

No.2ベストアンサー
- 回答日時:
詳しくわかりやすく説明するとかなり長くなってしまいそうですが、ぼちぼちやってみます。
最初にミクスチャーという概念について説明します。
ミクスチャーというのは、おもにパイプオルガンからきている言葉です。パイプオルガンでは、いろいろな音色を出すために、一つの鍵盤を押したときに複数のパイプを同時に鳴らし、ストップを操作してパイプの組み合わせも変えていきます。Cの鍵盤を押した場合、必ずしもCの音のパイプだけが鳴るわけではなく、倍音に含まれる音と共通のGやEが一緒に鳴ったり、それ以外の音が一緒に鳴ったりします。そういう組み合わせが設定されている場合、同時に鳴っている異なる音はすべて並行して動くことになります。この効果をオーケストラで模倣して、オルガンとそっくりの音を出している例で有名なのが、ラヴェルのボレロの下の個所です。旋律はハ長調ですが、2本のピッコロが同じ旋律を、それぞれト長調とホ長調で同時に演奏しているので、長三和音が並行している状態になります。各音の倍音を強調することでオルガンと同じ響きになります。
https://books.google.co.jp/books?id=YiYdBF-hKr4C …
古典的な和声学では、和音と和音の連結時に一定の声部進行の制約があります。連結される二つの和音に共通音がある場合はそれを同じ高さで繋留することが多いとか、共通音が全くない二つの和音を連結する場合はバスと上三声を反行させるのが好ましいとか、V7の和音がIに進む場合は、導音Bは主音Cに半音上行解決を、第7音FはEに半音下行解決をするとかいうような法則性です。
これに対して、ミクスチャーという技法は、パイプオルガンの単音が色彩として付け加えられた諸音とともに並行するのと同様、声部進行は考慮せずにただ和音全体を移動することです。この技法の重要な開発者の一人がドビュッシーです。和音の並行移動ということ自体は、和声理論が確立する前の中世やルネッサンスの音楽にもあります。ドビュッシーは教会旋法なども積極的に応用したので、古い音楽からの発想もあるでしょうし、一方、パリ万博で触れた東南アジアの音楽などからの影響もあるでしょう。
近代から現代にかけての作曲で実際に使われるミクスチャーの技法にはいろいろなものがあります。パイプオルガンの効果のように、同一の形態の和音を並行させる真正ミクスチャー(ボレロの例のように、すべて長三和音で統一する方法)や、一つの調性の音階音のみを使う調的ミクスチャー、無調的ミクスチャーそのほかがあります。
調的ミクスチャーの例
ドビュッシー 前奏曲第1集第10曲『沈める寺』(第72小節以降の右手)
http://storage.gmth.de/zgmth/images/16545
ストラヴィンスキー 『ペトルーシュカ』
http://www.pianostreet.com/search/images_tn/png6 …
バルトーク ピアノ協奏曲第2番
http://i.imgur.com/37PIy.jpg
無調的ミクスチャーの例 ドビュッシー 前奏曲第2集第6曲『風変わりなラヴィーヌ将軍』
https://www.everynote.com/goods.pic/Deb_Prel_2_0 …
ミクスチャーの場合の和音の動かし方に特に制約はありませんが、『沈める寺』の場合のように、先に旋律があって、それに沿って並行移動する場合も多いですし、『風変わりなラヴィーヌ将軍』のように、3度音程の間隔で跳躍していく方法も非常に多く使われます。ここではさらに、長三和音と短三和音が交代に使われており、それによって隣接する和音同士に共通音がなくなるため、異質な響きの対照が際立つことになります。根音が減5度の音程関係にある二つの和音が連結されるケースも非常に多くありますが、これも、最も遠い関係にある和音を連結することで対照が際立つのが一つの理由です。この二つの和音を同時に鳴らすことは、しばしば復調(bitonality)もしくは復和音(polychord)と説明されますが、必ず引き合いに出されるのが『ペトルーシュカ』です。
http://study.com/cimages/multimages/16/petrushka …
