最近、ふとこんなことを思い、一人では頭の中だけでぐるぐると考え込んでしまったのでここでみなさんに質問したいと思います。お時間のあるときでかまいませんのでどうぞご返答お願いします。

(1)経済活動で、儲ける人がいるということは、一方に損をしている人がいる、ということなのでしょうか?

(2)何かを自分の力で作って、お金にかえるのは、「儲ける」とは違うように思えます。でも、なにもないところから何かを作る力は人にはない。自分の力でつくるといっても、その前に元になる部分があるわけだから「自分で」作っているとはいえないようにも思う。しかしそれではきりがないので、自分の「はたらき」が、「儲け」の中に入っていれば、それは、働いた分のお礼のようなものとして、安心してうけとっていいことということになるのでしょうか?

経済大国、日本においてあまりにも裕福になりすぎたためにこんなことを考えてしまうのでしょうか。

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A 回答 (5件)

数学的な発想は現実とは違うので、ミクロ的な動きと全体を考えると理解しやすいと思います。



自給自足でなければ、食べ物も衣類も水道、電気なども生きるために購入します。どこから購入してもいいのですが、お金が対価として出て行きますので、これらを効率よく集めることができれば、儲かります。

支払いですが、衣類にしても食べ物にしても直接生産しているものを購入しているのならばいいのですが、量や種類が増えると、中間業者や運搬に手数料みたいにお金を支払う必要ができてきます。

食べ物を作っているところから買取り、それを欲しい店に販売するにしても、車などでの移動も必要ですし、そのガソリン代、人件費、車の整備管理費、道路の補修維持費などいろいろの組み合わせで販売額が決まります。支払いを減らし、売上を増やす方法と、あまり利益を出さなくても大量に販売することにより儲けを出す方法がトータルでは儲かります。

つまり、個別で見れば、収入が多い人は支出も多いし、収入以上の支払いはできませんので、生きていくためにはそのやり繰りが重要だと思います。

少ない給料でも毎月2万円貯金すると、1年で24万円、10年で240万円、40年では1000万円程度の貯金も可能だし、年収1億円あっても全部使い切っていれば貯金はできません。むしろ、あとから払う税金のために借金したり、収入があっても実際の生活が楽だとはいえないこともあります。

私も収入の半分程度は家のローンなどで無くなるし、税金関係で残りのさらに半分、全体の25%程度は消えるので、そこから貯金すると実際に使えるのは1割程度です。貯金以外のものはすべてすぐに再利用されるお金ですので、それを効率よく回収してあまりお金を使わない人が儲かっている人かも知れません。

車に贅沢にお金を使う人がいるから高級車も売れるし、オプションの部品を作る人も利益があるし、いろんな需要がある訳ですので、人が欲しがるもの、必要なものを扱う以上、利益を上げる機会はあるのです。どのような仕事も損をしないように工夫すると、収入を得る可能性があるとは思います。

働いても収入が増えないのは、方法を変えたり、支出を減らしたりで食べることにはそれほど苦労しない時代になってきていますので、贅沢さえしなければ貯金も可能だと思います。インターネットは結構贅沢だと思っていますが、3年前から比べるとコストも大幅に下がっていますので、新聞より安く利用できる状況かも知れません。

携帯電話も私は利用しませんが、あんなに高い料金を平気で利用することに私は理解ができないので、魅力ある便利さは高額でもビジネスチャンスがあるという見本かもしれません。
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この回答へのお礼

>収入が多い人は支出も多い
というところに感動しました。視野の狭かった自分を広いところに連れて行っていただいて嬉しかったです。

広いところ見ながらもう少し自分の考えを深めてみようと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/24 09:25

(小難しくカキコむなら)



1)儲かる人と損する人ではなく、(車やPCの売買代)金を受取る人と支払う人と言い換えるべきでしょうね。

 売主に(NO4さんの例では)\100万が転がり込み、買主の財布から\100万が出て行くのはその通りですが、買主は車一台を手に入れ、売主は一台引き渡しているのですから、(欠陥車は全く別ですが)「売買(=等価交換)」は成立しています。

