以前から似たような質問をしてお世話になっていますが、またよろしくお願いします・・・。大学3年の女です。

私はノリよく誰にでも話しかけるような男子が苦手です。苦手というか、ちょっと話しただけでも向こうに「絡みずらい」と思われているのが分かるので、余計話せなくなるという悪循環です。

部活関係の男子たちの雰囲気が全体的に↑のような感じなんです。最初の最初はよかったんですが、途中で私が同学年の女子たちと合わないと感じ部活をやめようか悩んでいて、部活中も鬱みたいな感じになっていたので余計話しかけずらいと思われたんだと思います。

もともと私は控え目だと言われたこともあるし、輪の中に入っていくのがとても苦手で、自分では真面目で堅いのかなと思うし、人見知りでもあり。内向的っていうのでしょうか?そういう性格なんです。でも見た目は違って、スポーツバリバリやってるな!って感じで。だから自分から行かなきゃ、仲良くなれないタイプなのかもしれません。

挨拶程度なら、サバサバしたノリで感じ良く(自意識過剰かな?)できるので良いのですが、俗にいう「女の子」っていう感じではないので周りの女子(同じ年だと威圧的に感じられてしまうようで 泣)と合わなくてどんどん自信をなくし、結果、最初は問題なく話せていた人たちからも距離をおかれてしまいます。

一時期は自暴自棄になり、もう1人で生きてやるとか思ってましたが、先に書いたように、以前普通にしゃべってくれてた人とまで溝ができてしまったのが本当にショックで、やはり挽回したいと思っています。周り自分のことを、「なんか絡みずらい(感じ悪いと思ってる人もいるかも)」と思っている現状から、本当の自分を分かってもらうには、初めは無理やりでも話しかけるしかないんでしょうか(><)?経験者の方のお話が聞きたいです。よろしくお願いします。

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A 回答 (9件)

>それは『私のような性格の者』の定めなのでしょうか・・・。



貴方の性格がどのようなものなのか、本来これだけの情報で分かるものではありません。
増してや私は素人であり、それでも仮にある程度妥当なものを見出せたとしても、
新たなる情報の一つで沢山のことがオセロのようにひっくりかえることもある。
そう考えれば、元来何一つ確かなアドバイスなどできないのかも知れません…
~という前提の元で勝手な推測をさせていただきます、あらかじめご了承下さい。

全体として私が感じるのは、貴方は自己愛性人格者のはにかみ屋タイプではないか、と。
実は私自身強い自己愛性人格者です。但しはにかみ屋タイプとは微妙に違います。
この後厳しいことを申し上げます。それで、じゃ自分はどうだったのか? と問われれば、
ハイ自分はもっと酷かったです、と。そう私は答えざるを得ない(苦笑)。
その私が言っていることなので、どうかお許しいただきたい。

まず、様々なところにプライドの高さというものを感じます。これは自己愛性者にはつきものです。
実は私が述べた「殻」こそ、このプライドそのものです。はにかみの正体はプライドです。
そして、プライドの正体は「理想の自分」です。

本来の自分(理想の自分)は、こんなものではない。もっと凄いのだ。もっと饒舌なのだ。
もっと上手に絡みに対応できるのだ。
しかし実際の自分は、実はそれほど凄くないかも…。だから怖い。だから殻に閉じこもる。
言い換えれば、この殻は自己嫌悪です。表裏一体ということです。

まず自己愛性者というと、世間では、ひたすら自分を愛してのみいると誤解をされているようですが、
実は自己愛性者はほぼ間違いなく、強い自己嫌悪を持ち合わせているというのが専門家の定義です。
私も全くその通りだと思う。
自己愛性者の心にはまず「空想的ともいえる理想の自分」が心にいる。
そしてそれに対して「ありのままの現実の自分」がいる。
自己愛性者の抱える理想の自分は、余りにも空想的に超凄いモノなので、
当然現実の自分と比べて大きなギャップがある。このギャップが自己愛性者の「自己嫌悪」です。
具体的に貴方なら、自分を変えたいと思っていること。これが理想の自分と現実の自分とのギャップです。
ここに大きなギャップを抱えているので、自己嫌悪で苦しんでいる。
貴方の中の理想の自分とは、どんなものでしょうか? 全く別人になることなんてできないです。
それは不可能だし実は必要ない。ありのままの自分を愛せれば、それが分かる。

