プロが教えるわが家の防犯対策術!

古文の文章で、「歌をかくべしとて、師光入道の女、宮内卿の殿に歌は召されて
・・」という箇所があるのですが、師光入道の女=宮内卿の殿なんでしょうか。
宮内卿って男性がつく役職だから明らかに違うと思うのですが。ちなみに訳は
「歌をかけよといって、師光入道の娘で、宮内卿さんに歌をお詠ませになって」
です。

「とふべきひとは、さるべきことなれば、とりわかれしませず」の
「とりわかれしもせず」のところがなぜ「格別うれしいとは思わない」
という訳になるのかわかりません。「わかれ」=「別れ」ではないのですか。
全体の訳は「安否を尋ねてくるはずの人は、当山のことであるので、
格別うれしいとは思わない」です。

よろしくお願いします!!

A 回答 (5件)

 


  これは、「師光入道の女と、宮内卿の殿に歌をお詠ませに」とも解釈できると思ったのですが、宮内卿は確かに源師光の娘ですが、調べると、父親は、せいぜい五位程度の位で、兄弟も五位で、祖父やその一代前の代に遡ると、大納言とか右大臣が出て来るのですが、どこから、「宮内卿」の女房名が出て来たのか分かりません。女房名とその身分については、「有職故実」か、または多分こちらだと思うのですが、「女官通解」という本に載っていたと記憶するのですが、これはあくまで一般の女房名で、女房名は、変化しますから、有名な女房は、格の高い名になったのかも知れません。
 
  それよりも、或る女房の日記のなかに、次のような記述があります:
 
   >人数は大納言三位殿(太政入道殿女)、按察典侍殿(あぜちのすけどの)(隆衡卿女)、大納言典侍殿(隆親卿女)、中納言典侍殿(実家卿女)、宮内卿殿(くないきやうどの)(顕氏卿女)、兵衛督殿(ひやうゑのかみどの)(家通卿孫)、勾当内侍殿(こうたうのないしどの)(孝時入道が女)、少将、弁、伊予内侍(いよのないし)。
 
  最後の「少将」と「弁」は、これも内侍です。ここに十人ならんでいるのですが、「兵衛督殿(ひやうゑのかみどの)(家通卿孫)」は、男性のような気もしますが、「孫」ですから、女性かも知れません。ここで、少将、弁、伊予を除くと、みんな「殿」と付いています。典侍などは、官位を正式に持つ女官ですから、男性官僚なみに「殿」が付いているのかとも思うのですが、大納言三位とか宮内卿は、女官の身分が書いてありません。その他方で、勾当内侍は「殿」が付いているのに、三人の残りの内侍には殿が付いていません。また、「太政入道殿女」と、父親の官名に「殿」が付いているのは一人だけです。
 
  太政入道は「公」で、他は「卿」であるので差を付けているのかも知れませんが、ここの宮内卿は、何故「殿」が付いているのかです(この宮内卿は、源師光女の宮内卿ではありません)。どうもこの女房は、位の高い順序で並んでいるようです。大納言三位というのは、尚侍だったのかも知れません。すると順序として、内侍所の二等官である典侍と、四等官である内侍のあいだの三等官の掌侍がいるはずで、宮内卿などが掌侍だったのかも知れません。
 
  女官で官位を持ち、それも上級の家系の者には、「殿」を付けていたのではないかと思えます。勾当内侍が「殿」で、残りの三人の内侍には、「殿」が付いていない所からは、勾当内侍というのが身分があったのかも知れません。父親の名が「卿」は付いていないが出ています。時代によって違うのかも知れませんが、尚侍から掌侍までが、大体、三位から五位です。五位だと、男性だと「卿」ですから、女官も五位を越えると、「殿」と呼んだのかも知れません。勾当内侍は従五位ほどで、「卿」に匹敵したので「殿」と尊称を付け、残り三人の内侍は、六位かそれ以下だったので、「殿」が付いていないとも考えられます。
 
  つまり、師光女の宮内卿は、しかるべき官位を持った、五位以上の女官ではなかったのではないかと想定できます。「女官通解」を見ると、そういうことが書いてあったのかも知れません。本がいま見つかりませんが。
  
