こんにちは。

先日、ニコニコ動画で怖い絵を集めた動画を見ました。
その中で、スジスワフ・ベクシンスキーの3回見ると死ぬと言われている絵がありました。
なぜそう言われているのだろう?と思い、ネットでさっそく調べてみました。
が、調べ方が悪いのか、単語が間違っているのかわからないのですが、「3回見ると死ぬ」と言われる理由のようなものがうまくヒットしませんでした。

この絵なのですが。
http://www.gnosis.art.pl/iluminatornia/sztuka_o_ …

ちなみに私はもう3回以上見ています(笑)
心理的なことが関係しているんでしょうか?

よろしければ回答お願いします。

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A 回答 (9件)

おお、良かった良かった。



お帰りなさい(笑)。

私も振り返って自分に何かが起こっていなかったか考えてみました・・・が、何もありませんでした。。。

つまりそういう事なんでしょうね。。。

占いでも何でも「そう言えば『あれ』は呪いの所為かも・・・」という「何か」を当てはめたがるという気持ちが働くんでしょうね。。。

残念ながら私にはそうしたネタがありませんで、とても退屈な連休を過ごしました・・・は!もしかしたらそれが呪い!?

私には怒ってくれる人が居ないのも呪い!?

・・・それは前からでした。。。
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この回答へのお礼

えぇ、なんとか生還いたしました(笑)

>残念ながら私には…
なんという呪いでしょうか(笑)
この絵は、死ではないにしろ、その人の望まない何かを置いて行ってしまうんですかね(笑)

わざわざ2度もご回答していただきありがとうございました^^

お礼日時:2008/05/08 22:26

NO2です。



恥ずかしながら・・・、生還いたしましたであります。

「よく、ご無事で・・・」

しかしながら・・・、連休中「原因不明の発熱・下痢」になり・・・
「完全休養」を余儀なくされたしだいにて・・・
これは、もしや・・・・あの絵の魔力???

っていうか、
【単に、病院行ったほうがいいだけ???】かな・・・・(汗)

カンペキな結論が出なくて、申し訳ない・・・(謝)
が、せっかくの連休を棒にふった「ワケ」を、「妻に、うまく説明できずに、怒られたこと」だけは、確かである。

散々であった・・・が、質問者様に責任は無い。自業自得である。
反省して・・・病院行きます。

おもしろい、質問でした。
ありがとうございました。
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この回答へのお礼

生還してらっしゃって良かったです。

いやいや、縁起でもありませんが、hyakkinmanさんがご回答くれた日から5日ほどたっていたので…少し心配でありました(笑)
本当によく御無事で…。

しかしなんと!
原因不明の発熱・下痢に悩まされていたですと!?
なるほどなるほど…あの絵には、人を死へこそは導かないものの、近いところまで連れて行ってしまうんですかね?(笑)
いえしかし、やはり病院へは行かれた方が良いかと思われますよ!

>カンペキな結論…
いえいえ、わざわざこうしてこの質問に2度も足を運んでくださっただけでありがたいです。
しかも原因不明な症状まで伴っていただいてしまって…。

素朴な疑問に、実験までしていただいて本当にありがとうございました^^
お体もお気をつけてくださいね^^

お礼日時:2008/05/07 13:14

ご質問のタイトルでピンときました(笑)・・・


こないだコンビニで買った本に載っていましたよ。会社に置いたままですが・・・
他にも色々と、いわくつきの絵や写真や壁の落書きなどが紹介されていました。これまでネットで見たものも幾つか。
ツタンカーメンの発掘にかかわった人たちが次々に変死したという話がありますよね。
そういったものに似ているけど、それよりも知名度やスケールが小さいものだと私は解釈しています。
これで4回目ですが・・・今回は本よりも大きいのを見ちゃった(笑)。やはり不気味ですね。
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この回答へのお礼

この絵が載っている雑誌がコンビニに売っているんですね…!!
驚きです(笑)

ツタンカーメンの話はなんとなく聞いたことがあります。
テレビで見たのでしょうか?記憶のかたすみにありますね。
タイタニック号の沈没もそれがかかわっていたような…うん?違う話だったかな?すみません曖昧で…(笑)

