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日本国有鉄道時代にあった貨物列車の操車場とは何でしょう?

Wikipediaなどで調べてみましたところ、
「各貨物駅で貨物を集め各専用貨車に載せ、それを近くの操車場で行き先別に分け、貨物列車へつないで運びまた各駅別に下ろして、日本通運等のトラックで運んだりした。」と言う認識ですが、

(1)なぜこんなシステムが通ったのか?
(2)行き先を直行するコンテナ中心の貨物列車のシステムになったのは何時頃なのか?

の2点が分かる方教えてください!

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A 回答 (2件)

以前も今も一部の工業地帯では直接JRの線路が各工場に引き込まれ、直接製品を貨物に乗せ各企業から来た貨物集合場所(新橋駅に隣接していた旧汐留や恵比寿駅に隣接していたビール工場や横須賀線新川崎駅等)に集めて各地方別に貨物車を編成させて有る程度採算の取れる貨物ががそろえばスタートするようにしたのです。

要するにある程度の荷物が無い運送費が採算が合わなかったため、一箇所に色々な会社から荷物を集めるために必要だったと思います。
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この回答へのお礼

成程、そういうことが理由だったのですか--。
ちなみに回答にある「JR」は「国鉄/JR」の誤りですね?

お礼日時:2008/11/03 13:45

「国鉄とその後身のJR貨物(JRF)」だけかというと、まだあります。


皆、国鉄ないしJRと線路はつながっているのですが、全国各地の
「xx臨海鉄道」(例:京葉臨海鉄道は、「昭和37年11月、当時の日本国有鉄道、千葉県及進出企業が出資をし、設立された貨物専用の地方鉄道です。 ・・・以下のURL参照)、また、ビール会社とか、石炭会社(炭鉱)とかは、自分の会社の構内に線路をひいて、自社の貨車をもっていましたし、今でももっています。

参考URL:http://www.rintetu.co.jp/company/c_intro.html
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この回答へのお礼

知りませんでした!

お礼日時:2008/11/04 20:32

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