ネットが遅くてイライラしてない!?

邦画・・・国内の映画、特にアクションやSFといった分野は海外のほうがはるかに上をいってると思いますが・・・以前なんかの番組でハリウッド映画と日本の映画の違いみたいな番組をみましたがアメリカはやっぱりスゴイですスタッフ数も多いけど映画一本に掛かる金額もスゴイっす! そこで日本映画の足りない部分とこうなったらいいと思う部分を教えてください。

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A 回答 (13件中1~10件)

さらに補足です。

この問題を考えるのは楽しいので書いてしまいます。原初的、無意識的に西洋のものの方が素敵だと思っている問題の補足としては宮崎アニメだってナウシカ ラピュタ ハウル 魔女の宅急便 など半数以上の作品が舞台の街並みなどは西洋チックにできているということがあげられます。邦画が面白くないのは、映画に対する姿勢や技量、情熱とは違うレベルの原初的な問題が挟まっている可能性があります。

黒澤監督はサムライものや姿三四郎など日本の文化を題材とすることを大事にしていると思います。世界の人から見たときどうな風に見えるかを意識していたからだと思います。

面白い映画を作るにはお金じゃなくて知恵だという場合、北野映画や 誰も知らない ゆれる などが知恵をつかって世界に通じる面白い映画を作っていることになると思います。

でもそうじゃなくて日本でもアクション娯楽路線でハリウッドに負けないものをつくってみたいという気持ちは映画が好きな人なら誰でもあると思います。しかしハリウッド娯楽路線でいくなら1分間の映像に1億円くらいかけなければいけない。そのためには世界の人からお金を回収する必要がある。なのでアメリカ人が面白いと思う邦画を作らなければいけない。

私の考えでは、世界マーケットで通じるアメリカ人が見ても面白いと思う娯楽系の映画、しかも日本人が主人公で、なおかつ海外へ飛び立つ前に国内で日本人に向けてもヒットするようなものとなると スピード とか フェイスオフ のようなサスペンスよりのアクションが手堅いのではないかと思います。CGを使った路線なら、パイレーツオブカリビアン のようなファミリー向けの娯楽冒険活劇 がよいと思います。両方ともラブロマンスもからめれば、よりヒットが手堅い。

それにしても単純なカーチェイスアクションですら日本の映画では迫力のあるものを見たことがないですね。最近(でもないが)なら ミスター&ミセススミス のカーチェイスシーンはよくできていたと思いますが、あんなB級映画にすら日本はとても届かないなんて悲しいですね。
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この回答へのお礼

今度は日本がメインでワイルドスピード3が撮影されるようですが、どういった内容かは知りませんが微妙ですよね日本が舞台になってるようじゃ・・・・。

お礼日時:2006/09/14 00:54

ケン・ローチ や ダルデンヌ などそれほど映画を好きでない人には退屈と思える作品を作る人は海外にもいます。

(ケン・ローチ はイギリス人で、 ダルデンヌは ベルギー人です。この人たちの作る映画はむしろエキサイティングだと私は思うけど) このこと自体は観客を無視しているというようなこととは全然関係ない話です。一方で、清水崇 や 北村龍平 山崎貴 など娯楽を志向する日本の監督もいます。問題は娯楽を志向する監督ですら日本では限界があるということです。なんのかんのと言ってみても、日本でヒットする大衆向け邦画は 三丁目の夕日 のような人情ものであるという事実もあります。これは質問者様が個人的に人情ものが好きか嫌いかということは別のレベルの話です。制作者が観客の好みを無視しているなどということはありえません。日本ほどお客が王様な国はないんじゃないかと私は思っています。

日本人は自分たちが思っているほど先進国ではなく、世界の中心的な位置にいません。このことも先に取り上げた高城剛の本に書いてありました。
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日本の映画はこうあるべきだという思い込み、1シーン1カメラに挑戦しすばらしく長いシーンを撮りたいという発想など、制作側が考えているものと、視聴者が求めるものがズレているとわたしは感じます。



チープのストーリーでも映像として満足したい私は、西洋映画や香港映画は素直に楽しめますが、日本映画は途中で席をたったり、テレビ放映でもチャンネルを変えてしまいます。

