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- 回答日時:
後半のわからなくなった部分というのは、人間の意識にふれたあたりのことでしょうか。
この部分は、漱石が影響を受けたウィリアム・ジェイムズの心理学の紹介なんです。だから全体で見ると、少し違和感がありますね。
ウィリアム・ジェイムズは「意識の流れ」(意識は、塊のような要素が集まってできたものではなく、常に変化しつつある一連の流れであるという主張)を提唱し、やがて文学における技法として、さまざまな作品に用いられるようになるのですが、その最高峰といわれるのが、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)。
この講演が1910年のことですから、漱石は日本にあって、世界とほぼ同時的にジェイムズの心理学の著書を読んでいたことがわかります。
さて、その部分はちょっとおいておいて、全体を流れに沿って見てみましょう。
まず漱石は「文明開化」をこう定義します。
「開化は人間活力の発現の経路である」(『現代日本の開化』 講談社学術文庫『私の個人主義』所収)
漱石は文明開化というものは、人間の活力の表れであると考えていたわけです。
その人間の活力には消極的なものと積極的なものがある。
消極的なものは、外部から強いられることを果たすために活力を節約しようとするために働く。その結果として電信電話や自動車などが発明された。
積極的なものとは、強いられないものに対して、みずからすすんで取り組むことです。
こうやって、文学や科学、哲学などがおこってきた。
この二種類の活力が相まって、今日の文明に至ったと言うことができる。
そうやって文明開化が進んで、死ぬか生きるかのために争うことはなくなったけれども、こんどはAの状態として生きるか、Bの状態として生きるか、と生き方の質をめぐる争いになった。
結果、たとえ技術面では便利になったとしても、精神状態の苦しさはそれほど変わるものではない。
それが一般的な開化の現状だと言うのです。
日本の場合はどうか。
日本は外から迫られて、外発的な開化を余儀なくされた。
外国では二種類の活力の結果として、年月をかけて必然的な開化を行ってきたのに、日本はそれだけの年月をかけることなく、一足飛びに来てしまった。
そこで、問題の箇所に来るわけです。
人間の意識というのは、一箇所に留まるものではなく、波を描きながら移り変わっていくものである。 波動の高いところは意識の焦点が当たった部分で、低いところは焦点の当たらない無意識の部分です。高いところから低いところへ、そしてまた次の波へ、と意識は移り変わる。
こうした意識の波動は、個人の内のみならず、社会全体にも起こっている。
「かく推論の結果心理学者の解剖を拡張して集合の意識やまた長時間の意識の上に応用して考えてみますと、人間活力の発展の経路たる開化というものの動くラインもまた波動を描いて弧線を幾個も幾個も繋ぎ合せて進んで行くと云わなければなりません」
つまり、個人の意識が流れていくように、社会の意識も必然的に流れていく。
西洋の開化は、こうした社会の意識が成熟した結果、次の波へと至るように、必然性を持って移り変わったものである。
ところが日本は、その波の上っ面だけ、なんとか飛び移ろうとしているに過ぎない。
漱石はこれをダメだ、とは言っていないんです。
仕方がないことだ。
けれども、開き直るのではなしに、また「追いついた」と得意がるのでもなしに、
「こういう開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなりません。またどこかに不満と不安の念を懐かなければなりません」と言うのです。
開化というものが、必ずしも人間の幸福を意味しないことは、先にも見た通りです。
加えて日本は、外から開化を余儀なくされ、上っ面を滑りつつ、また滑るまいと踏ん張り、大変な苦労を背負い込んだ状態になっている。
漱石は、これからの日本はどうすべきだ、とは言っていません。
ただ、そうした現実を見据えていくしかない、と言っているのです。
中村光夫は『明治文学史』(筑摩叢書)の中で、漱石の小説の主人公についてこのようにふれています。
主人公の多くは「高等遊民」である。
「日本対西洋の関係が駄目である以上、それに何も希望がみとめられない以上、なすべきことは何ひとつないと言い切り」
「彼等は何もしないことで同時代と社会の人々の生き方を批判している」
日本のとるべき方向性を一文学者である漱石は提示しえなかったけれども、漱石は生涯を通じてこの問題を考え、作品を通じてあきらかにしていったのだと思います。
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