  ということで、「師光入道女=宮内卿の殿」ということが云えそうです。
  
    • good
    • 1
この回答へのお礼

starfloraさん再登場していただいてどうも感謝です。じっくり読ませていただきました。いろいろお調べしていただいたようで興味深く読ませていただきました。当初は“男性の官職名で女性を表す”という古文常識で「師光入道女=宮内卿の殿」なのかと思いましたが、実は宮内卿は女性の官職で殿は女性の呼称でも使われるという理由で「師光入道女=宮内卿の殿」だったんですね。どうもありがとうございました。これで次の文章へ進めそうです。

お礼日時:2002/04/14 21:30

 usagisan 再登場です。

(starfloraさんも再登場されてますね。)

 引用なさったのは「建礼門院右京大夫集」の「ながらへてけさぞうれしき老の波……」の歌の詞書(ことばがき)で、千載和歌集の撰者で、新古今集撰者の一人である藤原定家の父としても有名な、藤原俊成の九十の賀の時の話ではないでしょうか。

> 前のほうで「礼節をわきまえていない人があいさつをすると
> 意外なことなのでそれだけでもうれしい気持ちになる。」と
> いうことが書かれてあってその流れで

というのがちょっと気にかかってはいるのですが。(直前にそういう話はないようので。)

 ともかく「右京大夫集」のこととして話を進めます。

 今手元には、岩波文庫本の「建礼門院右京大夫集」〔簡単な注のみ、現代語訳は当然なし。)しかないので、残念ながらはっきりしたことは言えないのですが……(よって「自信なし」。)
 該当箇所は「院より賀たまはするに、おくり物の法服の装束の袈裟に、歌をかくべしとて、師光入道の女、宮内卿に歌はめされて……」という部分です。

 岩波文庫の注でも、まず「師光入道」が源師光で、「宮内卿」は「右京権大夫源師光(生蓮)の女」と説明されています。まず「師光入道の女=宮内卿」であることは間違いないでしょう。

 次に、この岩波文庫版「建礼門院右京大夫集」では3番目の歌の詞書に「八条の二位殿」が登場していますが、注では、この二位殿は平清盛の妻の時子だと説明されています。
 同様に、164番目の歌の詞書の「小宰相殿」が藤原憲方女とされています。
 また、174番目「ましばふく……」の歌の詞書きに「宮にさぶらひし雅頼の中納言の女、輔殿(すけどの)といひしが、物いひ をかしく にくからぬ さまにて、何事も申しかはしなど せしが……」という箇所があり、この「輔殿」が、「雅頼の中納言」の注しかないので明確ではありませんが、どうも「雅頼の中納言」の娘のようです。
 ともかく、「~殿」と女性を呼ぶ例はけっこうあったと考えてよいのではないかと思います。
 もう一箇所93番目に「弁の殿」という人が登場しています。「世系等未詳。」という注しかないので、女性かどうかははっきりしませんが、内容からしてどうも女性のように思われます。もし女性なら「~『の』殿」と「の」を入れて呼ぶ呼び方もあったと言うことで、「宮内卿の殿」が女性でもまったくおかしくないと思います。

 女性の官職や身分と名称との関係については、私は、まったくと言っていいほど知識を持ち合わせていませんので、starfloraさんの回答を参考になさってくださいませ。

 現時点ではこれだけしかお答えできません。もう少し調べたいなと思ってはいますが。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

usagisanさん再登場感謝です!

>> 前のほうで「礼節をわきまえていない人があいさつをすると
>> 意外なことなのでそれだけでもうれしい気持ちになる。」と
>> いうことが書かれてあってその流れで

>というのがちょっと気にかかってはいるのですが。(直前にそういう話はないようので。)

すいませんうえのは質問2の「とりわく・・」が出てきた文章のお話(枕の草子)でして、ひとつめの質問の「師光入道女=宮内卿の殿?」に関してのお話ではないです。仰るように「建礼門院右京大夫集」であっています。混乱させてしまって申し訳ありません。

やはり古文って問題になっている箇所だけに注意するのではなくて、他の文章や違う部分のお話でどう使われているのかということを考えて決めるもんなんですね。みなさんのお答えを聞いて今回そう思いました。ますます古文に惹かれそうです。2回もお返事をいただいてどうもありがとうございました。それでは失礼します。

