
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
引用表現ではなく修辞的な表現なのだと思います。
比喩法の一種で、換喩(metonymy)といわれるものではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8F%9B%E5%96%A9
オッカムの定義は余計なものを省略したり必要以上に複雑なものを単純化することを示唆しているので、その示唆全体を「剃刀」とたとえているのだと思います。和のこころでたとえるなら、論理の「面取り」ってところでしょうか。
太宰治『人間失格』に「おい! とんだ、そら豆だ。来い!」というのがあります。この「そら豆」がかなり巧妙な換喩になっていたという記憶があります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/301_1 …
No.2
- 回答日時:
学術的な回答はNo.1さんが既に用意されているので、もっと卑俗的な点を蛇足として書きます。
剃刀(カミソリ)の由来はともかく、この言葉が好んで使われるのは、これが、「諸刃の剣」(あるいは「諸刃の刃」)を連想させるからではないでしょうか?
つまり、オッカムの剃刀は 使い方によっては「大事なものもそぎ落としてしまう」危険性のある便利な用具、といったイメージで覚えられ・使われる 傾向があるのではないでしょうか?剃刀のイメージは日本人にとって(私だけ?)、片刃の安全なものよりも、両刃の(使い方を間違うと自分の手や指を傷付けてしまう)ものだからではないでしょうか?
強引すぎる解釈かもしれませんが、私個人の印象に留まらないと思い、思うところを記しました。
(お粗末さまです。失礼しました。)
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