祖父の兄弟は何と表記されるのですか?
正確には、
私の母親の父親の弟です。
よろしくおねがいします。

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A 回答 (6件)

大叔父です。


祖父母の兄は大伯父になります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
助かりました~

お礼日時:2001/12/18 12:21

かなで書くと「おおおじ」ですが、漢字にすると次の通りです。



母親の父親の弟の場合は「大叔父」です。
ちなみに、母親の父親の兄の場合は「大伯父」です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2001/12/18 12:27

 No3の追加です。

聞いたことはあっても無くても良いのですが、聞いたことが無くても正しいこともあるかもしれません。下記URLを参照してください。回答は、戸籍事務のマニュアルから回答しています。

参考URL:http://www.h2.dion.ne.jp/~marutyo/keizu.htm
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました!
いろいろと表記の仕方があるのですね。
勉強になりました!

お礼日時:2001/12/18 12:26

>私の母親の父親の弟です。



なら、「大叔父」ですね。

>祖父の兄の場合は伯祖父、弟の場合は叔祖父になります。
この表記、聞いたことないですが。(従祖父ならありますけど。)

※従祖父は、祖父の兄弟として兄・弟関係なく使えます。また、父母のいとこを指す場合もあります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
勉強になりました!

お礼日時:2001/12/18 12:23

 祖父の兄の場合は伯祖父、弟の場合は叔祖父になります。

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大叔父、大伯父です。


「叔父」と「伯父」では兄弟の順番だかなんだかが違っていたはずです。
不確かでゴメンナサイ。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
弟なので、たぶん、大叔父ですね!

お礼日時:2001/12/18 12:20

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Aベストアンサー

忌日 別名
初七日 所願忌
二七日 以芳忌
三七日 洒水忌
四七日 阿経忌
五七日 小錬忌
六七日 檀弘忌
七七日 大錬忌
百ヶ日 卒哭忌
一周忌 小祥忌
三回忌 大祥忌
七回忌 休広忌
十三回忌 称名忌
十七回忌 慈明忌
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二十五回忌 大士忌
三十三回忌 本然清浄忌

ご参考まで。

Q「よろしくおねがいします」と言う言葉

こんにちは。
小1の甥の通う小学校の話なのですが・・・小3になる、かなり激しい暴力を隠れて行う児童がいて問題となり、下校時間を狙って自分たちよりも弱い子を狙って暴力を振るう為(甥もかなりひどい目にあいました)校長と話し合って、子供を守る為に担任が校門まで送り、そこから母親が連れて帰るように決定しました。
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こんにちは。
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Aベストアンサー

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ここはひとつ、たんたんと事実を確認したほうがよくはないですか?

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大変申し訳ないが、この件に関してだけは
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校長先生も交えて ←これ絶対にポイント!
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Q年回忌以外の時に法事をしてもよいのでしょうか?

仏教の法要は通常49日忌(又は35日忌)、1周忌、3回忌、7回忌、13回忌、17回忌、23回忌、27回忌、33回忌、(50回忌)などの決まった年回忌ごとに行うことが通例ですが、家族・親族に重病者や不在者がいたり、どうしても都合がつかない場合、或いは気がつかず命日が間際になってしまい、予定が立てられない場合など、別の機会に回すことは致し方ないでしょうか?

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或いは、お寺さんと来られる人だけにでも命日前に来てもらい、お経をあげてもらうのがいいでしょうか?

私はカトリック信者ですが、本家の人間であり、いつも年回忌にはお寺さんと親族を呼んで、先祖の法要を励行していますが、今回の祖母の27回忌に限り、命日の間際になってしまい、又どうしても都合がつかず、命日以前に法要を挙行することは困難になっています。

(因みにカトリックの場合は、10年祭、20年祭など10年ごとに行うことが多いようですが、3と7がつく仏教式の年回忌に合わせて法要をしてもOKですし、その他いつでも特に定めはありません。)

たまたま、次の月には、叔父の33回忌が、いとこ(叔父の長男)の主催でありますが、その時に祖母の27回忌(命日を過ぎていますが)を一緒にお願いする訳にもいかないでしょうし、困っています。(一緒にやる場合は祖母の法要部分の施主は本家の私になるでしょうが、一つの法要を切り分けるわけにもいかないでしょうし・・・)

又、私は、カトリックだからといって、仏教式の法事を行うことに何の矛盾も感じていませんが、もしこだわるような人の場合、他の直系以外の人に、先祖の法事の施主をお願いすることになるのでしょうか?