2)「付加価値」には次の様な場合も含まれる筈です。
例えば、α信用金庫の普通預金の利率が0.02%に対し、β銀行の普通預金の利率が0.01%だと仮定し、最低\10万はイザと言う時に常時備えるべく預金し続けるとします。
 その場合、単に(年間)利息のみに着眼するなら、α信用金庫の方がβ銀行の2倍になります。

しかし、α信用金庫が都区内にしか店舗網がなく、ATMも紙幣限定で且つ9~15時に対し、β銀行では札幌や大阪にも店舗網が広がっており、ATMも紙幣&貨幣併用で、7~21時迄動いているとしたらどうでしょうか?
 出張等で、月に何回かは札幌や大阪と(都区内との)往復するタイプのサラリー(ウー)マンなら、退社後も作動してしているβ銀行の方を利用する可能性が高いと言えます。
 この様に、「使い勝手が良い」(金融)サービスを提供出来るなら、利率が低くても利用者の拡大を狙い易いのです。
 別の例を持ち出すなら、(深夜営業しているが故に、商品の売価が相対的に高くても、客層が離れず、寧ろスーパー等を凌駕している)コンビニ(業界)の勢い、を見れば「安く売る」のが唯一絶対の手法とは限らぬのも、お判りか?と思いますが・・・
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前のお二方のご回答と重なるかもしれませんが、私の意見を。



(1)そういうことにはなりません。
例えば、ある人が100万円で車を買ったとします。売った人は勿論儲かりますが、買った人もその車に100万円以上の価値を見出したから買ったわけです。従って、ある売買が成立する場合、基本的には「両方とも得をする」はずです。

(2)その通りです。
経済の世界ではこれを「付加価値」といいます。例えば、あるうどん屋が30円で小麦を仕入れたとします。そのうどん屋は、それを材料に麺を打ち、つゆも作って1杯300円でお客さんに出したとすると、300-30=270円がその人の生み出した価値であり、一杯のうどんに対する報酬ということになります。(1)との回答とも重なりますが、基本的にはうどんを食べた人も一杯300円以上の価値を見出しておカネを払っていますから、働いたことへの報酬として受け取ってもいいのです(「食べてみたら不味かった。金返せ!」というケースは別ですが、何度もその店に来ている常連客を想定してください)

少し話を発展させると、何も無いところからこの付加価値を生み出すことも有り得ますよ。例えば、街頭ライブで聴いた歌が余りに素晴らしかったので500円払った、という場合、「歌を聞かせる」という無形のサービスにカネを払った(サービスを購入した)ということになります。
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『経済活動』という大きな話は私の様な小物には難しいのですが、素人的レベルで考えました。



シンプルに
・商売というものは『儲け』があるから商売と言えるのである
・商売を始める時には、誰だって『儲け』の事を考えるものである
・『儲け』のない商売は商売ではなく『ボランティア』である
・質問表題の「お金のある人は、ない人からとっている~」というのは間違いである。
なぜなら『ない人』からはとれないからである。
・つまり商売をする人も、消費者も両者が『お金のある人』であって(“大”金持ちか“小”金持ちかの観点は別って事でよろしく)、それが基本的平等条件であるという暗黙の合意の上で、売買活動が行われている。
売る側は原材料や商品の仕入れを行う『お金』があって、それに『利益』を乗せて販売しなかったら『お金のない人』になってしまいます。
・それが経済活動というものである…。
という考え方はいかがでしょう?私も経済の難しい点は分からんので、何か間違ってたらごめんなさい。

(2)についても
有形の『モノ』や『商品』はどこかから自然にわく事ってあまりないですよね。(『温泉』とかはダメですよ。)
商品やサービスを造るには色々お金もかかると思います。
ある日、Aさんは\10,000で組立式のパソコンデスクを買いました。組立にはドライバーと木工用ボンドが必要でした。Aさんはそれらを\1,500で購入し、さっそく組み立てました。よい物が出来上がりました。そこへ友人のBさんがやってきました。
B「おっ、このパソコンデスク、売ってくれ」
A「おいおい買ったばかりだぜ」
B「でも売ってくれ。いくらで買ってきた?」
A「1万円で買った」
B「じゃ、1万円で買うよ。また同じの買えばいいじゃん」
この場合は『AがBをぶん殴る』が結果です。いやいや、違いますよ、そんな話じゃなくて(笑)。
この場合は、Aは『儲けた』とは言えないですよね。『自分の働き』が販売価格に入ってませんから。
友人同士での売買なら上のような場合でも良いでしょうが、他人同士だったりAが商売を営む商店だったりしたら、当然『働き』や『必要経費』も一緒に請求しますよね。でなきゃあ生活できません。
だから、あなたが不安に思われているような『自分の働きに対するお礼』とやらは当然もらって問題なし。もちろん法外な値段はダメですが。

