近代的自我とはずばりなんでしょうかー!
わかりやすい説明!おねがいします!

A 回答 (4件)

No.3のChindonです。

丸山正雄ではなく丸山眞男でした。すみません。
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誰がこのような概念を作ったのでしょうか?忘れました。

丸山正雄?
多分、フランスのような徹底したブルジョア革命が実現した国の国民の個人意識と上からのクーデター的に実現された明治維新というブルジョア革命の中途半端さに条件づけられた日本人の個人意識の特徴を比較して、後者の特質を解明しようとした学問的な流れの中で生み出された概念のような記憶があります。違っているかもしれませんが。
フランスやイギリスの市民は近代的自我が確立しているが日本人の場合は未確立である、というように使われたのでは?
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『舞姫』は読んだことがないので(^^ゞ


あまり文学的な観点からの説明はできないのですが…。

前の方の補足のような形になります。
封建社会を含む前近代においては、常に人間は生まれながらの身分が決まっていましたが、自由な意思決定は基本的に支配的立場にある人にしかできなかったわけです。
言い換えると、被支配的な立場の人々(奴隷、農奴、女性など)には自己決定権そのものがなかった、もしくは大きく制限されてきたと言えます。
例えば、結婚も親同士が決めたものが一般的でしたし、職業選択の自由も、当然、ありません。住居の移動や旅行さえも難しかった。

しかし、封建社会が倒壊し、「自由、平等」の旗の下でこうした身分や宗教的なしがらみがなくなると、この社会(資本主義社会)に存在する人々は一応、出身や職業の違い、あるいは財産の有無などで差別されたり、権利を侵されることはなくなりました。
こうした社会の中で、人間ははじめて、さまざまな秩序から自由に自分の意思を表明し、自己の行動を決定することが可能になったのです(もちろん、現実にはまったく完全な「自由」ではないのですが…)。

大体、このような説明ができると思うのですが、いかがでしょう?
文学的な観点からの解説を求めていたなら、ごめんなさいm(__)m。
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 事典的に説明すれば、「近代の到来に伴い、前時代の封建的、宗教的遺制から解放された個人が自覚した、自由で平等な自己の姿」とでも言えるのでしょうが、こんな説明では、満足してもらえませんよね。



 たとえば、森鴎外の「舞姫」の主人公太田豊太郎は、国家の命によってドイツに留学したにもかかわらず、エリスという踊り子と出会って恋に落ち、これまで信じてきた「滅私奉公」だの「立身出世」だのといった価値観を疑い、自由な一個人として生きようと考えますね。こういうところに、「近代的自我の目覚め」が見出せるわけです。

 ところが、結果的に豊太郎は、妊娠しているエリスを残し、功名のために帰国してしまうわけですが、こういうところに今度は、未成熟な日本的「近代的自我」を見出すこともできるわけです。

 おおよそおわかりいただけたでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
とてもわかりやすかったです!
川端康成「雪国」の演習発表でこの語の説明に困り果て・・・。
なんとなくはわかるんですが、うまく言葉にできなくて・・・。
ちなみに卒論は「舞姫論」かきます!

お礼日時:2001/11/14 10:44

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Q日本文学における「近代的自我」って、わかりやすく言うとどういうこと?

いまいち、ピンときません。近現代の日本文学を理解する上では必須の概念のようですが。たとえば、封建時代には無かったこういう考え方が、明治以降の思潮として生まれた…というような具体例をふまえて、わかりやすく教えていただけませんか。素人にわかるようにお願いいたします。

Aベストアンサー

明治以降、戦前までの、あるいは現代にいたるまでの日本の文学を貫く大きな主題を「近代的自我の確立」として見ていく、というとらえ方があります。

大雑把に言うと、
西洋近代社会の根本には、近代的自我があった。
それに対して、封建時代を続けていた日本には、近代市民社会というものは存在しない。そして、その核となる近代的自我もない。明治に入って、外圧によって開国を余儀なくされ、西欧列強に植民地化されないために、社会は急激な近代化を遂げた。

けれども、それは、西洋のように、近代的自我が自然な発達段階を経て成熟し、それと軌を一にして市民社会も成熟した、その結果としての文明ではないわけです。
そのギャップを埋めようとして、なんとか個人の内側に「自我」というものを確立しようとして苦闘した、一連の作家がいる、という考え方です。

