ハンナ=アレントについて、ユダヤ人のドイツの現代哲学者であることまでは知っていますが、彼女の唱えた説について、簡略的に説明いただけると嬉しいのですが・・・・。
著書は知ってますが、今は注釈書を読み始めているところです。

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A 回答 (1件)

 ハンナ・アーレントの全体像となると、ちょっと私にはわからないのですが、『革命について』なら読みました。



「アメリカ革命(独立戦争)は成功した革命であり、フランス革命は失敗した革命である」。
革命というのは暴力を伴う速やかな権力交代の後、確固たる秩序を形成する過程を経て初めて成就したと言えるのですが、フランス革命の場合、それができずにテルミドールの反動という形で崩壊してしまいました。それというのも、フランス革命は貧困という「胃袋の問題」を社会問題として最初から抱えていたため、多大の時間と労力を要する秩序形成過程を民衆が待つことができなかったからだ、とアーレントは論じていたと思います。
 個人的な感想なのですが、『革命について』の彼女の立論だと、まるで「貧乏人は革命するな」と言っているような気がするのです。でも、革命という暴力にまで至るほどの怒りや憎しみというのは、構造的にしつらえられた貧困が常に背景にあるように思います。「他にどうしようもない」…そういう思いが形になると暴力になってしまう。
 アイルランド、スリランカ、スペインなどで起こっている民族紛争などを見ると、途方に暮れてしまいます。絶望的になってしまいます。ハンナ・アーレントは、このことに答えをくれなかった…そう、私は感じました。あくまでも、個人的な感想なのですが…
her
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この回答へのお礼

有難うございます~!
一通もなくてがっかりしてたんです。
嬉しい!!
私は今日、彼女についての本を読み始める予定です。
受験が終わったので。
参考になりました。

お礼日時:2001/02/24 12:22

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Qユダヤ民族のユダヤ教以前の宗教を知るには?

宗教や歴史に素養のない者の直感として、ある民族が宗教をもつに際して、当初から一神教で出発するとは考え難いです。ユダヤ民族の場合も多神教で出発しながら、他民族との熾烈な相克を通じ、いわば理論武装をする形で一神教へ移行したのではないかと推理しています。この推理の当否を考える上で参考となる啓蒙書、教養書(歴史、宗教、文化人類、生物、民俗など分野は不問)はありませんか。視点が科学に基づくものを希望します。探し方が横着なせいか、旧約聖書より古い時代のユダヤ民族の宗教に触れた書物には出合えません。車中や寝しなに読む程度ですから邦文を希望します。この質問は文化人類学の領域でカテゴリーは「その他(学問&教育)」が相応しいのかも知れませんが、並んでいる表題群とマッチしないので、こちらでお世話になってみます。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

科学に基づくもの にマッチするとは思わず、希望に添えず恐縮ですが。


http://www.ican.zaq.ne.jp/euael900/world_history05.html
『しかし、アメンホテップ4世のアテン神信仰は、ユダヤの預言者たちに受け継がれた。』

つまりモーセがエジプトから持ち出した。 という説があるんですね。
しかもモーセはエジプト人のしかも王家の血筋だという説がある。
その理由のひとつが名前、そして割礼。

科学的に証明するには、イスラエル人の中で大祭司の家系の人はわかっていますので、その遺伝子と、エジプトの王家の血筋をひく人の遺伝子を比較してみるといいのですが、エジプトの古代の王家の血筋をひく人が現在残っているかがネック。



ユダヤ教の祈祷文に「聞け おおイスラエルよ、汝が神なる主は唯一なる神なり」という文句があるそうですが、エジプト語tはヘブライ文字のdに、eはoになる という法則を当てはめて訳しなおすと、「聞け、おおイスラエルよ、我らが神アテンは唯一の神なり」となるそうです。

