旅行好きのおしりトラブル対策グッズ3選

今年の春、はじめてドイツを含むヨーロッパを貧乏旅行しました。
ロンドンには留学や里帰り的な気持ちで何度も行っています。
あとはつまみ食い程度に知名度の高い国の都市に行ったくらいです。

ドイツやベルギーのブリュッセルで、新市街・旧市街というのを知りました。
ロンドンやイギリス内ではあまりピンとこなかったので、ガイドブックと違ってびっくりしました。
ドイツのガイドブックには、旧市街の写真しか載ってなかったので、ドイツじゅうがガイドブックのように古い建物かなと思っていたからです。

ブリュッセルの北駅は近代的な建物ばかりで、ヨーロッパにいる感じがしませんでした。
ドイツ各都市やブリュッセルのほかに、新市街・旧市街がある国のほうが一般的なのですか?

パリやロンドンは、カテゴリで言えば街全体が「旧市街」な感じです。
(パリから離れるとイッキに近代的になりますが、イギリスはどこまでいってもイギリスですよね)


Q1 なぜ新市街・旧市街があるのですか?駅のほうが後からできたから駅の近くは新市街ということですか?

Q2 ドイツやベルギーのほかに、はっきりと「新市街・旧市街」がある国ってありますか?

次回ヨーロッパの旅のプランを立てていて、個人的にははっきり「新市街・旧市街」が分かれてない国に行きたいと思っています。

よろしくお願いします。


※画像のはドイツミュンヘンの新市街です。
日本みたいにも見えます。

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A 回答 (7件)

アムステルダムが空襲被害状況については、詳しいことはわかりませんが、第二次世界大戦の時にヨーロッパで一番「飢餓」に見舞われ、その結果、現在65歳以上の糖尿病による透析率がヨーロッパで一番多い国といわれています。



また、建物については第一次世界大戦後1920年代より「バウハウス」の近代建築や
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A6% …
第二次世界大戦後、「ヴィルツシャフツ・ヴンダー」と言う、早急に戦後復興をするがために、近代化を推し進めた傾向があります。

また、ミュンヘンやウィーンの市庁舎は一見、ゴシック様式ですが、建てられたのは120年ほど前で、それらは、「歴史主義建築」「ゴシック・リヴァイヴァル建築」と呼ばれます。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2% …
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

建築に詳しいほうではないのですが、私が「古い感じ」と思っていた建物も、本当に古いものと「古い風に建てられたもの」とあったんですね。
今まで雰囲気だけ楽しんでいて、あまり深く考えたことがありませんでした。
ただ、ドイツの近代的な建物は、ヨーロッパらしくない直線的、真四角なものが多く、旧市街との差にびっくりしてしまったのは確かです。
私にとって逆に、旧市街が作り物のように思えたくらいです(そこだけテーマパークのような感じ)

もしかして、私は古い建物も好きですが、本当に古くなくても「歴史主義建築の建物」も好きなのかもしれません。
実際古いか新しいかを見る目がないのかもしれないと思いました。

アムスは古い建物がゆがんで傾いていて、街を歩いているだけで飽きませんでした。
同じような雰囲気の建物でも新しく建ったであろう建物だけ水平でした。
オランダはヨーロッパで、一番飢餓に見舞われた国だったんですね。
歴史も自分の興味ある部分から図書館などで本を借りて読んでいますが、まだまだ勉強不足です。

ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/01 22:28

ANo.2です。



>新市街だけど、旧市街とあまりかけ離れていない」都市ってありましたか?

ヨーロッパで旧都市と新市街の概念は
現在では、第二次世界大の戦前と戦外までで、
1940年くらいまでは、市壁の中と外の違いでした。
ですから、プラハの様に空襲で焼けなかった町は新市街も古い建物が残っていたりします。

ドイツ、ロマンチック街道のローテンブルクの様に中世の建物を現代の生活に合わせて維持するのは、インフラの不便さや家に駐車場を造れない、車が通れる道が無いなど、修理や維持費用が掛かりすぎる等の面から言って大変なことで、個人の努力だけでは到底無理です。 ローテンブルクはICEが停まる駅もなく、主な産業も無いので、観光に力を入れることと、また、町が適当な大きさであったことも幸いして、市民の努力が一致できたのだと思います。 