色々質問が多くすみませんが、答えられる部分だけでもお願いします。

仏教の法要は通常49日忌(又は35日忌)、1周忌、3回忌、7回忌、13回忌、17回忌、23回忌、27回忌、33回忌、(50回忌)などの決まった年回忌ごとに行うことが通例ですが、家族・親族に重病者や不在者がいたり、どうしても都合がつかない場合、或いは気がつかず命日が間際になってしまい、予定が立てられない場合など、別の機会に回すことは致し方ないでしょうか?

通常、年回忌の命日の前に法事をするものだと言われていますが、当分開催が困難な場合、数カ月後や1年後の命日前或いは定められた年回忌と異なる例え...続きを読む

Aベストアンサー

曹洞宗の僧侶です。

13回忌以降の年回忌法要を行うのは日本だけで、仏教よりも道教の影響が強い習慣です。
また、どの伝統仏教の宗派教団の教えにも「年回忌は欠かさず正確な暦年によって行わなければならない」というものはありません。
年回忌は該当年の命日より前に、というのは「できればそうした方が良い」「できるだけそのように心がけてほしい」というような意味合いで、何らかの理由で都合がつかなければ、それ以外の方法(周年遅れや次の年回忌に飛ばすといった方法)で行われてもやむを得ません。
あまり深刻に悩まれることはないと思います。

仏教以外の信仰をお持ちの方が仏式の法要を主宰されるのは、「信仰」の点から疑問を抱く方もいるかもしれません。
しかし、日本には古くから「家の宗旨と個人の宗旨は異なってもかまわない」という考え方もあります。個人の信仰とは別に「お家の宗旨による先祖祭祀の行事」として仏式の法要を主宰されても、それが直ちに間違いであるということにはなりません。
これもあまり深刻にお考えになる必要はないと思います。

Q母親が正しい、父親が正しい?。

 私の育った家庭は常に両親の意見・性格の対立が尽きませんでした。
 母は私に何かと厳しくしつけようとして、父親は何をするにも寛容でした。
 自分は自分の思うような人生を送れずに家庭内暴力もしばしばある人間だったのですが、正直その怒りの導火線は母親がいつも点火していました。
 その理由として私の生い立ちが持病にくるしめられいろんなことを挫折せざるおえなかったという点にあります。ですから、父のようにある意味で自分に迎合する対応が好ましく、母親の育ててやった的な態度はいつも腹が立つのです。
 教育とは一概にいえない部分があるでしょうが、どちらがいいのでしょうか?。
 それとも、どちらでもいいが夫婦間で一致していないのが問題なのでしょうか?。

Aベストアンサー

あまり具体的ではない話なので、なかなか、答えにくい気はしますが。。。
両親には、それぞれに生い立ちがあり、考え方が一致しないのは、ある面、当たり前でもあります。
良く言えば、母親は、自立のためには厳しく育てなければならないと考えたのかもしれませんし、父親は、自立のためには自由に考え行動させた方が良いと考えたのかもしれません。
悪く言えば、母親は、正しく導きさえすれば子供は正しく進むものと誤解し手取り足取りコントロールしてやろうとしてしまい、父親は、年齢になれば自然と子供は大人になるものと誤解し目の前の問題を解決さえすればいいと考えたのかもしれません。
それぞれが極端であるならば、いずれもが良いとは言えないかもしれません。
その部分はバランスの問題という気がしますが、結局のところ、目的を子供の自立ってところに主眼を置いていれば、方法は問われ得ないものかと思います。

