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私はわりと本を読む方で、だいたいの本は一気に読めてしまうんですが、哲学書となるとそうもいきません。

物にもよると思うのですが、「判断力批判」では五ページほど読んだら、もうそれ以上読んでも頭に入ってこなくなります。しかし「方法序説」だと、かなりすらすら読めたような気がします。

そこで質問なんですが、
哲学書を読むときは、どれぐらいの量読めますか?一気に読めてしまうものでしょうか?

参考までに、何を、どういった感じに読んでいかれたのか教えていただけないでしょうか。お願いいたします。

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A 回答 (2件)

カント「判断力批判」を私が読み始めたとき、


初めの30頁位は、1頁に1時間ほど。2時間超の頁も、ありました。
岩波文庫だったから、書き込みスペースが少なくて、ノートを作りました。
そこから慣れて来て、「趣味判断の第三様式、10合目的性一般」からは、ノートをやめ、付箋をページに貼りつけて、論点を整理しました。

スピードも上りましたが、カントの論理の進め方がつかめて、
またドイツ語の構造が、訳文の向こうに透けて見えて、かなり楽になりました。
次の44頁は、そんな感じで、1頁1時間弱でしょうか?

そうやって74頁になると、美の分析は終了で、崇高に入ります。カントの手法が、何とか把握でき、面白く読めました。

崇高も、実質40頁です。その後は「美学的反省判断の解明に対する総注」(岩波文庫なら183頁)など、カントも伸び伸びと記述しており、これまで既出の論点が詳説され、ぐっとわかりやすい。
また、興味のない項目は飛ばしても、まったく支障ありません。

下巻も、そんな感じで、実質のボリュームは半分です。私が熟読したのは、16頁前後、42頁(けっこう重要)、77頁(かなり重要)、140頁です。

『美とは何か?』この大難題に、ひるまず恐れず挑んで、スゴい。
三島由紀夫は、「カントは、判断力批判で、すってんころりんしてしまい・・・」と、どこかの大学の、
小平キャンパスでのティーチインで、話していました。
確かに、この分析手法の緻密さに対して、結論はややガッカリですが、
それでも『美とは何か?』カント以後に、ここまで考えぬいた人はあるのか?と、私は思います。

>哲学書を読むときは、どれぐらいの量読めますか?

私は、哲学のアマチュアです。プロの研究者とも、話したのですが、
1頁で2時間超、はザラです。
また「ノートを作るのは、だめ」という点でも、彼と一致しています。
本vsノートがどう対応するか?一覧性が無いので、論理の組み立てが一目でサッと眺望できないから、です。
だから、余白への書き込み+蛍光ペンの4色で論理を明確に浮き上らせる+付箋で、ページを超えて論理をつなげる
という方法を、私は愛用しています。

ハイデガー「存在と時間」は、熟読して要約を作成しました。
計算すると、1日10時間でまる4ヶ月かかりました。
これも、最初は苦労しましたが、序論が終って、第一部になると
めくるめく面白さで、まったくすばらしい体験でした。

ヤスパース「実存開明」も、最初は苦労して、新幹線の東京→京都の
2時間ちょっと、ずっと同じ頁を見て、うなっていました。
私が最初に、苦労して読んだ哲学書です。
「方法序説」を、まるで村上春樹の小説のように読んだのは、私も同じです。
だが「実存開明」を3割くらい読むと、あとはずっと楽で「形而上学」も、日経新聞の経済教室くらいのペースで読めました。

バルトだけは、何冊読んでも難しい。だがそれが大きな魅力です。
どうでしょう?私は、ヤスパース→ハイデガー の順で読むのを、おすすめします
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大切なのはどれだけ本を読んだかではなく、どれだけ理解し、思索したかです!