まずは自分をベースにして、そしてある程度は変わる。それが現実の姿です。
全く別人に変わろうとしているとすれば、それはいかにも自己愛性者らしい過ちです。
しかしそれでも、成長すれば、自分ではまるで180度変わったと感じることもあるでしょうし、
回りの人が「貴方は変わったねー」と驚いてくれる程に変貌する部分も実はあるのですが…。

それからこれは決して強制ではありませんし、貴方には貴方のお考えがあると思います。
或いは表面に出ない全く別の何かがあるのかも知れませんが、
私としてはできれば、他の回答者の方にもお礼だけでも述べて欲しいと思うのです。
こういうカタチになると、私としては他の回答者の方に心苦しいものがある。
そんなことを感じて、前文の最後に「感謝」というようなことを述べた。
勿論悩んでいる人は自分のことで精一杯感が強くなりますから、なかなか回りのことを考えられない。
そういう側面もありながら同時に、もしそうなら、これはやはり自己愛性者っぽいな、と感じるのです。
つまり必要がないと思えば、どんどん人を切り捨てていくやり方(苦笑)。
もしそうだとしたら、これはイカンことです。

どうしてそうなってしまうのかと言えば、これはやはり自己嫌悪のせいです。
本当の自分、ありのままの自分を愛していない。だから回りのありのままの人々のことも愛せないのです。

ではどうしたらありのままの自分を愛せるようになるのか。
日常の中で、少しずつ様々なことを見出して方向修正していくというやり方もある。
しかし私の場合は根本が変わったことで、大きく変わりました。
その根本とは、幼児の頃に親に傷つけられた自分の心の傷、この痛みに気づいたことです。

…まぁあくまでも、貴方が自己愛性者的傾向のある人ならば、という仮定での話でした。
そしてもしそうであったとしても、程度は人によって様々であり、貴方の場合は決して深刻な部類ではない。
参考程度、傾向というように考えて頂きたいと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。自己愛性者、って言葉は初めて聞きました。調べてみたんですが、あまりにも度を越すと、障害と認識されるんですね。ちょっとショックですがかなり当てはまる部分があります。特に、「どんどん切り捨てる」。最悪ですよね。ご指摘本当にありがとうございました。

なかでも私は自己愛性者の「殻にこもる」タイプなんですね。自分でもそれを認めたくないという。今はたぶん、ガチガチの殻なんだと思います・・・。youchan37さんは、ご自分がそうなった原因を認識したことで根本から変わられたのですよね。私は特に思い当たらないので、日常から少しづつ意識しなきゃと思います。周囲に「私は本当は」とカミングアウトするのも大事ですが、なんか性格の根本の問題かと思うとまずはそっちかなと思うので、近々カウンセリングを受けてみたいと思います。本当にありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 13:08

レスありがとうございます。

しつこくてすいません。ここまできたら一応以下だけ述べないと、どうも心が落ち着かない。そういう勝手な私側の事情ですので、以下は単に読み流す、或いは特にご覧いただく必要もないのかも知れません。参考までにということです。今よりずっと生き易い貴方に変わられることをお祈り致します。こちらこそ有難うございました。

結局人の性格に一番大きく影響を及ぼすのは、親です。幼児期の親との関係です。勿論先天的な要素もありますが、全体として一番大きいのは親を含めた幼児期の人間関係です。一卵性双生児は同じ遺伝子を持っていますが、幼い頃別々の親に育てられると全く性格が変わる場合が多い。専門家はそのようにして調べているようです。

親が子供の心を傷つけるというと、虐待等の激しいものを想像しがちですが、決してそういうものばかりではありません。ごく普通に見える親でも、子供の心を傷つけることがあるのです。というより完璧な親などいない。誰でも大なり小なり親につけられた心の傷というものはある。全てはその程度問題ということです。

まず、幼児は、全能感、誇大自己、躁的防衛心などと呼ばれる心を持ちます(以下は誇大自己とする)。どうしてそのような心を持つのかというと、精神分析学者のメラニー・クラインの説をごく簡単に要約すれば、幼児はまだ「超凄いスーパーマンのような自分」を空想しないと生きていけない程に不安を感じ易い弱い心だから、ということです。