そうですね、ツタンカーメンの話に比べればマイナーかもしれません。
ベクシンスキーをWikiで調べても、あまり項目が多くないですし…。
本当に好きな人しか知らないかもしれないですね。

この写真やっぱりいきなり出てくるにしてはちょっと大きすぎますよね(笑)
質問文にもう少し注意書きを載せておけばよかったと思います(笑)
おどろかせてすみませんでした;

回答ありがとうございました^^

お礼日時:2008/05/06 17:24

ベクシンスキーだ!なつかしい。


画集持っているけど、これは見たことが無かったなぁ。
下の返事にもありましたが数字は描いた年代だったよ。
コノ人の作品は、世紀末の人類が滅んでゆくところや、滅んだ後っぽい
ニュアンスの絵のほうが怖いんですよね。
この絵はまだ怖い方じゃないけど、作者自身の感性がスゴイので
きっと噂を撒いた人は、感化されて絵を広めたかったのかもね。
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この回答へのお礼

画集持ってらっしゃるんですね!ちょっと気になります。

1981は描かれた年代だったんですね、わざわざ教えてくださってありがとうございます^^

>コノ人の作品は…
なるほど、ベクシンスキーはそういうコンセプトで絵を描いてるんですね~。
きれいだけどなんとなく怖い感じがするのはそのせいなんですかね。

この絵まだ怖い方じゃないんですか…!
ほかの絵ももうちょっとチェックしてみたいと思います。
なるほどなるほど、ベクシンスキーの絵を広めたかった人が、そういうことをしたっていうのもなんとなく納得です。

いろいろと情報を教えてくださってありがとうございます。
そして回答ありがとうございました^^

お礼日時:2008/05/03 22:17

「不幸の手紙」はご存知でしょうか?


何人に同一の手紙を送らないと不幸になるという悪質なチェーンメールです。
このようなネズミ講式に増える悪質行為にはさまざまなバリエイションがあります。
これもその一種でしょう。
悪質ないたずらです。画像の作成者が無関係なら言われ無き中傷です。
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この回答へのお礼

「不幸の手紙」ありましたね。
私が中学生くらいの頃に流行っていましたが…。

なるほど。
人の心理的に弱い所をついて、相手に迷惑をかけるという点では同じですね。
(この場合は製作者側も大変迷惑でしょうが…。)

多分ベクシンスキー本人はそういうつもりで描いたのではないと思います。
描いた本人を傷つけてしまう噂ですね。

私としては、そういったような噂が流れる、きっかけのようなものがもしあるのだとしたら、それは何なのだろう?
と考えてみただけなのですが…。
結果としては、同じことですね。
相手を中傷するということを前提に考えてしまっていたような気がします。

でも、やはりこの絵には、『不安』とか『不気味』のような気持ちにさせる何かがある気がしますね。

ご指摘と回答ありがとうございます^^

お礼日時:2008/05/02 23:55

面白いですね。



見た時に確かにちょっと毛穴が開く感じがしました。
やはり普通の感覚では無いですよね。

ただそうで無いと絵として魅力が無くなってしまいますからね。。。
意図的な「気味の悪さ」を演出している物では無い所が非常に不安をあおりますよね。

まあ、部屋には飾りたく無い感じです(笑)。
とても興味はありますけれど(死ぬだのという噂は関係なく・・・)。

この絵がいつ頃描かれたものかは知りませんが、少し昔の物でしたら、そうした噂が立つ程強烈な雰囲気を与えたでしょうね。

まあどうでも良い事ですが、仮に心理的な事で確かにこの絵を見て亡くなった方がいらっしゃったとしてもおかしくは無いですよね。
ただそれが今際の際に「3回見てしまった・・・」という言葉を残す筈も無く、そうした所は・・・どうでも良い事ですね(笑)。

関係の無い話ですが、記憶の片隅にある作品が浮かびました。
記憶が曖昧なのでもしかしたら全く違うかもしれませんので信用しないで下さいね。

現代美術の作品で、目の前に実弾が込められた銃が据え付けられている椅子という物がありました。
銃はいつ引き金が引かれるか分からない状態で(機械仕掛け)、それを覚悟して作品に関わるという趣向の作品でした。
「運命」や「無意味な死」、「死の恐怖の体感」というものが題材なのでしょうね。

