「竹取物語」と「鶴の恩返し」を比較や類似してる点をレポートにしようと思ってるので、「鶴の恩返し」について,何でもいいので情報ください。なるべく詳しいものお願いします。

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A 回答 (7件)

少し、補足説明を聞かせてほしいです?なにか、参考になるものをお答えできるかもしれませんので。



・「竹取物語」と「鶴の恩返し」を比較や類似してる点をレポート
・ 二話の非現実の物語をレポート

ここまではわかりました。ただあと少しわからないところがあります。このレポ-トは二者を比較することでどういったことを謳いあげたいのかをお聞かせ願えませんか?テ-マはなんでしょうか?それによって、単に物語だけについての資料でいいのか?それとも、もっと他の資料が必要なのか?と、少し考えあぐねています。

補足説明を聞かせていただけると、異った観点からのアドバイスが聞けるかもしれません。余計でしたらごめんなさい。
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鶴の恩返しには、大きく分けて二つのタイプがあるようです。


詳しく調べたい場合には、「日本昔話通観28昔話タイプ・インデックス」という本の、229A,B という所を見ると、その資料番号が載っており、40話近くを読むことができます。関啓吾の日本昔話大成では、115番を見てください。
 
レポートがうまく行くとよいですね。
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「竹取物語」と「鶴の恩返し」を比較するとのことですが、なぜ、両者を比較しようと考えたのか? ここから出発したほうがよいのではないでしょうか? 物語を比較するには、それなりに類似点があるという前提がなければならないと思います。

情報を集めるのでしたら、類似点を自分なりに検討してからのほうがよいかもしれません。
例えば、竹取物語であるならば、生まれが、竹から生まれるのですから、桃太郎や、瓜子姫などと同じように、特別な生まれの物語です。また、三人の求婚者に難題を出すというような類話を探してみてもよいかも知れません。
鶴の恩返しでしたら、これは、動物が人間に姿を変える話です。また、恩返しに機を織るという話の類話にはどのようなものがあるか? などということも考慮されては如何でしょうか?
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この回答へのお礼

参考になるご意見,有難うございました。二話の非現実の物語をレポートにしようと思ったのですが,もう少しよく考えてみます。有難うございました。

お礼日時:2001/10/13 18:02

一人の娘が2人の男に犯されてしまい顔を見られてしまったので 殺そうと思った男たちは頭を石で殴ります。


女の人は、血を流し倒れてしまいます。死んだと思った男たちは その場を離れていきます。その後、おじいさんが
通りかかると白い肌の女性が倒れているのを発見します。
おじいさんは若い女のお肌を見て ムラムラしてやろうと思い 女の人の上に乗ると 女の人が意識を戻します
「村の若い衆に手篭めにされて・・」とおじいさんは娘を連れて帰ります。しかし、娘は殴られたせいで記憶喪失になってしまいます

家にはごうくつばばあがいて娘の記憶がないのをいいことに客を取って恩返ししろといいます。

おじいさんは、次の日に娘が倒れてたところに行くとウサギが何匹も罠にかかっておりその近くには大金の袋が落ちてました。早速家に帰ると 娘は男たちに体を売ってました。
ある日のこと おばあさんにいいました。
「マキを10日分と機織機を持ってきてください。恩返しを致します。」そういって娘は小屋の中に入り、まったくでてこなくなりました。
そして10日過ぎたころに真っ黒になって出てきて
大きなつぼをおばあさんに渡しました。
「これを町に行って大きな薬屋でこのつぼを見せてください。きっと言い値で売れるでしょう。」

町にいったおじいさんは娘の言うとおり薬問屋に生き、大金を抱えながら帰ってきました。
1ヶ月経ちました。
「もう、こんなにお金がたまったのでそろそろ娘を解放しよう」とおじいさんが言いましたがおばあさんはまだ足りないと言って娘に客を取らせるように言いました。

仕方がなく客を取ると自分を昔犯した男たちと出会うのでした。次の日小屋にこもりたいので昨日の2人を呼んで欲しいといいました。
おじいさんは気になってしまい娘が見るなというのに
見てしまいました。
すると機織りに男が皮をはがされて四方にマキがクベラレていました。
人間の乾燥を作っては薬だといって売ってたのでした。