備考:ドイツの住宅で、家の中にバスルームが造られたのは1950年以降のことです。ですから、戦前の建物には浴室がありません。また、ドイツは都市ガスと言うシステムがあまり無く、一般的には地下室に大きな石油タンクを置いてセントラルヒーティングを各家ごとにするのが普通ですので、年に一度、約2000リッターほどそのタンクに給油しなければなりません。日本のガソリンスタンドに給油に来るようなタンクロリー車が各家にオイルを運びます。 セントラルヒーティングに使われている、コイル型のストーブの中には約60度のお湯が通っています。ですから、戦前の建物を改築するには上下水道とストーブ用のお湯の配管工事、オイルタンクの設置等が必要になります。(最近はビオエネルギー等色々変わってきているので、石油は過去のことになりつつありますが、改造の面倒さはあまり変わりません。)

新市街もあまり極端に変わっていない町は、
ドイツ、
ドレースデンは空襲の被害を受けましたが、新市街と呼ばれるエルベ川北側の町には一部戦前の建物が残っていて、元の姿に復元修理されています。 一時世界遺産でしたが、エルベ川に通勤用の橋が架かることで、景観上から、世界遺産を剥奪されました。。

また、世界遺産のゴスラーの町は新市街と旧市街が良くマッチしていて違和感がありません。
似たような世界遺産の都市で、クヴェトリンブルクもそうですが、こちらはまだ観光地化するには時間が掛かりそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B9% …
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%B4% …

駅と言うのは、対象物となりやすい、空襲を受けやすい所でしたし、現在では駅前にはバスやトラム、タクシー等を乗り入れたり、ショッピングセンター(トラックの搬入場所)を造ったりしなければならないので、たとえ、古い建物が残っていてもそれを移転して道を広げるとか、美しい外壁などを残して、それにあわせて町を造るとかはたいへん難しいのです。古いものを残したいという、市民の願いはあっても、資金の面で無理があって現実できないのが、実情です。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

駅は戦前からあったんですね。
そして、戦争の被害に遭って一度焼け野原(?)になって、新しく建築されたのが新市街、戦争の被害に遭わなかった地域、または、戦争の被害には遭ったけど文化遺産として守ろうという目的で古い建物を再現した地域(城壁の中含む)が旧市街、ということで間違いないでしょうか。

第二次世界大戦をやった国は歴史で習いましたが、具体的にどこが戦地になったかは、今、大人になって調べてる世界史にも詳しく書いてありませんでした。
けどだんだんわかってきたのは、戦場となった場所と、戦争に参加していたけど戦場となってない場所があって、たぶんですけど、アムステルダムなどは戦場になってなくて、ロッテルダムなどは戦争で壊滅したと、ガイドブックを読んでいてわかってきました。
ロンドンもきっと戦場にはならなかったのでしょうね。

イタリアはローマがほぼそのまま残っているので、戦場にはならなかった、ドイツはほとんどの都市が戦場となって、駅などは目立つので駅付近などが狙われて、被害を受けた。
そして、新しく作ったから近代的な建物が多いんじゃないかと思いました。

参考URLを見ました。
世界遺産になっているような都市は、国が保護していて景観を保つのでしょうね。
そういえば、アムスの街並みも国だか市だか、行政が景観を保つとガイドブックに書いてありました。
ローテンブルグは観光に力を入れているから、街全体が中世を思わせる建物で、駅の近くもなるべくそうしてるんですね。
ただ、駅前に大きなスーパーがあって、そこはいつもの近代的な四角い建物でした。

ロマンティック街道で言えば、ディケンズビュールやネルトリゲンなど、戦災を逃れた都市もありますが、ローテンブルグのように電車が走ってないので、ローテンブルグより若干知名度が落ちるということでしょうか。
私も行きたかったのですが、ヨーロッパバスがまだ走っていない時期だったので、今回は見送りました。

古いものを残すのがとても大変なことがわかりました。
新市街でも、外観だけでも「古い風」なら違和感をあまり感じないんじゃないかと思います。
私がドイツやブリュッセルでびっくりしたのは、あまりにも新市街と旧市街の建物が違ったからだと思います。