そちらの方が(記憶が確かならですが・・・)「死んでしまう作品」という事では具体的ですよね。。。余談でした。
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この回答へのお礼

本当に、最初に見た時は、ホラー映画を見た時のようなヒヤッという感覚がありましたね。

この人の作品を見てみると、神秘的で綺麗な絵もたくさんありました。
だからこそ余計に、この絵は衝撃的でおもしろかったですね。

確かに、興味はものすごくあるんですけど、部屋に飾りたくはないですね(笑)
それこそ本当に何か起こってしまいそうです(笑)

絵の下に1981と書かれていたのですが、これって描かれた年ですかね?
でもその周辺の時期なんではないでしょうか?
少なくとも年号のような気がします。

>ただそれが今際の際に「3回見てしまった・・
死に際の一言がそれってちょっとおもしろですね(笑)
でもやはり、この絵が関係して亡くなった方っていうのがいらっしゃるんじゃないでしょうかね?だからこそ、そういう噂のようなものがあるのでしょうし…。

>現代美術の作品で・・
その椅子、本当にあったらそれこそ精神的にきますね。
いつ来るかわからないものほど、いつきてもおかしくないものほど怖いです。
もしその椅子があったら、やはり興味という意味で見てみたいですね、座れないですが(笑)

いろいろと面白い意見ありがとうございました!
そして回答ありがとうございます^^

お礼日時:2008/05/02 18:37

この世に存在するすべての絵は


3回どころか1回でも見た人は必ず死にますからご心配なく。

見た人が死なない絵のほうが怖いです。
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この回答へのお礼

あ!
Diogenesisさんの回答で思い出しました!
そうですそうです、そのようなコメントをしていらっしゃる方もいました。

特に期限が設けられていないので(1週間以内に死ぬ、等)、人間いつかは必ず死ぬんだから間違っていない、というようなコメントでした。

でも「3回」と、回数が設定されるというのはどこから来たんでしょうかね?
新たな謎です…。

>見た人が死なない絵のほうが怖いです。
確かにそうですね(笑)
あったらぜひ見てみたいです…あ、興味という意味でですが(笑)

回答ありがとうございます^^

お礼日時:2008/05/02 13:55

実験してみますね。


「信じれば、そうなる。」はずだから。

まず、今日が一回目。(続けて、三回でいいなら、もう見ました。・・・実物じゃないと、見てもダメ?なのかな・・・)

連休明けまで、この質問締め切らないでいていただければ、結果がわかりますよ。
また、お邪魔できたら、心理的なことは関係ないっていう結論が出ますもんね。

じゃあ、とりあえず、「さようなら」
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この回答へのお礼

貴重な連休なのに、変な実験させてしまっているみたいですみません;

続けて3回はやっぱり意味がないんですかね?
私は昨日1回見て、今日1回見て…明日も見たら3回ですね。
hyakkinmanさんが結果を報告しにきてくださった後に私から返事がなかったら私も…ですね(笑)

なるほど!
実物じゃないとダメっていうのはあるかもしれませんね。
ネットで流れるくらいで、実物じゃないのならそんなに危険性もないのかも…。

では、連休明けるまではこの質問おいておきますね。
回答ありがとうございます^^

お礼日時:2008/05/02 13:29

シュールで、気持ち悪い絵ですね。


ただ気持ち悪いからそう言われているだけではないでしょうか?
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この回答へのお礼

そうなんですよね…クリックしたらその絵が出るってわかっているのに、開くたびにびっくりしてしまいます(笑)

ベクシンスキーの絵は結構衝撃的なものが多いみたいなのですが、これは特に衝撃的でした。
やはり、この絵を見る多くの人たちもそう思うでしょうか?
それで見すぎると良くないよ、みたいな感じで言われてるんですかね。

回答ありがとうございました^^

お礼日時:2008/05/02 13:20

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Q映画と精神分析との共通するところ

お世話になっています。


映画と精神分析が共通しているところがあるのが、
共通するところがあるとしたら、どこにあるのか、
というより、精神分析と映画とは、同じものではないのか、
という疑問にどなたかお答えください。


下記のようなページをみつけたのですが、
「映画と精神分析は同級生」http://www.akuzawa.net/?p=2031
誕生した時期が同じとの指摘があるばかりです。

