痔になりやすい生活習慣とは?

将来甚目寺町に家を建て引っ越す予定があるのですが、
甚目寺町についてどんな雰囲気の町なのか教えていただきたいです。
親戚が昔住んでいたのですが、当時はかなりの村社会だったと聞きましたが今もそうですか?
いいところと、あまりよくないところ、両方教えて下さると助かります。
よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

現在のあま市で名古屋市に近く通勤等の行動のとり易い街ですし、便利な反面最近まで村社会の街でした。



 甚目寺駅は旧の甚目寺町の中心にあり、名鉄津島線の急行、準急の停車駅で便利です。甚目寺観音は尾張地方の観音巡りの聖地ですし、萱津神社は漬物の神様を祀る神社で有名です。

 同じあま市の駅でも七宝駅は旧の七宝町の外れにあり、急行、準急等は停車しませんし、中心地は名古屋西インターの付近ですので交通は車がないと不便です。逆に旧の美和町にある木田駅は特急の停車指定駅であり、あま市の市役所はここにあり、行政は安定をしています。
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この回答へのお礼

最近まで、ということは現在はどうなのでしょう…
まだお年寄りが多そうな感じはするのですが

お礼日時:2013/08/01 07:40

甚目寺【現在あわ市】



名古屋から近いのに【20分】位地価が安い.

本当は名古屋のベットタウンになってもおかしくない街

部落問題があるからと思います。

部落のある栄町除いて

殆ど他の町と同じです.住むにはいいと思います名古屋まで20分位で行く事ができます。

高速道路が出来てICも2箇所ありますので利便性もよくなり地価も今の所他に比べ安いので住む人が増えると思います。

名古屋近辺で名鉄津島線は何故か他の地域よりも開発が遅れているように感じます。

加藤あや 沢村靖子 甚目寺部落出身です。
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この回答へのお礼

そういった問題を抱えているということはあまり治安がよくないのでしょうか。
すでに土地はあるので…地価安いんでは売るより住む方がいいんでしょうけども。

お礼日時:2013/08/01 07:43

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Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
まとまりの無い文章ですみません。
経験談やアドバイスなど、皆さんの考えをお聞かせ下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
最後まで読んで下さってありがとうございました。

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセ...続きを読む

Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む

Q部落差別に無縁である証明方法を教えてください。

私の婚約者が部落地区出身かもしれないということで、私の両親は結婚を反対しています。
根拠は、その地区に部落開放センターがあったり、ネット上の地名総監などです。
ちなみに、婚約者の両親とも上記からの根拠で可能性があります。

私は家族の進言もあり、悔しくてホントに辛いですが、婚約者が部落地区出身ならば、潔く別れようと思います。
(こんな結婚差別は絶対ダメなことは十分承知していますが、家族や親戚、将来の子供を考えさせられると、苦渋の決断をするしかないです。)

しかし、あくまで、「かもしれない」で反対されています。
私は、こういった話になって、やっぱり彼女と結婚して一緒にいたいと強く思うようになりました。

多少手間でも、そうでない証明を私の両親にしたいのです。
その方法して、現地に行ったりネットを見たりしましたが、やはり分かりませんでした。
ある程度、論文や地方の史実を辿るしか他人にはできないのでしょうか?
いまは、興信所も付き合ってくれないと聞きました。

他にいろいろ相談できずに、かなり精神的に追い詰められています…

非常に難しいのは存じておりますが、それでもどうか、ご指導・ご鞭撻のほどお願いします。

私の婚約者が部落地区出身かもしれないということで、私の両親は結婚を反対しています。
根拠は、その地区に部落開放センターがあったり、ネット上の地名総監などです。
ちなみに、婚約者の両親とも上記からの根拠で可能性があります。

私は家族の進言もあり、悔しくてホントに辛いですが、婚約者が部落地区出身ならば、潔く別れようと思います。
(こんな結婚差別は絶対ダメなことは十分承知していますが、家族や親戚、将来の子供を考えさせられると、苦渋の決断をするしかないです。)