見る側は多種多様ですが、マーケット的にも技術的にも、視聴者のもとめているものを無視しすぎたり、一部の関係者にしか理解されない高尚な撮影手法などにこだわりすぎて、結果も残せていない部分があると思います。

監督も含め、制作側の主要スタッフがドリームチームならぬ、必殺チームを組み、海外の制作者やメディア企業と積極的に交流し、世界の人々がなにを感じ考えているかを、肌で感じるよう行動すべきと考えます。

しかし、どうしても日本人は日本にいるまま頭で考え、動き出していsまうと方向転換もままならず、結果へんなこだわりはもったまま、しかし他の部分では妥協しつつ、中途半端な映画ができあがっている感じがします。

私は北野たけしがいくら賞を海外でとろうと、私を最後まで見させようとさせない彼の映画は、なんの魅力もありません。
(もっとも彼自身が、自分が手がけたのが、なぜかわからないけど賞がとれちゃうんだ、述べたという発言もネットにあはるようで、彼は運はもっているのだと感じますが)
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この回答へのお礼

確かに私も不満みたいなものはありますよ、特に人情映画とかは・・・・北野映画よりタケシが出ているロワイヤルとかは好きなんだけどなぁ・・・。

お礼日時:2006/09/14 00:39

脚本が面白くないと切り捨てるのは簡単ですが、実際には、お金の面で現実に撮影可能な範囲の脚本を書かされている、もしくは書かざるを得ないということもあります。

かといって、低予算でも脚本の面白さで勝負しようとする 誰も知らない ゆれる ある朝スウプは 運命じゃない人 などの作品をそれほど人は熱心に見ません。
私は脚本のレベルはアメリカも日本も同じだと思います。シャルウィダンス のように殆どそのままの脚本でアメリカが買った作品もあります。アメリカの脚本にもしょうもないものはたくさんあります。ただ日本人から見た場合、話の平凡さは同等であっても、アメリカの作品の方が外国の風景や外人の顔などに触れることができるので、得した気持ちになれるという部分はあります。

私が思うに、アメリカに劣っているのは脚本ではなく演出です。邦画に足りないのはハリウッドにも引けを取らない演出・撮影をするためのお金だと思います。

また、映画の面白さと関係しているかは分かりませんが、日本とアメリカの違いでいえば、アメリカは監督・脚本家などの作家あがりがプロデューサーになることができるのに対して、日本は作家はいつまでも作家でいるようです。なることができないという部分もあると思いますが、なろうとしないという面もあると思います。日本の場合は、プロデューサーは産みの苦しみを知らない人間、つまり観客よりな気持ちで非情な判断のできる人間の方が、結果的によい作品ができると信じられています。
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この回答へのお礼

やっぱ莫大なカネでしょうか、国内映画のギャラって少ないのか妥当なのか・・・・。

お礼日時:2006/09/14 00:46

脚本。



これは、妻もよく言っているのですが、妊娠した女性の描き方などがワンパターン。
使い古された表現を見ると脚本の貧弱さを感じました。
最近の邦画は違いますが。
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この回答へのお礼

人気漫画などから映画化される事もありますがこれもまた評価が分かれますよね、内容が原作と違っていたりするし・・・。

お礼日時:2006/09/14 01:01

補足です。

私はお金があれば面白い映画を作ることができると思います。お金じゃない、面白い映画を作ろうとする知恵と情熱だ、という意見も意味は分かりますが、大局的に考えるとやはりお金だと思います。黒澤映画が面白いのは超一流の脚本家を一本の映画に三人同時に使っているからです。橋本忍、小国英雄、菊島隆三です。今で言えば。。。今で言えば誰になるのかうまく言えませんが、そんなことが今はできないのはお金がないからです。お金が先なのか面白さが先なのか、ヒヨコが先なのかニワトリが先なのか、ここは難しいところですが、とにかくお金を得るために世界マーケットに通じるものを作る必要があります。

今、世界マーケットで面白いと評価される映画は1分に1億円かけていると高城剛の本に書いてありました。これを実現するには世界の人からお金を回収するしかないのです。

どんな分野でもそうですが、日本で頭角を現して、それから世界へというのが普通の流れです(スポーツとか)。しかし日本でヒットするものは世界で通じないという現象があります。これを打開しなければいけません。