それをみたおじいさんは早速御奉行所に行き娘を捕まえる様にしようと思いました

そこへ一人の若者が現れました
「私は隣の村から参りました。一人の娘と結婚して村を出て行こうとしたときに誤って私だけ他にぞこへ落ちてしまいました。女房のことが気になってましたが・・・怪我が治りここで大変なことをしてると聞きやった参りました。
さーじじいにばばあ!俺の女房を返してくれ!かえさぬのならこうだ!」
といって持ってきた刀でおじいさんとおばあさんを切り殺してしまいました。

そんな騒ぎがあったのも知らずに娘は旅支度をして村から
出て行きましたとさ。

うちは貧乏で河童のミイラだといって人間のはく製を売ってた。小屋に機織機があってすべてを思い出してしまった
でも、私はもう自由だわ。

これが私の知ってる「鶴の恩返しです」
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この回答へのお礼

ちょっと怖いはなしですねぇ。でも参考にさしていただきます。有難うございました。

お礼日時:2001/10/13 17:56

「鶴の恩返し」は「鶴女房」のことですね。


ストーリーは、前の回答者の方々と同様のものです。
秋田県をはじめとして、各地に類似の話が伝わっているようです。
(木下順二の「夕鶴」はこれがベースになった戯曲ですね)

以下のページが参考になるでしょうか?

http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~itasaka/jugyou/dou …

http://koizumi-.hoops.ne.jp/taketori-mans.htm
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この回答へのお礼

参考になります。ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/13 18:06

私の知っているお話は、


「若者が罠にかかった鶴を助けます。その夜、一人の美しい娘が道に迷ったので泊めて下さいと若者の家を訪ねます。それから大雪が続き、しばらく若者の家に泊まっているうちに娘のことが好きになり一緒になりました。
ある日娘は自分の織った布を若者に渡し、売ってくるように言います。若者が布を売っていると殿様が通りかかり布はたいそうな値段で売れました。殿様はこの布をたいそう気に入り、若者にたのみます。
うちに帰った若者は、娘にもう一度布を織ってくれるように頼みます。娘は「布を織っている姿を決して見ないで下さい」と言って部屋にはいっていきました。
何日も食事もとらずに織りつづける娘が心配になりそっと覗いてみます。そこには一羽の鶴が羽を抜いて布を織っていたのです。
娘はできあっがたぬのをもって出てきますが、「私はあなたに助けられた鶴です。恩返しするためにやってきましたがお別れです。そういって娘は鶴のすがたになり空にはばたいていきました。若者はその姿をずっと見送っているのでした。」
とこんな感じでしょうか。
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この回答へのお礼

「鶴の恩返し」って本当に沢山同じような話しがありますよねぇ。参考にさしてもらいます。有難うございます。

お礼日時:2001/10/13 18:11

貴方が求められているお話しと同じかどうか分かりませんが、こんなページを見つけました。


参考になるといいのですが・・・

参考URL:http://www.city.nanyo.yamagata.jp/WEBS/REKISI/yu …
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2001/10/13 18:12

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Q「鶴の恩返し」の教訓は何でしょうか?

小泉首相がモンゴル政府に、日本の昔話「かさじぞう」と「鶴の恩返し」の絵本をわたし、教科書に載せるように推薦したそうです。
「かさじぞう」は、人に親切にしていれば福がくるという教訓がありますが、
「鶴の恩返し」の教訓は何でしょうか?
日本人は悲しい話が好きなのでこの説話が人気ですが、
外国の人からみるとどういう話として受け取るのでしょうか?
この説話から導かれる教訓というものがありますか?
「のぞき見しちゃだめ」ってことでしょうか?
なんともいえない「「かなしさ」が、教育に役立ちますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰っていく、というパターンをとります。

なぜ正体を見破られた「女」は、そこを去らなければならなかったか、というのは、さまざまな民俗学的な考察がなされていますが、たとえば折口信夫は「信太妻の話」のなかで、この「狐」は、「異族」から来た妻という含意があるのではないか、という考察を行っています。
-----
「妻が其「本の国」の神に事へる物忌みの期間は、夫にも窺はせない。若し此誓ひを夫が破ると、めをと仲は、即座にこはれてしまふ。見るなと言はれた約束に反いた夫の垣間見が、とんだ破局を導いた話は、子どもが家庭生活をこはした物語同様、数へきれない程にある。」
http://aozora.gr.jp/cards/000933/files/18402_14348.html
------

