部分は日本では無理だろう」と判断して、訳書からカットすることが多いとのこと。さもありなんと思います。

ネットで見ると、中国では古くから人肉を食する習慣があるらしいです...続きを読む

Aベストアンサー

今手元に正史の『三国志』も小説の『三国志演義』もちょうどないので、記憶の中だけの話ですが、確か劉備が呂布に敗れた時、猟師の劉安の家に泊まって、劉安が妻を殺して「狼の肉です」と言ってもてなした話ですね。

このエピソードは正史にはありません。裴松之が付した注にもありません。
『三国志平話』および『三国志演義』の中にのみある話です。どちらもあくまでも小説です。



むろん中国でも、人肉食は極限状態です。
ただ、全くなかったということでもないみたいですね。

たとえば春秋時代の斉の桓公といえば、誰もが春秋五覇の筆頭に挙げる人ですが、管仲に馘首された厨宰(宮廷料理人)の易牙を、管仲の死後に再任用します。
易牙がクビになった理由は、桓公が「ワシは人間を食ったことがない」と言った際に、自分の息子を蒸し焼き料理にして献上したという無茶なものですが、管仲は「息子を料理にして殺すなんて、易牙は親子の情が薄い」と言っており、カニバリズムそのものを罪としてあげつらっているわけではいません。

『演義』の中には、董卓が死んだ際に董卓に苦しめられた人々が、恨みを晴らすために董卓の肉を食いちぎるという場面もありましたね。

また、正史だけでなく『資治通鑑』など比較的評価の高い史書の中にも飢餓における食人の話題は出てきます。むろんそのすべてを「本当にあったこと」として鵜呑みにすることはできませんが、「食人」という話題が史書に挙げられるということは、「あってはならないことではあるが、決して起こりえない話ではない」ということでもあることが分かります。(ちなみに「評価が高い」というのは、資料的価値ではなく文学的価値です)。


さて、高島俊男の『水滸伝の世界』では、「人を食った話」という一章を設けて、水滸伝の中にあらわれる食人の表現について言及をしています。
まず高島氏は桑原隲藏氏の「支那人間に於ける食人肉の風習」という論文を引いて、中国における食人の目的を、
(1)飢餓時の食料    (2)戦時の糧食が尽きた時の食料
(3)復讐        (4)嗜好品(美食)
(5)医薬品
と分類し、そのうえで「肉食が食の中に普通にある中国」と「食っても魚か鳥が関の山だった日本」との、肉食文化の彼我の違いを挙げています。

これらのことを総合して考えると、劉備の話は(劉備にとっても劉安にとっても)極限状態だったという場面における「美徳ではあるが悲劇」という演出でしょうね。


余談ながら、興味深いサイトを見つけました。日中両国における食人に関する話題です。
http://trushnote.exblog.jp/7602405/
http://trushnote.exblog.jp/7876738/

今手元に正史の『三国志』も小説の『三国志演義』もちょうどないので、記憶の中だけの話ですが、確か劉備が呂布に敗れた時、猟師の劉安の家に泊まって、劉安が妻を殺して「狼の肉です」と言ってもてなした話ですね。

このエピソードは正史にはありません。裴松之が付した注にもありません。
『三国志平話』および『三国志演義』の中にのみある話です。どちらもあくまでも小説です。



むろん中国でも、人肉食は極限状態です。
ただ、全くなかったということでもないみたいですね。

たとえば春秋時代の斉の桓公...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q昔から日本では女性差別は無かったのではないですか?

昔の日本は女性差別が酷かったという人が居ますが、戦争にでるのは男、家を守るのが女という役割分担があっただけで、明確な女性差別は無かったのではないでしょうか。
(戦争に行くのは必ずしも男性と決められていたわけでもなく、中には女性の兵士も居たようです)
また、女性は女性らしく男を立てろと厳しく躾けられたという話を持ちだして、これをもって女性は差別されていたという人も居ますが、このように躾けていたのは母親とかお姑さんといった女性であり、父親が息子を男らしく厳しく育てたのと似たようなものだったのではなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

No4です。


質問の回答自体は、No4で終了なのですが、その後、19世紀のヨーロッパで女性差別が最悪だったものがどのように、女性に権利が与えられてきたのかの説明をした方が理解が深まると思いましたので、追記します。



19世紀のヨーロッパは、女性差別が最悪な時期でしたが、第一次世界大戦以降、女性の権利が認められるようになります。具体的には婦人参政権です。

理由は、第一次世界大戦は、これまでの戦争と違い、女性も軍需工場に働くなどをし、社会的義務を担うようになりました。「男性と同じ義務を負っているのだから、女性も男性と同じ権利を与えよう」という理由で婦人参政権が与えられました。

フランスは、その時期には婦人参政権は与えられませんでした。理由は「権利が増えると、義務も増えるので嫌だ」とご婦人自ら、婦人参政権を拒否しました。日本では、既に日本人女性はフランスの貴婦人と違い、軍需工場で働くなどの社会的義務を負っていたので権利を与えるべきでしたが、義務と権利の関係を理解していなかったようで、権利を主張する女性も、権利を与えないといけないという政治家もいませんでした。

義務と権利の関係を理解していない点では、今でも同じですね。


その後、西洋思想は女性の権利を認める思想になり、それに迫られる形で日本にもその思想がまた入ってきます。つまり日本の男女差別の思想は、西洋思想によって最悪な状態になり、西洋思想によって女性の権利(誤った意味で「女性の権利」を吸収してしまったが)の思想が入ってきました。

No4です。


質問の回答自体は、No4で終了なのですが、その後、19世紀のヨーロッパで女性差別が最悪だったものがどのように、女性に権利が与えられてきたのかの説明をした方が理解が深まると思いましたので、追記します。



19世紀のヨーロッパは、女性差別が最悪な時期でしたが、第一次世界大戦以降、女性の権利が認められるようになります。具体的には婦人参政権です。

理由は、第一次世界大戦は、これまでの戦争と違い、女性も軍需工場に働くなどをし、社会的義務を担うようになりました。「男性と同じ義務...続きを読む


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