ベラ・バラージュの「視覚的人間」(岩波文庫)を読んだときに、
カメラの視線とは、そのまま精神分析による第三者の視点である、
ということが書いてあったかと記憶しています。


私がお聞きしたいのは、
「精神分析を扱った映画」でもなく、
「映画を精神分析で批評する」ことでもなく、
同じ時代に生まれた両者の共通する土俵というか、
思想史的に共通する幹のようなものを教えていただきたいのです。

よろしくおねがいいたします。


Aベストアンサー

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変えてしまったものだったといえるでしょう。

それを知るためには、そもそも映画というのはどのようなものなのか、ほかの、たとえば小説や、写真や、絵画とどのようにちがっているのかを、もう一度考えてみることが必要かもしれません。

たとえばベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』のなかで、

「人間の歩行について、大まかにではあれ誰でも説明できるのが、通例だとしても、足を踏み出す何分の一秒かの瞬間の動きについては、ひとはたしかに何も知らない。ライターや匙をつかむおなじみの動作について、ぼくらは大まかには承知しているものの、そのさい手と金属とのあいだに本来どういうことが生じているのかは、ほとんど知らない。まして、ぼくらの心理状態の差異に応じてその点が堂微妙に変化するかなど、分かってはいない。こういうところにカメラは、そのすべての補助手段――パン・アップやパン・ダウン、カット・バックやフラッシュ・バック、高速度撮影や低速度撮影、アップやロング――をともなって、介入してゆく。精神分析によって無意識の衝動を知るように、ぼくらはカメラによって初めて無意識の視覚を体験する」(p.176-177 野村修訳「複製技術時代の芸術作品」 多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』所収)

と、映画による映像というものがどういうものであるか、精神分析とパラレルな関係にあるものと位置づけて、読み解いていきます。

では、どうして映画はこのように

> 精神分析による第三者の視点

として語られるのでしょうか。

このご質問には、以下の文章が参考になるのではないかと思います。

「映画を見るときに、われわれは映画館の闇のなかに座る。すると、われわれの背後から一筋の光が投げかけられて、それが前方のスクリーンに実物大の、いや、それ以上の大きなイマージュを投影する。そして、そのイマージュは、運動するリアルなイマージュであるのだが、しかし現実にはけっしてありえない仕方で断片化されており、その断片がモンタージュされているのである。

 こうしたイマージュの投影の一切は、実は夢に似通っている。つまり、夢が、闇のなかでわれわれの無意識という背後の光源が投影するモンタージュされたイマージュの連なりであるのと同じ構造を映画は備えている。映画とともに人間ははじめて、夢というみずからの無意識の秩序と共延長的なメディアを確立したのだとも言えるのだ。(…略…)

映画を見るとき、われわれは、あたかも無名の誰かの夢を、無名であるがゆえにまたわたしの夢ともなりうるような夢として見るのだ。そこには、夢の分有という無名のコミュニケーション、ほとんど神話の生誕にも比すべき、無名の共同性の出現がある。すなわち、映画が夢であるとしても、その夢は、現代の社会におけるある種の共同性に裏打ちされた神話性の誕生としての夢なのである。」(p.118-119 小林康夫「映画」『哲学の木』所収)

以上、何らかの参考になれば幸いです。

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変え...続きを読む

Qこんにちは、私は良くアニメ「忍たま乱太郎」の上級生の絵を描きます。なるべくアニメの絵に似せられるよう

こんにちは、私は良くアニメ「忍たま乱太郎」の上級生の絵を描きます。なるべくアニメの絵に似せられるように描こうとはしてるのですが…描き方が分からないので、全然似てないキャラクターになってしまいます。

そこで質問なんですが、忍たまの上級生キャラクターを描くにはどこに気を付ければ良いですか?因みによく描くのは久々知兵助君です。
あと忍たまキャラの体の描き方も分かりません…
文章がおかしい上に注文多くてすみません。どなたか回答お願いします。

Aベストアンサー

田舎で細々と約27年ほどアニメーターをしています。
キャラ・メカ等各種デザイン・美術設定等・作画監督・原画・コンテ・演出・たまに監督なんかもやってます。
他のスタジオの仕事も山ほどやってますので フリーと勘違いされますが
東京の某大手スタジオの社員アニメーターです。