しかし、あくまで、「か...続きを読む

Aベストアンサー

来年に結婚することが決まっている被差別部落出身の女です。
いまも両親は部落地区に暮らしています。
私は働き始めて1人暮らしをするまで住んでいました。

私の場合は2人で結婚しようと決めてから
彼に「うちの実家は部落や在日を気にする家だけど..」と言われました。

別に隠していたつもりは全くありませんでしたが
私は「それなら私との結婚は無理かもしれない」と彼に告白しました。

彼はかなり戸惑っていましたが、最終的には私との結婚を選んでくれました。
将来のことや、子供のことも、ちゃんと時間をかけて2人で話し合いました。

それから彼の実家へ挨拶へ行く前に、相手は部落出身の人だと伝えてもらいました。
彼の両親は「賛成も反対も、本人を見てみないとわからない」と言ってくれました。

彼の実家へ挨拶へ行ったときには、彼の両親から部落のことについて直接触れられることもなく
私のことをちゃんと見ていただいて、結婚の承諾をいただきました。


私がこの質問を読んで思うことを正直に書きます。

>>私の婚約者が部落地区出身かもしれないということで、私の両親は結婚を反対しています。
部落地区出身がなぜいけないのかご両親とお話されましたか?
その結果、貴方もそう思ったのでしょうか?

>>根拠は、その地区に部落開放センターがあったり、ネット上の地名総監などです。
地名総監に関しては私も見たことがないのでわかりません。
ですが、部落解放センターがある地区は、部落の可能性が高いと思います。
他の回答者様はそんなあからさまな場所にとありましたが、そんな場所に実際にあります。

>>ちなみに、婚約者の両親とも上記からの根拠で可能性があります。
婚約者様はご両親と別の場所に暮らしているのでしょうか?
別居されていた場合、婚約者様の現住所が部落地区でなかったとしても
ご実家が部落地区であれば、婚約者様は部落出身者になります。

>>家族の進言もあり、悔しくてホントに辛いですが、婚約者が部落地区出身ならば、潔く別れようと思います。
>>しかし、あくまで、「かもしれない」で反対されています。
>>私は、こういった話になって、やっぱり彼女と結婚して一緒にいたいと強く思うようになりました。
貴方が悔しくて辛いという気持ちがよくわかりません。
そう思うなら反対されることはわかっていても結婚したいと思ってください。
自分と彼女なら何でも乗り越えられると、2人なら何があっても大丈夫だと思えませんか?
一緒にいたいと強く思うなら、部落について知識をつけられてはどうですか?
『同じ人間、同じ日本人、同じ血が流れている』のですよ!!

>>証明することが難しい
確かに難しいですが確実な方法はあると思います。
『婚約者様に聞いてください』ということです。

今の貴方は、他で調査して部落出身とわかれば別れると言っていますよね。
その場合、婚約者様にはどのようにおっしゃられるのですか?
部落出身で反対されているからと正直におっしゃられるつもりなら
初めから婚約者様に聞けばいいのです。

たとえ今後に貴方が、婚約者様が部落出身でも、そんなことは関係ない、結婚したいと思える場合でも
自分の実家は気にして反対すると、婚約者様と話し合わなければいけません。
2人で乗り越えていこうと、とことん話し合ってください。

貴方は、婚約者様が部落出身でないことを願っていると思います。
確かにそれを一番願っていいと思います。
直接、婚約者様に聞けないというのは、もし違った場合、婚約者様から貴方がそのような考えを
持っている人だと思われたくないということでしょうか?
そうでなければ、一番はっきりするのは本人に問うことだと思います。

部落出身者だって幸せになっていいんです。
貴方が味方についてあげなければ、婚約者様には誰もいませんよ。
どうか2人で幸せになる道を探してください。

まとまりのない回答になってしまっているかもしれません。
文章があまり上手いほうではないので。
長文で失礼しました。

来年に結婚することが決まっている被差別部落出身の女です。
いまも両親は部落地区に暮らしています。
私は働き始めて1人暮らしをするまで住んでいました。

私の場合は2人で結婚しようと決めてから
彼に「うちの実家は部落や在日を気にする家だけど..」と言われました。

別に隠していたつもりは全くありませんでしたが
私は「それなら私との結婚は無理かもしれない」と彼に告白しました。

彼はかなり戸惑っていましたが、最終的には私との結婚を選んでくれました。
将来のことや、子供のことも、ちゃんと時...続きを読む

Q差別用語「ヨツ」のより古い由来について

デリケートなテーマなので慎重に書くよう気をつけます。

いくつかの質問サイトでも、この言葉の由来を聞く質問がありました。
答えは大半が「牛馬を屠畜し生業としていた人々を、ある時代から特に差別の対象として区別し、ヨツと呼ぶようになった」というものでした。
私も学生時代からそのように理解していましたが、「橋のない川」という本を読んでいて、もっと古く深い歴史背景をもっているのかなと思うようになりました。すなわち、その屠畜し生業としていた人々がなぜそれを生業とするようになったのか、ということです。