添付画像に、もう2例、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『バラの騎士』と、レスピーギの交響詩『ローマの松』のミクスチャーを出しておきます(スペースの都合で、一部のパートだけ抜き出してあります)。シュトラウスの方は、G-durのIの和音が鳴っている上方で、そのIの半音上、または半音下の長三和音を中心に、真正ミクスチャーが使われています。長三和音だけなので、キラキラした色彩感が出ます。和音は、基本形だけでなく、転回形も適宜混ぜることができます。レスピーギの方は、上の大譜表はチェレスタのパートですが、ほかにピアノや管楽器で重ねられています。この部分の調性はH-dur(B major)ですが、この箇所は、H音の上にC-E-Gという三和音が乗っている和声が基礎になっています。下段のミクスチャーはC-durの、上段は(C一音だけ無視すると)Es-mollの調的ミクスチャーになっており、理論的には復調のような形ですが、二つのミクスチャーが混じりあうので、結果的にかなり無調的な響きになります。
『バラの騎士』(組曲版)開始から21分の個所
『ローマの松』開始から14分の個所
https://www.youtube.com/watch?v=5Eea2cXkd6c
前置きが大変長くなりましたが、本題のデロ・ジョイオです。前後の流れから言って、この部分はDes-durのドミナントで、直後にIに解決します。左手はV度音に当たるA♭が保持されています。右手の和音の連続は、2番目、3番目の和音をそれぞれC#-E-G#とE-G#-Bに異名同音で読み替えると、A-durの調的ミクスチャーととらえることができます。低音のA♭に対して、半音違いに当たるAを主音とするA-durという遠隔調をぶつけていることになります。最初の3つの和音は、3度音程で上行していますが、3つ目と4つ目(2転の形)の和音の根音は減5度の音程関係で、ここでも前後のコントラストが強調されます。これらはみな、故意に異質な和音を色彩的に配置しているので、何の和音かとか、機能は何かとかはもはや問題にされず、分析はしないのが普通ですが、あえてやるとすれば、A-durのI → III → V → NII(ナポリのII度)→ I7ということになるでしょうか。そして、最後に行きつく和音ですが、まず一番下のG音は、A♭に上行解決されるべき非和声音をA♭音と同時に鳴らせてしまう「添加音」です。その上の3つの音、D♭-E♭-A♭は二つの解釈が可能です。一つは、ここは本来Des-durのVの和音、A♭-C-E♭で、D♭はCに下行解決するはずなのが宙づりになったままになっているという見方。もう一つは、完全5度を積み上げによる5度和声(もしくは完全4度の積み上げによる4度和声)D♭-A♭-E♭という見方です。デロ・ジョイロはヒンデミットに師事したようですが、ヒンデミットにはこのような5度和声が多用されていますし、この曲のほかの部分にも明らかに5度和声、もしくは4度和声の発想で書かれているところがあるので、後者の解釈の方が適当かもしれません。この和音の下で左手が弾くパッセージはC-durなので、明らかに復調を意識して書かれています。
ミクスチャーや復調は、ポピュラー、ジャズでもよく使われます。この部分も、ジャズのインプロヴィゼーションを連想させる響きのようにも聞こえますね。
大変長くなりましたが、伝統的な和声理論の範疇からは大きく外れる現代的な技法なので、このようなことになりました。

ご教授いただきありがとうございます!!!
ミクスチャーの技法よくわかりました。それとラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキー始め、各種の好例を添付していただき、大いに助かりました。
>>その上の3つの音、D♭-E♭-A♭は二つの解釈が可能です。一つは、ここは本来Des-durのVの和音、A♭-C-E♭で、D♭はCに下行解決するはずなのが宙づりになったままになっているという見方。もう一つは、完全5度を積み上げによる5度和声(もしくは完全4度の積み上げによる4度和声)D♭-A♭-E♭という見方です。
私、完全に最後の和音をE♭9と勘違いしていました(最高音の Asを G音に読み間違い)。
この最後の和音の解釈も至極納得であります。

No.3
- 回答日時:
>D音はなぜE♭ではないのでしょうか?