さて、話を拡げるときりがないのでご質問の「教訓」ということに話をしぼってみましょう。
もちろん昔話にはさまざまな教訓が含まれている、とされています。
けれども、たとえば動物をいじめてはいけない、ということを子供たちに伝えるためだけであれば、「物語」という形式を取る必要はなかったはずです。
具体的な場面で「そうしてはいけない」と禁じればいい。そのほうが、より具体的で直接的でしょう。

むしろ、昔話は「物語」として語られることに意味があったのではないか。
この点からの考察は野家啓一の『物語の哲学』になされているので、興味があればご一読ください。

わたしたちの多くはこうした昔話を、人から聞くのではなく、絵本で読むことで知っていきます(それも「読んでもらう」という形で、耳から入ってくるのですが。あるいは、いまではビデオやDVDの映像として、そうしたものにふれていくのでしょうか)。
こうした「昔話」と、「口承の文芸」として存在した昔話の決定的な差というのは、あきらかです。本やあるいは映像が固定されていて決して揺るがないことに対して、「ひとの語り」による物語は、人によって、あるいは同じ人でもその日の気分によって、微妙に姿を変える。
たとえば、「動物をいじめてはいけない」ということを伝えながら「ああ、ほんとうにこんなことが起こらないかな」という、語り手の願望がこめられていても不思議はない。

だからこそ「昔話」は残ってきたともいえるのではないか。
既存のゆるやかな物語に、語る人のさまざまな解釈を盛り込みながら、つまり、その人自身の「物語」を織り込みつつ語っていく。

そうして、今日残っているのは、その最大公約数的なものでしょう。

近代的思考の洗礼を受けているわたしたちは、この話の要点は、とか、この話の教訓は、とか、あるいはまた、作者は何が言いたかったのか、という観点から「物語」をまとめようとしますが、こういう観点から読む「昔話」に、どこまで意味があるのでしょうか。
昔話の意味は、語られることにある、ゆるやかな物語に、語り手の小さな物語を織り込みつつ、語られてこそ、意味があるのではないか。わたし自身、そのように思います。

さて、質問者氏はいくつかの点で昔話である「鶴の恩返し」あるいは「鶴女房」と木下順二の戯曲『夕鶴』を混同なさっておられるように思います。
この両者、というか、戯曲『夕鶴』は、昔話をベースにしつつも、一種の近代文学としてあるものです。混同なさっておられる点は、重要な「ちがい」としてある部分です。

まず、質問者さんは「つう」として、この鶴女房を名前で呼んでおられますが、名前が与えられているのは戯曲のみです。そうしてこれは極めて重大なちがいである、と竹内敏晴は『動くことば 動かすことば ―ドラマによる対話のレッスン―」(ちくま学芸文庫)のなかで指摘しています。

『夕鶴』では、このようなせりふがあります。

「あんたはあたしの命を助けてくれた。何のむくいも望まないで、ただあたしをかわいそうに思って矢を抜いてくれた。それがほんとに嬉しかったから、あたしはあんたのところに来たのよ。」

一般に「恩返し」としてやってくる「異類」が、なぜやってきたのか、その心情が語られることはない。

-----(p.29からの引用)----
「恩返し」から「愛」へ。ここに、『夕鶴』が昔話「鶴女房」から近代文学へ脱皮したモメントがある。そしてそれは、つうが、鶴から名前を持った人間の女になるプロセスでもあるのでしょう。
------

ほかにも竹内はこの『夕鶴』のなかに描かれている、昔話を超えたさまざまな観点を指摘するのですが、やはり、『夕鶴』と昔話は分けて考える必要があるように思います。

あれやこれやと書きましたが、ご質問の回答としては、昔話『鶴の恩返し』に教訓を求める必要があるのでしょうか? ということになるかと思います。

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰ってい...続きを読む

Q鶴の恩返し」鶴がワナにかかっていた理由。その2

タイトルについて、(1)獣を捕るつもりのワナにかかっていたので、それを逃がすことは仕掛けた猟師にも鶴にも両方に良いことである。(2)鳥を捕る目的であり、鶴は目的ではなかったがかかってしまた。(3)この猟師はできたら鶴をほしかった。(3)については鶴をどのように利用するか。下手な文ですが私の疑問をご理解いただき回答いただきたいと」存じます。

Aベストアンサー

なる程…考えもしませんでした。

回答にはなりませんが、江戸期頃は鶴を捕らえると
(死んだり傷付けた場合)死罪を言い渡されたらしい
ので、(3)ではない気も…。

生類哀れみの令ではなく、年の初めに領主が将軍家に
祝いものとして送っていた為とか。
長寿繁栄を願った縁起物で、食用だったみたいです。

うろ覚えでごめんなさい。

Q鶴の恩返しについて

鶴の恩返しについてレポートを書いているのですが、異類婚姻譚や見るなの禁以外に考えられる点や、(内容やそれ以外でも)考察などはあるでしょうか?