お気に入りのキャラを上手く描けるようになれば楽しいですよね。
趣味の世界で描いていると思いますがどのキャラクターを描くにしろ美術的基礎が出来ていないと
中々上手く描けないと思います。

美術的基礎=デッサン力だと思ってます。

考える力、思考能力
それを実体化させる為には「デッサン力(=デザイン力)」という「表現の設計図」が必要になります。
且つ、目の前にある物を質問者様が全く動かずに正面からだけでなく
360度全方位どの方向からも捉えて描けるのも大事です。
2次元の物を3次元で捉える事が出来る想像力と実現できる画力です。

例えば正面から物を捉えその物を真上や270度の位置で捉えて描ける力が絶対に必要になります。
絵画であれ、彫刻であれベースにあるのはデッサン力(物を見る力)ということになります。

裸体デッサンなんか出来ると人体の構造が分かって良いのですが
これはイラストレーターとかアニメーターを目指すならの話ですので。

美術的基礎に関しては本屋さんや図書館・ネットに参考になるものがありますのでチェックして下さい。
漫画家の小畑健先生(デスノートの人)の絵は美術的基礎に非常に近い絵柄ですので参考になると思います。

魅力的な萌えイラストやヘンテコなアメリカン風な絵を描いてる人でも美術的基礎を描かせたら凄いです。
美術的基礎があるので魅力的な絵が描けるのです。
もっとも、プロでも資料からトレースしてるだけの人も沢山いますが…

模写やトレースは上記の美術的基礎がある程度出来てから練習すると効果が出てきます。

模写かトレースでは目的で変わってきますのでいっしょくたにされがちですが全然違います。
模写かトレースどちらが練習にはいいかは人によって分かれますので
質問者様が練習しやすい方でいいと思います。

観察眼を身に着けたいなら模写ですが落とし穴もあります。
模写による練習が何を培う練習なのかと言うと脳でイメージを浮かべる事です。
模写自体はやればやるほど上手くなります。
それで絵が上手くなっているかと言うと全然上手くなっていません。
あくまで模写が上手くなるだけで
「何も見ずに自分の絵を描いてください」と言われた場合はヘタクソな絵しか描けません。
これが模写の落とし穴です。
模写の練習で鍛えられるのは模写の技能だという事を理解して下さい。

構造、工程の流れを手っ取り早く理解したいならトレースです。
トレースのポイントは表面上をなぞるのではなく立体的に捉えてなぞること。
何故この動きでこの配置なのか別の角度から見たらどうなるかを
想像しながら描く事が重要でこの感覚を覚えていきます。
1枚描いたら上記の事を考え、疑問に思ったら調べる事が重要です。

絵というのは1日100枚描いたら次の日に劇的に上達するという事はまずありえません。
毎日、毎日描いて少しずつ上達していきます。
そして絵と言うのは描けば描くほど個人差はありますが必ず上達します。
なので焦らずに楽しく毎日描いて下さい。
きっと、上手くなる日が必ずきます。

上手く説明出来ていないかもしれませんが
以上、参考になれば幸いです。

田舎で細々と約27年ほどアニメーターをしています。
キャラ・メカ等各種デザイン・美術設定等・作画監督・原画・コンテ・演出・たまに監督なんかもやってます。
他のスタジオの仕事も山ほどやってますので フリーと勘違いされますが
東京の某大手スタジオの社員アニメーターです。

お気に入りのキャラを上手く描けるようになれば楽しいですよね。
趣味の世界で描いていると思いますがどのキャラクターを描くにしろ美術的基礎が出来ていないと
中々上手く描けないと思います。

美術的基礎=デッサン力だと思って...続きを読む

Q精神分析医と精神科医の違い

こんばんは!
ふと気になったので質問します。
精神科医と精神分析医の違いは何ですか?
精神科医はpsychiatrist といい、精神分析医は analystと言いますよね。よく、洋画などで見るカウンセリングを受けているシーンは分析医なんでしょうか?
「アナライズ・ミー」(ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルが出演)はビリー・クリスタルは精神分析医ですよね?
「グッド・ウィルハンティング」のロビン・ウィリアムズは精神科医ですよね?
「Mr.and Mrs.Smith」のは精神分析医ですよね?

