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三十九歳になり、ちょっと前までは若者のファッションもまだ着れる感じだったのに、だんだん外見もオバサンくさくなってきました。

何気ないTシャツ姿にすっぴんなどふいに鏡に映る自分を見ると、あーもう若くないなあと愕然としてしまいます。
三十九なんてまだまだこれからとは思うのですが、若くも無いしおばちゃんにも割り切れず中途半端な気がして、最近は自分を受け入れられません。
自分のこと若いと思って若作りしたり、気持ちを若く保てっていわれても、何だかテンションは低い私です。

何か良きアドバイスお聞かせください。

A 回答 (7件)

質問者さんと同じくらいの年の主婦です。

まだ「何か」がハッキリ見えてないから、もやもやしてるんじゃないですか?月並みな言葉で言うと、「外見ではない何か」で、これまでの回答者さんも書いてらっしゃるようなことです。質問者さんは今が転換期なんではと私には思えました。

ファンデーションも粉もせずにいろんな関係の同期会で都心に出かけますが、確かに「あれやこれや」をすれば、表層の華やかさが加わって効果的だろうとわかっても、お化粧を好きではないのでま、いいやと却下しているのと、そのマイナス分を補えるであろう「チャームポイント」があるからいいや♪と、結局はプラスの気持ちでお出かけできます。

ここ数年「目がキラキラしてる」「楽しそう」とよく言われます。一番人で目立つのは、そこらへんではないかと思ってます(楽しそうといっても、芯の部分で問題があるのにすり替えでその場だけ盛り上がる「代償」のようなものと、本物は違います)。
私はかなり精神的に底に近い時から、ここ数年で、生まれてから一番幸せな心境へと移り変わっているために、余計に、人の微妙な精神的な違いがどれほど多くのことに影響があるかよくわかりますし、だからこそ表面の整い方より芯の生き生きした方にすぐ目が行きます。メイクアップアーチストなどがアイメイクを流行らせるために「目力…目は口ほどにモノを言う」を流用しますが、ホントは「瞳の中」のことです。最近は心理学の分野でも、人は幸せだと黒目が大きくなり、反対だと細くなると言われてますが、自分の写真はその証明みたいです。

もともと顔立ちとして目の目の大きさは個人差がありますが、同じモトでも人を恨んだり自分を蔑んだ時期は白目が大きかったり、キツネ目に近くなったりしました。そして最近の写真が一番黒目が大きく目に光があり、アイメイクをしていないのに求心力があります。赤ちゃんの目みたいな感じです。

幸せかどうかだけでなく、何かにつっかかりモヤモヤしていないか、物事に興味を(前向きさ)持っているかどうかで、同じ瞳も黒目が増え、キラキラするといわれています。また、これは自覚されてる方も多いと思いますが、いいことがあったり心が強い時は、口角が下がらず上がってるものです。おおまかにこの2つを持てている人は、多少のシワがあったりお化粧のフォローが無くても、反対の「瞳が沈んでいるが植えまつげとアイラインで目力を出してる人、心に張り合いがないので口元が緩んでいるが口角を上げてリップライナーで補正している人」より、トータルな印象では勝ってしまうことが多いです。「若々しい印象のためにフェイササイズをして、口角を常に上げることを意識してる人」も悪くはないですが、やっぱり心の持ちようのある方には負けますね。

自然に出ているものと、自然に出ているかのように演出して手を加えているもの、後者はどこか不自然なので、雰囲気やオーラと表層のものがイマイチしっくり来ない=つまり失敗した若作りの印象になります。

知り合いに40代のカリスマ、50代のカリスマと呼ばれている主婦がいて、ともにスッピンか、限りなく化粧っけがない方なのですが、ほんとに内側から輝くようです。40代後半の方は白髪が無い理由を聞かれるたびに「好きな人(ご主人)と子供に囲まれて幸せだから。ウキウキしてたら年なんて取らないのよ。」と真顔で答えていたのにも、汗はかきつつ(私が)言い切れるところが凄いなぁと思いました。白髪は遺伝もあるようですけど、でも同じ体質ならば私も心のあり方でかなり変わるのが本当だと思います。

自分が気の持ちようで全然生活も変わったし、外見まで、むしろ若返った気がする体験を持っているので、この気付きを無駄にしないで生きていきたいなと思っています。今のところ目のキラキラと、自然にあがってしまう口角と、それによる笑顔があるので、歳は重ねているのでしょうが、自分なりにかわいいな、いとおしいなと思えてます。厳密に言えば誰にでも機嫌の悪い日、悶々とする時期はありますけど、芯の若い人というのは(肌でなく)心にも弾力があるというか、根本から目を逸らさず自分で考えてサッと切り替えができますので、何というか、曇りの日の表情も、フツーに錆びながら生きてしまってるどんよりしたオバサンとは明確な違いがあります。