Aベストアンサー

好きなテーマなので参加させていただきましたが、あまり知識がなくてすみません。

【異類婚姻譚】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E9%A1%9E%E5%A9%9A%E5%A7%BB%E8%AD%9A#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.A7.E3.81.AE.E7.95.B0.E7.A8.AE.E5.A9.9A.E8.AA.AC.E8.A9.B1
↑こちらをざっと読むと参考になると思います。

以下は上記サイトからの抜粋です(5については、質問者さんご自身も書いていらっしゃいましたが^^)。


日本での異種婚説話

  1.援助 - 例:動物を助ける。
  2.来訪 - 例:動物が人間に化けて訪れる。
  3.共棲 - 例:守るべき契約や規則がある
  4.労働 - 例:富をもたらす。
  5.破局 - 例:正体を知ってしまう。(見るなのタブー)
  6.別離

上記の引用と似たような内容になってしまいますが、私が昔から感じていたのが、特に、白鳥処女説話(羽衣伝説)や竹取物語との類似性です。

例えばヒロインは皆 処女で、天界と関わりが深いこと。
また、鶴は反物で夫に財を与え、竹取物語なら かぐや姫が不老不死の霊薬を帝に残していき、羽衣伝説なら天女が子供を夫に残していったように(諸説あり)、ヒロインが自分に思いを寄せる男性に、自分の宝物を残していった点です。

【竹取物語】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%8F%96%E7%89%A9%E8%AA%9E

【羽衣伝説】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E8%A1%A3%E4%BC%9D%E8%AA%AC

鶴の恩返し、羽衣伝説、竹取物語…。
子供の頃、大好きだったので絵本で良く読んでいました。
アイヌの“カムイユカラ”や“ユカラ”には、よく異類婚姻譚(カムイ〈神=動物、自然〉と人間の結婚)が出てきます。
知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』(岩波文庫/岩波書店)や萱野茂さんの『カムイユカラと昔話』(小学館)・『炎の馬』(すずさわ書店)には、その様な話が出て来ます。
ネイティブアメリカンの神話にも異類婚姻譚が多い様ですね。

好きなテーマなので参加させていただきましたが、あまり知識がなくてすみません。

【異類婚姻譚】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E9%A1%9E%E5%A9%9A%E5%A7%BB%E8%AD%9A#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.A7.E3.81.AE.E7.95.B0.E7.A8.AE.E5.A9.9A.E8.AA.AC.E8.A9.B1
↑こちらをざっと読むと参考になると思います。

以下は上記サイトからの抜粋です(5については、質問者さんご自身も書いていらっしゃいましたが^^)。


日本での異種婚説話

  1.援助 - 例:動物を助ける。
  2.来訪 - 例:...続きを読む

Q源氏物語と平家物語比較

こんばんは。社会人になって古典に目覚めだしたものです。
私は恥ずかしいことに、中学校くらいまで、源氏物語は源平の戦い、
の源側を書き綴ったものと思い込んでいました。作品を知ったら、
拍子抜けしました。一方は小説、一方は軍記、、。

ところで、上記二大作品について中国人にどちらが日本では評価されているか、と聞かれました。私と同じように考えていたそうです。読者層では前者のような気がしますが、
それぞれのジャンルが異なるので、単純比較できません。

そこで、人格形成、という点ではどちらがより影響の度合いが高いか、という観点で比較してみたらどうかと思いました、ちょっと強引な基準設定ですが、、そう仮定すると、「平家」を選んでしまいます。

私もほとんど読んでいませんが、、「平家」に惹かれています。
平家琵琶の演奏を聴くとなおさら没頭しそうです。

Aベストアンサー

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだけで謙虚な気持ちになるということもありますが、何よりもまず頻出する「死の語り」が平家を推す最大の理由です。

