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聖徳太子がいなければ今の日本はどうなっていましたか?

A 回答 (10件)

こうした質問への回答は、4種類になります。


1指定した人物の事績を持ち出して、それが無ければ~は大きく変わっていたという人
2指定した人物がいなくとも、誰かほかの人が同じようなことをやっていたという人
3歴史に「もしも~だったら」はないのだから、考えるだけ無駄だという人
4その人物の存在を疑ったり、影響力はなかったという人

こうしたことに分けられますが、「聖徳太子」はどのジャンルにも属す不思議な人物です。
聖徳太子=厩戸なのか。そもそも「厩戸」という人物がいたかどうか
いなかったとしたら「冠位十二階」や「十七条憲法」「遣隋使」と言ったことは、
「誰が、いつ、どんな目的で行ったのか、または行わなかったのか」という疑問が残る本当に謎の人物です。
個人的には「聖徳太子」という人の事績によって、日本に本格的な官僚制が導入されたと思いますが、
それも、彼がいたからだったのかと言えば、絶対にそうだとは言えませんし、

でも、そうした事を考えるのが歴史の一つの楽しみかもしれません。
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当時は優秀な政治家がたくさんいましたから、ほとんど変わらない。

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蘇我入鹿に変わっていた。

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旧紙幣の肖像が違う人になっていたくらいですね。


あとは聖徳大学の名称も違ったものになっている。
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「厩戸皇子」はいたが「聖徳太子」はいなかったという説がある。

異論反論も様々だが、聖徳太子の事績・伝説に脚色があることは程度は別にして間違いない。

そこから云えることは、聖徳太子の事績は厩戸皇子を含めて複数の人物が関わっていた可能性が高いということだ。
歴史の流れには、影響力の大きな個人の力以上に民族全体としての空気感という巨大な民族力学が働くとすれば、厩戸皇子が仮にいなかったとしても、似たような方向に向かったことは間違いない。

日本は伝統的に話し合いの合議制の文化を持ち、個人の独裁はあったとしても長く続くことはない。合議の頂点に天皇が存在しつつも、その天皇は原則として権威の源であって権限を持たなかった。それが結果的に権力の分散を招き、独裁の弊害を抑止するとともに、責任の所在が曖昧になるという弊害を産み出してきた。古代から官僚・公務員に清廉さ・勤勉さが求められ続け、それが多くの時代で実現し続けたことも、分散した権力が相互監視できたことと無関係ではないだろう。
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彼の気高さの分だけ、国民性は価値をマイナスに落としていただろう。


彼は絶壁の高い位置にハーケンを残してくれた。
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歴史上の人物ですから、


実在したか?わかりませんよね。
諸説ありますからね。
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どうにもこうにも「日本」という国があるかもわかりません。

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実在しなかったので 



今の日本があるのです。
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中国の一部かな?(笑)


それか滅ぼされてたか。
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