自己愛性者はまず、親(もしくは幼児の頃周辺にいた人)に心を傷つけられます。それによって一層不安を感じ、この誇大自己にしがみつくのです。そしてこれが歪に肥大化する。どのように傷をつけられるのか、そのカタチは様々です。溺愛型なら、何から何まで親が子供のことを完璧にやろうとする。やがて子供は自分で自分のことをしなければいけないのに、教えもしないし叱りもしない。やがて親が全てやることは不可能になってくる。例えば親が目を離している間に、子供はおもちゃを意のままにできず泣く。親が飛んできて助ける。しかし親の目が届かない場合もある。すると子供は自分で解決できない。助けにこない親を恨む。助けにこない親に心を傷つけられた格好となってしまう。叱らない。でも実は子供は叱って欲しい。これが絡む場合も多い。要は親にかまってほしいのです。しかし、かまってもらえないから心が傷つく。

或いは褒めない親。子供は親に認めて欲しい。でも褒められない。だから心が傷つく。そして「褒めてくれなくっても、私は本当は凄いんだぞー」と、心の中の誇大自己にしがみつく。

或いは子供を脅す親。しつけが厳し過ぎる親。子供は親に見捨てられるのでは、と不安になる。不安なので「大丈夫。私は本当は凄いんだ」と、やはり心の中の誇大自己にしがみつく。…他にも様々なカタチがあります。

それで、逆に、この誇大自己が必要以上に萎んでしまうのが境界性人格者の典型例です。親に見捨てられそうで不安だ。逆らったら見捨てられてしまう。そうすると、心にある誇大自己を放棄してしまう。この心は親に逆らう悪いものだと思い込んでしまう。本来適度な誇大自己は必要なものです。それは例えば自分の理想です。サッカー選手を夢見る子供の心には理想の自分がある。ところがこれが著しく萎むと、その人は夢を失くしてしまう。自分の好きな色や食べ物などの好み、そういった自分自身をも失ってしまい、人のいいなりになってしまう。そしてそういう希薄な自己が劣等感となり、様々な問題を引き起こす。

つまりは自己愛性者も境界性者も、誇大自己が肥大するか萎縮するかの違いだけで、どちらも親に心を傷つけられた人達なのです。自己愛性者も境界性者も、どちらも完全主義者的傾向があります。自己愛性者は肥大化した理想の自分であろうとして完全主義に向かう。境界性者は良い子であろうとする。良い子でなければ親に見捨てられる。だから不安でしょうがなくて強迫的に完全主義に向かう。ですから、双方にとってお互いの生き方は、時に大いに参考になるのです。共通していることも実はいっぱいあるということになります。そして結局は、自己愛性、境界性に限らず、殆ど全ての性格において、親との関係は大変に重要な要素とされています。

こういうことを踏まえた上で、ご興味があれば過去の回答をご覧下さい。そこには私の衝撃体験・バケツ一杯の涙があります。それでは、お元気で!

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4946105.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4918859.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4961484.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4957261.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4965071.html
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うーっ、苦しんでますねー。

あーなんかリアルで涙出る。娘だとしたらまず、いい子いい子してあげたい。

分かりました。私が思っていた以上にシッカリした人だ。失礼致しました。
それなら「どうして自分がそうなったのか」は一旦置いておきましょう。先に「殻破り」です。

そこまでシッカリ考えているのなら、
それを回りの人の誰かに告白するというか、言葉で伝えるしかないですよ、そのまま。
誰を選ぶか、ということもあります。それは貴方が選んで下さい。

「私自分では、本当はこんなに無口で絡み辛い人間じゃないと思ってるんだ」
そして泣き出してしまうなら、それでいいですよ。泣いてしまえばいい。
或いは、最後に「ごめんね、変なこと言って」と付け加えてもいい。
そしたら友達は何と言うか?
「えっ? 全然『無口で絡み辛い人間だ』なんて思っていなかったけど…?」
と言うかも知れません。
もっとキツイことを言うかも知れません。
もっと優しいことを言うかも知れません。

まず、貴方は自分で自分のことを、こう思っている、と。
次に、では回りの人は、どうなのか? です。
貴方が考えていることは、実は貴方の勘違いかも知れない。貴方の思い込みなのかも知れない。
回りの人はそう思っていないかも知れない。まずはそれを確かめることです。
確かめるためには、まず自分の考えをきちんと確定して、そしてそれを相手に「話す」しかありません。
だから思い切ってそれを実行する。他に手段はありません。
赤ちゃんがお母さんにするように、ただ泣いたり笑ったりしても、他人である相手は分かってくれません。

