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「特定の1人を褒めることが、他の褒められてない誰かを貶すことに繋がる」だから「人前で褒めてはいけない」

この考え方に納得できる反面、だからといって誰かを傷つけないために誰かを褒めないという形式が成立してしまうとそれはそれで窮屈だなとも感じます。
褒める事と貶す事が表裏一体になってしまう難しさを感じます。 皆さんはどう思われますか。

A 回答 (5件)

よく言われるのは、「褒める時は人前で、貶す時は一人だけの時」でしょうか。



大勢の前で誰かが褒められれば、他の人も「私も大勢の前で褒められたい」と頑張る。それが人情というモノです。

「人前で褒めてはいけない」という話は、悪しき平等論に毒された近年の教育者によくみられる身勝手な空論です。

歴史的にも「人前で褒める」ことの効用は古典的な説話にもよく登場しますが、「人前で褒めてはいけない」というような空論というか暴論は一切出てきません。

きっとそういう空論・暴論を述べる人に限って、多くの人の面前で特定個人を貶しているのでしょう。それこそ、貶された人を傷つけ、イジメの温床に結びつきかねない話です。
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基本的に人前で他人を評価することって下品だと思いますよ。



そりゃ頭の中では考えるでしょうね、色々と。
でもそれを口に出す必要があるとは思えません。

褒めるとか貶すとか、全部評価するから起こるんですよ。
煩わしい争いごとの種なので面倒くさいですね。

ただ提示された事実を受け入れて肯定も否定もしないのが一番楽です。
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口は災いの元。



付き合う人は慎重に選ばなくてはならないと思います。
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豆腐メンタルに合わせた環境じゃ、競争社会には勝てないと感じます。



要するに、他の部下のモチベを下げるようなことするなってことですよね。
ですが、そもそも同僚の誰かが褒められたくらいで「ワタシ貶された!!キーッ!!」てなりモチベが下がる、そんなメンタルの人は、利益を追及しなくてはいけない場には不要です。

芸能界は、キラキラしてる俳優やアーティストを見て、「自分もあんな風になりたい」て人が集まってきますよね。だから新しいスターが次々生まれるんです。
評価されている誰かを見て自分もああなりたいと思う、そういう人がいないと、骨太の組織にはなりません。
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誰かを肯定すればそれ以外を否定するのと等しい、のは仕方ない。



でも勝者が生まれた瞬間に敗者も生まれる現実は、
勝者と敗者は等価ということでしょう。
「人の価値なんて皆、等しいもの。」
その認識があれば問題はない。

人間の能力なんて人それぞれ「あれが得意」「これが得意」
って個体差があるもの。
でもそれ自体生まれつきのものってわけじゃなくて、慣れ
や経験・環境で成長過程に各々が選択・判断して構築してきた
後天的なもの。

各々が能力の獲得に時間と労力を割いてきたものであり、
実は更にその能力の発展・維持にも時間と労力を割いて
るのが現実。

人の能力差の実態は「能力の偏り」。
特定のことだけに特化して「専門家」になるか、
あれこれまんべんなくこなして「何でもそれなりにできる
けど特出した所がない人間」になるか。

誰もが皆「何等かの専門家」であり
「何等かの専門家である他者」に依存することが前提の世界。

皆が依存しあうということは、皆、存在価値は等しいのです。
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