■「指南」は、なぜ「南」なのか?
前回同様、方角がつく漢字熟語に「指南」がある。早速、その成り立ちを聞いてみた。
「『指南』を岩波国語辞典で引くと『教え導くこと。教授。指導』と書かれ、『指南車』から出た語と補足されています。指南車とは昔、中国で進行方向を示すため馬車の車などに付けられていた仕掛けです。これには歯車が付いており、上方には人形が取り付けられていました。車輪の回転や向きに合わせて歯車が動き、人形は常に南の方角を向くようになっていました。このことから『進むべき道を指し示す』、『人を教え導く』という意味が生じたといわれています」(NPO法人日本語教育研究所)
人形は、なぜ「南」を向くようになっていたのだろう。
「中国では『天子南面』という言葉があり、皇帝は北を背にして南を向いて座っていたようです。このことから、行くべき道を指し示す方向を南としていたのでしょう」(NPO法人日本語教育研究所)
中国の歴史的な情景を思い描くことで、「指南」という漢字熟語に改めて重みを感じることができたのではないか。
■「馬」を使う漢字熟語
成り立ちに興味を抱く漢字熟語は他にもある。たとえば、「出馬」、「絵馬」、「野次馬」は、「なぜ『馬』なのか?」と、疑問に思ったことはないだろうか。
「中国や日本で移動手段として使われ身近な動物だったためか、『馬』が使われている漢字熟語は多いです。選挙に立候補することを『出馬』といいますが、もともと出馬は、大将が馬に乗って戦場に出ることを言い表す漢字熟語です。そのことから、重要人物が要用に臨むことを意味するようになりました。選挙は、その地域の重要人物が政治の世界に入るための戦場といえるため、『選挙戦に出馬する』という表現は妥当ということでしょう」(NPO法人日本語教育研究所)
対立候補者のことは「対抗馬」ということから、馬は戦いの場にふさわしい動物と捉えられていたのだろう。
「受験を控えていると、神社へ合格祈願に行き『絵馬』を奉納する習慣がありますね。馬は、人間だけでなく神様の乗り物とされていたため、神社に奉納され神様と縁の深い動物として扱われてきました。しかし、生きている馬を奉納するのは大変だったのでしょう。そのうち木などで作った馬の像や、木の板に描かれた馬の絵が奉納されるようになりました。そのような経緯から、願い事を記し奉納するものとして、『絵馬』が使われるようになりました」(NPO法人日本語教育研究所)
昨今、絵馬には干支が描かれていることが多いが、もとは馬の絵だったのだ。
凛々しいイメージの馬だが、『野次馬』の場合はどうだろう。
「精選版日本国語大辞典で、『野次馬の“やじ”は、“おやじ”の変化した語とも、“やんちゃ”の変化した語ともいう』と記されています。ですが野次馬は、もとは老馬や暴れ馬のような『馴らしにくい馬』のことを言い表していました。力がなくなった老馬は群れの中で若い馬の後ろを付いて歩くような存在であり、暴れ馬は手が付けられない存在です。これらのことが転じて『自分に関係のないことで、人の尻にくっついて面白半分に騒ぎまわること。その人(岩波国語辞典より)』を表す漢字熟語になったようです』(NPO法人日本語教育研究所)
今回も、聞けば納得の成り立ちを持つ漢字熟語ばかりだ。日頃何気なく使っているさまざまな漢字熟語の成り立ちを、使う度に調べてみるのも楽しそうだ。
●専門家プロフィール:NPO法人 日本語教育研究所
日本語教育に関する調査・普及啓蒙、学習者支援、教師支援、日本語教育支援の4事業を軸に、日本語教育各方面のニーズに応える活動を展開している。現在、企業の外国人社員への日本語研修などを手掛けるとともに、外国人を受け入れる企業向けの研修にも取り組んでいる。
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