アテン教はツタンカーメンの父、アメンホテプ4世が信仰していたもの。
ただ、急激な宗教改革で、結局支持を得られず、アメン教の勢いの復活により、エジプトから消えてしまう。
ちなみに、何故かユダヤ人は祈祷文を読んだあと、アメンというのですが、「その通りです 間違いありません」みたいな意味として使う。
「神の言うことは全くその通りでございます 真理です。」として同意の意味 あるいは神の偉大さを讃える意味で使っているんじゃないかと。

でも皮肉なことに、アテン教が元だとしたら、アテン教を迫害したアメン教の名前を唱えていることになる。

モーセに連れられ航海を渡って、エジプトの植民地に移動したモーセについていった人たちは、モーセがなかなか神託を終えて戻ってこないので、金の雄牛を作って拝んだ とありますが、これがアメン教だと思うんですね。
「エジプトの多くの人が信仰していたアメン教を信仰して、モーセについてこなけりゃよかった」ってことでしょうか。


アメンのシンボル 牛には角がある。
モーセには角がある。
語彙は忘れましたが、ヘブライ語のある文字は、角という意味。
そしてもうひとつ 光 という意味を持つ。

エジプトが起源というものとして、他に10戒律。
エジプトでは最後の審判の時に、いくつも質問され、罪の重さを天秤で量られ、マアトが逆に羽を置き、それとつりあえば、オシリスの住む世界にいける とされたんですね。
その時の審判の審議内容が、モーセが神から授かった10戒の内容を含んでいる。

このようなことから、モーセはエジプト人 と言われるようになったわけです。

モーセのみがエジプト人で、ウルからの移住者とともにエジプトの植民地である今のパレスチナに移動したのかもしれないですね。

ダビデ 特にソロモンの時代に栄華を極めましたが、バアル信仰でした。
彼らはバアルによって国家が繁栄したんですね。
ソロモンが贅沢三昧にしていて重税を課していたため、ソロモンの死後、人々が反発して内乱が起こった とされますが、ソロモン神殿の建設は、失業対策でもあったと思います。

建築ブームになると、失業者は減り、流通が活発になりますよね。

ところが、そのような事業をやる人がその後いなかったため、人々は失業しだし、不満から争いになり、内乱になったのではないかと思います。

ソロモンの死後、東西に分裂し、北王国は10支族で構成されており、南王国はユデアとして、ユダ族とベニアミン族が独立国家を持っていた。

そのユデアが多神教に陥ったために、バビロンに捕囚されることとなった と解釈した人が、モーセから授かった信仰に戻ろうという活動をする人がいて、開放された後に、その意志を持った人は、ユデアに戻った。
そういう考えを持っていなかった人は、バビロニアに残った。


幾度も一神教 多神教 と揺れ動くさまが、聖書に描かれていまないす。
唯一信仰にバビロニア捕囚以降なったようで、それ以降に創世記は作られたようなのですが、内容はアッカド・シュメール神話から取っているみたいです。

だから彼らがユダヤ教を作る前はバビロニアと同じ神を信仰していたかというと、半分 イエス、半分ノー。

アブラハムはウル出身とされるので、その民族だったら、民族が持つ神話を保持していて、後に創世記を作るときの素材にしてもおかしくないです。

ただ、モーセによってもたらされた宗教の影響が無ければ、彼らはバビロニア捕囚後、ユダヤ教を作ることは無かったと思います。

おや その前からあったじゃないか?

でも、それ ユダヤ教と言えるのか。
バビロニア捕囚になる前、今のようなユダヤ教だったのか?