ドレスデンは今回行くつもりでしたが、ミュンヘンで風邪を引いて長居したため、泣く泣く諦めました。
もちろん、行ってみたい都市です。
今後、もっといろんな都市やいろんな国を見て、その国々の新市街の建物を見てこようと思いました。

ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/01 07:45

No.3です。



>あと、ドイツのガイドブックの写真が旧市街ばかりだったので、質問にも書きましたが「全部旧市街のような建物なんじゃないか」と勝手に思っていました。

見所の歴史的な建物を写すとそうなっちゃうんでしょうね。
ショッピングとなると新市街だったりしそうですが・・・。

ヨーロッパ旅行で、バスを使うような添乗員付き団体ツアーだと中心部を外れたホテルになったりして自由時間があっても出歩くのに不便と聞きますが、添乗員無しの2名ツアーだとか、全くの個人旅行者だとかは、中心地に泊まることがほとんどでしょう。
質問者さんのように旅行経験が色々あると違うでしょうが、中心地しか行かない旅行者は観光と全然関係ない郊外って目にすることは少ないかも。

世界遺産リストを見ると「何々の歴史地区」のように出ています。
ここらへんは要注意・・・・?
http://www.unesco.jp/contents/isan/whlist.php?ar …
エディンバラの場合は旧市街と新市街両方世界遺産なんだそうですが、「新」市街と言っても18世紀~19世紀あたりの建物らしい。

ちなみにバルセロナの場合、新市街にもガウディ建築があります。写真で見ると奇抜なんですが、意外と街並みに溶け込んでいるな、というのが個人的感想でした。同時に普通の都会でもあるんですが。
http://barcelona.s28.xrea.com/hotel/hotel_03grac …

でも全般的には、スペインはご希望に沿いません(笑)
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

スペインはまだ一度も行ったことがないので、北のほうを制したら(?)南も貧乏旅行したいと思っていました。
その頃には「新市街、旧市街があること」に慣れていると思います。

残念ながら、参考URLで写真が確認できなかったのですが、ガウディ建築という言葉を聞いて「建築の問題なのかも?」と思いました。
一般的に「ヨーロッパ風の建物」というと、曲線的なイメージですよね?
でもドイツの建物は、日本のように直線的なものが多かったです。
質問に写真を添付したのですが、2Mを超えていたようで、添付されてませんでした。

もし新市街でも、ヨーロッパっぽい建物(建築?)なら「ああ、ここはヨーロッパだな」と思えますが、あまりにも日本と変わらないと、日本にいるみたいで旅行に出た気がしなくなります。
そういう意味では、アムステルダムは素晴らしかったです。

いつかスペインにも行きたいです。
いや、行きます!

ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/26 13:48

No.3です。

ちょっと訂正します。

気にしたことがないというか、新市街・旧市街があるのは、むしろヨーロッパってそういうものだろうと漠然と思っていました。バルセロナがそうだったから自動的にそう思い込んだだけかもしれませんが。
スペインは古い所が多いですからね。

フィンランドのヘルシンキなどはそういう記憶がないんですが、特に分かれていないのかな??
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

gallinaさんは、新市街・旧市街があって当たり前と思っておられたんですね。
私は逆に、過去に行ったロンドン・ローマ・アテネなどが「ここから旧市街、ここから新市街」とは感じられなかったので、ドイツやブリュッセルのように「別世界」的に違うことにビックリしました。
パリは以前から「中心部から離れれば近代的」というのを知っていました。

ローマもスペインと同じくらい古いと思うのですが、ローマでは感じなかったです。
北欧はまだ行ったことがなく、次回のルートに入れる予定です。

ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/26 07:42

ロンドンもホランドパーク辺りに行くと別に歴史的でない普通の街だった記憶があります。



ドイツやオランダは行ったことがないんですが、スペインも新市街・旧市街がありますよ。
はっきりしていそうなのは、バルセロナ、コルドバ、アビラなど。
スペインでもそうでもない場所もありますが。