という学校教師的前置きは以上にして、
じっさいデカルトのような読みやすいとされている著作のほうが曲者だと思います
というのも一行一行に哲学的エッセンスが凝縮されており、
よほど深く読み込まないと結局何も理解できないで終わるということになりがちだからです

その反対に難解とされているカントの「純粋理性批判」などはくどくどと、
しつこいくらいに何度も同じことを繰りかえし説明してるので
慣れてしまえば2回目からは案外すらすら読めます。デカルトを読むときのような心配もありません。
デカルトが2ページで済ますところをカントなら50ページ費やすわけです。

さて私の読書量はといいますと「純粋理性批判」(文庫)で一日50ページというところでしょうか
一回目はもっと少ないでしょうが二回目、三回目くらいからそれぐらいいくようになります
これまた難解なハイデッガーの「存在と時間」も50ページくらいですね
いま10回目ですがそれでも50ページ以上は読めませんし、それ以上は読もうにも頭が痛くなってきます

ちなみに「判断力批判」は「純粋理性批判」「実践理性批判」の続編なのでそれらを読まないで、いきなり読み出すと読みにくいかもしれません。
「純粋理性批判」への指示があちこちに出てきますし。
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この回答へのお礼

回答いただきまして有り難うございます。仰るとおりに思います。

デカルトのほんの一文でも、自分の経験や他の哲学者の意見と照らし合わせて見ると、それだけで持てる労力のすべてを使い果たしてしまうようなときがあります。

とはいっても、古典やよく言及される本をとりあえず目を通しておきたいという想いから、なかなかそこまでの解釈をつけていくことはやれてないのですが…。

 
「純粋理性」は読みました。
用語の意味はもちろんですが、一つの体系として理解していくには三冊とも読まないとだめ
なんだということを、すごく感じております。カントとつきあいが深まるにつれ、最初に抱いていた、空論的な形式主義者ではないことがわかり、また自分の批判がいかに無理解な物に基づいてたかを思い知らされているところです。



それにしても、「存在と時間」十回目とはすごいですね…。十回読むと何か違うものが見えてくるのでしょうか。

お礼日時:2009/01/20 15:06

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Q哲学科に進学したことをとても後悔している

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すのを聞かされるだけで、こんなことなら、法学部にでも行って、
趣味で哲学書を読んでいた方が、よっぽどマシだったのではないか
と今になって気づきました。

そして、哲学科であると言うと、周囲に奇異な目で見られることが頻繁にあり、(たとえば、文学部で英文学を専攻しているというのと、哲学を専攻しているというのでは、明らかに相手の反応が異なる。)
それが原因で、元々内向的だった性格が更に内向的になり、
情緒不安定な状態になっています。

哲学専攻の同級生は、哲学研究者を志望するとても勉強熱心な優等生タイプと、哲学は単位を取るのに必要なだけ手際よく勉強し、一流企業への就活にエネルギーを費やすタイプに二極化しています。しかし、
自分はそのどちらでもなく、いたずらに無為な日々を送っています。

このまま大学を卒業して、「哲学科卒という十字架」を一生背負って生きていくことに底知れぬ不安を感じます。このまま文学部哲学科を卒業するべきなのか、疑問を感じています。中退や編入も真剣に考慮し、某旧帝大の経済学部の編入試験に合格したのですが、なぜか、入学辞退してしまいました。

現在、自分は4年生で卒業間際ですが(就活はしなかったので、
内定は得られず、卒業後の進路は未定です)
自分が今選択に悩んでいるのは、
一このまま哲学科を卒業する
二今からでも、哲学科卒という経歴を回避するために卒業せずに、
他大学他学部への編入を再び目指す、あるいは中退してしまう
という選択をどうするべきかということです。

勿論、以上のような悩みは神経症・強迫症的な悩みであり、
自分の精神的未熟さや弱さが基底にあることは自覚しています。
また、大学で哲学を専攻すると決定したのは、自分自身であり、
誰に強制されたわけでもありません。

それゆえ、自分の悩みが嘲笑とともに、黙殺されるのも覚悟しています。だが、自分にとっては、非常に深刻な問題で、日々、過去の進路選択への激しい後悔と、将来に対する不安に、押し潰されそうなのです。