違うと思います。

このようにユダヤ教の歴史には複数の信仰が混在して流れを作っていったと思います。


モーセの時代に、宗教規定を作り、レビ族のみが祭司職をやっていたのですが、だんだんと変化してきて、レビ族じゃない人も大祭司になるという歪みが出てきた。

一方からすれば、独占企業のようなもので、傲慢になり腐敗したから、民間人が と言っているようですが。。。。

どうなんでしょうね。
もともとトーラが人々に対する戒律で、宗教は専門種族がやっていたが、それを俗化しろと要求があったのかもしれません。
王をたてたことで、王が権力を持ち、王が誰が宗教職をやるか任命する権力を持つようになり、歪みがでてきたのかもしれない。


民数記だったか忘れましたが、神は属性の人々を幕屋に近づけないように教えたようなんですね。
でも、後に俗世の人が幕屋の中に入り、牛耳ることになった。
どうして属性の人が幕屋に入ってはならないとしたのか。
ゆがみを畏れてだと思います。

そして、とうとう分裂し、捕囚され、ローマ帝国という異教によって、汚されてしまうまでになった。

モーセは「だから言ったでしょ 預言を信じなかったためそうなった。」って言いたいでしょうね。

ユダヤ教は聖書を読むと流れはわかりますが、ただ、どの方向から読むかで、別の世界が見えてくるかもしれません。

シュメール・バビロニアの神話を呼んだところで、この民族の宗教はよくわかりません。
(縦糸と横糸で織られているから)

だから、縦糸がユダヤ教とするなら、横糸はアテン教じゃないか と仮説をたて、アテン教について調べて比較するのがいいのかもしれません。

が、エジプトには残っていない。
徹底的に抹殺されたのか と思うほど資料が無い。


http://209.85.175.104/search?q=cache:JCMbPDFL5TUJ:pro.tok2.com/~bymn/karakusa/tutankhamen.html+%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%B3%E4%BF%A1%E4%BB%B0&hl=ja&ct=clnk&cd=6

調べた人が書いた書物を読むしかないのですが、どこまで信憑性があるか。
それは聖書の信憑性と同じレベルかもしれない。
(私は聖書に書いてある歴史が実際に起こったとは思っていません。)

信仰についての思想・文学の集大成だと思っています。

科学に基づくもの にマッチするとは思わず、希望に添えず恐縮ですが。


http://www.ican.zaq.ne.jp/euael900/world_history05.html
『しかし、アメンホテップ4世のアテン神信仰は、ユダヤの預言者たちに受け継がれた。』

つまりモーセがエジプトから持ち出した。 という説があるんですね。
しかもモーセはエジプト人のしかも王家の血筋だという説がある。
その理由のひとつが名前、そして割礼。

科学的に証明するには、イスラエル人の中で大祭司の家系の人はわかっていますので、その遺伝子と、エ...続きを読む

Q生涯独身であった哲学者を教えていただけますか。

宜しくお願いします。生涯独身であったと思われる(できましたらその辺の事情も)哲学者の名前を教えていただけますか。

Aベストアンサー

これはやはり「ショーペンハウエル」でしょう。
著書の「女について」では以下のような記述もあります。
どうやら女性が嫌いだったようです。
一説によると母親との確執があったとも聞いています。

「女性の狡猾さは、本能的といってもよく、その嘘つきの傾向を全然なくしてしまうことは出来ない。けだし、自然は獅子に爪と歯とを、象には長い牙を猪には短い牙を、牛には角を、烏賊には水を濁らす墨汁を与えたように、女性にたいしては、自己防衛のために「いつわる力」を与えて、武装させたのだ。」
「男性には体力ならびに理性として与えた力のすべてに匹敵するものを、女性には、このような天賦の形で、授けたのである。それゆえ、女性は生まれつきいつわるものであり、従って、賢女だろうが愚婦だろうが、いつわることにかけては同じように巧みなのだ。」

本にまでしているとなると女性の方からも嫌われたでしょうね。

Q哲学と文学の違いを教えていただけないでしょうか。

 日本語を勉強中の中国人です。ここの皆様は文学もお好きでしょうか。私は文学は好きですが、哲学が難しくてぜんぜんわかりません。哲学と文学の違いを教えていただけないでしょうか。本当に何もわからないので、簡単な言葉で説明していただければありがたく思います。