なんにせよ、親とて完璧ではないのは質問者さんも、お分かりのことと思います。
どうしたって、不完全な人間が、不完全な人間を育てているのが親子というものだと思います。
したがって、事後に、親の何が悪かったのか・・・という命題を問うても、あまり意味をなさない気がします。
いや、わたしも問うたのですが、結局、問うことに意味は無く、事実を認識することが必要だったと、後で思ったのですが・・・。
事実として残るのは、母親はこういう人だった、父親はこういう人だったということだけです。
質問の内容から、質問者さんは一定以上の年齢であろうと思いますが、そうであれば、いずれにせよ、これから自分はどう生きていくか、しかありません。
親を選べるわけではありませんから、その親に育てられた今までの自分、今ある自分は与えられたもので、たとえ不満があろうとも、受け入れざるを得ないものだと思います。
良い悪いではない気がします。
自分もそうやって大人になったのだから、自分の子供にも、そうやって大人になるしかない、としか思えません。
そこから得たものを可能な限りプラスにもっていけるように努力するしかありません。
育て方を含めた両親の考え方を自分はどう考えるか、否定的に思うなら、それはそれで、そうではない生き方を考えることで活かせるものだと思いますから。

あまり具体的ではない話なので、なかなか、答えにくい気はしますが。。。
両親には、それぞれに生い立ちがあり、考え方が一致しないのは、ある面、当たり前でもあります。
良く言えば、母親は、自立のためには厳しく育てなければならないと考えたのかもしれませんし、父親は、自立のためには自由に考え行動させた方が良いと考えたのかもしれません。
悪く言えば、母親は、正しく導きさえすれば子供は正しく進むものと誤解し手取り足取りコントロールしてやろうとしてしまい、父親は、年齢になれば自然と子供は...続きを読む

Qなぜ○○回忌というのか? 《忌》は忌むべきでは?

 今年は 法然800回忌 親鸞750回忌だそうですが
 
 すでに生前に浄土にあった人たちに 忌という言葉をつけるのは きわめておかしいのではありませんか?

 牛馬のをも含めて死体を忌み その死体の処理をする人びとをも忌むという習慣があったのは それとしての神道でしょうか? 

 なぜブディズムが あたらしい息吹きをそそぐことをためらうのか。

 それともやはり ブッダから誰からブディストはもう死んでしまっているのでしょうか。

 ○○回忌の忌は よすべきではないですか?

 それとも しかるべき理由がありましょうか? おしえてください。

Aベストアンサー

現代では「忌」は穢れたもの、避けるものという意味しか残っていません。
しかし、古来から使われている語には、それでは意味が通じないものがあります。それが「忌火」です。
忌火(いみび・いむび)は神様に供える神饌を調理する為の火です。

じつは「忌」という時は「斎」や「畏」と同じ意味があります。
不浄なものを清める、あるいは畏れるという意味です。
更に「畏」は単に怖れるのではなく、「敬い怖れる」「かしこみおそれる」という意味になります。

「斎」は「精進潔斎」というように清めるという意味があります。
極々一部の辞書にしか載っていないようなのですが、「忌」という文字にも「清める」という意味があると書かれています。

で、これについてきちんと説明しているものを見ないので、私見と考えて頂きたい(実際は複数(曹洞宗・臨済宗・浄土真宗など)のお坊様から伺った事を私なりに纏めています)のですが、
本来年忌法要は不祝儀ではないのです。亡くなった魂は49日でどの世界に転生するかが決まります。でも仏の世界はキリスト教の天国とは違い、仏教では如来に至るまで修行が続きます。(一部仏になりっぱなしという考え方もあります)
この仏の世界での一つの修行を終えるのが「回忌(追善供養)」だということです。

また別の説では定期的に今日に触れることで、自ら仏の教えを再認識する事になります。
仏教では布施をしますが、布施とは功徳を人に与える事を言います。布施には種類があり、法施は仏の教えを伝える事です。つまり亡くなった方に仏の教えを伝える、或いは自ら仏の教えを得た功徳を亡くなった人に分け与える事によって亡くなった人が更に上の段階に進み、悟りに近づく事が出来る。という考え方があります。(これは仏界以外に転生しても通じると考えているようです)

更に神道でもイザナギ・イザナミ神話から死=ケガレと考えていますが、必ずしも死そのものがケガレではなく、死は再生への一ステップと捉えられているようです。ただ、それは人が触れてはならない世界であり、それに触れる事がケガレとなる。或いは死は再生に向う為に通過する“陰の極”であり、それに触れると気が枯れる事から気涸れ=ケガレとなったとされています。
これは神道概説、その他を読んで、私なりに纏めました。

