
■小説、エンターテインメント
フィクションを描く「小説」や「エンターテインメント」のジャンルでは、世相を反映させた作品が多く登場している。加々美達也さんからおすすめをうかがった。
「『声をあげます』(チョン・セラン著/斎藤真理子訳、亜紀書房)は、韓国の人気作家が放つ初のSF短編集です。著者は『韓国日報文学賞』を受賞した実力の持ち主です。コロナ以前の発表にも関わらず、感染症の恐怖や五輪に触れるなど、預言書的な側面を含んでいます。パンデミックや環境問題、大量消費、種の絶滅など、シリアスかつダークなテーマを軽快に描きながらも、ポップで爽やかな作風が新鮮です」(加々美さん)
短編よりもさらに短い掌編集『女が死ぬ』(松田青子著、中央公論新社)もイチオシとのこと。
「現代社会におけるジェンダー、フェミニズムへの意識や感覚を、53もの掌編で表現した快作です。表題作『女が死ぬ』は“ご都合主義的”な女の扱いを痛烈に描き、アメリカの文学賞『シャーリイ・ジャクスン賞』の候補作品となりました。“女らしさ”という既成概念への抵抗や男性にしかない特権を女性視点から描くことにより、現在進行形のいびつな社会構造があらわになっています」(加々美さん)
いずれも女性作家が“今”を鋭く切り取る、リアリティある作品といえそうだ。
■ノンフィクション・ドキュメント
2019年の終わりから現在にかけて、新型コロナウイルスの流行という歴史的な出来事が起きている。そんな中で著されたノンフィクション作品の中から、中澤佑さんにおすすめを聞いてみた。
「食と人をテーマに多くの著作を執筆する井川直子氏の『シェフたちのコロナ禍―道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)です。2020年春の緊急事態宣言下で、最もしれつな犠牲を強いられた外食産業のドキュメント作品となっています。高級フランス料理店や家族で営む小さな町のイタリア料理店、横丁の老舗酒場から開店半年の新店など、未曾有の危機に直面した34人のシェフを取材し『正解のない戦い』を描きます。悲劇的な状況でも希望を失わない姿や、人との繋がりにこそ本質がある外食産業のしたたかさに感動します」(中澤さん)
映画批評家の三浦哲哉氏が、「料理本批評」というジャンルを開拓した新作も興味深い。
「ロサンゼルスに長期滞在した三浦氏が現地の食文化をレポートする『LAフード・ダイアリー』(講談社)は、コロナ前のLAの詳細な記録となっています。“食べる”という本能的な行為を通して描かれる生々しい都市の姿や、著者の日常的体験を通して論じる“多様性の考察”は、多くの示唆に富んでいます」(中澤さん)
コロナ禍の外食産業とコロナ前の食文化を描いた2作品を読み比べてみたくなる。
■ビジネス・経済書
「ビジネス・経済書」のジャンルでは、先の見えない社会に広がる不安に応えるべく“変化を生み出す思考”についての本が続々と刊行されているとか。有地和毅さんが注目作をあげてくれた。
「未来についての議論や共有に役立つ作品として『SFプロトタイピング─SFからイノベーションを生み出す新戦略』(宮本道人、難波優輝、大澤博隆編著、早川書房)がおすすめです。SFの発想を通して未来を試作(プロトタイプ)し、製品や事業開発などの打開案を提示しています。SF作家やアーティスト、経営者などへのインタビューを豊富に収録しており、SFプロトタイピングの実践を後押ししてくれます」(有地さん)
太刀川英輔氏の著作「進化思考―生き残るコンセプトをつくる『変異と適応』」は、創造性が求められる時代に適した一冊とか。太刀川氏は戦略的デザインを考えブランドを創造する「デザインストラテジスト」だ。
「『進化思考』とは、著者が生み出した“創造性を加速させる思考法”です。生物は『変異』と『適応』を繰り返しながら進化してきました。それと同様に、無数のアイディアを発想し取捨選択し続けることで社会によいインパクトを与える『創造性』を、誰もが発揮できるようになると述べられています」(有地さん)
どのジャンルの本も、今の時代を反映させた読み応えがありそうな作品ばかりだ。ブックディレクターのおすすめを参考に、今秋のおうち時間に読書を楽しんでみてはいかがだろう。
●専門家プロフィール:加々美達也、中澤佑、有地和毅(「YOURS BOOK STORE」)
本にまつわる場と企画をつくる日本出版販売(株)「YOURS BOOK STORE」のブックディレクター。プロジェクトの企画から事業設計、クリエイティブディレクション、本のキュレーション、イベント運営まで、本を起点にした文化的発想力で事業を総合的に展開。主な実績は、本と出会うための本屋「文喫」やブックホテル「箱根本箱」など。
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