「食べ放題」「つなぎ放題」などの「放題」の語源を教えてください。
「放」は『ほしいまま』という意味があるようですが、いつの時代にどういう風につかわれるようになったのかしりたいです。

A 回答 (1件)

「国語大辞典」には「語源は明らかではない。

」と記されています。「勝手にふるまうさま」は「和歌などの用語『傍題』から『本題からはずれること』『的はずれ』の意を経て『放埒』の意に転じたものか」とあり、「人の意志のまま」は「『法第』と書かれた用例からみて『やり方次第』のような意からある状態のままの意が出たのではないか」とあります。日葡辞書には前者が「ハウダイ」、後者が「ホウダイ」と、別の語としてあげられているそうです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとございます。
和歌の用語からきたものだったのですね。
大変参考になりました。すっきりしました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/27 09:32

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Q「お坊さん」を時代劇風に言うと

お世話になります。
「お坊さん」を呼ぶときの古い呼び方を調べています。

誰かが名前を知らないけど見た目があきらかにお坊さん、
という人を呼び止めるときにかけるフランクな言葉を捜しています。
時代で言えば江戸時代当たりの言葉がベストですが、
それよりも古くても当然かまいません。

また、相手はどちらかというと「いかがわしい」、いわゆる生臭坊主っぽくて、
かといって適当にあしらっていいほど位の低くはないかもしれないという、
言わば「怪しい霊能力者」的な人を呼びとめるときの言葉を捜しています。

例えば、「聖人」では宗派を限定してしまうし、卑下するイメージもあまりないのでダメ。
「坊主」では逆に卑下しすぎるイメージがあるのでダメです。
「御坊(おぼう)」という言葉も考えたのですが、
この言葉にお坊さんという意味があるかどうかがわかりませんでした。

かなり曖昧な感じですが、ご回答いただければと思います。

Aベストアンサー

御坊 (ごぼう)

で良いと思います。
僧侶を敬って言う言葉です。
呼びかけにも使います。
その場合は、「もし、お坊様…」というように、大変丁寧な呼びかけです。

古い言葉ですので、ご希望に合っていると思います。

尚、「お坊」ではなく「ご坊」と読みます。

Q「編」「章」「節」「款」「目」の書き方を

「編」「章」「節」「款」「目」の書き方を教えてください。

第一編
第一節
第一章 タイトル
1・・・・・・・・
(1)・・・・・・・・・・
1-1・・・

アイ ウ
(ア)(イ)(ウ)

A B C
(A)(B)(C)

a b c
(a)(b) (c)


第一項の項はどの間にくるのですか?

各、編や節、章の中にそれぞれ
「第一編→1(1)1-1アイウ」「第一節→1(1)1-1アイウ」などのように段落わけが入るのですか?
それとも、「第一編→(中の番号飛ばしてすぐに)第一節・第一章」となり章の次から細かく分けるのですか?

様々な本の小説やその他の目次を見ますとそれぞれ分け方が違い。
中には、章から始まったり、節から始まったり
とありますが、正しくはどの様な手順で書くのですか。
小説や、論文を書くのでご存知の方教えてください。

一応ネットでwikiや法令の形式などを確認しましたが
上記はそれでも理解できなかった部分です。
宜しく御願い致します。

Aベストアンサー

>法令の形式などを確認しましたが

>第一項の項はどの間にくるのですか?

法令だと編、章、節、条、項、号、の順番が多いですね。

例)

地方自治法
(昭和二十二年四月十七日法律第六十七号)

第二編 普通地方公共団体
 第五章 直接請求
  第一節 条例の制定及び監査の請求
   第七十四条  普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者(中略)請求をすることができる。
             ↑これが「第1項」になる。
    ○2  前項の請求があつたときは、当該普通地方公共団体の長は(以下略
         ↑これが「第2項」になる。
(中略)
    ○6  選挙権を有する者のうち次に掲げるものは、第一項の代表者(以下略
     一  公職選挙法第二十七条第一項 の規定により(以下略
     二  前項の選挙人名簿の登録が行われた日以後に(以下略
     三  第一項の請求に係る普通地方公共団体(以下略
         ↑これらが「一号、二号、三号」になる。

で、小説などになると「著者の好き勝手」になっちゃうので「これと言った決まりがない」です。

著者によって、章の中に節があったり、節の中に章があったりします。

同じ著者なのに本によって章と節が逆になってる事もあります。

>法令の形式などを確認しましたが

>第一項の項はどの間にくるのですか?