お礼日時:2002/04/14 21:30

2つめの「とりわかれしませず」について。


とり/わかれではなく、とりわかれ、でひとつでは?
とりわく(他カ四)特別なものとする、という意味の単語がありますよ。
しませず、は、
します(助動サ四型)お・・・になる、・・・なさる、という意味の否定で、おそらくこの一節の前に嬉しいとか嬉しくないとかの文があって、当人のことであるので格別そのようには(うれしいとは)思われない、という意味じゃないですか?
違ったらごめんなさい。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

mugimugiさんおはようございます。確かに辞書に「とりわく」というのが乗ってますね。とりあえずこれ一語で覚えておくことにします。

>おそらくこの一節の前に嬉しいとか嬉しくないとかの文があって、当人のことであるので格別そのようには(うれしいとは)思われない、という意味じゃないですか?

ええ、そのよおりです。前のほうで「礼節をわきまえていない人があいさつをすると意外なことなのでそれだけでもうれしい気持ちになる。」ということが書かれてあってその流れでこの文章が書かれてしました。

お礼日時:2002/04/14 07:34

 


  昨日考えていて、あまりに眠くなったので、途中で明日にしようと思ったのでした。何が分からなかったかというと、浅学故か、最初の文章の「宮内卿の殿に歌は召されて 」の「歌は」の「は」は何だろうかと考えていました。今日も考えたのですが、これは多分、係助詞で「強調」の並列ではないかと思いました。「歌は……舞は……」というような感じではないかということです。
 
  もう一つ問題なのは、「宮内卿の殿に」となっていることで、女性の敬称で、「君」とはいうのですが、「殿」は男性にしか使わないように思えるのです。「殿」がなければ、「師光入道の女=宮内卿」なのですが、「殿」が入っているので、どういう意味かと考えました。これは、もしかすると、冗談めかして「宮内卿の殿」と呼んでいるのかも知れません。古語辞典が記載不足なのかも知れませんが、戦国時代当たりだと、女性の敬称として「……殿」という言い方があると思うのですが、この時代だと「宮内卿の地位にある貴人に」という感じで、「師光入道の女」と「宮内卿」は、同格ではないと思ったのです。
 
  なお、女房名で、「宮内卿」というのは、相当身分の高い上房で、最高ランクでしょう。「大納言の君」とか「三位の女房」なども最高ランクの女房です。紫式部は、元々「藤式部」と呼ばれていたので、何時頃からか知りませんが、『源氏物語』の「紫上」にちなんで、「紫式部」と呼ばれ始めたが定着したのです。「紫」は「ゆかり」という意味があり、そもそも紫上の名が、藤壷中宮「ゆかり」なので、紫と源氏が名付けたのです。
 
  式部とか、少納言という女房名は、中低身分の女房名です。少納言と中納言では、相当身分差があります。中納言から大納言というのは、昇進でおかしくありませんが、少納言は、中級貴族以下です。下級貴族だと、登り詰めて少納言という程度です。中納言は普通「参議」も兼ねていることが多く、「参議」というのは、国政を決定する会議に出席資格がある者ですから、中納言というのは、上級の貴族です。「少納言-中納言-大納言」となっているのではなく、「少納言-|-中納言-大納言」というような感じです。
 
  「とふべきひとは、さるべきことなれば、とりわかれしもせず」は、No.1 の方が言っているように、「とりわかれ」は「とりわく」から派生している動詞です。「し」は強調の助詞で、「も」は係助詞で、この場合否定強調で、「も→せず」となります。意味不明の「し」があると、それは大体強調の助詞です。
 
  この文の意味は、「訪ねてくるはずの人は、しかるべくして訪ねて来るのであれば、特別にどうこうもしない」という意味で、示されているような訳文になるのは、前後の意味関係から、状況を補っているのです。中古文では、明確に述べないのが普通で、当時の常識的慣習や前後の意味から、それと分かるような書き方をします。従って、現代語訳すると、原文のどこにそんな表現があるのか、ないものが説明のため加わって来ます。この説明を入れないと極めて分かりにくいというのは、「和歌」の解釈を見ればよく分かります。
  
