おととし、You Tubeを検索中に、
偶然にもこんなパロディを見つけました。
映像・音声は1969年に米国で行われた、
有名なウッドストック・コンサートです。

Woodstock: Joe Cocker - With A Little Help From My Friends - Misheard Lyrics


強烈すぎて元々の本当の詞が頭から吹っ飛んでしまうような
爆笑『空耳』バージョンですが、
(はじめて見た瞬間、腹筋に亀裂が入るかと思ったw)
オリジナルはビートルズの歌です。

【1】
あなたは1960年代のヒッピー(特に米国の)について、
どのような印象を持っていますか?

【2】
まず、ズバリ、上の画像の感想を聞かせてください。

【3】
このオッサンの服や髪からは、どんな匂いがしそうですか?

    **

「ラリっちゃってる」という点では似たようなものなのに、
故・某元財務大臣の「もうろう会見」は、
米国ではすっかりコケにされているようです。
http://www.youtube.com/watch?v=P0W7OY9UwYs

一方で、いまだにウッドストックのコンサートやヒッピー幻想を
崇め奉っている米国人がいるのには驚きます。
(ジョー・コッカーは英国人だけど。親父さんは公務員だったそうな。w)

1980年代生まれの当方は1960年代を知らないけど、
ウッドストックのコンサートにはいい印象を持っていません。
会場では、ドラッグや犯罪が横行・蔓延していたそうな。

Somebody's dad !! Somebody's dad is wavin' right there !!
傑作だ!!!wwwww
(≧▽≦)(≧▽≦)(≧▽≦)(≧▽≦)

(何が「ピース&ラブ」だ・・・呆れてモノも言えぬ。)

このウッドストックのコンサートの前年に彼が歌ったこの曲は、
エミー賞を受賞した有名な米国ドラマで、
日本でもNHKで放送された『素晴らしき日々』(原題:The Wonder Years)
のオープニングテーマとして使われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A0%E6%99%B4% …

クサイ芝居だけど、このドラマはいい脚本で、オイラは大好き。
それだけに上の動画を見て、なおさらヒッピーに嫌悪感を覚え、
すっかり興ざめしてしまいました・・・。

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A 回答 (3件)

青春だったころに「ウッドストック」を映画館で見た者です。



場所は大阪の「梅田東映パラス」。今どきの映画館にはないような大スクリーンと迫力ある音響で見たときの感動は今でも記憶に残っています。

》【2】まず、ズバリ、上の画像の感想を聞かせてください。

シャツは「絞り染め」でしょうか(間違っているかもしれません)。同じころ日本でも大流行したファッションでした。カッコいいです。

また、彼の手振り身振り(エアギターというそうです)も音楽と一体となって曲を盛り上げています。
 

それはさておき、ウッドストック・フェスティバルが多くの人たちに(日本人を含めて)与えた感動の大きさは当時を生きていたものでないと想像できないのかもしれませんね。
 
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ウッドストックですか懐かしいですね。

1969年が最初で伝説ですね。
それ以後のは金儲けに終始した様です。

インターネットも携帯電話も無いのに40万人が集まるのは凄いですね。

ベトナム戦争が泥沼化して徴兵制が若者を戦場に送り込んでいた時に
平和的な反戦と社会批判を音楽で表現した最大のイベントでしょうね。

【1】 
インドのガンジーとヒッピーは無抵抗反戦主義の代表だと思います。

【2】
かっこいいですね。

【3】
平和と自由への渇望が感じられますね。エネルギッシュな汗の匂い。

日本では、徴兵制も送り込まれる戦場もありません・
彼らの気持ちは計り知れないですね。
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中高生ならいたしかたありませんが、ジョー・コッカーをご存知ないようですね。



まあ自分の知らないのは対象に価値がないからだ、と信じている人も世の中にはいらっしゃるようですが、ロック等が好きな音楽ファンなら知っていて当然の歌手ですね。

【1】
いつの時代でもバカはいますが、少なとも当時のアメリカの大勢に対するカウンターとして意味があった、という点でバカとしてはかなりましな部類だと思います。

【2】
面白いですね。

【3】
汗や埃なんかの臭いはすると思います。
人の臭いをあれこれ想像するとか、それをネタにするとかの下卑た習慣がないのでたいした回答になりません。
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Qヒッピー(米国)といえば?

あなたは何を思い浮かべますか?
また彼ら彼女らに対し、どんな感情を持っていますか?

