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No.1
- 回答日時:
西洋の、小説はもとより、特に戯曲において強烈きわまりなく示されるのは、
息詰まるような人間の悲劇的意志、「自我」です。
西洋世界が常にこの立場を貫いて生活しているわけではないでしょうけれども、
少なくとも伝統的に強固な文学的思想上の形象として、
古代ギリシャのソフォクレス(たとえば『オイディプス王』)から
近代フランスのラシーヌ(『フェードル』や『アンドロマック』)を貫通しているのは、
この確固たる「自我」の観念です。
明治の日本人はこの西洋の自我観を書物を通して学びとり、
おそらく西洋の人々より、より純粋なかたちで、観念的に理解したのは間違いありません。
このことが非常によくわかるのは、たとえば森鴎外の『妄想』という短編です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/683_2 …
ここで鴎外は自我というものを「あらゆる方角から引つ張つてゐる糸の湊合」、焦点として捉え、
自分は小さい時から小説が好きなので、外国語を学んでからも、暇があれば
外国の小説を読んでゐる。どれを読んで見てもこの自我が無くなるといふこ
とは最も大いなる最も深い苦痛だと云つてある。ところが自分には単に我が
無くなるといふこと丈ならば、苦痛とは思はれない。(…)自我が無くなる
為めの苦痛は無い。
と言い、だったら見過ごせばいいかというと、
その自我といふものが有る間に、それをどんな物だとはつきり考へても見ず
に、知らずに、それを無くしてしまふのが口惜しい。残念である。
そして、
それを口惜しい、残念だと思ふと同時に、痛切に心の空虚を感ずる。なんとも
かとも言はれない寂しさを覚える。
こうして「自我」の問題は明治の日本人の課題、強迫観念となったのです。
もう一つ、夏目漱石の『私の個人主義』は、この講演自体は感銘的なものですが、
この、漱石が到達した「自己本位」という立脚点が、すなわち「自我」であるかというとそうではありませんでした。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772.h …
要するに、
<観念的には自己の確立ということが時代の強い要求になりながら、現実には明治末年の知識人にとって「自己」の観念ほど彼らの思索を混乱させるものはなかった>
<荷風は半ば自棄的に、自我とは所詮「近代という熱病」だと叫んでいたし、鴎外はもっと正直に、自分の内部に自我が実感できないのは無念なことだと述懐した。「自己本位」の四字を手に入れて強くなったと語った漱石も、実際の文学作品のなかでは逆にそれを確信できない悩みばかりを描くことになった>
<もちろん、彼らが自分の内面の奥に何ものかを見届けていたことは確実であるが、しかし、その何ものかはけっして内容を持った、実体的な自我ではなかった>
ということになります。
付記:< >内は山崎正和『不機嫌の時代』から引用。原文は旧かな表記。
この回答全体は、おなじく山崎氏『鴎外 闘う家長』に全面的に依存しながら書いたことをお断りしておきます。
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