この小説の作者の創作かもしれませんが、ある登場人物に、ヨツという部落民にさせられたのは、大昔(いつなのか分かりませんが)、時の権力者に反逆した罪がもとだったのではないかと語らせています。そうした、権力を握った側からすれば「反逆者」の一族は、罪人のしるしとして指を切られ、殺されないまでも、人非人として一般社会から切り離されることになった。穢れているとされた職業を押し付けられ、住まいも限定されて子々孫々にいたるまで、一般社会と交わることがないように仕立て上げられた―というのです。

そうすると、ヨツのもともとの意味は、指が一本欠けて4本しかないことを示していたのではないかとも考えられます。さらに、屠畜を生業として押し付けられたことで、二重の意味を持つようになったのではないかと…


こうした話の真の起こりは何だったかと突き止めようとしても、それこそ大昔に端を発しているかもしれず不可能にも思えます。また、突き止めることに意味があるのかと問われると答えられませんが、何か文献なりに上記の推測を裏付けるような歴史が残っているのをご存知の方がいらしたら、教えてください。

よろしくお願いします。

デリケートなテーマなので慎重に書くよう気をつけます。

いくつかの質問サイトでも、この言葉の由来を聞く質問がありました。
答えは大半が「牛馬を屠畜し生業としていた人々を、ある時代から特に差別の対象として区別し、ヨツと呼ぶようになった」というものでした。
私も学生時代からそのように理解していましたが、「橋のない川」という本を読んでいて、もっと古く深い歴史背景をもっているのかなと思うようになりました。すなわち、その屠畜し生業としていた人々がなぜそれを生業とするようになったのか、と...続きを読む

Aベストアンサー

私が聞いた話だと仏教思想の中の「六道輪廻」が関わっているらしいです。
「地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天上」というものが存在し、私たちは現在「人間界」にいるわけですが、この世で修業をして(良い行いをすると言う意味でいいと思います)心を磨き上げると、死後は天上界へと上がれると。
逆に悪い行いをすれば、死後は「畜生界」に落ち、人に使役されることになる。
そういう考え方から「屠畜」に関わる人々は忌み嫌われた、というようなことでした。

「ヨツ」は「四足」のよつだと思いますが、人間が家畜を屠り、それを食すると言うことは、仏教上の観点から言うならば「下位界との混交」になります。
「交わる」と言う意味で言えば、それはSEXと同義であり「動物との性交」も意味するのではないかと。
「楢山節考」という映画でも、いわゆる「獣姦」の描写があり、当時あまり特別なものではなかったのではないか、という節があります。
もちろん、そういった行為が世間的に認められるわけも無かったわけですが。

仏教は「世俗」というものを忌み嫌う部分があります(宗派・時代でも大きく違いますが)。
世俗のものを認めてしまうということは、自分たちの信じる「よりどころ」が崩壊してしまうわけです。
実際にあるものを、無い!と言い張るとき…そして、そういった事実を「パッケージング化」して、世論から隔絶させようとするときに「差別」は生まれるのです。

「雌伏」と言いますが、元来人間は男と女しかいないわけで、どちらかを虐げ、屈服させることこそが、究極の差別なのでしょう。
「雌伏雄飛」の意味は「今はザンネンだけど、必ず見てろよ!」の意味ではありますが、言葉から連想される情景には、何とも言いがたい差別感を感じます。
「四足」「伏せる」「獣姦」…連想されるものは「圧倒的な弱者」です。

嫌な話ではありますが、昔の差別感はダイレクトなものだったんですね。
いわゆる「推測」ですが、こういうことも無いのかな?ということで。

私が聞いた話だと仏教思想の中の「六道輪廻」が関わっているらしいです。
「地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天上」というものが存在し、私たちは現在「人間界」にいるわけですが、この世で修業をして(良い行いをすると言う意味でいいと思います)心を磨き上げると、死後は天上界へと上がれると。
逆に悪い行いをすれば、死後は「畜生界」に落ち、人に使役されることになる。
そういう考え方から「屠畜」に関わる人々は忌み嫌われた、というようなことでした。