1960~70年代に日本で学生運動をした連中も、
米国のヒッピーも、現在20代の私は基本的には嫌いです。
特に日本の左翼エリート学生連中は
その後の世代の若者(雇用慣行)に悪影響を残したから。

でも単なる理想文化としては、
ヒッピーは居心地はよかったのでしょうね。

当時の米国に住んでいた方とお話できました。
日本でも放映されたあのドラマの、あの時代そのものに、
米国で暮らしていた方のようです。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5998003.html

Aベストアンサー

懐かしいですね、映画「砂丘」や「イージーライダー」を思い出します。当時、流行ったので見に行きましたが何がナンやらよく判らない映画でした。
でも結局はアメリカの金持ちの坊ちゃん・嬢ちゃんの遊びごとたわごとが大半だったのではないでしょうかね、それを当時の日本人の若者も真似をしたような・・。
形は違っていても、いつの時代にもこのような風潮(退廃的・反体制的)はあるのではないかとは思っています。一種の通過儀礼なのかもかもしれませんよ。
ただ、国内での70年安保・沖縄返還・ベトナム反戦などはかなり真剣でしたね、この真剣に取り組んでいた連中にはヒッピーはそんなに居なかったとは思ってはおります。

Q1%の富裕層が40%の富、50%の貧民層は1%以下

アンケート連貼りで恐縮です

なんでも世界の上位1%の富裕層が世界の40%の財を保有し、反面世界の貧民層50%の財は全てあわせても世界の1%しか無いとか。

いや、別にだからこうあるべきとか、どうだとか意見があるわけじゃ無いんですけどね・・

まあ少なくとも上位1%に入ってない自分としては、皆さんの自由な意見でも聞きたいなっと想いまして・・・
参考 http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006120601000220.html

Aベストアンサー

しかし、あらためて数字を突きつけられるとウーンですね。
まあ、それぞれのスタンスでこの数字の軽重も変化することと思います。

さて、それはそれとして、昨日もユニセフから募金の案内が送ってきました。
私は、僅かばかりの募金をしながら常々思っていることがあります。

仮に、東南アジアやアフリカの超貧困層が日本並みの生活をしたらどうなるのか?
確か、試算では地球をもう1個半用意しないと支えきれなかったと記憶しています。
そういう意味では、有限性が見えてきた資源の争奪戦が既に始まっている気がします。

この大きな流れ中では、私がユニセフに送る僅かな金は雨粒一つの力にもならないでしょう。
が、私の暮らしが彼ら超貧困層の犠牲の上に成り立っていると思えば・・・。
さりとて、彼ら超貧困層が我々並みの暮らしをするようになると・・・とも。
かなり利己主義的な考えとは思いますが、「現実問題としては・・・」と考えます。

果たして、晩年のオードリー・ヘプバーンは何を思っていたのだろうか?
そう思いつつ、募金のコースの品定めをしている私です。

しかし、あらためて数字を突きつけられるとウーンですね。
まあ、それぞれのスタンスでこの数字の軽重も変化することと思います。

さて、それはそれとして、昨日もユニセフから募金の案内が送ってきました。
私は、僅かばかりの募金をしながら常々思っていることがあります。

仮に、東南アジアやアフリカの超貧困層が日本並みの生活をしたらどうなるのか?
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そういう意味では、有限性が見えてきた資源の争奪戦が既に始ま...続きを読む

Q昨日私は全国紙は90%の真実、週刊誌は新潮と文春を読むのですが、70%の真実、後は50%の真実として

昨日私は全国紙は90%の真実、週刊誌は新潮と文春を読むのですが、70%の真実、後は50%の真実として読むのですが、ある人は新聞は100%真実ではいけないと発言していました。
100%以下はタブロイド紙と言わなくてはいけない。
それは理想だと思いますが、皆さんはどう思いますか?
ご意見をいただけると、ありがたく思います。
自由な意見をお願いします。

Aベストアンサー

100%ってのは無理

そもそも、映像や文字に記すということは一定の視点で切り出す必要がある

記者や運営体によって、どの視点に立つのか微妙に異なるのが自然なことなので
一つの出来事に対して、複数の媒体があれば複数の視点がある
視点が異なれば、論調や論点や何を伝えて何を省略するかがことなる

これで100%は無理でしょ?

だからこそ複数の媒体が必要で、様々なモノが寄り集まることでより広いものが掬い上げられる

なので、無批判に有るモノを盲信したり、中も確認せずに卑下するのは自らの目を塞ぐのと同じ

最近は、自分の気に入ったニュースだけが配信されるようなアルゴリズムに依存するのが多いようだが、非常に危険な兆候

Q1960年代生まれの方・・

1960年代の日常の生活は今と比べてどのような生活だったのでしょうか?


