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血液で性格を分類する根拠が証明されてないと何度も言われているのに、どうしてTVや雑誌でよく特集が組まれるのでしょうか?

私は帰国子女なのですが、「A型」と言ったら性格を勝手に判断され非常に不快な思いをしました。
それから「B型」はちょっとズレている、という認識なのも非常に失礼ではないかと・・・。
どうして血液型占いは日本でここまで定着し信じられているのでしょうか?
むしろ、皆他人に対して血液型分類によって無意識のうちに「この血液型はこう」と先入観を刷り込まれてる気がするのですが…。←ちょっと変だな、と思ったのはこの点です

日本人は物事を分類するのが好きな民族、というのもあるようですが、皆さんが考える血液型占いが根強い人気な理由をお聞きしたいです。

※「今までいろんな人と会ってきたけどやっぱりA型は真面目だよ、B型はちょっとズレてるよ」などという回答は今回は避けて頂けると嬉しいです。なるべく客観的に…

A 回答 (18件中1~10件)

TV番組で言っている、そこそこ当っている、科学っぽい等いろいろあるんでしょうが、科学の知識が弱くなって簡単に鵜呑みにしてしまうせいですかね。



占いがあたったように感じるのは誰にでも当てはまることを言って当ったように感じさせるため。(バーナム効果)
実際、A型の人にO型の性格をA型の性格だと偽って尋ねると「当ってる」と答える人は多いです。他の血液型でも同じ結果になります。
こうしてバーナム効果によって少しでも信じてしまうと、自分の性格や他人の行動のうち当たっている部分を都合よく取り出してますます当たっているような気になります。 (FBI効果)
こうしてどんどん信じてしまうんです。

例えば、くも膜下出血の発症と天候の関係。
くも膜下出血の発症と天候に関係があると思っているとくも膜下出血がおこりそうと予想した時に患者がくると当ったと記憶に残る。正しいと思う。
外れてもあくまで予想が間違っていただけで関係性が間違っているとは思わない。外れたものは印象に残りにくい。
予想していない時に患者がたくさん来ても予想していないので気に止まることはない。
こうして都合の良いことだけが蓄積され、権威ある教科書では否定されていようがどんどん信じてしまう。
客観的に事象を調べるってのが科学だったり医学だったりするんですけどね。
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私が考えるのは、血液型の、作られた性格を演じているのではないかな?と言うことです。


血液型に対しての作られた性格を、その話題のときだけ。

知人がAB型だと言っていたのですが、手術することになり、血液型を改めて調べたら、A型だったということがあり、大笑いしたことがあります。
でも、その人は、頑なに性格はAB型だといっています。
結局、血液型と、それに振り分けられた性格はどうでもよくなっちゃったんですね。
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こんにちは。


再び、DoQ_GoNです。

>DoQ_GoNさんはおおらかな感じなのでOでしょうか、と占いに添って言ってみたり(笑)

せっかく予想して頂いたので、回答しなければ!

ジャラララララララララ。
ジャジャン!

正解は B です。
一説には、自由奔放でマイペース、決断後は一直線に突き進むが突き進みすぎて孤立する事も。
デリケートでナイーブ、感情の起伏が激しくおだてに弱い。
仕事はクリエイティブなもの向き、、、だそうです。

う~ん、合ってる。。。かも。

でも、A、O、ABの診断結果もなんか自分に当てはまるような。
自由奔放な性格のなせるワザでしょうか?

結論。
みんな同じでした。
当てはまる所と当てはまらない所があります。
当てはまる所だけ納得すると、さも大正解の様に感じてしまうのが不思議。

どっちかと言うと心理学の分野ではないかと思いますが。。。

ちなみに日本人は、という話ですが日本は学校教育の一番始めに分類する事を習いますから。

幼稚園で月組、星組とか、高校生で1-A、1-Eとか。
クラス別けですね。
さらに細かくグループ別け、しかもこれが固定されます。
長期間シャッフル無し。

また、個人が突出する事を嫌う傾向があって、みんなおんなじ仲良しグループが良しとされます。

最近は垣根撤廃も出てきたようですが、まだまだ実験校レベルです。

客観的な判断として、

血液型で結ばれた一体感は、根拠は無いけれど居心地が良いというのはあるかもしれません。
また、違う血液型に対して異分子的な印象を持つ事もあるかも知れません。

程度問題ですが、酷い人は冗談抜きで頭ごなしに決め付けるという事があってもおかしくないかも。
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医師です。