質問者さんの中にも、その種は絶対あるはずです。自分で見つけて、磨いて輝かすことができたら「あ!コレか」と気付き、不安は消えていくのではと思います。
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この回答へのお礼

とーっても素敵なご回答有り難うございます。
回答者様にお会いしてみたくなるような内容でした。
転換期ーまさにそうなのかもしれません。
私も趣味やボランティアをして、子供の話のみにならないよう視野を広げるべく活動はしているのですが、どんよりともやもや自分の中で色々で葛藤してしまい、日々きらきら生きるにはまだまだです。
でも凄く参考にしたい内容で有難かったです。

お礼日時:2007/08/23 21:19

「若さ」を作ろうとするからよろしくないのではないでしょうか。


ズバリ、「マダム」のほうにそろそろ路線変更をなさってみてはいかがでしょう。

若者ファッションは似合わなくなってきたかもしれないですが、年齢をある程度重ねないと安っぽくみえてしまういわゆる「よいもの」、落ち着いた雰囲気の上品なデザインのもの、和服、そしてゴージャスっぽいセクシー系などはむしろ、20代のころよりもサマになるはずです。
むしろ、そのころに着られなかったもの、きはずかしかったメイクを、いまなら着こなせる、違和感なくできるのではないでしょうか。

「若い=美しい」では必ずしもありませんし、若くないことと美しくないことは関係ないです。
若さによる美しさでなく、大人の、年齢を重ねないと醸し出せない美を追求されてみてはどうでしょう。
ぜひ、小娘たちが安っぽく、薄っぺらにみえるような素敵な大人の女性になってください。
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この回答へのお礼

マダム路線ですねー目指したいところです。
大人の女性ーそうですねー何だか気持ちはまだ子供みたいなところがあったり、かなりオバサンみたいなところあったり、今は極端です。
ご回答有り難うございます。
御礼が遅くなりすみませんでした・

お礼日時:2007/08/24 15:33

身近な友人、親戚、知り合いなどと付き合ってきて分かるのは、老いを嘆いたり、老けた、歳だから、と良く口にする人はその通り老けています。



言葉は一旦口から出ると意識を引っ張る力があるからでしょう。本人が意識せずとも言った通りになっていきます。

鉄が空気にされされると錆びるように、酸素を使っている限り歳のとるほどに我々の細胞内部は酸化してきます。これは防ぎようもありません。これが体が老いるということです。当たり前ですが、若いころのようにはいきませんね。

しかし、気持ちは酸化されません。歳をとるほどあらたな経験が増えるのですよ。これを楽しいと思ってるようなところがある人は歳を感じさせません。

アンチエージングなどと体をなんとかしようとする風潮がありますが、どうあがいても体の老化は自然なことです。逆にあれが良い、これが良いと、あれやり、これやりしても、あがけばあがくほどにどうにもならないということがストレスになって老化の進行は早まるのではないでしょうか。

自分は老けた、と嘆いたり、間違っても口にしないことです。
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この回答へのお礼

私もよく友達に、もうオバサンだーと冗談交じりで話すのですが、これは今後止めようと即座に思いました。
確かにそう嘆くと、本当にそうなる気がします。
ご回答有り難うございました。
歳をとるほど新たな経験が出来ることを喜びに思うー素敵な考えですね。心に刻みます。

お礼日時:2007/08/23 21:23

そうなんです・・・。

鬱っぽくすら、あるいはふてくされ気味になりませんか?

しかし、#1の方がおっしゃるように外見ではなくなるんですよね。中身から出てくる魅力は、誰にも流行にもゆるがされない括弧たるものです。肌のきめやら弾力性やら、失われていくものに執着すると「ガクーン」となってしまいますが、これから増えていくものに執着するとこの変化というか事実はそう悪くはないんだな、という気持ちになると思います。

なるべく若く見られたいというのはほとんどの女性の願望であると思いますが、本当に魅力的な女性は着こなしや化粧、強いては話し方など、TPOをわきまえて使い分けている人。いつ何時も若く見せようとしている人はやはり痛々しく見えます。仲間同士のときは本人がハッピーであればその場全体のハッピーを作ることにもなりますから本人の思うままの格好でいいと思います。一歩外の枠へ出るときは、年相応の着こなしをするとか。「分別あるなぁ」とさすがだなぁと尊敬すら生みますね。