日本では、精神分析医とあまり聞かないのですが、これは精神科医ということなのでしょうか?日本には精神分析医はいないのでしょうか?

この二つの職業、どう違うんでしょうか?

Aベストアンサー

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch098/ch098d.html

Q人の絵を見ると自分の絵が描けなくなります

画集等を見ると影響されてしまい、自分の絵を見失ってしまいます。
もちろんその画家そっくりに描けるほどの技量はありませんが。
また、絵を職業にしている訳でもありません。単なる趣味です。
自分の絵柄の安定が成されていないことが一番の原因なのかと思っています。
それゆえ、画集を開いたり、ネット上で他者の絵を見ること等から腰が引けてしまいます。
絵の上達のためには、他者の絵を見ることも大切な要素だと解っているのですが…
絵を描いている方、このような経験はありますか?
あまり気にせず、いろいろな絵を見た方がよいのでしょうか?

Aベストアンサー

気にしないでいろんな絵を見たり描いたりするのが一番です。
別に見なくてもいいけど、描かないのは良くありません。
どんどん下手になっていきます。

荒療治ですが、お絵かきチャットをしてみてはいかがでしょう?
模写にも挑戦してみては?

Q精神分析はどう役立つか

精神分析を受けたことがありますか?

受けてみてどうでしたか?

困っていたことは何ですか?
それがどんな風に改善されていきましたか?

精神分析はどんな悩みに効果がありますか?

悪意回答、ご遠慮ください。

Aベストアンサー

日本では精神科はハードルが高いですね。
欧米、特にアメリカでは内科と精神科のホームドクターを決めているのが一般的ですが、日本ではまだそこまでは行っていませんね。
 我が家は、個人的な付き合いもあり内科と精神科のホームドクターが決めてあり、気軽に相談できます。親や子供に欝が疑われるときなどは何度か訪問しました。精神分析と言っても他の診療科と異なり道具はありませんから、なんとも心もとないですね。でも、質問の手順などはお医者さんそれぞれの流儀があるようで、何気ないような会話を繰り返していって診断して行きます。・・・それが診察????・・・・てな感じです。
 精神分析は本人がその病気の原因を理解して改善させることを目的としていますが、現在は精神分析だけが単独で使われることはほとんどありません。あくまで薬物治療の補助的な位置になっているようです。
 精神の病は、・・・症と言われる軽いものから、・・・病という病気まで色々ありますが、家族なり自身で早く気がついて診察を受けるのが良いでしょう。私の場合はいずれも、薬で治療がされ「寛解」にいたりました。

Q絵を描く時に、何もモデルを見ずに頭の中にあるイメージだけで思い通りの絵

絵を描く時に、何もモデルを見ずに頭の中にあるイメージだけで思い通りの絵を描けるようになりたいのですが、何か良い方法はあるものなのでしょうか。

私はモデルを見て描くのであればある程度は描けますが、何も見ずに描くというのとなるとさっぱりです。

すいませんが、その方面で詳しい方がいらっしゃれば教えてください。そんな方法があればの話ですが。

Aベストアンサー

何も見ずにというのは、中々むずかしいと思います。
やはり回数を重ねていくことだと思います

しかし、ただ回数を重ねるのではなく、
「スピードを変える」ことをおすすめします。
これは私が大学でやった方法ですが、まず最初にモデルをみて、
40分ほどかけてゆっくり本気で描きあげてください。

その後モデルのポーズを変えながら
20分、10分、5分、3分、2分、1分・・と時間を短くしていきます。
重要なのはどれだけ時間なくても、モデルを見ることです。
むしろ1分なんて紙みてなくてもいいくらいです。

そして1分を書いた後に、5分や10分で描いてみてください。
なにか感覚が変わるはずです。

この方法は「右脳」を使って描く方法なので、
のちのちその方法で描いたものはイメージしやすいかと思います。

私の方法と同じ理屈のサイトがあったのでこちらも。
http://monemonet.hp.infoseek.co.jp/shajitutekinae.html

ドローイング用モデル(秒数等設定できます)
http://www.posemaniacs.com/pose/thirtysecond.html

何も見ずにというのは、中々むずかしいと思います。
やはり回数を重ねていくことだと思います

しかし、ただ回数を重ねるのではなく、
「スピードを変える」ことをおすすめします。
これは私が大学でやった方法ですが、まず最初にモデルをみて、
40分ほどかけてゆっくり本気で描きあげてください。