自分自身で色々考えていても、思考が堂々巡りをして、
突破口を見出せない状態が続いております。
そこで、皆様から、多角的な視点からのアドバイスを頂ければ、
幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すの...続きを読む

Aベストアンサー

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくらいに思うしかないと思います。
できれば、偏見の目で見られているからこそ、発奮していい就職をしてやるぞ、
と思いきることができればよいのですが。
哲学科の友人がそうでした。

日常生活であれば、てきとうに切り返す方法を身につけるしかありません。
そういう場面での偏見は、抑圧ど同時に促進になったりもするので、
かえってそういった偏見を生かしてうまくキャラづけするか、
うまくそういう話題にはまらないように言動を調整していけばよいと思います。
仲のいい友達からそう思われているのであれば、
コミュニケーション上の振りだと考えていけばよいのでは。
そこまでするような相手でなければ、話すことを避けるか、
無視すればよいと思います。
無視できないのであれば、それは、耳に飛びこんできた自分への評価を、
すべて自分のなかに位置づけていかないと、
と強迫的に思っているのかもしれません。
ときには、評価を無視することも大事だ、
と意識して自分に言い聞かせるようにしないと、切りがありません。
自分にたいする肯定的な評価、否定的な評価のどちらについても、
正当として受けいれなければならないもの、
不当として拒否し、正さねばならないものに加えて、
正当だろうが不当だろうがどうでもいいものがあります。
その辺りを選別していければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。

カリキュラムについて。
哲学の本を読むと、その語学力に舌を巻きます。
日本語で読んでさえ複雑な論理で書かれていて難しいのに、
それを英語だけでなく、フランス語やドイツ語で学んでいるわけで。
専門家になれば、ただ正確に読めればよいというわけではなく、
限られた時間で正確に読み解くことが求められるのでは。
語学の学習があるというのは、
本来なら個人で訓練してもおかしくないところを、
わざわざ教員がつく上に単位が出るのだから、むしろ贅沢な話では。
……という感じで、各授業に意味を見出せばよいと思います。
この語学の講義では、これを目標にする、のように。
予習も、ただ読むのではなく、短時間で読みきれるように練習するなど。
そうでないと、語学が多いのは辛いかもしれません。

ただ哲学書を読むだけなら、ほかの学部でもできると思いますし、
がんばれば今年出た現在の哲学者の論文を読むこともできます。
しかし、その論文の生の評価、いまの雰囲気といったものを知るには、
やはり哲学科に在籍しないと無理なのではないかと思ったりもします。
部外者として哲学をかじっていたほうが楽しいのは当たり前で、
研究者になるための訓練としては面倒なことのほうが多いだろうと思います。
加えて、教員にやる気がなかったりすると、
学生のほうも面倒なことをやる気さえ起きないかもしれません。
ただやはり、質問者さんについては、部外者ではなく哲学科で学ぶメリットに
まったく目を向けていないところが気になりました。
哲学科に在籍していなければ、もっと後悔しているかもしれません
(どちらのほうが後悔することになるかはわかりませんが)。

いずれにしても、後悔先に立たずということで、
まずいまの自分の立場を肯定するところから始めてみては。
メリットを最大化し、デメリットを最小化する方向に努力するしかありません。

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくら...続きを読む

Q現代の哲学者にはどういう人がいますか?