 こういうことを書くと怒られるかもしれませんが、私は個人的には血液型と性格は何らかの関係があるとのではないか?と思っています。私だけでなく周りの医師達もそう思っているようで、今の勤務先(大学病院です)だけの話でなく、どこの病院に勤務しても一回は血液型の話題になりますよ。だからといって血液型の違いで仕事上差別されることはありませんけれど。

 血液型ってただ単に赤血球の膜の抗原の違いでしかないのですが、それってとても大きなことのような気がします(感覚的に)。人間の体というのは、細胞レベルでは非常に細かいコントロールがなされていますし、機序が解明されていないことなどは幾らでもありますから、膜の抗原が少し違うだけでもそれには何か意味があってもおかしくないだろうと思ってしまうのが、我々医者の悲しい性なのかもしれません。

 人間の性格の形成には勿論環境要因の関与が大きいですから、血液型の違いだけでその人の性格を決め付けたりするのはナンセンスだと思います。しかしベースとなる部分で血液型と性格に多少の相関があってもおかしくないのではないのかなあとは思ってしまいます。

 似たような例としては(似ていると思っているのは私だけ?)、くも膜下出血の発症と天候との関係があります。くも膜下出血と天候の関係は一応は否定されているのですが、「今日はくも膜下出血がおこりやすそうな天気だなあ」というときは、案の定くも膜下出血患者さんが何人も運ばれて来ることが多いです。これも一応権威ある教科書では否定されている事柄なんですけれど、一般的に脳外科医は「何か関連があるのではないか」と経験的に感じていることなのではないかと思います。

 科学的にものごと証明するということはとても難しいことで、医学の領域では十年前に正しいと言われていたことが現在ではまるっきり間違いであったり、逆に十年前には間違いと思われていたことが現在は正しかったりすることは良くあります。事実というのは意外と「柔軟性」を持っているものなのです。したがって私は「血液型と性格は関連性がある」ということをキャンペーンする気は全くありませんけれども、だからといって「関連性はない」ということを100%信じることもできないでいます。

 他の医師の方々はどう思っているのでしょうか。

 
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日本には、巳年だから執念深いとかいった、干支による性格占いが昔からあって、


そういったものを受け入れる素地があったからじゃないかと思ってます。

で、干支占いの方は、義務教育制度のせいで、同じ年に生まれた人間が集められる、それで学年ごと性格が同じかというと、それはありえない、ということで廃れて、代わりに流行ったのが血液型、っていう図式が思い浮かびます。
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私も似たような事を心理学で聞こうと思ってたので、


先を越されたかな?
「なぜ、血液型を全力で否定する人が多いのか。」
時間を割いて、長々と中小主張することでもないような、
気もします。(って、私も書いてますが。^^;)

日本は、ごまかしとか曖昧もすきですからねー。
100%じゃないけど、それっぽい物は好きなのかも
しれません。
心理テストであなたは、こうだ!と言われるよりは
楽なのかもしれません。

また、国民全体の知的水準の平均さも上げれれるのでは?
諸外国のように、この地域では自分の血液型を知らない、
というのも少なそうですし。
特に女の子は、血液型の話題は食いつきがいいですし。

 また、血が根源的なもので、もしかしてなにか人の
すべてに関係しているのでは?という、日本独自の薄い
宗教観もあるのかもしれません。

私も、先入観による刷り込みは、あると思ってます。
心理的には、人間はグループ分けされると、安心でき
ますし、自分の血液型と事後の結果があっていれば、
”やっぱり”と記憶の強化につながります。
どうでもいい記憶は捨てられる。
強化によって、煮詰まった記憶が血液型信者を増やして
いるのかもしれません。
それを打破しようとする、アンチ血液型性格信者が
いるわけですが。