ではヨーロッパの近代をささえた「自我」とはなんなのか。

これをまた考え始めると、大変なのですが、ここでは簡単に、「わたしとはなんなのか(わたしはなぜわたしなのか、わたしと他者はどうちがうのか、といった一連の質問も含みます)」という問いを立て、それに答えていくこと、としておきます(もし自我とはどういうことか、に興味がおありでしたら、宮沢賢治の作品を自我という観点から読み解いていく見田 宗介『宮沢賢治―存在の祭りの中へ』 岩波現代文庫が大変おもしろく、参考になるのではないかと思います)。

ヨーロッパ社会では、キリスト教の強い支配と、封建的な身分関係のなかにあって、ひとは、社会からも、神からも自由で独立した「わたし」を想定してみようとも思わなかった時代から、近代に入って、自我が哲学の中心的な問題となっていきます(ヨーロッパ社会の中で「個人」という意識がどのように確立していったか、ということに興味がおありでしたら、作田啓一『個人主義の運命』岩波新書を。この本は手に入りにくい本ですが、非常によくまとまっています)。

近代社会を構成するのは、ひとりひとりの市民である。そしてその市民は「自我」を有している。これがヨーロッパの近代を支える思想であり、ヨーロッパの近代文明を裏打ちしているのは、その思想であったわけです。

さて、上でも言ったように、ヨーロッパでは百年~二百年の期間を経て成熟していったところへ、日本は一気に追いつかなくてはならなくなってしまった。

文学も、それまでの戯作文学のように、楽しみのためだけに読むようなものではダメだ、西洋の芸術観に基づいた新しい文学が生まれなければならない、と、そのように考えられるようになった。そうやって、明治二十年代に入って、新しい文学が起こってきます。

その代表的な作品が、二葉亭四迷の『浮雲』、あるいは森鴎外の『舞姫』です(『舞姫』に関してはhttp://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=993639で回答しているので、もし興味がおありでしたら、ご覧になってください)。

両者とも、知識階級の青年を主人公にしています。
主人公は、どういうふうに生きたらいいか考え、悩み、自分が良いと信じる生き方と、社会の現実が相容れないことに悩みます。
つまり、現代までつながってくる問題が、明治二十年代に、初めて登場したのです。

この二葉亭や鴎外がここで提出した問題は、そののち、鴎外自身や漱石によって深められ、あるいは明治四十年以降からは私小説という表現形式をとって現れたりもします。

その現れはさまざまだけれど、いずれも、社会のなかで生きる「わたし」は、社会から独立した存在である、それゆえに、社会とは相容れず、みずからの理想を、社会のなかで体現することもできない、その「わたし」は、いったいどう生きていったらいいのだろうか、ということを、日常生活のなかに描き出そうとするものだった。そういうものが、日本の近現代の文学であった、と概観することもできるわけです。

非常に大雑把に書きましたが、「日本文学における近代的自我の確立」と言ってしまうとずいぶんたいそうなことのようですが、その内容は、そうしたものである、と考えて良いのではないでしょうか。

明治以降、戦前までの、あるいは現代にいたるまでの日本の文学を貫く大きな主題を「近代的自我の確立」として見ていく、というとらえ方があります。

大雑把に言うと、
西洋近代社会の根本には、近代的自我があった。
それに対して、封建時代を続けていた日本には、近代市民社会というものは存在しない。そして、その核となる近代的自我もない。明治に入って、外圧によって開国を余儀なくされ、西欧列強に植民地化されないために、社会は急激な近代化を遂げた。

けれども、それは、西洋のように、近代的自...続きを読む

Q近代俳句の近代とは?