私は旧市街・新市街があるのを気にしたことはないです。観光に便利か?とか、治安はどうか、という滞在場所選びには影響しますが、新旧どちらもその土地ですから興味深いと思っています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ホランドパークには行ったことがないのですが、イギリスはどこか、最近建てた建築物でも「古い建物に似せた」ようなイメージがあります。
もちろん、中心部のど真ん中にセンターポイントという高層ビルもありますが。
旧市街・新市街のギャップに、まだ慣れてないというのが正直なところです。
あと、ドイツのガイドブックの写真が旧市街ばかりだったので、質問にも書きましたが「全部旧市街のような建物なんじゃないか」と勝手に思っていました。

考えてみれば、歴史的な建物が残っていればそれを守るのは当然なのですよね。
が、旧市街の雰囲気と新市街の雰囲気がかけ離れていることに驚きました。
もしかして、新市街でも「かけ離れていない」国や都市はあるのかなと、みなさんの回答を読みながら思いました。

ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/26 07:36

Q1 ヨーロッパが神聖ローマと呼ばれていたころ(9世紀~第一次世界大戦前)、ドイツ、オーストリア、チェコやイタリアなどは、国王や選帝侯のいる何十もの小国の集まりで、小国の形態が、カトリックの大聖堂を中心として広場があり、市庁舎、市民の住居があり、その周りを壁で囲っていました。

壁の何箇所かに門があり、朝に開かれ、夜に閉じられていました。 農民やジプシーは壁の外で、朝になると、野菜などを持って門を通り、広場で開かれる市で商売をします。 

その、壁の中が現在「旧市街」として残っています。

ウィーンの壁は取り除かれ、壁のあった場所はリングと言う幹線道路になっています。
ミュンヘンにも壁がありました。ミュンヘンの中央駅は壁の外にあります。Karlsplaz、Sendinger Tor,Isartor (Torと呼ばれるところは、壁の門があったところ)と呼ばれるところがその名残です。
ロマンチック街道の出発点のヴュルツブルクの市壁は115年ほど前に取り除かれ、跡地はリングパルクという公園になっています。

Q2
プラハの町は割りとはっきり分かれていると思います。
ザルツブルク
フィレンツェ
フランス、サンテミリオン
ストラスブール
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

やはり、城壁がポイントになるようですね。
ローテンブルグなどは城壁の外も駅前のスーパーなどを除いて「近代的」って感じがしなかったのですが、駅から旧市街に行く観光客用に近代的な建物を作らなかったのでしょうか?
ヴュルツブルグは確かに、駅前は近代的でした。

フュッセンに城壁があったかどうかまだ調べていませんが、駅から旧市街までハッキリと分かれている感じはしませんでした。
ミュンヘンは回答のとおり、カールス門から旧市街って感じでした。

私が行った範囲ですが、同じ新市街でも「旧市街とかけ離れていない建物」を建てている新市街と、旧市街とは別世界に思えるような近代的な新市街になっている国があるような気もするのですが、Mumin-mamaさんの行かれた都市の中で、「新市街だけど、旧市街とあまりかけ離れていない」都市ってありましたか?
もしQ2の街でかけ離れていない都市があったら、そこも行ってみたいと思っています。

アムステルダムは、中央駅のまん前からすべて旧市街でした。
昔は城壁がありましたが、今はありません。
神聖ローマじゃないからでしょうか?

ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/26 07:25

 たしかにドイツなどでは新市ノイエシュタットと旧市アルトシュタツトがはっきり区別されている都市が多いように思います。

デュッセルドルフでもまさにそのままの名称で区別されています。

Q1 なぜ新市街・旧市街があるのですか?

 都市というものは、よほど特殊な事情がないかぎり、年月と時代を経て人口も増え、都市としての規模も機能も次第に大きく発展していくものです。しかし、ドイツをはじめ一部の国では、長い伝統に培われ、古い歴史をそのまま今に語り継ぐような古来からの街並みがあれば、それを風致地区、あるいは特別保存地区と位置付けて種々の規制のもとに大切に保護しようという活動が盛んです。

 新都市と呼ばれるエリアはたしかに概して中央駅近くから発展しているように見えますが、過去に城壁都市であったようなところでは、リンクと呼ばれる同心円状の外周道路の中を旧市と定め、外周道路の外は比較的自由な近代都市としての開発がなされている例も多く見られます。

 パリなどは古来城壁都市ではありませんから、同心円状の都市整備は見られませんが、やはり基本的には「区」で定められた地域では歴史を物語る古風な景観の保存が大変厳重に維持されていますし、他方その周辺にはおよそパリらしくないモダンな近代建築が取り巻いているものです。

Q2 ドイツやベルギーのほかに、はっきりと「新市街・旧市街」がある国ってありますか?