  「わかれ」=「別れ」というのは、これ単独だとそうですが、もし、こう解釈すると、最初の「とり」は何かということになります。現代語でも「とりわけ」という言い方があります。「わけても」とも言いますが、「とりわけ」は「取っておいて、分けて」で、「別にする」が二重になっている形です。「わけても」は「別にする」が一重だと云えます。
  
    • good
    • 0
この回答へのお礼

>>もう一つ問題なのは、「宮内卿の殿に」となっていることで、女性の敬称で、「君」とはいうのですが、「殿」は男性にしか使わないように思えるのです。「殿」がなければ、「師光入道の女=宮内卿」なのですが、「殿」が入っているので、どういう意味かと考えました。これは、もしかすると、冗談めかして「宮内卿の殿」と呼んでいるのかも知れません。古語辞典が記載不足なのかも知れませんが、戦国時代当たりだと、女性の敬称として「……殿」という言い方があると思うのですが、この時代だと「宮内卿の地位にある貴人に」という感じで、「師光入道の女」と「宮内卿」は、同格ではないと思ったのです。

こんにちはstarfloraさん。ええ、私もそこを本当に悩んで悩んで悩み抜きました。私も同格ではないと思ったのですが、そうすると意味が通じなくなってしまうと思うのですが、starfloraさんはどう結論づけたのでしょうか。ぜひお聞かせください。同格だと結論づけたのでしょうか。それと、古文に幅広いお話が聞けてとても参考になりました。またよろしくお願いします。

お礼日時:2002/04/14 07:29

第1の質問。


 宮中の女房は、身内の男性(父とか、兄とか)が就いた官職名で呼ばれました。
 「清少納言」の「少納言」、「紫式部」の「式部」なんかがそうです。
 清少納言は、清原家の娘で、身内に少納言になった人がいたので、「清」少納言です。誰が「少納言」だったかは、はっきりしないようですが、兄に少納言になった人がいるという説もあるようです。
 紫式部は藤原氏で、お父さんの為時が「式部丞(しきぶのじょう)」でした。本来なら、「藤式部」と呼ばれたのでしょうが、「紫のゆかりの物語」と言われる「源氏物語」で有名になったので、「紫式部」となったようです。
 「宮内卿」と呼ばれる女性では、「きくやいかにうはの空なる風だにも松に音するならひありとは」などの作品がある新古今集時代の歌人が有名ですね。彼女は源師光の娘です。

第2の質問。
 
 「取り分く(とりわく)〔他動詞、カ行下二段活用〕と言う動詞があります。
 (1)他と異なるものとして区別する。特別なものとする。
 (2)食物などの一部を別の器に分けて取る。
という意味です。(2)の方は、現代でも「取り分ける」の形(口語の下一段)で同じ意味で使いますし、(1)は「特に」という意味で「とりわけ……である」と副詞で用いますよね。
 ご質問の文章は「とりわかれ」となっていますから、口語で言えば他動詞の「分ける」ではなくて、自動詞の「分かれる」として用いられているのではないでしょうか。
(自動詞、他動詞の区別は分かりますよね。もし説明が必要でしたら「補足」して下さい。
 なお、「とりわかれしもせず」の「しも」は「強意の副助詞の『し』と強意の係助詞の『も』がくっついたもので、文中の連用語を受けてそれを強調する働きをします。古文ではちょくちょく登場するので、大学受験の勉強では必須語句だと思います。
 「とりわかれしもせず」で「特別な物とはしない」という意味になり、「とりわけ」と同じような意味で、「格別」という訳が与えられているのだと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事どうも感謝です(O~~O)。なるほど、そういえば思い出しました。そのような古文常識があったのですね。すいません、少し引っかかるところがあるのですが、本文で出てくるのが「宮内卿」だったらわかるのですが、「宮内卿の殿」となっていますよね。この「殿」は「豊臣殿」のように敬称としての「殿」ですよね。そうすると、この場合官職名ではなくて「男性自身の名前」を指しているとはならないのでしょうか。ここに読みにくさを感じてしまうのですが。

第2の質問のほうに関してなのですがそのような古文単語があるとは知りませんでした。なるほど、現代語に近い感覚ですよね。自動詞他動詞の区別は大丈夫です。やはり強意の「しも」だったんですね。ちらちらみかけるので何とか慣れてわかるようになりました。

お礼日時:2002/04/14 07:18

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す