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作詞家・音楽プロデューサーの秋元康さんは、AKB48のメンバーからは「秋元先生」と呼ばれていますが、彼が先生と呼ばれるようになったのはいつからでしょうか。
たしか、初期に手掛けたおニャン子クラブのメンバーからは呼ばれていなかったと思います

A 回答 (3件)

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AKBから「秋元先生」って呼ばれているだけで、そういう一般的な呼ばれ方がある訳ではないと思います。



作家はある程度著名であれば漫画家であれ作曲家であれ、通常「先生」と呼ばれますよね。秋元康の人気作詞家歴は結構長いので「作詞家」という意味で業界内で「先生」と呼ばれるのも当然だと思います。美空ひばりや理事は関係ありません。理事は「先生」等とは呼ばれませんから。
その「作詞家」の流れで自然とAKBメンバーからも「秋元先生」になったのかもしれません。秋元康はある時期から作詞家という肩書きにこだわっていますから、本人なり運営なりがそう呼ばせた可能性もあります。

アイドルプロデューサーとしての秋元康はおニャン子クラブが初めてでまだ地位が確立していませんでしたので、おニャン子からはまだ呼ばれていなかった・・とかでは? 秋元康がまだまだ若かったというのもあるかもしれませんが。当時はそれこそ10代のおニャン子達と同等に渡り合ってる大学生みたいなノリでしたから。もし呼ばれていなかったのなら、ですが。
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まあ、おニャン子から離れた後の何と言っても芸能界のドンお嬢「美空ひばり」に起用された「川の流れのように」からでしょう。


ひばりさんの強い希望でシングル・カットされヒットしましたし。
勿論、それまでもおニャン子やとんねるずらと組んでミリオン飛ばしまくってましたから、敬称としては先生と読んでいたと思いますが。。
確固たる地位を確立したのは作詞家協会の理事に就任(2009〜2012)したりした辺りでしょうけど。
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