「常々、彼(司馬遷)は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有っていた。これは長い間史実を扱っている中(うち)に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。」(中島敦『李陵』)

これと同じことは「死」についても言えると思います。(ちょっと断っておきますが、ここでいう「死」とは、間近に迫まる避けられない死を意識したときの人間の態度や身の処し方のことです。ぽっくり死ぬとか苦しんで死ぬとかいう死に方の意味ではありません)
よく「死に様(ざま)にはその人の生き様が容赦なく現れる」などと言いますよね。確かにガンの闘病記や終末期医療に携わる人たちの本から、死を間近にひかえた患者さんたちのありようを窺うと、なるほどと実感される言葉なのですが、平家を読んでいてもやはり同様の印象を受けることができます。

もちろん平家は史書ではなく叙事詩に分類される古典ですから、「作者」が(死を記録するのではなく)死に様を描くことによって人物を色付けているとも言えるでしょう。また作者が此岸や彼岸にうるさい中世の人間であってみれば、そう考えるほうが自然だとも言えそうです。
しかしそれならばなおのこと、侍や悪僧の死に際にみられる人間模様がこの古典の読みどころとして際立ってくるのではないかと思います。
言うまでもなく、作者は死に様にその人物像を集約しようと努めるはず、だからです。

「人間は刻々に死につつあるので、別に、死という特定のものがあるわけではない。刻々の死を終える時があるだけだ。従って、刻々の死を意義あらしめるためには、刻々の生を、最善を尽くして生きねばならない。それを全うした者にのみ、よき“終わり”がめぐまれる」(新潮45・編『生きるための死に方』・野口晴哉という整体の先生の言葉)

もともと生き様が反映されやすい死に様、そして作者(小林秀雄風に言えば「個人を越えた名手」)が健筆にいっそう力を込めたであろう死に際、それが頻出する古典が平家物語である、というのがお題目を念頭に置いた上での私の見方です。
この観点から結論を述べますと、様々な死のあり方(文学的に気取れば「運命のうねり」とでも言いましょうか)を通して、その対極でもあり背中合わせでもある自己の生き様に目を向ける習慣を獲得することが、おしゃるところの「人格形成」に通じるといえば通じるのかなあと考えます。
そのようなわけで平家かなと。


ちなみに私が真っ先に思い浮かべる死に際は「先帝御入水」における平知盛の次の振舞いです。

さる程に、源氏の兵(つわもの)ども、平家の船に乗り移りければ、水手楫取(すゐしゆかんどり・=船頭水夫)ども、或いは射殺され、或いは斬り殺されて、船を直すに及ばず、船底に皆倒れ臥しにけり。新中納言知盛の卿、小船に乗つて、急ぎ御所の御船へ参らせ給ひて、「世の中は今はかうと覚え候。見苦しきものどもをば、皆海へ入れて、船の掃除召され候へ」とて、掃いたり、拭(のご)うたり、塵拾ひ、艫舳(ともへ)に走り廻つて、手づから掃除し給ひけり。女房たち、「やや、中納言殿、軍(いくさ)の様はいかにやいかに」と問ひ給へば、「ただ今、珍しき東男をこそ、御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑はれければ、「何でふただ今の戯(たはぶれ)ぞや」とて、声々に喚(おめ)き叫び給ひけり。【角川文庫版より】

文字通り修羅場なわけですが、このぎりぎりの場面での船内清掃とは妙な行動ではあります。しかし一方で、遺体の清めや死装束・死化粧の施し、あるいはまた、末期ガンを告知された人がするであろう身辺整理、そういったことを想起させる行動ではないでしょうか。
清めた船が「御所の御船」ですから、そんな寓意が込められているのかもしれませんね。
ともかくも、死を、一族の滅亡を目の前にした男が、修羅場でとっさにみせた「死に支度」に武将としての品格を感じさせ、印象的です。