ありのままの自分を、正直にさらけ出すこと。それが突破口です。自分の殻を破る。
チャチなプライドは捨てることです! ありのままの自分をさらけ出す。
そして私は友達を信じたい。きっと優しい人もいると思う。
人間そんなに悪い人ばかりではないと思う。
ありったけの自分の苦しみを、そのまま正直に人前にさらけ出したなら、
きっとそれを分かってくれる、分かろうとしてくれる人がいると思う。

上には最小限の言葉しか「」に入れませんでしたが、勿論他のことも追加していい。但し要点を崩さないように。
そしたら回りの優しい人は、貴方に話しかける時には、穏やかに話しかけるようになってくれるかも知れない。
そしたら貴方はその優しさで安心し、以降は元気に話しかけられてもちゃんと答えられるようになるかも知れない。
そうやって変わっていく。そうやって拡がっていく。
私はそういう世界が展開していくと期待しているし、同時にそういうことがあったことを経験しています。
何度も目撃しています。だから私はそれを信じることができます。

でも、一人残らず全ての人に受け入れてもらおうと欲張ってはいけません。
貴方は本当は、控えめでありながら、実は少し欲張りな人ではありませんか。
全ての人が、まるで自分のお母さんのように自分を受け入れてくれる、なんてことはありません。
誰でもそうです。そこまで万人に受け入れて貰えている人など、この世には存在していません。
だからもしそれを望んでいるなら、それは不可能だし間違いだし、そんな必要もない。
中には陰口のようなことを言う人も出てくるかも知れません。
しかしそういう人は、「人は人。自分は自分。様々な人が世の中にはいるんだ」ということが分かっていない。
そしてそういう人をいちいち相手にして憎んでいたら、貴方も同じ穴のムジナになってしまう。
そういう陰口をたたく人は、それはそれ。自分は自分。人は人です。
又、物凄く社交的な自分に変わろう、全くの別人になろうとするのも違うと思います。
人をホッとさせる静かな優しい人というのは、います。人は人。自分は自分。自分を活かすこと。

それから、決して性急になってはいけません。すぐに何も変わらなくても、それは仕方ない。
果実が実るのには時間がかかる。
私の心にも残っていますからよく分かるのですが、幼児的欲求というのは「性急」なのです。
今すぐこの場でして貰いたい、そう感じてしまう。じっくりと時間をかけるつもりでいることです。

たった一人でも貴方を分かってくれる友達ができれば、まずはそれで充分じゃないですか。
或いはたとえ分かってくれなくても、分かろうとしてくれる人がいれば、まずはそれで充分じゃないですか。
悩んでいる時は「人に感謝する」という心を失いがちなものです。それが戻ってくればいいですね。
自分の殻を破ってみましょう。その先にきっと何かがあるはずです。

この回答への補足

真剣にたくさんアドバイスを下さり、本当にありがとうございます。殻破り・・・まさに今必要なのはそれだと思います。

実は、部内でも自分を理解してくれている人(先輩や、同期の男子)には打ち明けているんです。「合わない、居づらい」と。でもそれは、理解してくれているのが分かっているから単なる愚痴大会になっているので、youchan37さんのおっしゃる殻破りとは別物ですよね。

気持ちを告白する相手は、今の自分を絡みづらいと思っているかもしれない人なんですよね。プライドなんて言ってる場合ではありませんよね・・・でも機会を作らなきゃ・・・。後輩男子は、私の同期女子たちととーっても仲がいいので、まずは同期女子にカミングアウトするというのが機会も作りやすくていいのかなぁと思いました。

ちなみに、実行もしてないのに先のことをいうのもだめなんですが、今後就職してからも様々な集団に入ることになると思うのですが、そのたびに「馴染めず気まずくなる」→「耐えられなくなってカミングアウトする」というのを繰り返すと思うと憂鬱です。それは私のような性格の者の定めなのでしょうか・・・。

補足日時:2009/05/21 11:17
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周りの人に一方的に期待だけしたって、状況はなにも変わらないですよ。

友達というのは、常に対等なんですから。「もっと私に話しかけてほしい」「もっと私のことをわかってほしい」そんなことを思っているだけでは、ただ一方的に「要求」しているだけ。