哲学関連の本を最近読んでいますが、紹介されている人の多くがすでに無くなった人です。
いま、活躍している哲学者はたとえばどのような人がいますか?
宗教家ではなく、純粋に哲学者ということで知りたいので、よろしくお願いします。
また、どのようにして生計をたてているのかも知りたいのですが。やはり大学の先生だとか、副業をもっているのでしょうか。

Aベストアンサー

こんばんは。

存命の哲学者ですぐに思い浮かぶのは・・・

“戦う哲学者”と呼ばれてる? 中島 義道さんですかね・・・

『怒る技術』(PHP研究所)『私の嫌いな10の言葉』(新潮社)『孤独について』(文春新書)『哲学の道場』(ちくま新書)『<対話>のない社会』(PHP新書)『うるさい日本の私』(新潮文庫)『ウィーン愛憎』(中公新書)などの著書があります。
来歴は、手元に本が無いので失念しましたが、確かどこかの大学教授だったと思います。

ご参考まで・・・

Q『ラディカル』という言葉の使い方について

『ラディカル』という言葉の解釈に迷っています。
辞書などでは「根本的な」「基礎的な」また、「過激な」や「急進的な」などと載っていて、意味そのものはよく理解できるのです。
しかし、社会、歴史、美術、建築などでは、それぞれの分野で意味や解釈のニュアンスが違っているような気がしてなりません。
考えすぎなのでしょうか?
『ラディカル』という言葉の意味や解釈の基礎知識や良い本などありましたら教えてください。

Aベストアンサー

「ラディカル」と聞いて私がイメージするのは、物事を根本的に、
底の底から変えてしまうような、鮮烈で強力な力です。何よりも、
「我々の既成概念を根本から変えてしまうこと」を含意している
ことが、重要だと思います。胸躍る言葉でもありながら、危険と
隣り合わせのニュアンスも感じます。
政治であれ美術や建築であれ、ラディカリズムを標榜する思想は、
急激で落差の大きい変化を求めるでしょう。既成概念を覆すこと
が目的ですから、より戦闘的であり、挑戦的でもあります。

先進資本主義国では、社会が安定化し、規制のシステムが固定化
する中で、「ラディカルであること」は徐々に力を失っているの
だと思います。それは、政治的であれ哲学・文学・美術・建築、
その他あらゆる分野で。
現在、おそらく「ラディカルな」という形容詞をつけた場合に、
程度の問題として変化の度合いが大きいことを指し示している
だけで、本当に根本的な意味での変革を指していることは稀で
しょう。それ以外では、単に政治的な意味での「過激派」を指
している場合のみに使われているのでしょう。後者の場合は、
もはやイスラム過激派のような、全く我々には理解不可能な「他
者」を指す言葉でしかなくなっているのかもしれませんね。

(このような答えで質問者様の要望にあっているか疑問なのですが、
 もし「意味や解釈のニュアンス」が違っているような例を教えて
 いただければ、もう少しまともな答えができるかもしれません。)
 

「ラディカル」と聞いて私がイメージするのは、物事を根本的に、
底の底から変えてしまうような、鮮烈で強力な力です。何よりも、
「我々の既成概念を根本から変えてしまうこと」を含意している
ことが、重要だと思います。胸躍る言葉でもありながら、危険と
隣り合わせのニュアンスも感じます。
政治であれ美術や建築であれ、ラディカリズムを標榜する思想は、
急激で落差の大きい変化を求めるでしょう。既成概念を覆すこと
が目的ですから、より戦闘的であり、挑戦的でもあります。

先進資本主義国で...続きを読む

Q一冊の本を読む時間について、

通常、約300ページくらいの本を何時間くらいで読んでおられるでしょうか。私は、約12時間くらい、かかっているのですが、遅いでしょうか。ある本に、約3時間と書いてありました。そんなに早く読んで、内容を理解できるものなのでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