この場面、頼山陽の『日本外史』では漢文らしい簡潔さでこう記されています。

義経、乗輿の在る所を知り、軍を合せて疾(と)く攻む。知盛及ち帝船に赴く。諸嬪迎へて状を問ふ。知盛大に笑つて答へて曰く、「卿(けい)ら当(まさ)に東国男児を睹(み)るべきのみ」と。一船皆哭す。知盛手づから船中を掃除し、尽く汚穢物を棄つ。時子及ち帝を抱(いだ)き、相ひ約するに帯(おび)を以てし、剣璽(けんじ)を挟(さしはさ)み、出でて船首に立つ。帝時に八歳、時子に問うて曰く、「安(いづ)くに之(ゆ)くか」と。時子曰く、「虜(りよ)、矢を御船に集む。故に将(まさ)に他に徙(うつ)らんとするなり」と。遂に与(とも)に倶(とも)に海に投じて死す。【岩波文庫版より】

逆に饒舌な『源平盛衰記』ではこん感じです。

さる程に源氏の兵共、いとど力を得て平家の船に漕ぎ寄せ漕ぎ寄せ、乱れ乗る。遠きをば射、近きをば斬る。竪横散々に攻む。水手(かこ)・かんどり、櫓を捨て、梶を捨て、船を直すに及ばず、射伏せられ、切り伏せられ、船底に倒れ、水の底に入る。中納言は、女院・二殿などの乗り給へる御船に参られたりければ、女房達、「こはいかになり侍りぬるぞ」と宣ひければ、「今はともかくも申すに詞足らず。かねて思ひ儲けし事なり。めずらしき東男共をこそ御覧ぜんずらめ」とて打笑ひ給ふ。手(てづか)ら自ら船の掃除して、見苦しき者共海に取入れ、「ここ拭(のご)へ。かしこ払へ」など宣ふ。「さほどの事になり侍るなるに、閑(のどか)なる戯言かな」とて、女房達声々をめき叫び給ふ。【新人物往来社】

ついでにハーンの『耳なし芳一』から。

More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise―now remembered as Antoku Tenno.

何か長いんですけど、三人しか回答してなのでご勘弁を。

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだ...続きを読む

Q『鶴の恩返し』の歌詞

小学校か中学校の教科書に載っていた記憶があるのですが、昔話『鶴の恩返し』の歌の歌詞を知っている方、もしくは歌詞が載っているサイトをご存知の方、いらっしゃいましたら教えてください。1番はわかるのですが、その後がどうしても思い出せなくて・・・
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

歌詞全体を書くと都合が悪いから、背景を。教育芸術社から出ている小学校の音楽の教科書1998年またはそれ以前から必ず4年生に載っていて(時々学年が変わることがあるのでわざわざ書き加えました。)、平成15年に改定された教科書にものっている。あと3年は使われるであろう。3番まであり、1番むかしまずしいむらのひと、2番やさしいひとへのおんがえし・・・3番しあわせつづいたあるあさに。間奏に鉄琴がはいったりしたことでしょう。現行の教科書ですから入手しやすい。300円くらいです。公共施設の教科書センターで見ることができる。教育芸術社のホームページで見られるかもわからない。補足質問どうぞ。

Q「竹取物語」に類似の中国文学とは?

竹取物語の解説に、
「昇天の八月十五日を仲秋の名月として特別の日とする習俗は、
大陸から文学を通して渡来したばかりの新知識であった」
とありました。
具体的文学名をご存知の方、どうぞお教えください。

Aベストアンサー

”かぐや姫の誕生―古代説話の起源 (講談社現代新書)”に、竹取物語の成立について書かれています。
アマゾンのレビューに以下のようにあります。
「竹取物語」(かぐや姫)と非常に良く似た内容を持つチベットの民間伝承がある。「金玉鳳凰」(1961年刊行)の中に収められた「斑竹姑娘」である。
 「斑竹姑娘」は,単に竹から生まれた娘の話というだけでなく,求婚者5人に与える難題の内容や,各求婚者が努力して失敗する仕方について,「竹取物語」と細部まで一致しているものが少なくなく,これは単なる偶然とは考えにくい。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8B%E3%81%90%E3%82%84%E5%A7%AB%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F%E2%80%95%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E8%AA%AC%E8%A9%B1%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%BC%8A%E8%97%A4-%E6%B8%85%E5%8F%B8/dp/406115706X

”かぐや姫の誕生―古代説話の起源 (講談社現代新書)”に、竹取物語の成立について書かれています。
アマゾンのレビューに以下のようにあります。
「竹取物語」(かぐや姫)と非常に良く似た内容を持つチベットの民間伝承がある。「金玉鳳凰」(1961年刊行)の中に収められた「斑竹姑娘」である。
 「斑竹姑娘」は,単に竹から生まれた娘の話というだけでなく,求婚者5人に与える難題の内容や,各求婚者が努力して失敗する仕方について,「竹取物語」と細部まで一致しているものが少なくなく,これは単なる...続きを読む