自分がアメリカ人だったとして、日本人のやっているどんな映画を面白いと思うかを考えないといけません。

日本版ミッションインポッシブル や 日本版スターウォーズ があったとして、うーん、なんだかイメージできないな。。。いや、アクションやCGをなんだかこう今まで見たこともないようないけてる感じにできれば、アリなんじゃないか、成立するんじゃないか、いや本当にそうか? 本当にそんなのできるか? 本当にそんな日はくるか? そんなものをアメリカ人が面白いと思うか? というようなことを真剣に考える必要があります。そういう意味では下の方が書いていらっしゃるように、それぞれの国柄というのがあるので、邦画は邦画で今のままでよいという意見も真実の可能性があります。
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まず第一に映画につぎ込めるお金=収益の問題があります。

アメリカの場合は人種がいろいろいるために、国内でヒットするものを作れば必然的に世界マーケットで通じるものになるのですが、日本の場合、日本でヒットするように作られたものは世界マーケットでは見向きもされないという現象が起きます。(例えば踊る大捜査線とか。いや踊るは好きな映画ですよ)日本で最大限ヒットするようにあれこれ考えられたものは海外から見ると日本内の内輪受け的な印象になってしまう。これは洋画といっても、イギリスやフランス、ドイツなどアメリカ以外の国はどこでも持っていると思います。フランスNo1ヒットみたいな宣伝文句の映画を見ても全然面白くなかったということはよくあると思います。

世界で通じていると思える北野映画も日本で興行的にヒットしているとはいえません。どんな映画を良い映画と思うのか、観客のレベルも考える必要があるかもしれませんが、昔から大衆というのはそういうものとして話を進めます。(天才モーツアルトも宮廷でアホな貴婦人たちの前で演奏するしかなかった)

この問題は考える価値のある問題ですが、いきなりアメリカと比較するのは相手が悪すぎます。まずはイギリス、フランス、ドイツ、韓国、中国、香港、ブラジル、インドなどと比べていくのが良いと思います。

同じ東洋人でありながら少なくとも日本よりはいけている映画を作っている韓国を分析するのが良いと思います。

原初的な問題として、東洋人の顔はスクリーンに栄えないという問題もあります。多くの日本人は何故かスクリーンの中では、西洋人の顔や言葉、家の中の家具、風景、街並みなどを無意識的にですが、日本のそれらが写っているときよりも素敵なものだと考えています。また、街並みなどは現実の部分でも日本より西洋の方が美観が保存されています。ニューヨークの街並みとかきれいですよね。

子供の頃からスピルバーグなどの楽しい映画を見ているうちに、映画は西洋人の作ったものでなきゃ、と無意識に刷り込まれている部分もあると思われます。子供の頃からマクドナルドを食べていると大人になってもマクドナルドをおいしいと思って食べ続けるのと同じかもしれません。ハッピーセットに誘惑されてはいけないのです。

何年か前に 冷静と情熱の間 という映画があって女性に受けたのですが、この映画は半分以上、イタリアのフィレンツェが舞台になっています。またヒロインは西洋人でこそありませんが、ケリー・チャンでした。しかし、そんな映画が日本の映画といえるか? 邦画というからには主人公は日本人で舞台も日本じゃなきゃ無意味です。(最近東京フレンズを見ましたが、これもなぜか中盤からニューヨークへ旅立つのです。いや旅立ってもいいんだけどさ)

韓国は、自分の国が作る映画の収益を守るため、ひいてはこれは自国のクリエイターを育てることに繋がるのですが、そのためにアメリカの映画を規制していたらしいです。つまりアメリカの映画は面白いことを認めた上で、自国の才能を守るために規制したのです。そして今は世界に通じる映画を作っています。しかしブッシュ大統領に頭の上がらない日本人がそんなことできるわけがないのです。

香港はカンフーというカッコいいものを用いることで映画の中に居場所を確保してきました。

じゃ、日本は?ラストサムライなど、世界の人が注目する日本の文化はあるはずなのですが、なぜか日本人自身はそれらをいけていないものと思ってます。今度キムタクが山田洋次監督でサムライものをやりますが、国内でヒット、そして海外でもヒットという流れになればよいと祈ります。

