プロが教えるわが家の防犯対策術!

だれなんでしょう。
1.西洋の演劇の発展に尽くしたどんな人がいて、
2.その人物の何がすごいのか、何をしたか(演劇史上の意義?)

について調べているのですが、
私は1.シェークスピア(しかわからない)2.?という調子で困ってます。
また、1については当然いっぱいると思われます。

3.オレは(私は)この御方が一番だと思う《理由》。
というのも教えて下さい。

西洋演劇史に明るい方、ぜひお知恵をお貸しください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

シェイクスピアを除いて何人かあげるとすれば。



・ソフォクレス
『アンティゴネ』『オイディプス王』『エレクトラ』など、今日まで残る偉大なギリシャ悲劇を発表した。
なかでも『オイディプス王』はギリシャ悲劇の最大の傑作であるばかりでなく、後世に大きな影響を与えています(たとえばフロイトの言う“エディプスコンプレックス”もここから)。
ソフォクレスの最大の功績は、ソフォクレス以前の劇が、合唱隊と二人の俳優で演じられていたのに対して、俳優を三人にしたんです。
これ、どのくらい画期的なことかわかります?二人が三人になるだけで、物語の奥行きが全然違ってくる。
演劇を独立した形式として作り上げたのは、ソフォクレスであるといっていいと思います。

・モリエール
喜劇作家としては、世界最高峰と言われています。シェイクスピアよりちょっと後にフランスで活躍した人です。
ギリシャ劇の伝統を引き継ぎつつ、当時のフランス社会の様子をいきいきと描写した。守銭奴や立身出世に目がない男、寝取られ男など、典型的な人物を描きつつ、心理描写などそれだけにとどまらない深いものがあるので、シェイクスピア同様、今日なお上演される機会も多いです。いま読んでもおもしろいものが多いです。

・イプセン
近代演劇の父とも呼ばれる人。
ロマンティックなメロドラマが中心だった19世紀の演劇界に、現実の社会問題を持ち込み、写実的な人間の心理を描いた人です。
『人形の家』はタイトルくらい聞いたことありません?何不自由ない暮らしをしていたノラがある事件をきっかけに自我に目覚め、夫と息子を捨てて家出する、こんな内容の劇を発表したために、社会全体が衝撃を受けたんです。以降20世紀の演劇に、彼が与えた影響ははかりしれないものがあります(と何の本を見ても書いてあるはずですw)。

まぁこの三人プラスシェイクスピアは基本中の基本、という感じです。

そのほかにあげるとしたら、モリエールと同時期のフランスで、ソフォクレスの伝統を引き継いだ悲劇を発表したラシーヌ、近代では、イプセンと並び称せられるストリンドベリ、19世紀後半にロシアに登場したチェホフ、写実主義演劇に反旗を翻したブレヒト、アメリカ演劇の基礎を築いたオニール、20世紀に登場した不条理劇のイヨネスコやベケットなどでしょうか。

参考文献としては、概観するならロベール・ピニャール『世界演劇史』白水社文庫クセジュがよくまとまっています。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。それで、『世界演劇史』を探したのですが、地元の図書館になく、取り寄せもできないそうなので、できればシェークスピアについても同じような歴史的意義をご教授願えないでしょうか。自分でもシェークスピアについて探しているのですが、思考能力の低下する病気で療養中なので難儀しております。重ね重ね申し訳ありませんが、出来たらよろしくおねがいします。

お礼日時:2003/12/27 12:28

補足として、演劇史の中で見たシェイクスピアの位置について少し。



シェイクスピアが活躍したのは、16世紀末から17世紀初頭。エリザベス一世とジェームズ一世の時代です(ここらへんの時代背景は『恋に落ちたシェイクスピア』を見ると、雰囲気がよくわかります)。

同時期のヨーロッパの演劇が、貴族が楽しむものであったのに対し、イギリスの演劇は庶民の娯楽でした。
そのために、シェイクスピアの戯曲は、非常に人気が高かったにもかかわらず、当時の知識人から高く評価されることはありませんでした。
シェイクスピアはいわゆる正規の教育を受けた人ではなかったので、彼の戯曲は別人の手によるもの、という噂、とくに哲学者のフランシス・ベーコンや、彼のパトロンであったサウサンプトン伯爵が書いたのだ、という噂が18世紀ころまでまことしやかに取りざたされました(未だにそんなことを言っている人もいますが)。けれども19世紀以降は彼の評価も定まり、今日世界でもっとも偉大な劇作家であると考えられています。