(1)服装はどの様なものが流行っていたのでしょうか?
(主婦は普通に白いカッポウギを着ていたのでしょうか?日常的に着物<和服>を着ている人はいたのでしょうか?)

(2)現代と比べて、食べ物に違いはありましたか?
(例えば、冷凍食品やカップラーメンやレトルト食品はあったのでしょうか?)

(3)どんな住居だったのでしょうか?
(台所は土間だったのでしょうか?トイレは汲み取り式ですよね・・水洗はもうあったのでしょうか?風呂は薪で沸かす五右衛門風呂だったのでしょうか?ボイラーはあったのでしょうか?)

(4)今は普通にあるけれど、1960年代にはなかった家電製品はありますか?
(パソコンはないと思いますが、テレビや洗濯機や冷蔵庫はありましたよね?エアコンやラジカセやビデオデッキはあったのでしょうか?音楽はレコードで聴いていたのでしょうか?)

(5)家族構成は、やはり、核家族は今よりも少なかったのでしょうか?
(共働きは少なく、専業主婦となる女性が多かったのでしょうか?)

(6)その他、今と大きく違う事はありましたか?

(7)「その頃」と「現代」を比べて、どちらの時代がいいと思われますか?(主観で結構です)

1960年代の日常の生活は今と比べてどのような生活だったのでしょうか?


(1)服装はどの様なものが流行っていたのでしょうか?
(主婦は普通に白いカッポウギを着ていたのでしょうか?日常的に着物<和服>を着ている人はいたのでしょうか?)

(2)現代と比べて、食べ物に違いはありましたか?
(例えば、冷凍食品やカップラーメンやレトルト食品はあったのでしょうか?)

(3)どんな住居だったのでしょうか?
(台所は土間だったのでしょうか?トイレは汲み取り式ですよね・・水洗はもうあったのでしょ...続きを読む

Aベストアンサー

69年生まれなので、記憶は70年代になりますが、田舎なので発展が遅れていたということで回答します。

(1)服装はどの様なものが流行っていたのでしょうか?
ふわっとした感じではなく、割と体にぴたっとした雰囲気でAラインと呼ばれるようなものだったような?
割とここ数年の流行と似ています。
割ぽう着の人は日常ではいませんでした。
近所で不幸があると、葬儀は近所の“組”で取り仕切るため、お母さんたちが集まって台所仕事をする時には割ぽう着を着ていました。
着物姿の人はいませんでした。

(2)現代と比べて、食べ物に違いはありましたか?
冷凍食品はありましたが、今のように種類豊富ではなかったです。
カップラーメンはカップヌードルや金ちゃんヌードルがありましたが、カップヌードルでもシーフードは登場していませんでした。
レトルトはボンカレーやククレカレーくらいだったように思います。
ちなみに缶詰も種類が少なくて、シーチキンやオレンジ色の缶に入ったまぐろフレーク(ツナをしょうゆ煮にしたようなもの)が代表的で、しかも最近のような小さなサイズではなく、10センチくらいの高さの大きなサイズばかりでした。
でも、グリーンピースとうずら卵、さくらんぼの缶詰は今と同じ、小さなサイズでした。
果物はみかんや桃などの缶詰がありました。

他の方が書かれていますが、クリスマスケーキのチラシを見ると、バタークリームとチョコクリームのケーキがそれぞれ何種類か載っていて、生クリームのものは最後のページに2個載っているだけで、一般的ではありませんでした。
しかも、バタークリームのものはサイドにもクリームが塗られ、デコレーションもしてあるけど、生クリームのものはサイドにはクリームが塗られていないので、スポンジとスポンジの間が見えていました。

スライスチーズは溶けるタイプがなく、「アルプスの少女ハイジ」でチーズが溶けているのを見て、味の想像ができませんでした。
「アルプスの少女ハイジ」といえば、主人公が嫌った“黒パン”を、給食で出てくる黒糖のコッペパンのことだと思っていました(今のように、ドイツパンの店などなく、菓子パン以外にはちょっとしたベーカリーしかなかったので、全粒粉のパンなどの想像もつかなかった)。

カルビーのポテトチップスにコンソメ味が出たときは、衝撃でした(それまではうすしお味しかなかった)。
ちなみに「100円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません」というCMがありました。

(3)どんな住居だったのでしょうか?
>台所は土間だったのでしょうか?
はい、我が家は農家のため、土間でした(土間でないと農繁期の農作業中にわざわざ長靴を脱いだりする手間が生じるので)。