また、余談的なことですが、海外の映画はバイヤーという人がその映画を見て、日本でもヒットしそうだと思ったら買ってくるというシステムになっているので、ある程度面白いものしかそもそも日本に持ち込まれないということもあります。海外にもその国の中では星の数ほどのどうでもいい映画があると思います。
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みなさまの言っている事も正しいと思います。



又その現場で働く身としてはも何が一番原因かがよく見えます。
○面白い、又いいシナリオを書く脚本家が少ない。
又、そういう脚本を見抜いたり、企画を立てるプロデューサーの不足。

○監督になる人達の、社会的視野の狭さ、勉強不足。

○社会的に映画に対する理解不足。
町場で撮影していると、からんでくるおっさんが多い。
こちらは何も迷惑してないし、道路使用許可もとっている。
夜間は大変。
酔っ払いはたちが悪い。
やくざ並にからんでくる。

お金をかければ良い映画ができるとは思いません。
技術をたくさん(例えばCG)使えば、観客に受けるとは思いません。

S.スピルバーグ。G.ルーカス。黒澤明監督は、皆一緒の事を言ってました。
「お金、CGが観客の心に何も届かない。いかにして面白く、いいストーリーが観客の心に感情に伝わる」

今の日本映画は、その基本を失いつつあると思います。
今の漫画とテレビに依存している日本映画界を見て、現場のスタッフは本当に嘆いています。
もっと面白い作品に出会いたいと。
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こんにちは



フィルム・コミッションがまだまだ全国的に整っていないですよね。
撮影所内で出来ることは限られてしまいますから、ロケでめりはりつけたいところですけれど、国土も狭く制約が多い。
フィルム・コミッションのサービスの一つに、ロケ地選定や公的機関への許可手続きなどがあると思いますが、そういったことがスムーズに出来るよう組織が発展していかないと、アクション映画などでは、思うように撮影が出来ないでしょう。

参考URL:http://www.film-com.jp/about.html
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洋画というか、アメリカ映画にあって、邦画にない


のは、圧倒的なカリスマをもったスタッフとか、
俳優の量なんじゃないかと。

最近の邦画は、どこかサラリーマンが作った感が
あり、アメリカ映画のように作りこまれても
いなければ、インド映画のような突き抜けた
感もなく、フランス映画のような芸術性も感じない。

良くも悪くもまとまってしまっていて、大はずれに
ならない代わりに、ずば抜けて素晴らしいという
こともない。

別に崇拝してはいませんが、自分が撮りたい
画像のために天気待ちした黒澤監督のような方が
いれば、違うとは思うんですけどね。こだわり
過ぎると採算とれないので、難しいでしょうけど。
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Q洋画と比べて邦画の良いところとはなんでしょうか?

私は映画が大好きですが、どうも洋画ばかり見てしまい、邦画を見る気が起きません。理由はやはり映像がそれほど良くない(ライティング、セット、フレーミングなど)、キャラクター一人一人が洋画ほどしっかりしていない、やはり俳優さんたちが迫力、技術、経験すべてにおいて足りないように思える。(とくに若いアイドルか何かを使っている映画が多いのはとても残念)
。。。と私は思うのですがみなさんはここが邦画のいいところだ!と思う部分はなにかありますか?

Aベストアンサー

> 'The Ring', 'The Grudge'を見ました。
アメリカの典型的なホラーって「復讐劇」ですよね。
誰が、なぜ、呪われてしまうのか?がハッキリしている。
「The Ring」や 「The Grudge」は、ただビデオを見たから、とか
ただその家に関わったから、ってだけで呪われちゃう。
ある意味、理不尽・不条理。
特に The Grudge(呪怨)は「自縛霊」ですから
ただ「怨念」が無根拠に存在しているだけです。
これって(魅力かどうかはさておき)邦画の特徴のひとつであり
しかも結構象徴的な特徴だと思います。

リングの中田秀夫、呪怨の清水崇たちとともに
日本の新しいホラー映画を牽引した
日本のインディーズの代表的な監督である黒沢清は
「一番怖いのはわけのわからないものだ」と名言しています。
なぜそうなるか?どうすれば回避できるか?が分かっていれば
確かに、さほど怖くないのです。
一番怖いのは「得体の知れない物/者」なわけです。
こういう発想ってのは、とっても日本的だと思います。