正岡子規は、俳句の近代化を進めた、と言われます。(なんとなくそういうフレーズを記憶しています)
俳句における近代というのは、子規以前の俳句と比べて、どのような違いをもって言うのでしょうか。

Aベストアンサー

どうでもいいんですが、クソ暑い中を労働してきて、すっかり煮えた頭でお礼欄拝見して、ぶっ飛びました(笑)。

>とすれば、十七音での完結というのは、どういう要素によってそう感じせしめるのか。その要素がわかれば、その要素をふんだんに踏まえた句が、子規の代表作になるのではないか。

結論的に言いますが、こんなむずかしいことは、わたしにはわかりません(笑)。

ただ、文学史的知識でお答えできる点だけ、いくつか。

まず、発句というのは、連歌のなかの句といっても、また特別なものなんです。
俳諧連歌は、個々の句を鑑賞するだけでなく、発句から終りまでを、移り変っていく物語として鑑賞していくものです。
そのために、いくつも約束事(式目)がある。
みんなで力を合わせて、おもしろい物語を作っていきましょう、というわけです。

なかでも発句は一巻の連句のなかでも、唯一の独立性を持ったものと設定されています(ですから、発句だけを集めた発句集というのも、芭蕉の時代から出されていたわけです)。そのために「や」「かな」「けり」という切れ字を、この句だけが持つことができます。

また、招かれた客が、一座へ挨拶する、という性格があるのもその特徴です。

これはわたしが学校の授業で習って、いまでも覚えているのですが、「古池や蛙飛び込む水の音」は、連歌の席上で発表されたときには、次の句(脇句)がつけやすいように「古池や蛙飛んだる水の音」というものだったようです。

「古池や蛙飛び込む水の音」
「古池や蛙飛んだる水の音」

こうやって並べてみると、どちらが一句としての完成度をもったものか、あるいは、どちらにつぎの句がつけやすいものか、非常にわかりやすいのではないでしょうか。

こういうことは、当時の人々もすでに気がついていて、蕪村が属していた「三菓社」は、いまの句会に近い、発句だけを詠む会などを催していたようです。

つまり、子規もある日突然そういうことを言い出したわけではなく、それにいたるまでの道筋というのは十分にあったわけです。


さて、そのうえで、この世界最小の短詩型である俳句、この魅力はどこにあるか、というのは実に奥深くおもしろいものがあるので、質問者さんもぜひ、今後もいろいろ読んでいっていただきたいと思うのですが、たとえば、たった十七音では、芸術かどうかなど判断できない、と批判する人さえいます。

フランス文学者の桑原武夫なんですけど。
桑原が批判したのは現代俳句なんですが。

桑原が東北大学で教官をしていた当時、一線の俳人の句を十と、素人の句を五、まぜこぜにして、作者名を隠して教官や学生に優劣をつけさせた。
すると、驚くべき結果、というか、句だけでは評価ができない、という結果になってしまった。

桑原は「ともかく現代の俳句は、芸術作品自体(句一つ)ではその作者の地位を決定することが困難である。……作者の俗世界における地位のごときものによって決められるの他はない」と、痛烈に批判します。
そうして
「作品を通して作者の経験が鑑賞者のうちに再生産されるというものでなければ芸術の意味はない」(『第二芸術』講談社学芸文庫)、として、俳句を「第二芸術」(一流の芸術に準ずるもの)というのです。

何か、近代から現代へ、という感じで後半は脇道へそれた感じもしますが、子規の「写生論」は、漱石の『写生文』にも影響を与えていますし(こっちのほうを書いたら良かったのかな)、子規自身、いくつかのエッセイも残していて、非常にこれがまたおもしろいものです。

あー、いっぱい書いたらすげー疲れました(笑)。
後半支離滅裂になりましたが、おもしろそうなところがあれば、そこからまた、質問者さんご自身で、いろいろ読んでみてください。
連句の項に関しては、高橋順子『連句の楽しみ』新潮選書を参考にしています。この本もおもしろいよ。

どうでもいいんですが、クソ暑い中を労働してきて、すっかり煮えた頭でお礼欄拝見して、ぶっ飛びました(笑)。

>とすれば、十七音での完結というのは、どういう要素によってそう感じせしめるのか。その要素がわかれば、その要素をふんだんに踏まえた句が、子規の代表作になるのではないか。

結論的に言いますが、こんなむずかしいことは、わたしにはわかりません(笑)。

ただ、文学史的知識でお答えできる点だけ、いくつか。

まず、発句というのは、連歌のなかの句といっても、また特別なものなんで...続きを読む

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句がわかりましたらお願いします。

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赤冊子

http://wasavi-design.com/txt/2009/09/000341.html


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