自分のことを分かってほしかったら、相手のことも知らなきゃ。そのためには、自分からどんどんいろんな話をする。話しかけづらいと思われているのだったら、いつも笑顔を心がける。部活の話でも大学の話でも天気の話でも話題のニュースの話でも、話すネタなんていくらでもあります。自分から歩み寄ろうとせずに、あれこれ悩んだって前には進めませんよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。遅くなってしまい申し訳ございません。そうですよね、歩み寄る姿勢は大事ですよね。たぶん表情がこわばっていると思うので、笑顔を意識しようと思います。

お礼日時:2009/05/22 19:37

>本当の自分を分かってもらうには、


本当の自分とは、どんな自分なのですか?
結局、自分の何を分かってもらいたいのですか?
それを言葉にしてみて下さい。そして私に言ってみて下さい。

>無理やりでも話しかけるしかないんでしょうか
普通殆どの場合、人間同士は言葉でやりとりしないと、分からないですよね。
話をしなくても、それでも分かってもらいたいと思っていますか?

貴方が分かって欲しい「本当の自分」というものを、まず私に言ってみて下さい。
そして、それと同じことを回りの人に「話す」しかないですよね。

貴方の他人に対する要求は、まるで赤ん坊の母親に対する要求のように思えるのですが、
如何ですか?

元々不可能なことを、回りの人に要求していませんか?

といっても決して貴方を責めているのではありませんよ。
幼児のままの心が、とても強く残ってしまっていると感じるのです。
そうだとしたら、それが見えてきただけで、少しはスッキリしませんか?
回りの人に分かってもらえない。
でもよく考えてみたら、分かってもらえないのは仕方ないことだった。
元々無理な要求を回りにしていたから、だから分かってもらえなかったんだ。
そこに気づいたら、少しはスッキリしませんか?

そしたら次は、どうして自分がそうなったのか、それを考えてみることです。
そういう方向で考えていくことが、解決への道だと思うのですが。

この回答への補足

ご回答ありがとうございました。本当の自分を知ってもらいたいというのは、本当はこんなに無口で絡みづらい人間ではない、ということを知ってもらいたいということです。・・・確かに、こちらから要求するばかりでは何にも解決しないですよね。赤ん坊の要求と似ているのももっともだと思います。

どうしてこうなったのかを考えてみたんですけど、同期の女子がみんな社交的で、同期だけでいる時は私も疎外感なく話せるんですけど、みんなでわーっと集まったとき(飲み会とかその他行事)にその子たちはどっか行っちゃって自分の居場所がないように感じるんです。これが度重なって「自分は何かがいけないんだ・・・」と思い続けているんですけど、具体的にどうしていいかわからず悶々としていて。そんな感じなので後輩が入ってきても、情けなくて自信をもって接することができずに今に至ります・・・。以前、酔った後輩の一人に、「○○さんいい人なんですけど~なんで話しかけてくれないんすかぁ~」って言われたことがあってやっぱりと思いました。自信がなくても、毎日少しでも話しかけていればよかったのかもしれませんが、今となっては向こうも諦めて、ただのよくわからない先輩になっていそうで怖いです。話しかけても今更もういいよとか思われたら・・・と思うと本当に泣きたいです・・・。

補足日時:2009/05/21 02:46
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自分に合ったコミュニケーション法を追求するのがいいと思います。



社交的な人というのは、常に誰かの近くにいようとします。
いつもグループを作っていて、何やらぺちゃくちゃ話しています。
ある意味、これは特異なコミュニケーション法です。

そのような関わり方をしないタイプの人であれば、
無理にその真似をしようとして、自分を苦しめることもありません。
そのような「ピーチク・パーチク型」の人間ばかりが
正しいというわけでもないのです。

かといって、「完全な孤高の人」を選ばねばならないということもありません。
世の中、白と黒しか無いのではなく、灰色もあれば、緑やピンクもあるのです。
自分の色を見失わない。自分の一番いい色を出そうとする。これ大事です。

ひとつに凝り固まることのない、自由な心を失わないことが大切です。
「自分が話しかけたいとき(だけ)は、自由に話しかけることができる」
「相手が話しかけたいときは、自由に気楽に話しかけてもらえる」
というような関係を作れれば、だいたいそれでいいはずでしょう。

そのためには、<話かけたいときには話しかけること>を実行するべきです。
例えるならば、関係に「潤滑剤を差す」ということです。
それは、「そういう関係を保とうね」と、相手と自分とを説得することに値します。
内容なんてどうでもいいし、すぐに途切れてもいいんです。
それで何らかの気持ちが伝わるし、その「気持ち」こそが潤滑材の主成分です。
潤滑剤を差すことを怠ると、その分だけサビが生じて、
関係が滞ってしまいます。そのぶん次からが大変になります。