 また、質問文に不自然なところがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

哲学に関しては全くの素人なので他の方に教えるなどという面映いことは不可能ですが、個人的な解釈を述べてみます。

哲学は、人間に関する事柄を、「人間とは何か」も含めて『根源まで追求しようとする学問』だと思っています。
あらゆる局面においてその追求は可能でしょうし、哲学は学問の学問、と呼ばれるのはそのせいなのでしょう。

例えば、『「美しい」とは何か?』を追求することも哲学と言えるのではないか、と思います。
絶対的な美というものはあるのだろうか。
「美しい」という現象、あるいは感覚は、生きる上において人間にどのような意味を持つのだろうか。
逆に「美しくない」という評価をすることと人間性との関連性は何か存在するだろうか。
等々。

あるいは彼にとっての「善」と私にとっての「善」が一致しない場合、ただ善であるというだけでは物事の判断ができなくなるわけですが、その場合にどのような考え方によって事態を解決することができるだろうか、またはすべきだろうか。
等。
言語の一般的な解釈に疑問を投げかけることによって、その言語が示す本質に迫ろうとするという側面も持っているように思います。

正式な哲学の定義はわかりませんが、いずれにしても人間にとっての『何らかの真理を脳で模索すること』だろうと思っています。

文学の基本は人間模様でしょうから、明確にするかしないかは別にしても、必然的に哲学的要素が必要となるようにも思います。
あるいは、文学自体が哲学である場合も多いでしょう。
(本来の)文学は『何らかの真理を言語で表現するもの』という気がします。

いずれの場合も、人間自体に関する真理の探究という共通点があるわけで、真理は心理でもあるという見方もできるのかもしれません。
ただ、全くの個人的見解なので、その点は悪しからずご了承下さい。
 

哲学に関しては全くの素人なので他の方に教えるなどという面映いことは不可能ですが、個人的な解釈を述べてみます。

哲学は、人間に関する事柄を、「人間とは何か」も含めて『根源まで追求しようとする学問』だと思っています。
あらゆる局面においてその追求は可能でしょうし、哲学は学問の学問、と呼ばれるのはそのせいなのでしょう。

例えば、『「美しい」とは何か?』を追求することも哲学と言えるのではないか、と思います。
絶対的な美というものはあるのだろうか。
「美しい」という現象、あるい...続きを読む

Q堀江貴文 著書 逆転の仕事論 の中に興味深い哲学があります。

武田双雲さんが書かれた哲学にすごく興味を得ました、読まれた方としました、どう思わま
したでしょうか。
 宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

フロー状態、とか集中力とかの話でしょうか?

身につけたいものと、ずっと思っていますが、まだその片鱗、手がかりさえ掴めないでおります。

Q愛と憎しみを研究した哲学者や哲学書が知りたいです。

愛と憎しみについて、哲学的考察を試みたいのですが、なかなか文献が見つかりません。
今のところ、見つかったのはデカルトの情念論などです。

愛については、アウグスティヌスやキルケゴール、フロムなどが思いつくのですが、憎しみについて論じているものがなかなか見つかりません。

愛と憎しみについて比較考察しようと思っているので、そういった感じのものがあればいいなと考えています。

愛と憎しみについて、どちらか一方だけでもいいので、論じている哲学者や哲学書などを知っている方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

片方を調べ、考察することで、もう片方は自然とあぶり出されてくるかもしれませんね。。。

手近に
「理性と愛」-スピノザの思想-、大津真作著、高文堂出版社
という本がありました。

スピノザの「エチカ」は、デカルトの「情念論」と対比されるもののようです。
上記は市民社会思想史IIIで、IとIIが別にあります。
よろしければ読んでみてください。

「スピノザ 思想 愛 憎しみ」などでググると、二人の思想および時代背景について、大まかなところを捉えることができると思います。


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