その後モデルのポーズを変えながら
20分、10分、5分、3分、2分、1分・・と時間を短くしていきます。
重要なのはどれだけ時間なくても、モデルを見ることです。
むしろ1分なんて紙みてなくてもいいくらい...続きを読む

Q精神分析療法の「治療」のメカニズム

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないのですが、精神分析療法では、心の病の原因を、主に幼児期の親子関係に求めます。これは、「今となっては」どうしようもないことなのではないでしょうか。原因が判ってもそれが「どうしようもないこと」であれば意味はないのではないでしょうか。

そもそも、精神分析の治療の根幹は「問題の解決」ではなく「問題の原因の自覚」にあるのでしょう。繰り返しになりますが、これが何故「治療」につながるのかが判らないのです。

なお、精神分析療法はエセ科学として批判が厳しく、現在の日本の臨床では殆ど行われていないことは存じています。しかし、それはそれとして、「精神分析の立場からは」無意識の意識化が治療に結びつくメカニズムをどう仮定しているのか、ということを知りたいのです

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないので...続きを読む

Aベストアンサー

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在の問題に焦点を当て、そこを集中的に改善しようとする療法もあります。
どちらかというと今はこれらの方が主流と言えるのかもしれません。
また、それだけの価値は大いにありますし、私も共感するところは大です。
これらはすべて神経症の治療法なわけですが、神経症というのは、無意識に抑圧された記憶が歪んだ形で心身に影響を及ぼすことだと思います。
無意識に抑圧されるからには抑圧されるだけの(本人にとっては深刻な)理由があります。

抑圧というのは自我の防衛機制の典型ですが、たとえば、幼時に母親からの愛情を十分に受けられなかった男児が、成長した後も母親の愛情を求めたいという心理になるのは自然ですが、これは現実的には奨励されないことなのでその感情は抑圧されます。
抑圧された感情は、たとえば彼の恋人に対して向けられることも多いでしょう。
多かれ少なかれこういうことはありますが、過剰になり、母親役を要求されすぎた彼女が耐えられなくなるほどだとやはり困ります。

彼女に甘えすぎないでもっと大事にしなければいけない、という現実的思考によって脱することも可能でしょうが、彼女に母親を投影してるのだ、ということが納得できれば、甘えすぎないようするということは、母親と彼女の区別をはっきりつけることだ、ということに気づきます。
はっきり区別できないことが錯綜で、錯綜はコンプレックスとも訳されることがあり、ここからマザコンなる言葉も俗語として出てきたりします。

特に信奉者ではありませんが、フロイトの最大の功績は無意識の概念だと思います。
ある女性のヒステリー研究が発端となって精神分析は誕生したわけですが、この女性は父親の看病中にヒステリー症状を呈しました。
彼女の無意識には父親に対する愛情が抑圧されていることがわかったわけです。
この場合の抑圧された感情が性的なものであったため、フロイトはその後も不必要な局面でも性的抑圧に固執するようになり、顰蹙をかう原因になっていることは確かでしょう。
しかし、私に言わせればそれは些細なことです。
性的欲望と生的欲望を完全に区別することは難しいのであって、昨今のフロイト批判に対しては、険しい山を切り開いて作った先達の曲がりくねった道を見て、舗装道路のほうが歩きやすいと言っているかのような印象を受けます。

ただ、精神分析はフロイトの専売特許ではなく、様々に枝分かれしながら幅の広い解釈がなされるようになっています。
日本で似非と解釈されているすれば、それを使いこなせる専門家が育っていない、ということなのかもしれません。

精神分析療法が似非かどうかは素人なのでわかりませんが、その本質は、
(無意識に)隠れているからといって無いものとせず、それを白日の下にさらけだすことによって、自らの意志によって制御できる対象としてまな板に乗せることなのかな、というように捉えています。
精神分析によってこうした本質的原因を了解しつつ、認知行動療法などの現実的対症療法を組み合わせていくことが効果的なのではないか、などということは考えます。
 