「ヨツ」は「四足」のよつだと思いますが、人間が家...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q部落出身かどうか調べるって・・・。

 今日彼と話してたんですが、彼の親は、私が部落出身者でないかどうかを調べるっていうんです。彼は怒って親と口も聞いてないみたいです。私は自分がそうなのかどうかは全くわからないけど、もしそうだとしたら結婚は無理なのかなぁ・・と考えてしまって悩んでいます。調べるってどういう方法があるのですか?彼との話で「部落出身者は他の地区の人と結婚できないから身内同士で結婚したりするらしい」って言ってたんですけど、うちの親戚も身内同士で結婚したりしているし、また私の両親はかなり田舎の出身なのでもしかして・・・って思ったりします。なんか自分がこういうのを気にしないといけないっていうのがすごく悲しいです。引越ししていても調べたら分るものなのですか? もし私の文章を読んで気分を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。無知なので何もわかりません。どなたか教えてください。

Aベストアンサー

私の父は探偵をしているため、娘(あるいあh息子)の結婚相手を調べて欲しいという親からの以来がとても多いです。
つまり部落出身かどうか。
それは、住民票をみます。
住民票は手書きです。
同和地区の住所というのが昔ありました。
それが同和地区差別を無くそうってことで
住所を変えたり引越ししたりします。
そういう方が非常に多いので
いちいち全部の住所を書き直してられないため
一部分に二重線を引っ張って住所を一部分手書きで訂正します。同和地区の差別反対が起こってから
昔、急速にその作業が行われました。
その修正をしているかそうでないかで
分かるそうです。
あくまでも同和出身を調べる一つの手段であるため
これだけで分かる場合も有るし
分からない場合も有ります。
以上、父から教えてもらったことです。

Qたくさんの方に教えて頂きたいです!結局、部落差別って何なのでしょうか?

僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

Aベストアンサー

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作...続きを読む

Q神戸で近寄らないほうがいい場所は?

私の息子が来春より神戸に住むことになりました。
先ごろアパート探しに私も一緒に行ってきたのですが、不動産屋さんの話では「神戸ははっきり言ってガラは良くないです。」という事でした。
確かに某組の本部があるところですし、それは想像してはいたのですが。
三宮や元町には行ってみましたがとてもおしゃれな街という感じで好印象はありましたが、陰の面もあるかと思います。
念のためですが、「○○には行かないほうがいいよ。」とか「○時以降は変な人がいるよ。」とか教えていただけたら嬉しいのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
「神戸」と言っても広いですよ^^;
その不動産屋さんの言ってる通り「ガラの悪い地域」は神戸市内のあちこちにあります。
高級住宅街近辺なら、まぁ大丈夫でしょうが賃貸物件も少ないですし、見つかっても家賃、高いですよ^_^;

>息子のアパートが長田区付近にあるのです。
先日行って見た時には静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心していましたが。
長田区といっても広いのでそのアパートは住むのに問題は無さそうですが。
もしよろしければ長田区のどの辺りか大雑把で構いませんので教えていただければ嬉しいです。
◎長田付近・・・ですか^^;
具体的な地域を出すと、そこに住んでいる人が見てたら怒りそうなので(当然ですが)書けません。ご理解を^^;
震災後にほぼ長田区全域が様変わりしていますし、新しい建物も増え、商店街も新しく再興していますので、見た目的には「静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心して・・・」と感じたのだと思います。
ただ、長田区は神戸市内でも「特殊な地域」です。地元民でも避ける場所(出来るだけ近寄らない)はあります。
取り合えず、長田付近でしたら・・・
長田駅~三ノ宮駅(JR、私鉄含めて)周辺には、夜(特に深夜)には近付かない事ですね^_^;
また、全ての商店街は「メイン通り」以外には入って行かない事。
「路地裏」「裏道」のような場所へは行かない事。
「生田神社」(特に北側)には近付かない事。
夜、新開地の商店街を歩かない事。
湊川公園にも近付かない事。(特に夜間)

震災後は、かなり治安は良くなっていますが、まだまだ危険な場所は残っています。
キャッチもありますし、変な客引き(禁止されていますが)も未だにいます。
また、夜間の駅周辺には「訳の解らない若者達」がたむろしています。
中には、トンでもない奴等もいます。