つまり回忌の「忌」は清める、畏れる、人が触れてはならない世界から清浄化するという意味があるのです。
従って、回忌は「再び清める」あるいは「更に悟り(迷いの無い状態)に近づくという意味だと解釈します。

現代では「忌」は穢れたもの、避けるものという意味しか残っていません。
しかし、古来から使われている語には、それでは意味が通じないものがあります。それが「忌火」です。
忌火(いみび・いむび)は神様に供える神饌を調理する為の火です。

じつは「忌」という時は「斎」や「畏」と同じ意味があります。
不浄なものを清める、あるいは畏れるという意味です。
更に「畏」は単に怖れるのではなく、「敬い怖れる」「かしこみおそれる」という意味になります。

「斎」は「精進潔斎」というように清めるという意...続きを読む

Q母親の父親。つまり私のおじいちゃんが亡くなった。 おじいちゃんは会社を経営しており会社の規模は大き

母親の父親。つまり私のおじいちゃんが亡くなった。

おじいちゃんは会社を経営しており会社の規模は大きい。

兄弟は4人で会社以外にも財産の貯金があった。

祖母はすでに亡くなっている。

このとき、会社の価値+財産の貯金が兄弟4人で均等に割られて母親には多額のお金が遺産として入ると思っていた。

税理士が資産を調べて母親に支払った額はどう考えても会社を4分割しか額には到底思えない低い金額だった。

どうも会社の資産は配分されずに、財産の貯金部分だけ4等分されて母親の手には思ったより少ない相続がなされたと思う。

母親は1人女で、他の3人で会社を経営していた。

母親は嫁いだので、会社の資産を4等分して母親に渡したくなかったのだと思う。

こんな遺産分配とか出来るんですか?

遺書はありません。

普通は4等分されるんですよね?

母親は3人の男兄弟に騙された?

どういう仕組みですか?

会社の資産は配分されないのですか?

Aベストアンサー

会社は資産ではありません。
個人の資産として、おじいさまが亡くなった際に解体されてお金として残るなら別ですが(自営業など)。
社長が亡くなったからと言って、会社の価値がお子さんに持って行かれたら、従業員はたまったもんじゃないですよね。
会社の価値、と言うのが何を示しているのか分かりませんが、会社の土地なら会社の資産だし、会社の売り上げならそれも会社のものです。
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Q回忌法要の意味と祟り?

変な質問ですが、
回忌法要(仏さんは自分の親)を3回忌以降10年以上全く行わずに、定期的な墓参りだけしかしていませんが、これってバチがあたりますかね?それだけで先祖をないがしろ=子孫繁栄不可、という事になりますか? お坊さんに経をあげてもらうことの真意が分からないのも理由の一つです。私はこの手の法事は全くの無知です。どなたかご教示お願いします。

Aベストアンサー

曹洞宗の僧侶です。

回忌法要を行わないために、何か不幸が舞い込むとか、祟りがあったり罰が当たるというようなことはありません。
回忌法要を営むことができれば、それに越したことはありませんが、いろいろな事情で営むことのできない場合もあります。そのような場合に、それが即、先祖をないがしろにしているということにはなりません。

お経は仏の教えですから、それを受持して書写、読謡すること、それ自体に功徳があります。お寺さんにお経を読んでもらい(できれば自分も一緒に読んで)功徳を得、それを故人に回向(振り向ける)ことで供養するというのが、回忌法要での読経の大雑把な意味です。
もし興味や、知ったほうが良いのかな、というようなお気持ちがあるのであれば、書店で入門書などを求めて読まれると良いのではないでしょうか。

Q常染色体は22本を父親から、もう22本を母親からもらってるそうですが、性染色体のXYもしくはXXは、

常染色体は22本を父親から、もう22本を母親からもらってるそうですが、性染色体のXYもしくはXXは、両親からどの様に受け継いでるんですか?

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母親からXXのうちのどちらかが卵子に行き 
父親からXYのうちのどちらかが精子にいく。

Yを持っている精子が受精したら男性になるし、Xであれば女性になる。


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