ちなみに、私は性格形成は血液型以外を99%、1%が
血液型だと思ってます。
1%の中の99%が心理的影響、残りの1%が血液型自体
による影響と思ってます。
心理的な影響が科学的と言えるのか?
1%の中の1%が本当にあるのか、はとても統計的に
分析しにくい事なので、わかりませんけどねー。
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naru-sanのおっしゃる通り、血液型「占い」ならよいのです。

最初から、科学的でないと断っているものであれば。
血液型性格診断が、「占い」とは大きく異なる点は、「科学的である」という主張をする人が少なからずいることです。一般人に限らず、マスメディアや一部の学者までもが、述べています。星座が科学的であるという主張をする学者は、まずいませんが、血液型性格診断に限っては、科学的であると主張する人々が一部にいるのです。
日本で血液型性格診断がここまで信じられるようになっているのは、科学的であるという主張をする学者が存在するためだと思います。学者が言えば、その権威をかぶって、おおっぴらに利用できるわけです。
その権威の一番の利用者だといえるのが、マスコミだと思います。マスコミは、ウソをつけません。しかし、ウソかホントかわからないものは報道できます。
血液型性格診断を科学的だとする学者がいる以上、血液型性格診断が正しいのかどうか素人目には判断できません。血液型性格診断を科学的だとする学者がいることで、血液型性格診断がウソかホントか形式的にはわからなくなり、初めてマスコミが報道できるのです。あえていえば、日本では一般人の学者に対する批判精神が薄いから、というところでしょうか。

ところで、日本人は物事を分類するのが好きな民族、と、「日本人」でくくってしまうことも、血液型で人間をくくってしまうのと同じことだと思います。国籍が日本であるかどうかは、個人の好き嫌いに何の関係もありません。
血液型性格診断がお嫌いなら、せめて、「日本では物事を分類することを奨励する文化がある」というように、個人の性格に還元せずに、言った方がいいと思います。
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これは前の回答にもありますが、「刷り込み」以外の何物でもないですね。



「《「心理テスト」はウソでした。》日経BP社」という本にこの経緯が詳しく書かれてます。興味がおありでしたら、ご一読を。
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 血液型性格判断を本気で信じている人は少ないと思います。



 会話で話題を合わせるための道具にしていると思います。
 全員が血液型性格判断を信じていないグループが、血液型性格判断の話題で盛り上がるなんてことも珍しくないと思います。バカらしく思えますが、人は「場の空気に合わせる」傾向があります。
 テレビ番組も、会話のネタを仕入れる材料という程度で見られていると思います。また、ネタの提供という意味で特集番組が作られていると思います。
 人と会話をあわせるためにテレビで勉強している人が多いと思います。何かバカらしい気もしますが…。

 その「A型の性格を決め付けた人」だって、『血液型性格判断を本気で信じていますか?』と真剣に尋ねられたら『信じているというんじゃないけど、そういうのってあるでしょ…』とか『雑誌に書いてあったんで…』とか言葉を濁すのではないでしょうか。
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 質問者の naru-san さんは、「帰国子女+A型」というキーワードで、


性格を診断されたのが不満で、それ以来、血液型による性格分類を信用
できなくなったのではありませんか。
 
 むしろ、日本人の血液型分布率で最多数のA型を、もっとも好ましい
性格にあてはめたことが、このブームを成功させたのです。
 もっとも少数のAB型が、いちばん割に合わなくて当然なのです。
 
Q3.日本人は、物事を分類するのが好きな民族か。
 
 帰国子女も「日本人」ですが、育った環境によって Way of thinking
が異なるのは、あなた自身が体験しているはずです。
 物事を分類する技術は、人類の共存と進歩に欠かせないのです。
 
Q2.どうして血液型占いを、日本人が信じるのか。
 
 肌・瞳・髪の色など人類学的外見が均一なので、目あたらしい分類法
を求めていたのでしょう。
 十二支(動物)は単純すぎて、占星術は複雑すぎたのです。
 
Q1.血液で性格を分類する根拠が証明されていない。
 
 いまだかつて性格を分類する学説は、どれも承認されていません。
 まして血液型と、性格や体質が無関係だという論拠もないのです。
 またも地動説や進化論が、カンザス州で論議されるのと似ています。
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