「年は取るもの」ということを事実として受け入れた上で、尚且つ、
自身の願望をスタイルや個性として表すことができる
とこの葛藤はクリアされると思いますよ。そしてそれは魅力的。そんな自信から、鏡にうつるすっぴんに瞬間的に「どぁー」と感じても「ま、でもね」というポジティブ思考に切り替えられますから。
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この回答へのお礼

そうなんです。ふてくされ気味というか、どうせもともと美人でもないしー、旦那も気にかけてくれなくなりつつあるしーなんて投げやりになったりします。
歳は取るものーですよね。
ご回答有り難うございます。お礼が遅れてすみませんでした・

お礼日時:2007/08/24 15:38

年齢よりも若く見えるっていうのと、若作りっていうのは意味が違いますよねぇ~。


たまにテレビなんかで『姉妹みたいな親子』とか言って紹介されていて、お母さんが『娘と服のサイズが同じなので共同で着てるんです~♪』とか嬉しそうに言ってるけど、明らかに若作りで痛々しいことってあるじゃないですか。
あれを観ると『あんなのだったらオバサンファッションの方がいい』なんて思ってしまいます。
私は質問者さんに年齢が近いのですが、確かに30代半ばをすぎたころから肌の感じとか変わってきたなぁ~。お手入れしてないせいもあるけど。たまに疲れた顔とか鏡でみてぎょっとするし(笑)

とりあえず私はスポーツクラブに行って汗を流したりしています。
今更20代に戻ろうなんて思わないけれど、すぐ先に待ち構えている40代を少しでも元気に過ごしたいので。
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この回答へのお礼

そうそうー姉妹みたいな親子なんて言って自慢げにテレビで出てるの見ると、えーっ痛々しい、こんな風になりたくないーと思いますよね。

さて私も水泳して、体力づくりと健康美をめざしてます。
おかげで腰痛などは治りましたが、肩周りが頑丈になってきました。あれれーです。
ご回答有り難うございました。
四十代を元気にすべく頑張ります。

お礼日時:2007/08/24 15:36

コンニチハ(*^o^*)


すっごい分かります!!私今32歳なんですが、モーレツに同じように感じる時期がありました。
どうあがいたって残念ながら20代の肌には戻れませんもんね。
若い子の肌を羨望の眼差しで見てしまいます。

でも最近は現実を受け入れてます。
きっかけは同級生の友人(そのこは独身です。)のギャルっぽい格好が、逆に痛々しく感じたからです。

今目指しているのは、若々しさをアピールするよりも年相応にキレイな女性です。
リンカーンは「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」って言ったそうです。
木の年輪みたいに、自分の顔に内面が表れてくるということ。私も40歳を超えた時、外面だけではない内面の美しさが顔に表れるようになりたいです。
理想は、吉永小百合さんのような穏やかで優しく品のある顔です。

>自分のこと若いと思って若作りしたり
これが一番の原因のような気がします。(気を悪くしたらゴメンナサイ)
自分の年齢と向き合って、その上で美を求めてはどうでしょうか?

きっと今までもキレイにしてたのでしょうから、ちょっと気持ちを切り替えるだけで溌剌とした顔になると思います。
頑張ってください(^o^)v-~~~
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この回答へのお礼

内面磨きですねー
簡単なようで難しいことに思えます。
顔に生き方が出てくる年齢なのだと思いますので、気をつけてはいます。
お礼が遅くなりましたがご回答有り難うございます。

お礼日時:2007/08/24 15:31

人は外見だけではありません。


若い頃は外見だけでもごまかす事ができますが、これからは内面が重要になってきます。
溌剌とした普段の生活は自ずと表情にも表れ、それが人として輝いて見え、魅力ある人になって行きます。
40代といえば老いて行くのではなく、人としてこれからますます充実し輝く時期です。
ただそのためには努力も必要です、普段の生活になながされ惰性で生きていく人は魅力のない人になっていきます。
これからは輝いて見えるのも、くすんで見えるのも今まで以上にはっきりと現れます、その努力をする人としない人の違いが大きく出てきます。
今まで以上に生き方を考え、前向きの溌剌とした生活を送れば人としての魅力が自然とにじみ出て、輝いてくると思います。
頑張って下さい。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりましたが、ご回答有り難うございました。
何となく惰性で毎日を過ごしてしまいがちです。
はつらつとした生活を送りたく、子育てのみにならないよう趣味やボランティアもやっていますが、まだまだ自分と向き合う日が続きそうです。

お礼日時:2007/08/24 15:27

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