>トイレは汲み取り式ですよね・・水洗はもうあったのでしょうか?
家は汲み取りでしたが、学校などは水洗でした。

>風呂は薪で沸かす五右衛門風呂だったのでしょうか?
はい、そうです。
お風呂の炊きつけや、枯れ枝拾いがれっきとしたお手伝いでした。

ちなみに我が家はほとんど当時のままです。
ただ、60年代の家というより・・・明治末期に建てられた家なので、1900年頃の家の説明になってしまっていますね。

(4)今は普通にあるけれど、1960年代にはなかった家電製品はありますか?
テレビはカラーのものが、洗濯機は2槽式のものが生まれる前からありました。
冷蔵庫も生まれる前からありましたが、2ドア式ではなく、一応氷が作れる棚(最上部)がありましたが、アイスクリームなどは溶けそうな代物でした。
エアコンは壁に埋め込み式(?)のものが、母の実家に、これまた生まれる前からありました。
ラジカセは多分売ってはいたけど家にはなく、ビデオは存在そのものが一般家庭用としてはなかったのではないかと思います。
音楽はもちろんレコードです。
ソノシートと呼ばれる、セロファンを分厚くしたような片面レコードもあり、付録でついてきたりしました。
電話はダイヤル式の黒電話です。
中には、黒電話のダイヤルがあるべき場所(前面)に何もなく、右側側面にL字のバーのようなものがついていて、それをまわす回数で電話をかける電話がある家もありました。

電化製品にちなんで、話がそれますが、NHKの受信料がカラーか白黒かで違っていたように思います。
また、電圧(?)が東日本と西日本で違っていて(これは今もですね)、レコードプレイヤーをはじめ、多くの電化製品に西か東かを切り替えるスイッチがついていました。
レコードをわざと別地域のヘルツの方にして聴くと、声が変わっておもしろかったです。

また、テレビはよく放送事故が起こり、番組の途中で「しばらくお待ちください」といった画面に切り替わることがありました。
停電も結構頻繁にありました。

(5)家族構成は、やはり、核家族は今よりも少なかったのでしょうか?
田舎で貧しかったせいか、多くのお母さんたちは“お勤め”に出ていました。
ただ、今のような“共働き”というより、食べるためといった悲壮感があった印象です。
わたしの家は農業のために母がお勤めに出ていなかった(父が外で働いている平日の日中に、草取りをしたりといった農作業のこまごまとしたことを母がしていたため)ので、「お母さんが家にいて甘えられる子」とされて友達の間で肩身が狭かったです。
当時は小学校が終わってから児童が行く施設(名前を忘れました。最近、4年生くらいまでの子が親が迎えに来るまでいる場所がありますよね?幼稚園の小学校版のようなところ)がなかったので、母親がお勤めに出ていて、祖父母がいない場合は小学校1年生でも鍵っ子でした。

核家族は少なかったです。
また、都会に出ていった人たちが、その子どもを実家に預け、祖母と孫で暮らしている家も近所に何軒かありました。

(6)その他、今と大きく違う事はありましたか?
近所付き合いが多かったし、よその子どもでも大人は叱っていました。
携帯がないので、待ち合わせの時間と場所は入念に打ち合わせをしていました。
父親の威厳がまだ生きていたので、反抗期などはあっても、父親をないがしろにするとかバカにするという子どもはあまりいなかったと思います。
ちなみにわたしの田舎では、上水道が平成になるまで来ていなかったので、井戸水を使用していました(モーターで水をくみ上げるから、見た目には水道なんですけどね)。
水を節約するため、洗濯のすすぎは川でしていました。

(7)「その頃」と「現代」を比べて、どちらの時代がいいと思われますか?(主観で結構です)
いい時代は「その頃」で、便利な時代は「現代」かな?

69年生まれなので、記憶は70年代になりますが、田舎なので発展が遅れていたということで回答します。

(1)服装はどの様なものが流行っていたのでしょうか?
ふわっとした感じではなく、割と体にぴたっとした雰囲気でAラインと呼ばれるようなものだったような?
割とここ数年の流行と似ています。
割ぽう着の人は日常ではいませんでした。
近所で不幸があると、葬儀は近所の“組”で取り仕切るため、お母さんたちが集まって台所仕事をする時には割ぽう着を着ていました。
着物姿の人はいませんでした。

...続きを読む

Q'G E O R G E 'といえば?

こんばんは。村上ショージです。なにをゆうーーー!。・・・。

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私、なんか間違えてますか?。

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