当時の劇場は円形で、野外にあり(ここらへんも映画で見るとよくわかります)、暖かい季節、天気の良い日を選んで上演されています。庶民はオーケストラ席に座り、舞台を三方から囲むボックス席には上流階級の人々が座りました。
寒い季節には、私設の屋内劇場で、上流階級のためだけに上演されます。
その時期、誰よりも人気の高かったシェイクスピアは、国王のお気に入りでもあり、彼の一座はほかのどの劇団よりも数多く宮廷で上演されています。

エリザベス一世の死去(1603)以降、社会情勢は変わっていき、演劇の内容も風刺を含んだものとなり、ベン・ジョンソンらが中心となっていき、とりわけ1608年以降は上演回数も減っていきます。宮廷ではダンスや音楽を伴った仮面劇が上演されることが多くなっていきます。

しかしその時期から晩年まではシェイクスピアにとって通常第四期に区分され、“ロマンス劇”と呼ばれる作品を書いた時期にあたります。ロンドンを離れ、生地ストラスフォードで家庭を築き、おもに創作に没頭しつつ1616年その地で死去します。
    • good
    • 1

手に入りにくい本を紹介しちゃってごめんなさい。


シェイクスピア関連なら、ほんと図書館ひとつ作れちゃうくらいあるんですが、とりあえずこれを。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569629 …

『はじめてのシェイクスピア』というだけあって、入門に最適なばかりでなく、なんとなんと、全作品の要約が書いてある!
で、作者の戸所さんのサイトが

http://www.gpwu.ac.jp/door/todokoro/todokoro.html
です。

ここでは主要な作品を、史劇、喜劇、悲劇、ロマンス劇といったカテゴリに分類してあり、あらすじも載っているので、かなり参考になるのではないでしょうか。

あとは『小田島雄志のシェイクスピア遊学』(小田島雄志、白水Uブックス )もおもしろいです。

わからないことがあったら、また聞いてください(って、そんなに詳しいわけじゃないんですが)。

ご病気、早くよくなるといいですね。お大事に。

参考URL:http://www.gpwu.ac.jp/door/todokoro/todokoro.html
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qモリエールの三大性格喜劇…なぜ喜劇!!??

これはおもしろい!と、あるウェブサイトで
モリエールという人の書いた劇が薦められていたので
(薄いし安いし)読んでみました。
「タルチュフ」「ドン・ジュアン」「人間ぎらい」
です。
「三大性格喜劇」といわれているみたいで、
ものすごく笑える話と思いきや。。。
「タルチュフ」はそこそこ喜劇とおもいましたが、
ほかの2編はどうしても喜劇とおもえません。
とくに「ドン・ジュアン」は最後の召使が(名前を忘れました;)
主人が死んだあと(あの死に方もすさまじいし、
人が死んだのに喜劇?)
が「給料を地獄まで取りに行かないと!」と
言っているあたり、悲劇にみえるのです。
どうしてこれらの作品は「喜劇」に分類されているの
でしょうか??
(喜劇ときいてよしもとのようなものを期待したので
その期待と現実のギャップだったのかもしれませんが;;)

Aベストアンサー

ついにモリエールのことを聞いてくれる人が出てきましたね!
わたしははっきり言って、この質問に回答するためにここに登録していたようなもんです(嘘だけど)。
よくぞ聞いてくれました、ってなもんです。
はりきって回答、いきましょう。

まず、字義的に回答すると(実はこれだけで回答は十分なのではないか、という懸念もなくはないのですが)、「喜劇」というのは、「悲劇」に対立する一ジャンルであって、単に滑稽な劇、おもしろおかしいものとは区別されます。そうした滑稽なもの、なによりも観客を笑わせるものを目的とするものは、笑劇(ファルス)というジャンルに分類されます(ただし、ファルス自身はそれ自体厳密な定義を持つ中世演劇の形式ですので、#1の方のおっしゃるように、吉本新喜劇をファルス(ファース)に分類することには異論があります)。