内容によっては1時間くらいで読んでしまうものもありますが,平均するとやはり3時間くらいでしょうか。
関連性のある本をすでに読んでいる場合などは,語句の意味を改めて咀嚼しないでよいので早く読めます。というか,斜め読みって感じですね。
反して普段読まないようなジャンルでは,出てくる語句の意味を別の本で調べながら読んだり,前へ戻ったりとするので,10時間とか軽くかかっちゃうこともあります。
ミステリーなどは逆に早く結末が知りたくて一気に読んでしまったり,恋愛ものでは最初にさらっと気になる場面だけ読んで,改めて最初からじっくり読んだりもしますね。やはり,皆様が仰るように,本の内容と本への取り組み方で時間のかかり具合は違うようです。また,1つの本を読んでいるとき,以前に読んだ関連性のある本の内容を即座に思い出せるかどうかでも,理解力や読書時間はかなり変わってくるのではないでしょうか。
ちなみに,私が最近はまっているジャンルの本はドラマCDが出ており,読むときには頭の中で好きな声優さんをキャスティングして声を再生(?)しているので,結構,時間がかかるときもあります。これも一種の楽しみ方かしら(笑)

内容によっては1時間くらいで読んでしまうものもありますが,平均するとやはり3時間くらいでしょうか。
関連性のある本をすでに読んでいる場合などは,語句の意味を改めて咀嚼しないでよいので早く読めます。というか,斜め読みって感じですね。
反して普段読まないようなジャンルでは,出てくる語句の意味を別の本で調べながら読んだり,前へ戻ったりとするので,10時間とか軽くかかっちゃうこともあります。
ミステリーなどは逆に早く結末が知りたくて一気に読んでしまったり,恋愛ものでは最初にさらっ...続きを読む

Q哲学科で勉強することって???

高校を卒業したら大学に進学しようと思っている高校2年生です☆☆
どの学部に進学しようか迷っているときに、哲学科がある大学があることを知りました。
哲学に興味があったので、そういう学科で勉強したらおもしろいんじゃないかなって思ったんです。
でも、哲学科という学科があるということを知っているだけで、どういうことを勉強しているのかを全く知りません。
そこで!!哲学科に通う学生さん、もしくは哲学科で何を勉強するのかを知っている人はぜひ教えてください!!!!
自分でも大学のパンフなどで調べたのですが、より詳しい情報とかもお願いします!!

Aベストアンサー

おはようございます。
私は哲学科を卒業した者です。
皆さんが言われているとうりです。
大学によりますし、また、講師によってもかなり違ってきます。
つまり、高校までの授業とは違い、大学になると学ぶ分野が細分化されて、
学生が自分で学びたい科目を選択してゆくことになります。とくに3・4年ではそれが顕著になってきます。
教授たち自信、自分が研究している分野があって、その分野に強いわけですから、その分野のことを講義してきます。
もちろん人によりけりで、一般的なことを話す講師もいれば、専門的なことを
話す講師もいます。

ですので私が大学に進学するときには、自分の学びたい教授のいる大学に進むものがいました。

一口に哲学といっても意味合いが広すぎます。
それは古代ギリシアの自然哲学者たちが「なぜ」と考えること自信を学問とし、
その考えることを「知を愛する」ことである「philosophy」と名づけました。
その思考することである学問から、数学や音楽、天文学などが生まれ、哲学は
「万学の女王」と呼ばれています。

しかし、現在、哲学も細分化され、皆さんの言われている分野が主な研究対象となっています。
形而上学や、科学哲学といっても、一般の人には全然ぴんと来ないでしょう。
ここでそれを語ろうとすると、はっきり言ってきりがありません。
哲学とは定義づけすることの難しい学問ですから、その領域もとても広いのです。
また幾多の哲学者もさまざまな謎を出し、疑問に答え、論理を導き出しています。
その考えを知るだけで、途方もない時間が必要です。

抽象的なことばっかり言っていますが、これが「哲学とは何か」に対する答えだと思ってください。
しかし、あまり漠然とした答えでは何の参考ともなりませんので、さわりを少しだけ。


この世になぜものが存在するのか、そしてそのことを人間はなぜ認識するのか、どうやって認識しているのか。
また、目に見えないもの(神・真理・無限・絶対・永遠)は存在するのか。
有と無の関係。世界はどういう原理で作られているのか。 
そして、人はなぜ生まれてきたのか、どうやって生きていくべきなのか。