法令だと編、章、節、条、項、号、の順番が多いですね。

例)

地方自治法
(昭和二十二年四月十七日法律第六十七号)

第二編 普通地方公共団体
 第五章 直接請求
  第一節 条例の制定及び監査の請求
   第七十四条  普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者(中略)請求をすることができる。
             ↑これが「第1項」になる。
    ○2  前項の請求があつたときは、当該普通地方...続きを読む

Q「放てばみつる」という、ことわざ??に関して。

「放てばみつる」ということわざ?に関して、どなたか教えていただけないでしょうか?。
実はこの諺、つい最近初めて知ったのですが、とても自分に対して、いろいろと思い当たることがあります。
この語源は、いったいどんな内容だったのでしょうか?。
もし語源まで知らなくても、みなさんの経験上で、何か思い当たるような話があれば、是非聞かせていただけませんか?。
どんなことでもかまいません。どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

>この語源は、いったいどんな内容だったのでしょうか?

この言葉は道元禅師の「正法眼蔵」の序章である「弁道話(べんどうわ)」の最初のほうに出てくる言葉です。弁道話は、道元禅師のいわば“立宗宣言”とも言われる独立した章で、師の考え方のエッセンスがはっきりと打ち出されています。

ご質問の句の部分を多少引用すると、
「はなてばてにみてり、一多のきはならむや。
 かたればくちにみつ、縦横きはまりなし。」
となっています。道元禅師が多用する対句型の文学的な表現になっているのがわかるでしょう。
(蛇足ですが漢字で書けば、“放てば手に満てり、一多の際ならむや。語れば口に満つ、縦横極まりなし”となります。)

さてこの句の意味ですが、「放てば~」とあることから、よく「所有欲を離れる」こととの絡みで説かれることが多いのですが、必ずしもそういう意味ではなくて、実際には仏性(つまり仏としての本性)について述べられたものです。

この対句が出てくるすぐ前の文章では、「ひとは誰でも本来、仏性が豊かに備わった身を持つものである。ただし、その仏性は修行することによってしか体のうえに表すことはできないのだ」という意味のことが述べられています。

道元禅師の思想の核のひとつに、涅槃経の言葉である「一切衆生 悉有仏性」という考え方があります。この世の全ての存在にことごとく仏性がある、つまり本来全ての存在が絶対的存在であって、その価値は等しいのだ、ということです。
禅師の認識を進めると、世界の全ての存在はその価値においてつながっているのであって、世界それ自体がまるごとひとつの仏性だとも言えます。従って仮に自分を中心に言えば、世界は自分の延長である、とも言えることになる、というのが道元禅師の認識の根底にあります。
よく「修証一如」と称されますが、そのような認識にたったうえで、正しい修行をしてその仏性を眠らせることなく表に出していくべきだ、というのが禅師の仏性観であり修行観です。

この対句ではその意味を受けて、本来備わった仏性、世界とつながった仏性というものをわざわざ自分で勝手に理解しようとして、却って限定したものにしてしまってはならないのだ、という修行の大きな方向づけをしているのです。

このような観点にたって対句の前半を意訳してみると、
「自己を自己として限定しようとする認識の手を放ってみれば、世界とぶっ続きの自分という存在がわかるはずだ。それは少ないとか多いとかいう相対の世界にとどまるものではないのだ。」
という風な意味になると思います。

>この語源は、いったいどんな内容だったのでしょうか?

この言葉は道元禅師の「正法眼蔵」の序章である「弁道話(べんどうわ)」の最初のほうに出てくる言葉です。弁道話は、道元禅師のいわば“立宗宣言”とも言われる独立した章で、師の考え方のエッセンスがはっきりと打ち出されています。

ご質問の句の部分を多少引用すると、
「はなてばてにみてり、一多のきはならむや。
 かたればくちにみつ、縦横きはまりなし。」
となっています。道元禅師が多用する対句型の文学的な表現になっているのがわかる...続きを読む

Q尾崎放哉の俳句にでてくる「乳房」は、どう読めばよいでしょうか?

「すばらしい乳房だ蚊が居る」で有名な尾崎放哉の自由律俳句についてですが、ここでの「乳房」は、どう読めばよいでしょうか?
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Aベストアンサー

こんにちは。それぞれの意味は、

校勘→古典の文献(写本など)などを突き合わせをして、文の同じ部分や違う部分を調査することです。
校正→原稿や元の資料などと突き合わせをして文字や図版の間違いを直すこと。本にする前にさんざんやることです。
校訂→古い本などを読者にとってわかりやすくすることです。
校定→なにかしら問題になっている古典の本文を、なるべく原文に近い形で復元することです。

ということで、全部違います。


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