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在...続きを読む

Qこんばんは(*^^*)こんぺいとう星人です。今回は絵についての相談です!  ①まずこの絵を見てどう思

こんばんは(*^^*)こんぺいとう星人です。今回は絵についての相談です!  ①まずこの絵を見てどう思ったか(雰囲気)②この絵は何絵に入るのか(萌え絵など)③この絵は友達にみせても大丈夫ですか  ここから、相談です。(*相談の方は答えなくてもどっちでもいいです)まず、この絵を見て思われたのがデッサンの狂いだと思います。特に私は体のデッサンがひどいです。デッサンは人を見てひたすら描き続けたらいいのでしょうか。(まず、デッサン協力者がいない…(笑)) そして、実際の人間を見て描き続けたらリアルな絵に変わってしまうのでしょうか?

Aベストアンサー

1.何も見えない
2.一面暗い灰色の長方形
3.何も見えないから首をかしげるのでは?
4.分からない、そもそも絵が見えないからが力が分からないし、アドバイスのしようがない。

Q精神分析(学)

なぜ慶應義塾大学には「精神分析(学)」があり東大には無いのですか?

Aベストアンサー

精神分析学というのは、比較的新しい研究分野です。ヒステリーの研究者、シャルコーに学んだフロイトから発展したと言っていいと思いますが、いわゆる精神分析とわれわれが言っているものは、エリクソンなくして語れません。1903年生まれのエリクソンなどの業績を、いちはやく理解し、日本に学問として取り入れたのが小此木啓吾氏であり、彼は慶応大学教授だったため、慶応大学には精神分析学があるわけです。でも、なぜ東大にないかと言われても、ないものを証明することは困難で、私には答えられません。

以上、ご参考になればと思います。

Q【絵画の幸福感】絵を見て幸せを感じたことがないです。絵に幸せを感じたことがないです。幸せを感

【絵画の幸福感】絵を見て幸せを感じたことがないです。

絵に幸せを感じたことがないです。

幸せを感じる絵ってありますか?

どれを見ても筆者の孤独さ、寂しさを感じてしまいます。

絵を飾っても豊かさを感じません。作者の寂しさしか伝わってこないです。

自然の絵を見ても人物の絵を見ても幸せに見えないのはなぜでしょう。

絵を見て幸せを感じる、見える絵ってありますか?

Aベストアンサー

有能なアーティストやクリエイターなんて、みんな孤独なものです。誰も共有出来ないその人の「内」にしか無い「世界」をずっと追い求め続けているのですから。
「孤独」で「現実に居場所が無い」故に、強い「夢」「幻想」を抱くのです。彼等にとってこの「夢」「幻想」は、誰にも犯されない完璧な(嘘ではない)世界です。

ですから、誰かがその作品を見た時に、余計その「作品の中の世界」が輝いて見えたり、幸せな世界に見えたりするんです。
もし誰かが「孤独や寂しさ」やあるいは「恐怖」を感じたのだとしたら、それも「作者の中の世界」として真実です。
作品を作ってそれに誰かが触れて何かをそこから感じて、そこで初めてほんのちょっぴりその「誰か」と「自分の中の世界」を共有出来るんです。そう考えれば、「自分の中の世界」を誰かに感じて貰えただけでも、作者にとって幸せなことだと自分は思います。

 >幸せに見えないのはなぜでしょう
作者の「孤独や寂しさ」の部分だけに強く反応している・・・つまり、ナナミさん自身がその作家と似たような孤独や寂しさを今感じているということではないでしょうか。ナナミさんが豊かで満ち足りた世界にいるなら、きっとその作品も「豊かで満ち足りた世界」に映るのでしょう。

有能なアーティストやクリエイターなんて、みんな孤独なものです。誰も共有出来ないその人の「内」にしか無い「世界」をずっと追い求め続けているのですから。
「孤独」で「現実に居場所が無い」故に、強い「夢」「幻想」を抱くのです。彼等にとってこの「夢」「幻想」は、誰にも犯されない完璧な(嘘ではない)世界です。

ですから、誰かがその作品を見た時に、余計その「作品の中の世界」が輝いて見えたり、幸せな世界に見えたりするんです。
もし誰かが「孤独や寂しさ」やあるいは「恐怖」を感じたのだとした...続きを読む


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