と、大雑把ではありますが、こういうことを考える学問です。
以上のものは主に古代哲学からの疑問ですが、現代では、
論理学や科学、数学なども絡み、さらに難解です!
その論文などは日本語で書かれていても、とても日本語とは思えません。
はっきり言って、実際学ばないとわからないと思います。
明確な答えが出ない物事を、真剣に思考するという、恐ろしい学問です。

1・2年の一般教育では、主に「哲学史」「哲学者の考え」を聞くこととなるでしょう。
そして、3・4年で、専門的な事を学び、自分の納得のいく答えを探すこととなります。


ただ、卒業したら社会の中、実生活では、正直役に立ちません。
ですので、#2さんの言われるとうり、変な人が多いのが特徴です。
もちろん普通の人もいますが、他の学科と比べてやっぱり・・・

よく哲学は「ごみの山」だと言われます。
ぜんぜん役に立つものはないのですが、その中に、ひょっとすると、
すごい宝があるのかもしれないと・・・

あなたは、哲学に興味がある時点で、かなり変わった人です。
ぜひ、そのまま哲学科へと進み、その生き方、考え方に磨きをかけてください!

まだ言いたいことは山ほどあるのですが、きりがありませんので、これくらいで。


最後に、哲学がいかに現実離れしているかの実例としてよく引き合いに出される
哲学の開祖タレスの2つの逸話で〆たいと思います。

「あるときタレスは天体観測のため空を見つめて歩き、熱中のあまり前方の井戸に気づかず落ちてしまった。この事件について、足元のこともわからないのに天のことばかり知りたがるのは滑稽だとトラキア人の女奴隷に笑われた。」

                        プラトン 『テアイトス』

「タレスが貧乏であったことから、世人が哲学などは生活に何の役にも立たないと
非難したところ、彼はその天文学の知識からその年のオリーブの豊作を察知し、
早いうちにミレトス中の搾油機を安く借り集め、時期が来て人々が必要としたとき
高く貸して大もうけした。」

                       アリストテレス  『政治学』  

おはようございます。
私は哲学科を卒業した者です。
皆さんが言われているとうりです。
大学によりますし、また、講師によってもかなり違ってきます。
つまり、高校までの授業とは違い、大学になると学ぶ分野が細分化されて、
学生が自分で学びたい科目を選択してゆくことになります。とくに3・4年ではそれが顕著になってきます。
教授たち自信、自分が研究している分野があって、その分野に強いわけですから、その分野のことを講義してきます。
もちろん人によりけりで、一般的なことを話す講師もいれ...続きを読む

Q個人的に哲学を学ぶにはどうしたらよいか

 哲学とか心理学に興味があるので、その手の本は沢山持っていますが、学び方が良く分かりません。大学で学ぶ人間はどのように学んでいるんでしょうか?普通は何からはじめればよいのでしょうか?

 知人が哲学の大学(通信制)に7年行っているので、話しを聞いたら"最初から学ばないと今の哲学が分からない"と言われました。哲学が発展してきた歴史をすべて頭の中に網羅していけということでしょうか?
 2チャンネルなどの哲学の掲示板に行っても、わけのわかない論争を繰り広げられていて…哲学書を読んだことの自慢みたいのが飛び交っていますが、たとえば私の質問を見てくれた、哲学者(?)の貴方は、哲学の書をやっぱり沢山読んでいるんですか?

 私は文章を書くのが好きなので、哲学的な考え方ができれば創作に役に立ちそうだなと思って、哲学を意識しておりますが、これまでの哲学を振り返っていたら、仕事も手につかなくなり、寿命が来てしまいそうです。
 また、生半可な知識だと訓話にもならず、似非哲学になってしまいます。哲学が何も見えないんですけど、何をしたらいいと思いますか?アドバイスをお願いします。

 哲学とか心理学に興味があるので、その手の本は沢山持っていますが、学び方が良く分かりません。大学で学ぶ人間はどのように学んでいるんでしょうか?普通は何からはじめればよいのでしょうか?