ならば喜劇とは何か。
これもいくらでも書きたいのですが、そうすると、そうでなくても重いここのサーバに過剰な負担をかけること間違いナシなので、カンタンにまとめます。

すべての演劇は、ギリシャ時代に端を発するのですが、喜劇も例外ではありません。

ギリシャ時代の演劇において、神話や歴史上の英雄が主人公を演じるものが「悲劇」です。

偉大な人物が、神のお告げからなんとか逃れようとするが、めぐりくる運命はそれを許さない。最後にはかならず主人公は破局を迎える。

悲劇は、まずまちがいなくこうしたストーリーをたどります(代表作としてある『オイディプス王』の話はごぞんじかしら)。

のちにアリストテレスは以下のように定義します。劇とは、壮大深刻で完結した主人公の行動を模倣(ミメーシス)するものである。劇を通して観客は、主人公の苦悩と受難をともに体験し、最後の破局を迎える。そうして、一気にこの激情から解放されるのだ、と。
そう、この「劇」というのは、悲劇のことですね。

それに対して、喜劇とは、庶民が登場するものだった。

最初のうちは、時事ネタ、政治風刺ネタが中心でしたが、だんだんに性格に欠陥を持つ人間が、ドタバタを引き起こす、そのドタバタをみんなで笑おう、というものになってきます。登場人物も、けちんぼうやうそつきの軍人など、シェイクスピアやモリエールの登場人物の祖型は、ほぼローマ期には完成しているのです。

つまり、悲劇か、喜劇か、というのは、泣けるか笑えるか、という分類ではなく、登場人物(神話の登場人物か、庶民か)、劇を動かす要因(運命か、性格的な欠陥か)、大団円(破局かめでたしめでたしか)という要素によって決まっていると考えたほうがよいのです。

さて、時代はずっとくだってルネサンス期、この時期にイタリアで演劇の理論が確立されます(そのなかにあの『君主論』のマキァベリの名前も見える)。

喜劇と悲劇は同居させてはならないこと、善は報われ、悪は滅びること、アリストテレスの「三一致の原則」(詳細はここを参照:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=842349)などが原則として確立されますが、この理論が実質的に演劇として発展したのは、フランスにおいてです。

よくモリエールのことを「古典喜劇を確立した」と称しますが、この「古典」というのは、こうした演劇理論に基づく形式を踏まえたもの、という意味において「古典」なんですね。近代というのは、こうした古典の形式を破壊していくところから始まった、おっと、話がそれました。

モリエールはこうした厳しい制約のなかで、非常に豊かな作品を生みだしていきます。
モリエールの特長は、おもに、以下の点に見て取ることができます。

(1) 類型的な人物に深みを与えたこと

モリエールの戯曲のタイトルは、「粗忽者」、「タルテュフ」(人の名前)、「ドン・ジュアン」、「守銭奴」、「女学者」、「気で病む男」といったように、タイトルそのものが、喜劇的登場人物の類型をあらわしています。
ところが、もっとも初期の作品、『粗忽者』でさえ、粗忽者のレリーに
「ぼくは自分のいとしいひとの悪口を言われて黙っているような卑怯者じゃないんだ。侮辱的な言葉を我慢するより、きみの恋を大目に見る方がよっぽど気が楽だよ」(第三幕 第三場 引用は『モリエール名作集』白水社)
のように、記号的・類型的な登場人物に、奥行きと情感を与えています。

このことは、単に悲劇・喜劇というジャンルを越えていく指向性を内包させており、同じくモリエールの作品『女房学校』はフランスで初めての悲喜劇(幸福な結末に終わる悲劇)であると考えられています。そのほかにも『人間嫌い』は結末から、悲劇というジャンルに位置付けられることもあります。

つまり、モリエールの喜劇的登場人物たちは、単純ではない。

(2) 風刺の矛先が、人間の本性を妨げる「社会」「慣習」に向けられている。

たとえば『人間嫌い』の主人公アルセストの「おかしさ」はどこにあるか。
彼は、くそまじめで正義漢で、それ自身、滑稽な要素はまったくありません。ただ、彼が恋するのは、彼の理想とはほど遠い、蓮っ葉な小間使いです。その結果、彼の行動は滑稽なものになってしまう。しかも、彼の行動は、正義感から発せられたものです。それがおかしいのは、「社会」とずれているからなんです。

