許せない心理テスト

親子心中という言葉をつかうのはその行為が児童虐待であることを認識していないように聞こえます。自死はようやく使われるようになりましたが児童虐待への対応が遅いのはどのような理由だとおもいますか?

質問者からの補足コメント

  • 言葉狩りではありません。親に子供の直接手をかけて死に至らしめることは犯罪であると認識させるべきと考えます。子供の育児放棄、児童虐待の事例では、親に刑事罰をとうことを報道していますが、親子心中という言葉で同等の刑事罰を問われることを弱めて伝えることは、事件の再発防止に役に立ちません。子供には人生を全うする権利があります。親はそれを知るべきですし、我々は子供の命を守ることを最優先にすべきです。最近の例ではチャイルドシートの普及があります。最初は子供を拘束するものとされていましたが事故時に児童虐待になるということで使用率が上がったとおもいます。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2024/04/10 22:50
  • 江戸時代に貧困から起きた間引きも行われなかった地方があり主に仏教の宗派によるといわれています。宗派での教えすなわち言葉により生まれたこどもの命を守ることはできるはずです。

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2024/04/15 11:44

A 回答 (4件)

>親子心中という言葉で同等の刑事罰を問われることを弱めて伝えることは、事件の再発防止に役に立ちません



的外れですね、「虐待」という言葉が蔓延するようになって久しいですが、虐待がなくなることはありません。心中が殺人+自殺なのですから「刑事罰を問われることを弱めて伝える」と思っているなら質問者さんの日本語能力の問題だと思います。

そもそも心中するような精神状態の人間は自殺するより追い込まれているわけでかりに心中が別の言葉になったからとって抑止する効果は1mmもありません。
この回答への補足あり
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親子心中という言葉をつかうのはその行為が


児童虐待であることを認識していないように聞こえます。
 ↑
心中というと、お互い納得ずくで
死ぬ、という感じですね。

でも、親子心中の場合は、
子に判断能力が無く、実質無理心中
ですから
児童虐待そのものです。

無理心中という言葉自体が
ある意味矛盾を含んでいると
思います。




自死はようやく使われるようになりましたが
児童虐待への対応が遅いのはどのような理由だとおもいますか?
 ↑
子供は、親のモノ、という感覚が
強いからだと思います。




母親が子を道連れに自殺を
図り、母親だけが助かった。

こういう事例で、日本だと
執行猶予になるのが通常です。

しかし、米国では、子殺し
ということで
重大犯罪になります。

これは、米国では子は、独立した
人格を持つ存在だが
日本では、母親のモノ、という意識が
強いからだ、と説明されています。
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心中はもともと真心や思いやりで何かをするという言葉です。

入れ墨や、断髪、爪剥がし、指切りなど過剰な思いやりが最終的に集団自殺や嘱託殺人を表す言葉になりました。その意味では子供を殺すことは異常な思いやりなので合ってはいますが、思いやりの押しつけは避けるべきなので言葉としては適切ではないでしょう。
ただし、現在の心中は相手を思いやるとかあまり関係なくなってきており、一家心中は家族を殺して自殺することだし、なんなら普通に無理心中は嫌がる相手を殺して自分も死ぬ・・・という行為だけを表す言葉になっています。
心中という言葉がなくなれば児童虐待がなくなるという安易な話ではないので、変な言葉狩りばかり意識するのは思慮が浅く自己満足でしかありません
この回答への補足あり
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それはあなたの感想です。


私は親子心中になんの問題点も見出せません。
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