黒沢清の作品をはじめ、日本のインディーズの作品の多くは
意図的に物語が破綻しています。
理由は「現実には起承転結がないから」です。
あるいは、北野武は役者たちに感情を込めた演技をさせません。
役者は何の(演技的な)前触れもなく
無表情のまま突然暴力を振るったりします。
理由は「現実に前触れはないから」です。

もちろん稚拙な脚本により物語が破綻している邦画もたくさんあります。
演出や演技が稚拙な邦画もたくさんあります。
でも、意図的にそういうことをやるのは
邦画の方が圧倒的に多いと思います。

何かこのように「邦画の特徴」をまとめると
一般論的になってしっくりきません。
もっと、混沌を混沌のまま受け止めてしまった方が
日本的であるようにも思いますし
実は日本にいるからこそ「邦画の魅力」を相対的に把握するのは
難しいようにも思います。

最後に。「リング」も「怨呪」も、日本版のオリジナルの方が怖いですよ。
特に「怨呪」はオリジナルのビデオ版がダントツで怖いです。
(ビデオ版が人気を博し、劇場版、ハリウッド版と監督自身の手で
リメイクされました。)

> 'The Ring', 'The Grudge'を見ました。
アメリカの典型的なホラーって「復讐劇」ですよね。
誰が、なぜ、呪われてしまうのか?がハッキリしている。
「The Ring」や 「The Grudge」は、ただビデオを見たから、とか
ただその家に関わったから、ってだけで呪われちゃう。
ある意味、理不尽・不条理。
特に The Grudge(呪怨)は「自縛霊」ですから
ただ「怨念」が無根拠に存在しているだけです。
これって(魅力かどうかはさておき)邦画の特徴のひとつであり
しかも結構象徴的な特徴だと思います。

リン...続きを読む

Q邦画のホラーと洋画のホラー

こんにちは。
質問なのですが、邦画のホラーと洋画のホラーの違いについて、皆さんどう思われますか?
自分が感じたのは、「洋画は悲鳴が多い。」「邦画は水の演出が多い。」などです。
そしてできれば、違いとその理由(社会性、恐怖への対象、歴史、宗教観…)について教えていただきたいです。
どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

これはあくまで個人的な主観ですが、

洋画の恐怖の源泉は「理不尽」
邦画における恐怖の源泉は「因果」

なんかではないかと思っています。

洋画にも幽霊は出てきますし、見えない恐怖を扱った映画も多々あります。
しかし、出てくるにしても、新しく住む家だとか、バカンスに来たホテルだとかに唐突にやってきます。
現れることに理由なんて殆どありません。
邦画ではあまり見かけませんが、異界への恐怖というものを扱ったものに「ウィッカーマン」というものがありますが、これも自分の知っている世界とは違う世界に言ってしまうことが恐怖のキーになっています。
「ウィッカーマン」には、怪物どころか、幽霊も出てきません。
明らかに違う場所に行ってしまったことが怖いのです。

邦画の場合は、怪談であれば、怨み辛みのような人間関係の崩壊をキーにしてやってきます。
出てくるには理由があり、決して部外者には影響を及ぼさないのです。
最近は、「呪怨」「リング」のように、なんら関係のない人間に対しても恐怖の対象となっていますが、
それゆえでしょうか怪談とか呼ばれず「ホラー」と呼ばれている気がします。
そうは言っても、「リング」は、貞子は家族に愛のなさで殺されており、又、「呪怨」でも「一家惨殺」などの事件がきっかけです。
突き詰めるところに理由があります。
事件は身近で起こり、舞台は身近な場所であることも気になります。
巡り巡ってやって来るところは因果という感じです。

ここには、欧米的個人主義と日本的ムラ社会の差が見られるような気がしないでもないです。
あくまで私の個人の感想ですが

これはあくまで個人的な主観ですが、

洋画の恐怖の源泉は「理不尽」
邦画における恐怖の源泉は「因果」

なんかではないかと思っています。

洋画にも幽霊は出てきますし、見えない恐怖を扱った映画も多々あります。
しかし、出てくるにしても、新しく住む家だとか、バカンスに来たホテルだとかに唐突にやってきます。
現れることに理由なんて殆どありません。
邦画ではあまり見かけませんが、異界への恐怖というものを扱ったものに「ウィッカーマン」というものがありますが、これも自分の知っている...続きを読む


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