お酒好きのおしりトラブル対策とは

京極夏彦の「姑獲鳥の夏」で榎木津が藤野牧朗の死体を見て、すぐに警察に届けなかったのはなぜですか?
関口に任せたから?
榎木津が変人だから?
常識的に考えて、あまりにもおかしいです。
あそこで警察を介入させていれば、事件は解決しているのでは?
榎木津には何か意図的な事があったのでしょうか?
お分かりの方、教えて下さい。
よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

うん…


このシリーズにおける「お祓い」の意味を理解していただけなかったとしたら、面白くなくて当然でしょう。
これは「ミステリ」ではないのです。(作者も自ら「ミステリとして書いたつもりはないのに」と言っています)

京極夏彦のこのシリーズにおける「事件」とは、殺人でも犯罪でもなく、それが起きた「一見不条理見える状況、偏見や思い込みで見たために歪んでいる像」=妖怪に関係者が惑わされている事、です。
従って、ただ犯人究明や謎解きだけでは「解決」しません。

関係者から思い込みや間違った認識(京極夏彦は「不思議とは間違った認識」と述べ、故に「この世には不思議なことなど何一つない」を決めゼリフとする)を「祓い落と」す。そしてそれぞれの認識力にとって最も効果的な「全体を客観視できる」状況を再構築する。
ただし、「真実」や「正義」など人の立場によって違うから、お祓いの方法は依頼人が何を望むか(この場合「久遠寺家の呪いを解く」)に合わせるのです。
だから、呪いを解いたら結果的に「無頭児を殺す久遠寺」の構造は瓦解する。しかも、「肉体的限界をとっくに超えていた」涼子が死ぬ事も、久遠寺家が崩壊する事も時間の問題でしかなかったから、これが回避不能という点だけについてはご指摘の通り、京極が出なくても同じだった訳です。

単純に事実を明らかにし、病院に入れても涼子がもう一つの人格の呪縛から開放される事はない。なぜなら、病院や医師には久遠寺家の秘密も涼子の体験の客観的様相も絶対に知ることはできなかったはずだからです。

#1で「榎木津では解決できない」と言ったのは、そういう意味です。
通常の探偵小説のような「めでたし」を期待して読まれたのでしたら、それはもう不幸だったとしか申し上げられません。

ただ、京極小説がこれだけ世間で色々な分野の人から支持されているというのは、どれだけ優れた人にもありうる自身の「思い込み」が根底から覆される快感というものなのです。
目の前にあるケシゴムを見失っていた、などという経験がない方には、本当に面白くないかもしれません。無理して理解する必要もないでしょう。
しょせん娯楽作品ですから。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。
なるほど「ミステリー」ではないのですね。
そう思って読むと納得です(でも「ミステリー」に分類されているので、やっかいですね。)

それから「姑獲鳥の夏」の丁寧な解説もありがとうございます。
やっと目の前の霧が晴れた気分です。
そして、しょーこりもなく「魍魎の箱」を読み始めている私です。
また分からないことがありましたら、質問させていただきます。
その時は、よろしくお願いします。

お礼日時:2007/06/01 21:51

榎木津(事実としては関口)が受けた仕事は「行方不明の牧郎を探すこと」です。


ところが依頼者である涼子自身は、その死体を見ようとしていない。
つまり探偵の仕事は「夫が死んでいるのを認めない涼子を解決する」という事になります。

見ようとしない者に「そこにありますよ」といくら言ってもその事件は解決しない。警察に通報しても、ただ死体が明らかになるだけです。
「事実が見えているのに見えない」彼女が抱える何らかの本質的問題(二重人格を自身で否定かつ告発している)を解決しない限り事件は終らない事、自分のやり方では「出来る事は何もない」事を榎木津は瞬時に悟ったのです。

だからこの事件は自分には解決できないと投げ(榎木津はできない事はできないとはっきり言う)たけれど、社会的に放っておく事はできないから、最初に涼子から引き受けた関口に「木場を呼べ」と命令した訳です。
「まさかお前も見えてないのか」とは言いましたが、これだけ言えば自分が去った後中に戻って「何が見えたか」ぐらい確認するだろうし、ならば警察も呼ぶと思っていた訳です。(つまり結構常識的にしか考えなかった)

その夜関口は日記を持って中禅寺宅へ泊まり、翌日偶然きた木場と一緒に原沢伍一を訪問後、再び久遠寺医院へ行って夜中に中禅寺に御祓いを依頼。
全然榎木津に報告してない訳です。
探偵が経緯を知ったのはその翌夜の御祓い後のまた翌日午前中、中禅寺の訪問を受けてからです。しかもその時点で前夜警察が介入して死体が明らかになった事は新聞で判っている。
ここに到っても涼子は、牧郎の死について自身で理解できていない。事件は解決していないのですから、やはりあの時「僕にできる事は何もない」と言って去ったのはこの結果が予測できていた、という事になります。
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この回答へのお礼

なるほど~
関口が榎木津に報告すれば、良かったのに・・・そしたら、一気に解決?してたんじゃないの?
涼子は精神病院にでも入れられて、死ななくても良かったのでは?
中禅寺も出る必要ないし・・・(って最初から、お祓いする必要もないでしょ)

私が京極夏彦の世界が理解出来ないのか?訳が分からないまま、小説を読み終えた感じです。
はっきり言って、おもしろく無かったです(ファンの方、すいません)
どこがおもしろいのか、レクチャーして欲しいです。
回答ありがとうございます。
お礼が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。

お礼日時:2007/05/24 19:12

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Q姑獲鳥の夏について疑問

最近京極夏彦さんに興味を持ち始め姑獲鳥の夏から読んでみました。
やはり面白くて読み応えもあって満足できました。
でも、読解力のない私にはどうしても理解できない場所が
2つあります。
ひとつは関口が
「私はあのとき、この少女を犯したのだ」
といってたところです。
これはどういうことなんでしょう??
あのときってのは関口が頼まれた恋文を涼子に渡した時ですよねぇ?
犯したって関口は涼子を強姦してしまったてことなんですか??
あと、もうひとつは涼子が
「私はあの夜、あなたが来てくれると思っていた。」
というところです。
あのときってのはいつのことなんですか??
すいません、こんなこともわからなくって(~_~;)
とても気になるのでわかる方回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>犯したって関口は涼子を強姦してしまったてことなんですか??
そうだと思います。
「学生さん、あそびましょう」と言った涼子は、ちょうど初潮を迎えたところでした。
それに誘惑された関口は、思わず手を出してしまったのだと思います。

>あのときってのはいつのことなんですか??
涼子が、藤牧氏を殺害した当夜のことではないでしょうか。

すみません、今本を持っていないので、二つ目のご質問は間違っているかもしれませんが・・・。


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