おしゃれなイメージの神戸市ですが、治安の悪い所はありますし、震災前のように「ここには近付くな」といったものではなく、どこへ行っても「ガラの悪い連中」がいる、といったように「ガラの悪い地域」の特定が出来なくなっています。
震災後は、広範囲に亘ってしまっています。
昼の顔と、夜の顔は全然違いますから・・・

・・・といった事が、地元民としての参考意見です(~_~;)

こんにちは。
「神戸」と言っても広いですよ^^;
その不動産屋さんの言ってる通り「ガラの悪い地域」は神戸市内のあちこちにあります。
高級住宅街近辺なら、まぁ大丈夫でしょうが賃貸物件も少ないですし、見つかっても家賃、高いですよ^_^;

>息子のアパートが長田区付近にあるのです。
先日行って見た時には静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心していましたが。
長田区といっても広いのでそのアパートは住むのに問題は無さそうですが。
もしよろしければ長田区のどの辺りか大...続きを読む

Q創価学会の人かどうかの見分け方を教えてください。

事情で、創価学会の人とできるだけ関わりたくありません。
(詳しくは書きませんが、かなり迷惑を被っています。)
これからいろいろな人と知り合いになると思いますが、
創価学会の人かどうか見分け方がありましたら、
知っておきたいです。

ちなみに自分なりに考えたのが、
・どこの新聞をとっているか聞く
・どんなスタイルの結婚式を挙げたかを聞く
(神式、キリスト教式だと大丈夫かも)  です。
最近知り合った人には、さりげなく聞いてみて一安心でした。

たまたま私の知り合った人が熱心すぎる人だっただけで、
学会の人全てを否定しているわけではありませんが、
この事にかなりナーバスになっていますので、
学会の方はお気を悪くされないで下さいませ。
あと、学会の批判ではなくて、見分け方のみご回答願います。

Aベストアンサー

学会会員です。比較的簡単な見分け方は.

1.死者がいないのに(紙製の)仏壇を持っている
2.木製の仏壇の場合は.つくりが派手(他の宗派の場合には.分家したときに作った仏壇をいつまでも使いつづけるので.結構古い物が転がっています)。
3.お守り.破魔矢.熊手.達磨等の縁起物を持たない・買わない(私のような例外もいますが)
4.命日など家族で遠距離の墓参りに行く。(近所の宗派の方は.命日の近くの都合のよい日に出かけます。)
5.若い人のばあいには.「宗教の話をする」。今の若い方々は.宗教関係に興味を持たないのが大多数ですから。
6.夕方特定の遊びまわるわけでもないのに集まる(勉強買いです)。若い方の場合には.酒飲んでカラオケで騒ぐのが普通ですが.これをしない場合です。
7.宗教(日蓮)関係のわけのわからない本がある。

Q部落差別はまだ根強く残っているのですか?

私は奈良に生まれ、人生の半分以上を京都で過ごしました。

京都は部落が多いと言われますが、私は京都の地で生きる中で、部落差別をこの目でありありと垣間見たことはありません。
部落という言葉自体、中学校の道徳の授業で取り扱っただけです。

・部落は特定の土地を指す
・もともとは人々が忌み嫌う職業についていた人を差別したものだった
・部落差別は部落出身者が差別されることを指す

学校で学んだのはこの程度です。
京都に部落が多いと聞きますが、実際何処が部落なのか、私含め、同級生は誰も知りませんでした。
親ももともと京都の人間ではないせいか、「どこが部落なの?」と聞いても「多分、○○(家から車で2時間ほどの場所)がもともと部落だった場所じゃないかな」「家売りだした時ここの土地が安いから、恐らく部落なんだろう」と、曖昧な返答があるだけでした。


ただ、私の親の少し上の世代は、確かに部落という言葉に敏感だなと感じます。
私の友達が部落の出身だったらしく(本人さえ知りませんでした)、結婚相手の男性の母親が素性調査を行い、部落出身だという事で結婚を反対されたということがありました。


また、私の経験として、部落出身だという方と知り合ったことがありました。
その方はとても貧しくて、「自分が職に付けないのは部落出身で差別されているからだ」と言っていました。
よく金銭を貸してくれと頼まれ、「大学の授業料払わないといけないし、今月教科書買わないとだから・・・」等と断ると、「私の命より自分が優先か、大学にいく余裕があるくせに」とよく言われました。

