プロが教えるわが家の防犯対策術!

統治行為論は逃げですか?

A 回答 (3件)

「統治行為論」は逃げではないです。

どちらかと言うと《民主主義国家における司法権の限界を示している》と言うべきです。

「国家の統治」には、大原則があります。それは「国家や社会そのものがなくなったら統治もくそもない」ということです。当たり前すぎて誰も言いませんが、これが大原則です。

となると、たとえば「自衛隊は違憲かどうか?」ということについて司法が「違憲」という判断を示した時点で、もしかしたら他国が日本を攻めてきて国家が消滅するかもしれません。

つまりこのような判断は「あまりにも結果が重大で、国家の本質にかかわる無いようなので、司法が判断していい限度を超えている」とされるわけです。これが「統治行為論」です。

では誰が判断するのか?といえば、日本でいえば《主権者たる国民》です。
国民がこぞって「自衛隊は違憲」だと思えば、共産党や社民党などの政党を与党にして「自衛隊廃止法」を作らせればよいだけ、だからです。
 またもっと過激に「日本は共産主義国になるべきだ」という主権者が大多数なら、共産党を与党にして共産国になる憲法改正をすればよいともいえます。

少なくとも日本の選挙制度はこれらのことを可能にするだけの能力は有していて、単に「選挙民の判断として自衛隊は違憲ではない」という結果=共産党や社民党の議席が増えない、ということなのです。

統治行為論を担保するもう一つの大原則は「主権者が国家の方向性を選べる」ということです。これが担保されているかぎり司法は「統治行為なので司法判断しない」と判断します。
    • good
    • 2

悪く言えば逃げですが、仕方が無い


面もあります。

国家の命運を決めるようなことを、
選挙で選ばれた訳でもない
小数の裁判官が決めて良いのか。

広く、国民、及びその代表である
議員、国会で議論して
決めるべきではないか。

それが国民主権であり民主制だろう。
    • good
    • 4
この回答へのお礼

1番しっくり来ました!

お礼日時:2024/03/06 21:02

端的に言えば、そうですね

    • good
    • 1

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A