 知人が哲学の大学(通信制)に7年行っているので、話しを聞いたら"最初から学ばないと今の哲学が分からない"と言われました。哲学が発展してきた歴史をすべて頭の中に網羅していけということでしょうか?
 2チャンネルなどの哲学の掲示板に行っても、わけのわかない論争を繰り広げられていて…哲学書を読んだこと...続きを読む

Aベストアンサー

大学で哲学を学ぶ人間は
先哲の思考の跡を辿りながら自己の思考を鍛えるわけですが,
当然のことながら哲学書は原著で読みます。
アリストテレスを読むなら古代ギリシア語,
ナーガセーナならパーリ語,フッサールならドイツ語です。
しかも,ひとくちに原著と言っても
版による違いや編集者による違いがあったり,
ときには偽書なんてものもあるので,
テキスト・クリティーク(文献批判)と呼ばれる手続きを踏むことが要求されます。

一方,大学で心理学を学ぶ人間は
実験,観察,調査,面接といった実証的研究法を叩き込まれます。
データ解析のために統計学や情報処理の知識も必須です。
心理学は実証科学として哲学から分離独立した学問ですので当然のことです。
思弁的論考だけの卒論では卒業させてもらえません。

哲学や心理学で飯を喰おうというのであれば
上記のようなトレーニングが要求されますが,
そうでないのなら
まずは哲学史や心理学史の流れを頭に入れることから始められてはいかがでしょう。
独学者にありがちな独善的な思い込みに陥らないためにも,
学問の歴史的全体を俯瞰して
大まかな見取り図を頭の中に描いておくことは大切だと思います。

手ごろなものとして,こんな本はどうですか。

池田晶子(著)
『考える人―口伝西洋哲学史』 中公文庫

木田元(著)
『反哲学史』 講談社学術文庫

大学で哲学を学ぶ人間は
先哲の思考の跡を辿りながら自己の思考を鍛えるわけですが,
当然のことながら哲学書は原著で読みます。
アリストテレスを読むなら古代ギリシア語,
ナーガセーナならパーリ語,フッサールならドイツ語です。
しかも,ひとくちに原著と言っても
版による違いや編集者による違いがあったり,
ときには偽書なんてものもあるので,
テキスト・クリティーク(文献批判)と呼ばれる手続きを踏むことが要求されます。

一方,大学で心理学を学ぶ人間は
実験,観察,調査,面接といっ...続きを読む

Q難しい本が読みたいのに

先日「戦争論(著クラウゼビッツ)」という本を買いましたが、難易度が高すぎて最後まで読めませんでした。

高校生ですが哲学書や思想書などの難しい本を読める大人になりたいと思っています。

難易度のそう高くない本を教えてください。
頭の良い、話の上手な大人は格好いいですよね。

Aベストアンサー

僕も高校1年生の時に戦争論を読みましたが(無謀)、何の予備知識もなしに読み始めるとかなりつらいと思います。
歴史のみならす哲学的な要素も含まれているのでかなり難解な本です。
「図解雑学 クラウゼヴィッツの戦争論」という本がでていますのでこちらから読まれてはいかがでしょうか?
また中公や岩波のものよりは、日本クラウゼヴッツ学会「戦争論レクラム版」がいいと思います。

難易度の高低は人それぞれですが国際政治についての本なら
「国際政治とは何か」中西寛
「国際関係論」中島峰雄
「国際政治」高坂 正堯
この三冊から読んでみてはいかがでしょうか?
この三冊は高校生でも十二分にとは言いませんが、ある程度理解できると思います。
実際当時の僕でも面白く読めました。
また「軍事学入門」「安全保障学入門」も専門的ではありますが面白いです。