引用部分の楽譜で数えて4小節目4拍目に到達する和音まで、E♭を意図的に回避していると思います。右手の和音群の中にもE♭は一度も出てきません。ためしにこのDをE♭に変えて弾いてみると、低音に保続されているA♭との間に完全5度が成立するので、解決感が出て、そこで緊張が一瞬ほどけてしまいます。E♭に対する牽引力の強い半音上のEと半音下のDをE♭に解決させずに聞かせ続けることで緊張感を保持して、4小節目4拍目の和音の到達感を効果的にしていると思います。あるいは、この左手の半音の下降線も、右手のミクスチャーのA-durの側に属しているとも取れます。さらに、半音の下降線と右手和音の最低音をつなげて考えると、E→A→Dという動きになり、この3つの音はすべて、4小節目4拍目の和音の上3つの音の半音上に当たるので、
A→A♭
E→E♭
D→D♭
という和音全体の下行解決の暗示にも感じられますね。それと、Dの代わりにE♭でもいいかどうかは、理論の問題ではなくて「様式」の問題だと思います。E♭→A♭という連続がここで出ると「古典的」すぎるので、作曲家独自の様式、もしくはこの作品の様式には合わないようです。優れた作曲家はみな、この音だと平凡すぎるな、ではほかにどういう音の選択肢があるだろう、と考え試行錯誤しながら、独自の音使いと様式を作っていきます。直感的なものもあるので、理論的に根拠をはっきり説明できるとは限りません。まずはDをE♭に変えて弾いてみて、何度か比較し、味わってみてください。耳で聞いて、あ、こっちの方が・・・という感覚も重要です。
>>引用部分の楽譜で数えて4小節目4拍目に到達する和音まで、E♭を意図的に回避していると思います。右手の和音群の中にもE♭は一度も出てきません。ためしにこのDをE♭に変えて弾いてみると、低音に保続されているA♭との間に完全5度が成立するので、解決感が出て、そこで緊張が一瞬ほどけてしまいます。
たしかに!!
>>まずはDをE♭に変えて弾いてみて、何度か比較し、味わってみてください。耳で聞いて、あ、こっちの方が・・・という感覚も重要です
正直たしかに、E♭だと その響きは「?」という感じです。(弾き方の問題かもしれませんが、)2小節目の3拍目と4拍目のところで、ラ♭(最低音)-ミ(左手中声)-ミ♭(左手中声) が無駄にメロディー感を出してしまう感じがします。ただ、D音 でも100点かというと微妙な気もします。しかし、他にいい音があるかというと、答えに窮します。やはり、ジョイオ氏の感性が選んだD音なのかな、という気がします。
せっかくの休日にお時間を割いて解答していただき、誠に有難うございました。独習では到達できない知識・技法を教えていただくことができて、非常に勉強になりました。自分でも教えてもらったことを基礎に作曲なぞしてみたいと思います。
P.S
アイスキュロスさんのサイトで紹介されているハチャトゥリアンのソナチネ第二楽章(http://forpianofan.blog.fc2.com/blog-entry-14.ht … の分析に手こづっています。もしかしたらまた質問させてもらうかもしれませんが、その折よろしくお願いします。

No.1
- 回答日時:
いやあ、難しい質問をされますね。
それと、随分いろいろな曲を御存知です。私もこの仕事をして長いので、フェインベルクやスタンチンスキーは存じていますが、ノーマン・デロ・ジョイオという人は初耳です。先の御質問のときのように混乱するといけないので明日改めて補足しますが、こういう近、現代の音楽の場合、一つ一つの和音の分析が不可能、というか、無意味になってくることがあります。
とりあえず大ざっぱな解説ですが、画像にアップされている楽譜は、すべての小節をDes-durのVととらえます。右手パートの各主和音は、技法の名称としてはミクスチャー(mixture)ということになると思います。独立した和音としてではなく、色彩的に織り交ぜられる素材といえます。とはいっても、適当に和音を選んで羅列しているというわけではなく。やはり根音が3度ずつ上昇するとか、減5度(増4度)の音程関係にあるとか、一定の傾向があります。この箇所と似たような技法が、レスピーギの『ローマの松』や『ローマの泉』、リヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』などに出てきますので、明日御紹介します。
はい、私もデロ・ジョイオは知らなかったのですが、例のアイスキュロスさんのサイトで知りました。
なんか耳に聴こえがよく、楽譜を取り寄せて分析をしてみたのですが・・・これがなかなか難しくて(泣)。
>>ミクスチャー(mixture)ということになると思います。独立した和音としてではなく、色彩的に織り交ぜられる素材といえます。とはいっても、適当に和音を選んで羅列しているというわけではなく。やはり根音が3度ずつ上昇するとか、減5度(増4度)の音程関係にあるとか、一定の傾向があります。
mixture という技法は初耳でした。是非ご教授お願いします!!
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A D♭ F♭ B AM7 ... E♭9 はあくまで私の分析です。間違っているかもしれませんので、悪しからず。
回答ありがとうございました。
すいません、ひとつだけ、お聞きしたいのですが、下の添付画像中のD音はなぜE♭ではないのでしょうか? 僕みたいな凡人の発想ではE♭にしてそのまま半音進行を続けたくなりそうなものですが、E♭ではまずい理由でもあるのでしょうか。