分かりにくい例で長くなってしまいましたが、いかがでしょう?日本人は確かに裕福かもしれませんが、一部の“大”金持ち以外は似たり寄ったりですから…、気にする必要はありませんよ。難しいこと考えないで気楽にいきましょう。
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経済活動でもうけたお金って、


結局は「経済活動に使うためにもうけたお金」なんじゃないですか?

私は営業マンですが、お客さんのところに自社商品を売ってくるのが「『私の』もうけるための経済活動」だとすれば、
もうけたお金で仕事帰りに一杯やるのは、「『私の』使うほうの経済活動」なわけです。

で、私の行きつけの飲み屋のオヤジからすれば、「『私の』使うほうの経済活動」から発生するお金を得るために、うまいツマミを作ってるわけで、
それが「『オヤジの』もうけるための経済活動」なんです。

ひとつのお金の流れをとってみても、立場が変われば受け取り方が違う。
上記の例では私は損はしていません。
お金を払ってうまいお酒とうまいツマミを食べましたから。

質問者さんは「どこかに損をしてる人がいるなら、お金もうけって、本当はいけないことなんじゃ・・・」と不安に思ってるんでしょうか?

もうけること自体が悪いのではなくて、もうけたお金を使わないのが悪い。
貯金をするのも「まさかのときに『使うため』」でしょ?
昔から「金は天下の回り物」って言うでしょ。
ホントなんですよ、あれ。

私が仕事帰りに飲みにいくのをパッタリやめてしまったら、オヤジは私一人分の売上をなくすことになります。
そしたらオヤジは「売上、のびねぇなぁ・・」と言って、買おうと思ってたサングラスを買うのをやめるかもしれません。
そしたらメガネ屋さんは、月一回子供を遊園地に連れて行ってたのを、二月に一回にするかもしれません。

より現実的に言うと、ご飯を食べなきゃ生きてける人はいないわけで、そうすると必ずお金は回るようにできてる。
人によって流れの大小はありますけど。

あと、(2)のほうですが、原価+利益=売上ですよ。

彫刻のお話をしましょうか。
木があります。ただの材木です。材木屋で「邪魔だから持ってってよ」ともらってきたものです。だれもほしいと思いません。
腕のいい彫刻家がその木で、2年かかってすばらしい彫像をつくりました。
500万円でゆずってほしいと言う人が現れました。

彫刻家は、原価なしで500万円を手にしましたが、2年の間、ご飯を食べなかったわけでも、服を着なかったわけでもありません。
ひょっとすると500万円以上、2年間で使ってしまっていたかもしれません。
でもこの彫像でむこう2年ぐらいは「回すお金」ができました。

「働いた分のお礼」ではなく「価値」なんです。
この彫刻家は500万円の価値の技術を、彫像という形にしたんです。
もし材木屋から1万円で買った木を使ったのなら、この彫刻家の技術は499万円とうことです。

質問者さんにとって、「利益」と言うと「荒稼ぎ」のイメージを持ってしまわれるんでしょうか?
そうじゃないと思いますよ。「回すためのお金」じゃないですか?
ご飯食べなきゃ、服着なきゃ、生きていけないですよ。

さぁ、貯めこんでないで、ぱぁーっと使っちゃいましょう。
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この回答へのお礼

もっとお金を使わないといけないんだなあと思いました。

でも、たっぷり貯金をしてからにします。といいますのは、有効な使い道をまだ考えつかないからです。とは言ってもおいしいものはもっと頻繁に食べることにします。そうしていつまでもそのお店が繁盛するようにすることが私の幸せになり、お店の大将の幸せになるとよくわかりました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/24 09:29

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