本の読み方、或いは読書というものについて考えのであれば
加藤周一「読書術」
W.S.モーム「読書案内」
ショウペンハウエル「読書について」
モーティマー・J・アドラー「本を読む本」
P・G・ハマトン「知的生活」
渡部昇一「知的生活の方法」
    「楽しい読書生活」
清水幾太郎「本はどう読むか」
外山滋比古「読書の方法」
がお奨めです

僕自身も本の虫で知識欲に突き動かされ、また質問者様の言うようなかっこいい大人を目指して図書館通いをし、バイト代は本の購入代金につぎこんでいました。
僕は共通の趣味をもつ友人を得ることができ、それなりのスクールライフを送ることもできましたが、一歩間違うと「本が友達」状態になるのでお気をつけ下さい

個人的に読んでいただきたい著者を10人挙げると(ジャンルばらばら)
坂本多加雄 三島由紀夫 佐伯啓思 小林秀雄 里見岸雄 葦津珍彦
上山春平 福田恒存 会田雄二 江藤淳 村上陽一郎

この間まで高校生だった者より

僕も高校1年生の時に戦争論を読みましたが(無謀)、何の予備知識もなしに読み始めるとかなりつらいと思います。
歴史のみならす哲学的な要素も含まれているのでかなり難解な本です。
「図解雑学 クラウゼヴィッツの戦争論」という本がでていますのでこちらから読まれてはいかがでしょうか?
また中公や岩波のものよりは、日本クラウゼヴッツ学会「戦争論レクラム版」がいいと思います。

難易度の高低は人それぞれですが国際政治についての本なら
「国際政治とは何か」中西寛
「国際関係論」中島峰雄
「...続きを読む

Q哲学書の読み方について質問です

初めて哲学書を読むのですが、難しくてなかなか理解ができません。
とにかく先へ進もうと、あまりおなじ所に留まらないように読んでいますが、そうすると全く内容が頭に入ってこなくて、ただ本を眺めているだけになってしまいます。
ですので、きちんと理解できるように内容を図示しながら読もうかなと思っているのですが、これは正しい哲学書の読み方でしょうか?
また、こう読むと良いというのがあれば教えていただきたいです。

Aベストアンサー

哲学書を読むのに近道なんてありません。
繰り返し、繰り返し読むしかありません。
私は哲学に限らず文学でも、書いた人の全集をそろえて隅から隅まで読むことにしています。
若いときには理想社から出ていたカント全集を全巻そろえて10年間、カントと格闘しました。
なかでも、三大批判書と言われる「純粋理性批判」や「判断力批判」などは何度繰り返して読んだかしれず、ページはボロボロ、鉛筆の書き込みで真っ黒になりました。
どんなに難しい哲学書であっても、10年間も読んでいれば、慣れてくるもので、カントの考え方が自分にも染み込んで、カントが言っているのか自分が言っているのか分からなくなります。
そうなったらしめたもので、カントの言っていることが自分のことのように思えてきて、理解できるようになります。
そうやって私はハイデガーの選集を、理想社のそれを、やはり10年間をかけて隅から隅まで読みました。
また、マルクスも大月書店のマル・エン全集をそろえて10年間悪戦苦闘しました。
ウイトゲンシユタインは大修館の全集で、今はほとんど読んで、あと少しで読み終わります。
フッサールは翻訳されているものは全部そろえて読みました。

だいたい、一人の哲学者に10年間を費やすのが私のやり方です。
繰り返し、繰り返し読む、それしかありません。

哲学書を読むのに近道なんてありません。
繰り返し、繰り返し読むしかありません。
私は哲学に限らず文学でも、書いた人の全集をそろえて隅から隅まで読むことにしています。
若いときには理想社から出ていたカント全集を全巻そろえて10年間、カントと格闘しました。
なかでも、三大批判書と言われる「純粋理性批判」や「判断力批判」などは何度繰り返して読んだかしれず、ページはボロボロ、鉛筆の書き込みで真っ黒になりました。
どんなに難しい哲学書であっても、10年間も読んでいれば、慣れてくるもので、カン...続きを読む


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