モリエールは単に人物だけを描いたのではなかった。
人物をとりまく社会を描いていったんです。
その結果として、同時期、モリエールと並び称された悲劇作家のラシーヌやコルネイユの作品よりも、圧倒的に、当時のフランスの社会や人々の息づかいを伝えるものとなっています。

最後に、『ドン・ジュアン』に関して、当時の背景事情を補足しておきます。
モリエールは1664年に『タルテュフ』(初演は1669年)を発表します。

この『タルテュフ』、喜劇の類型でいくと「居候型」に分類されるのですが、お読みになってわかるかと思いますが、とてもではないけれど、そんな単純な人物ではない。

宗教を表看板に、富裕な商家に取り憑いて、その全財産を巻き上げ、おまけに女房まで口説き落とそうとする。
当時のフランス社会は、カトリック勢力の権威が増していた時期でもあります。
修道院の力が強かったばかりでなく、「聖体秘蹟協会」という秘密結社が、有力な僧侶や貴族と結びついて、社会生活のあらゆる領域に渡って干渉を及ぼしていたのです。
事実、モリエールはそれ以前からも何度かぶつかっていたのですが、この作品は当然、大騒ぎを引き起こすことになります。

モリエールは宗教や真の信者に攻撃を加える意志がないことを序文で明らかにしていますが、宗教家の仮面を被ったタルテュフの行動は、あまりに生々しかったために、国王から五年間の上演禁止の措置を受けることになるのです。

そこで、上演禁止の空白を埋めるために、急遽用意されたのが『ドン・ジュアン』です。
大作にもかかわらず、早急にまとめあげられたもの、とされている大きな根拠に、この作品が散文で書かれていること(戯曲は韻文で書かれるのか普通でした)があげられています。

基本的にモリエールの作品は、完全なオリジナル、というより、いろいろな作品の流用が多いのですが、特にこの『ドン…』は先行作品がいくつも取り入れられています。

もちろんこれは伝統的にある「ドン・ジュアン(ドン・ファン)伝説」を下敷きにもしていますが、モリエールは彼に、卑劣な誘惑者であるだけでなく、立派な宮廷人、無神論者、偽善者と、さまざまな性格をつけ加えていったために、場面ごとにたえず性格を変えていく、という、さまざまな解釈を産み出す存在になっていきます。

加えて、この劇は古典劇の法則が傍若無人に踏みにじられている。
つぎつぎに場面を変え、多くの挿話が埋め込まれ、かろうじて「時の法則」が保たれているだけです。
おまけに喜劇と悲劇の要素は遠慮なく雑居している。
ですから、当時にあってさえ、『ドン・ジュアン』がかならずしも喜劇として受け取られていたわけではなかった。

したがって、作品完成までに時間がなかったという不可避的な側面があったにせよ、モリエールの作品のなかにあっても、『ドン・ジュアン』は、一種の異色作と位置づけられています。

はてさて、モリエール、本名ジャン=バティスト・ポクラン、この人の生涯がまた突拍子もなくおもしろいんですが、ここでは涙を飲んで割愛します。図書館などに白水社の全集があるかと思います。その巻末にかなり詳しい評伝が載っていますので、もし興味がおありでしたら、ぜひごらんになってみてください。

長話に最後までおつきあいくださって、どうもありがとう。

ついにモリエールのことを聞いてくれる人が出てきましたね!
わたしははっきり言って、この質問に回答するためにここに登録していたようなもんです(嘘だけど)。
よくぞ聞いてくれました、ってなもんです。
はりきって回答、いきましょう。

まず、字義的に回答すると(実はこれだけで回答は十分なのではないか、という懸念もなくはないのですが)、「喜劇」というのは、「悲劇」に対立する一ジャンルであって、単に滑稽な劇、おもしろおかしいものとは区別されます。そうした滑稽なもの、なによりも観客を...続きを読む


人気Q&Aランキング