部落の近くに住んでいる人たちは、それは部落出身の人たちの気質で、そういう気質だから嫌われるというのもある。実際金銭を強請られて怖かっただろう?といっていました。


確かに私はその時怖いという恐怖と同時に、関わりたくないという気持ちがありました。
しかし、それは部落とは関係なく、その人自身の人間性が招いたものです。
部落出身の方は、そういった周りの態度が差別だと言っていましたが、私は部落差別は一切関係ないと思っています。


こういった経験からの疑問です。
部落差別は、未だに根強く残っているものなのでしょうか?
それとも、私のような、いわゆるゆとり世代が部落について無知・無関心・無責任なだけでしょうか?
また、京都人というだけで「部落差別で冷たい人間」と言われたことがありますが、本当に京都に住んでいる人たちにはそのような気質が備わっているのでしょうか?



差別について無知でお恥ずかしい限りです。
よろしくお願いします。

私は奈良に生まれ、人生の半分以上を京都で過ごしました。

京都は部落が多いと言われますが、私は京都の地で生きる中で、部落差別をこの目でありありと垣間見たことはありません。
部落という言葉自体、中学校の道徳の授業で取り扱っただけです。

・部落は特定の土地を指す
・もともとは人々が忌み嫌う職業についていた人を差別したものだった
・部落差別は部落出身者が差別されることを指す

学校で学んだのはこの程度です。
京都に部落が多いと聞きますが、実際何処が部落なのか、私含め、同級生は誰も知りま...続きを読む

Aベストアンサー

京都市内については現在は「根強い差別」なるものは残っていません。
部落が怖かったのは昭和後期までで、今残っているのは「部落利権」です。

>京都人というだけで「部落差別で冷たい人間」
京都でややこしいのは昔部落だった地域に韓国・朝鮮人が入り込んで
いるからですね。おまえら部落と直接関係ないやん!と言いたい。
(しかもヤクザも絡んでいる)

関西で現業職(環境局・上下水道・交通局)公務員の犯罪や事件が
多いのは公務員の部落採用枠と言うのがあって優先的に部落地域の
人を採用したためです(今は廃止されています)。
部落出身者の救済の為だったのですが実際にはヤクザ・チンピラが
公務員として多数潜り込んでいるんです。
(大阪の公務員で刺青入れている人が多いのはそういう理由)

>しかし、それは部落とは関係なく、その人自身の人間性が招いたものです。
まさにその通です。
真面目に試験を受けて採用された公務員にとっては部落採用枠の
公務員が度々事件を起こすのは非常に迷惑でしょう。
一般市民としてもエセ同和活動で税金が無駄遣いされるのは困ったこと
だと思います。

Q江戸時代、えた・ひにんの人ははどうやって選ばれたのか?

江戸時代に士・農・工・商・えた・ひにんなどの身分制度が出来ましたが、このえた・ひにんに該当する人たちは、どうやって決定されたのでしょうか?
中学校では「時の権力者が世の混乱を治めるために低い身分の人を作って不満のはけ口にした」などと習った気がします。しかし、この"低い身分"の人たちはどのようにして選ばれたのでしょうか?貧しい農民をこの身分に割り当てたのでしょうか?私の思いつきでは前科のある人やその家族などをこの身分にしたのではないかと思ったのですが、実際はどうなのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置しましたが、士農工商で一番苦労したのは、農民でした。

まず、「非人」について:

元々は「人非人」あるいは「僧侶」の意味でした。つまり、人間界を捨てた「世捨て人」のことを指しました。やがて、賎民(せんみん=貧しい人)を指すようになり、中性では「穢多」と混称されるようになってきました。しかし、江戸時代に入ると両者は「厳密」に区別され、「非人」は良民(平民)のなり下がりとして位置づけられ、良民への復帰の道が開かれていました。
「穢多」と違っているところは、「皮細工等の生産に従わず」卑属な遊芸や物貰いの独占権を持ち、「穢多」よりも上位に位置していました。

「非人」にも2種類あり、「抱非人(かかえひにん)」と「野非人(のひにん)」とに分かれていました。

「野非人」は今日で言われる「路上生活者」。つまり、ホームレスで、主に、農村部で飢饉や病気などにより年貢が納められなくなった者が「人別帳」を離れて江戸へ流入した者たちでした。つまり、「無宿者」と同じ考え方です。江戸でも厳しく取り締まりをし、一定の区域に住まわせたりしましたが、効果はなく、後の、「無宿狩り」などへと発展していきました。

