■学習指導要領では、「書き」より「読み」が優先されている
前回の記事に続き、塾の経営および教師講師をする傍ら、歌人・小説家としても活動する小田原漂情先生にお話を伺った。小田原先生は、「漢字が読めても書けない」人が増えた経緯について、次のように推察する。
「文部科学省の定める学習指導要領では、『学年別漢字配当表の当該学年までに配当されている漢字を読むこと。また、当該学年の前の学年までに配当されている漢字を書き、文や文章の中で使うとともに、当該学年に配当されている漢字を漸次書くようにすること』というものとされています。要するに、『その学年の漢字を読めるようになり、書く方は、前の学年までの漢字がきちんと書けて、その学年の漢字はだんだん書けるようになりましょう』ということです」(小田原先生)
東京都立高校入試でも、読みは漢検3級程度の漢字から出題、書きは5、6級程度から出題、とされていて、「書く」よりも「読む」を優先して身につけるよう、学習課程での指導そのものが組み立てられているという。
「先に引用した指導要領は平成10年12月告示のもので、平成14年4月から実施されました。現在40代以上の方は、高校卒業まで『読み・書き』並行の指導要領で学んだはずですが、30代より若い方たちは、学校で漢字を習った当初から、『読み』が優先される環境下で漢字を勉強したのです。これでは『読めるけど書けない』のも、むべなるかな、というところですね」(小田原先生)
書く能力が衰えてくるのは、ある意味仕方のないことだと言えそうだ。
「せっかく覚えた漢字を手で書く機会がないのは、現在の社会ではむしろ自然なことかも知れません。学習または記憶の性質として、これは至極当然のことと言えます。端的に言って、『使わない記憶は忘れる』のです。特に勉強、学習して得た知識は忘れやすいですし、その中でもさらに『丸暗記』型の知識ほど、忘れるのは早いのです」(小田原先生)
漢字に限らず、数学の公式や歴史の年号など、丸暗記した知識をすっかり忘れてしまっている、という人も多いのではないだろうか。
■日本語は衰退していくの?
このままでは、日本語はどうなってしまうのだろう?
「そもそも日本語は、『漢字かな混じり文』であることが表現の要諦となっていますから、漢字そのものが消えてなくなることはないでしょう。ただ、その使われ方がどのようなものになっていくのかは、他のことばの変遷と照らし合わせても、注意が必要です」(小田原先生)
古代、日本に漢字が取り入れられてからというもの、時代とともに形を変え、現代の使われ方をするようになった。そのため、今後も漢字の使われ方がこれまでと形を変える可能性はあるという。
しかしながら、大人として、いざというとき平仮名しか書けないようだと、恥ずかしい思いをすることも。そこで、漢字を正しく書ける自分でありたいと考える人におすすめの方法を教えてもらった。
「ひとつおすすめできるのは、漢字検定を受けることです。手書きをすることが覚えることの大きな部分を占めていますから、受検する時も、勉強する間も、できるだけ手で書いて、漢字を身につけるようにしていただきたいと思います。その上で何よりも、合格だけを目標に『ただ覚えよう』とするのでなく、可能な限り楽しんで、漢字の勉強の中に『発見』する箇所を見出しながら、勉強すること自体を目標として取り組んで下さい。そうやって身につけた知識、記憶は、長く残るものとなりますし、もしかしたら思いもよらなかった楽しみ、喜びとの出会いとなることさえ、あるかも知れませんから」(小田原先生)
丸暗記したことは忘れるが、好きで覚えたことは忘れないのだという。脳の老化を防止する方法としてもおすすめだ。
●専門家プロフィール:小田原 漂情
1963年生まれ。2004年から文京区にて、本質的な国語教育を行う「言問学舎」を経営。また歌人、小説家として、歌集、小説、エッセイ集など、著書多数。短歌を中心とする文学サイト「美し言の葉」を石井綾乃と共同運営、『桜草短歌会』主宰。2019年4月、オリジナル国語教材『国語のアクティブラーニング 音読で育てる読解力』を発刊予定。
(酒井理恵)