 私とてそれほど意識してしっかりと見て回ったわけでもありませんが、オランダの地方都市、たとえばエンスヘーデなどでは、明確ではないものの、それでも聖堂を街の中心に置き、それを囲むリンクらしき道路があることから、おそらく過去には城壁都市ではなかたかなと思ったことがありました。ここもまた、クラシックな建物が並ぶ中心部とモダンなビルが並ぶ外周地域の対比が見事だったように思います。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

UKは留学以来のリピーターで、それ以外の行った都市(ローマ、ナポリ、アテネ、パリなど)がたまたまはっきりと「新市街・旧市街」と目でわかるような区別が自分自身でできなかったので、そのあまりの違いにビックリしてしまいました。
逆に、アムステルダムは傾いていて古い建物がそのまま残っていて、これまた印象的でした。

ドイツの場合は城壁が残っている中世都市が多いので、その頃は電車が走ってなかったし、街を守るなら当然空いてる土地に駅などを作りますよね。
パリは確かに、中心部だけ異世界というか、守られてる感がすごくあったのですが、ロンドンは中心部でも古い建物か、古い建物をデザインしたような新しい建物があるので「なぜ同じ中心部なのに?」と思いました。
それに、イギリスは、どこまで田舎に行っても急に世界が変わるようなことはあまりないし、現にロンドン塔の隣に数年前に建った近代的な市庁舎は、地元の人たちにも評判悪く、新しく開発されたドッグランドも「いかにも近代的」という感じではないので、ドイツやブリュッセルのその差に驚きました。

オランダはドイツと同じ時にアムステルダムだけ行きましたが、ガイドブックにもどこかの地方都市が「戦争で街が壊滅状態にあった」と書いてあったので、モダンな建物が並ぶのかなぁと思いました。
実は、オランダはオランダで同時に質問していたので、こちらにはあまり書きませんでした。

アムスも城壁はもうありませんが、駅を出たら1歩目から旧市街でした。
なので「なぜドイツは?」と思っていましたが、ポイントは「城壁」にあるのでしょうか。

ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/26 07:08

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Qヨーロッパの街並

なぜヨーロッパの街並は、統一されている上に、建築物のデザインが素晴らしいのでしょう?

ビルが一つもなく、赤い屋根が続いていたり、電柱は無い、田舎町も素晴らしい。

中世の街並がそのまま残っていると思うのですが、ここまで素晴らしいのはなぜですか?

Aベストアンサー

 もうすでに皆様から貴重なお答えが書き込まれていますが、もうひとつ、原点に戻った見方が残っているように思います。

 パリなどに見る、最初から企画されデザインされた結果としての、整然とした都市景観については、これまでのご回答の通りだと思いますが、もっと広くヨーロッパ全域で考えてみますと面白いことに思い至ります。

 ひとつは建材のあり方です。過去には粗雑な材木などで葺いていた屋根が、いつしか恒久的な瓦に変わっていったことはよく知られていますが、ヨーロッパのかなり広い地域で、彼らが作り出す瓦は、もともと鉄分を含んだ粘土を原材料にして焼き上げることから、自然に赤系統の焼き色に仕上がります。さらに釉(うわぐすり)もまた同様に赤系統の発色をするものが簡易に手に入ったということもあります。そして大切なことは、当時ではそんな瓦一種類しか生産出来なかったはずだということです。

 このことが、主に中世期に建てられ発展して行ったヨーロッパの都市の、まず屋根に統一性を与えたと思います。つまり、小高いところから見遥かす街の全域がすべて赤っぽい瓦できちんと揃っている、その統一性こそが街の整然さを巧まずして生み出したのだと思います。