一方、「抱非人」は、例えば、
(1)姉妹伯母姪と密通した者。
(2)男女の心中(相対死)で女が生き残った場合。もしくは、両人とも生き残った場合。
(3)主人と下女の心中で主人が生き残った場合の主人。
(4)15歳未満で無宿の子どもが盗みをした時。
などとなっていますが、
非人小屋頭が江戸の各地にあり、そこの頭の支配を受けていました。この非人組頭の頂点に「弾左衛門」という人物がおり、その支配下に「頭」と呼ばれる者が4~5人いました。最も有名なのは、荒川土手(地名は分かってはいますが、人権に関わることなので、ここでは、あえて、荒川土手とします)に木組みと筵(むとろ)で住まいを造り、痩せた土地を開墾し、非人同士が結婚して子どもが生まれても、その子どもも非人でしかなかったのです。

まあまあ、幅を利かしていたのが「車善七」率いる人たちでした。

非人の生計としては痩せた土地から得るものは少ないので、主に「物乞い」でした。江戸時代、非人以外が「物乞い」をすると、逆に、罪になりました。また、街角の清掃、門付(かどづけ)などの清めに関わる芸能を披露。そして、街角の清掃に付随して紙くずを拾って、それを発展させて「再生紙」造りにも寄与しました。(現代のリサイクルの先駆け?)。さらに、町役の下役として警備や刑死者の埋葬、また、斬首の刑(首切りの刑)などでは、罪人を押さえつけたり、その後の死体処理をしたり、入牢した者が病気に罹った時の看病。少年犯罪者の世話などに従事しました。

そして、「非人」は、上記(1)~(4)などの罪で非人になっても、家族や親類縁者が、多少の「銭」を支払うことで、平民に戻れたのです。

そこへいくと、「穢多」は、「非人」よりも、さらに下位に置かれ、町民の住居からは、かけ離れた場所に、一箇所に集めて住まわされました。その条件?としては、「非人」の中でも、さらに「素行」が悪く、「非人の秩序」を乱す者などが対象でした。しかし、支配をしていたのは、やはり、「非人組頭」の弾左衛門でした。

彼らは、例えば、死んだ牛馬を百姓から貰い受け、その肉を食い、皮は皮製品などにしました。この斃牛馬(へいぎゅうば=死んだ牛馬)の取得権は「穢多」の何よりの独占権でした。
その他にも、藁(わら)細工、燈心細工、破魔弓矢(はまゆみや)細工等簡単な手工業的生産に携わりました。

この「穢多」の歴史は、戦国時代に戦国大名から鎧(よろい)や鞍(くら)などの武器としての皮製品調達のために、当時は長史(ちょうし=村のまとめ役)に皮製品の上納を命じたことに始まる、と、されています。その見返りとしては、年貢を安くしてもらったり、とかの恩恵も与えられました。

しかし、江戸時代に入ると、「穢多」は、、「士農工商・非人・穢多」と「非人」より下位に位置づけられ戦国時代と同じような職業に従事し、一生涯「平人(ひらびと、または、ひらんど)=庶民」に戻ることはできませんでした。

こうした「非人」や「穢多」は、収入があってないようなものでしたので、租税を課せられることもなかったので、やがて、その租税免除により、幾らかでも貯えをし、土手などから、平地に土地を持つ者も出始め、大きな意味で「部落」ができました。

そして、明治4(1871)年に制定され、明治5年に編成された、いわゆる、壬申戸籍(じんしんこせき)には、「皇族」「華族」「士族」「卒」「地士」「僧」「旧神官」「尼」「平民」「新平民」「非人」「穢多」などという「階級」が書かれており、当時は、まだまだ、身分制度が色濃く残っており、しかも、誰でもがこの戸籍を閲覧することができました。

しかし、昭和43(1968)年に、差別部落の人を探し出す事件が発覚し、大企業での採用取り消し、部落民との結婚禁止などという事件が発生し、同年、「閲覧」および「公開」を禁止し「永久封印」とされました。

とは言うものの、現在に至っても、「部落名」を聞いたり、そこに代々住んでいたということで、「偏見の目」が向けられ、現在、「部落開放運動」や「同和問題」が今なおクローズアップされているのが現状です。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置し...続きを読む


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