Q「鶴の恩返し」

 いつもお世話になっています。

 私が小学校5年生の音楽会で歌った「鶴の恩返し」を題材にした合唱曲があるのですが、どうしても曲名を思い出すことができません。

 曲の出だしは「とんとんからり~とんからり~、とんとんからりとんからり~♪ヨヒョウさんちのお嫁さん~機織が好き~機織が好き~♪」といったもので、曲はしっとりした感じです。
 
 どなたかこの合唱曲の曲名をご存知の方はいらっしゃいませんでしょうか?

Aベストアンサー

その歌は「つる」という歌で、作詞が「矢田部 誠子」さん、作曲が「矢田部 宏」さんです。

と、検索したら出てきました。簡単ですみません。

参考URL:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/bbs/log/103.html

Q平家物語の有名な始まりは「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり」ですが源氏物語の始まり又は源氏物語を教

平家物語の有名な始まりは「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり」ですが源氏物語の始まり又は源氏物語を教えてください。

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いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに

うんぬんかんぬん

Q鶴の恩返し」の鶴がワナにかかっていた理由。

タイトルについて、(1)鶴を捕るつもりのワナでなかったが、たまたまかかってしまった。(2)鶴を捕る目的のワナにかかった。(3)その他事実考証説得力のあるもの。(4)かってに考えたナンセンスな答え。のいずれかで答えてほしい。(2)については食べた、儀式用、ペットなどもすこし丁寧にお答えください。この質問はずっと疑問に思ってましたが、gooに出会えて、お願いするしだいです。(4)については良回答は後まわしになると思います。

Aベストアンサー

(3)の分野になるのでしょう。
山形県の南陽市の民話の関係のHPにこの話が載っています。
http://www.city.nanyo.yamagata.jp/webs/rekisi/yuzuru/004.htm
これによると「若者が鶴を捕まえていじめていた」という記述があります。
場所が川のほとりと言うことから、その若者が水鳥や山鳥の類を採っていたのだろうと思います。

時期的に考えても、冬と言うように考えています。
なぜなら、春から秋にかけては、この地域でも食糧の栽培が可能ですので、食糧の少なくなる時期に鳥類を捕って生活していたと考えます。

したがって、他の鳥を捕ろうとして、たまたま鶴が捕まったのでしょうね。

参考URL:http://www.city.nanyo.yamagata.jp/webs/rekisi/yuzuru/004.htm

Q栄花物語と源氏物語の万葉集について

栄花物語 月の宴には、
昔、高野の女帝の御代、天平勝宝五年には、左大臣橘卿、諸卿大夫等集りて、万葉集を撰ばせたまふ
と孝謙天皇の勅撰とありますが、

源氏物語 梅枝には、
嵯峨の帝の古万葉集を選び書かせたまへる四巻
と嵯峨天皇が撰んだとも読めるようにあります。

このほぼ同時期に書かれた二つの物語の相違はどう解釈されているのでしょうかお教え下さい。

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>栄花物語と源氏物語の万葉集について

「栄花物語」の記述については一昔前は妄説の類いとして無視されていたのですが、近年「万葉集」19巻の成立に関して橘諸兄(左大臣橘卿)以下が大伴家持に命じて、19巻のもとになる資料を提出させたのではないかとの説が出ており、再評価されているのが現状です。なお、「万葉集」の詞書に年が書かれている和歌の中の最後の歌は、天平勝宝五年(752)の7年後の天平宝字3年(759)の因幡国庁での大伴家持の歌ということも関連します。
「源氏物語」のほうは、嵯峨天皇が古万葉集から抄出(書き抜き)させ、4巻にまとめたものと考えられています。もともと万葉集の原型の巻数については15巻説から数十巻説まであり、現在の20巻になるまでに紆余曲折があったと考えられ、また、一度に完成したのではないとの説が有力ですが、4巻は少なすぎ、後代の勅撰集が20巻というのも万葉集に倣ったとされていますから、「源氏物語」の文を万葉集の成立を記述したものとは考えられていません。

以上、参考程度に。


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