 壁材もしかりです。漆喰などは雨風を防ぎ見かけを飾る仕上げ材として広く使われましたが、ギリシャなど南部ヨーロッパに見られる漆喰は、それ自体、真っ白な都市景観を生み出しています。あるいは石材そのもののテクスチャーもまた都市景観に大きく寄与しています。つまり、誰もが、どこでも、当たり前に使っていた建材こそが、都市に統一性をもたらしたのだと思うのです。

 でも、それだけではありません。中世期から近代まで、建築家、大工、石工、こうした職業に就く人々は、ほとんど徒弟制度の元で腕を磨いていたはずです。彼らは、その土地その土地での環境に応じ、手に入りやすい常識的な建材を元にして、家屋の構造や作り方といったものを伝統的に編み出していたはずです。時代とともに徒弟たちは独立して親方になり、さらに自分の徒弟を育てる側に立つ、そうした歴史の中で、彼らはあくまでも伝統的な工法を忠実に踏襲して行ったはずです。

 そんな時代にあっては、丹下健三や、芸術は爆発だと叫んだ岡本太郎などといった先進的な考えを持つ者はまだ異端の徒とみなされたはずです。建材にバリエーションが無く、建築工法に自由度が低かった、そうした時代を想像すれば、都市の景観そのものが、悪く言えばワンパターンに、よく言えば整然とした佇まいを生み出した、そう考えてはどうでしょうか。ついでに書き足せば、電柱が無いのは、単に電柱に使うだけの真っ直ぐな木材が少なかったことによるものだとなにかの本で読んだことがあります。

 そして今日、斬新な建材が満ち溢れ、構造力学も発展し、建築美術に限界という垣根が無くなってしまった、そうした環境の下で、こうした中世期の都市景観を振り返るとき、私たちはそこに、統一性というある種の美を見出すのだと思うのです。異論は多々あることでょう、でも、私にはそう思えるのです。

 しかし、これらはごく一般的な建築での話です。「なぜ建築物のデザインが素晴らしいのでしょう?」というご質問はやや次元が異なるテーマだと思います。わが国でもはるか古代から、豊富な建材である木材による高度な構造を見せる建築物は数多くあります。そして、そこには当時の英知を積み重ねた想像以上に高度な構造力学が見て取れます。

 ヨーロッパでもそれは同じことです。彼らにとっては、やや大規模な建築を考える際に最も身近な建材は御影石、大理石、砂岩など石材でした。互いに接着や緊結をすることが難しい石という建材を自由に用い、高く積み上げ、思いのままの姿に建築するには、そこにやはり独特の構造力学の知識が欠かせなかったはずです。

 そして、そこにやはり、大工や石工とは違う、学理的で美術にも通じた専門職が活躍の場を見出したのだと思います。レオナルド・ダビンチもそうですし、サント・シャペルの聖堂を設計したピエール・ドゥ・モンルイユもしかり、そうした建築家と呼ぶべき人々によって、均整のとれた全体構造とともに、エンタシスや黄金分割などを駆使した完璧なまでのバランス、そしてさらには、石を打つ作業とともに発達した美しい彫刻やレリーフといったものも加えられて、後世に残る荘重な建築美が生み出されたと思うのです。

 ヨーロッパの街々はとても美しい統一性を見せてくれます。しかし、ここまで書きましたように、一般のための建築群と、宗教などに関係する特別な建築物、さらには、やや後世に見られるようになった意識的な都市景観のデザインと徹底、これら3点は、それぞれかならずしもひとつの理念からスタートしたものではないということも面白いことです。

 もうすでに皆様から貴重なお答えが書き込まれていますが、もうひとつ、原点に戻った見方が残っているように思います。

 パリなどに見る、最初から企画されデザインされた結果としての、整然とした都市景観については、これまでのご回答の通りだと思いますが、もっと広くヨーロッパ全域で考えてみますと面白いことに思い至ります。

 ひとつは建材のあり方です。過去には粗雑な材木などで葺いていた屋根が、いつしか恒久的な瓦に変わっていったことはよく知られていますが、ヨーロッパのかなり広い地域で、彼...続きを読む


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