また、相手からの働きかけがあったときは、
丁寧な態度で、真剣に耳を傾けるようにするといいでしょう。

いつもでなくても、ある程度定期的に潤滑剤が供給されていれば、
それだけの機能(=関係)はきちんと保たれるのです。
保たれている関係が自分にとってふさわしいコミュニケーション法であれば、
それでおよそ問題はないはずです。
人間関係以外のスポーツなどの活動のほうで、存分に個性を発揮しましょう。
そういうのも(非言語的な)コミュニケーションです。

実際、「一人グループ」「一人派閥(=無所属)」というのもありだと思います。
波長の合う同士が同じグループならば、合わない同士は別だということです。
であれば、「一人グループ」が誕生することも当然あります。
メンバーが一人だからと言って、その“グループ”を否定することもない。
内向型の人は、自分の世界を大事にする、つまり自分と仲が良いので、
「一人グループ」や「一人の輪」に、最初から所属しているんです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。遅くなってしまい申し訳ございませんでした。ひとりグループに属している、って肯定的に言ってもらえてちょっと安心しました。確かに、集まってしゃべっているだけがコミュニケーションではないし、スポーツによって人に訴えることもできますよね。でも自分には、潤滑剤を差すことが足りなかった・・・。結果として今、「自分が話したいときに話す、相手が話したいときに話しかけられる」の関係が成り立っていません。引退するまでに修復したいなぁ・・・。

お礼日時:2009/05/22 12:58

32歳の元営業職、現在は半自給自足と投資生活の男です。



無理に回りの雰囲気に合わせる必要はないと思いますよ。
個性なのですからほおっておけば貴方に合った人が自然に寄ってきますよ。

「絡みづらい」も、真面目でまっすぐな貴方に近寄りがたいのだと思います。ようはチャームポイントです。英語のチャームポイントのチャームはお守りという意味です。貴方の素の個性に惹かれる人を自然に引き寄せるためのお守りです。
貴方が変わるのではなく、自然に貴方の個性にあった環境になりますよ。

周りを気にするということは、逆を言えば周りに気配りができる素敵な個性でもありますよ。大切にしてください。

私も学校や会社など周りのペースに合わせることなく自分のペースでやってきて結果は良かったと思います。まぁ途中で貴方のように周りに合わせることに疲れを感じる時期はありましたが。

同期の人たちは周りの意見やマスコミの情報に流されてローンを組んで流行りのマンションや車を買って現在の不況で残業調整や臨時休業はたまたリストラで買った物を手放さなくてはならなくなっていっています。一方で私は多少不便でも現金で格安の別荘地に畑付きの家を買って経済がどうなろうとも自給自足も不可能でない安定した生活を送れていますよ。

相手に合わせないといけない場合も人生には多々ありますが、決して周りに飲まれて個性まで投げだしてはいけませんよ。今は辛くても結果は良くなります。ゆとりをもって合わせるところは合わせる、個性は個性でメリハリつけていけばいいと思いますよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。遅くなってしまい申し訳ございませんでした。自分にあった人が集まって、居やすい環境ができでくる、と思うととても安心できます。ただ合わないと思った人とは日常会話にも支障があるくらいなので・・・。私嫌われてるわ、ってオーラが出ちゃうんですよね。周りを気にすること、まじめなことをマイナスばかりにとらえないようにします。

お礼日時:2009/05/22 12:52

こんにちは、同じく男子学生のものです。



>ちょっと話しただけでも向こうに「絡みずらい」と思われているのが分かるので、余計話せなくなるという悪循環です。

こう思ってしまう理由はなんなのでしょうか?内容を読んだ中では、よっぽど過去になにかあったのかと思われますが・・・
たいていは考えすぎですよ?

後半の質問についてですが・・・
僕にも同じような体験がありました。それは壮絶でした(笑)毎日が地獄でしたもん。

そのとき僕は、新しい友達を作ろうと頑張りました。
無理に元の友達と仲を戻そうとすると逆効果になってしまう危険性があると考えたので・・・
新しい友達とは、明るい性格を維持し続けました。
元の友達とは控えめながら関係は消滅しない程度に維持して。
すると、不思議と雰囲気も変わるようで元の友達との関係も修復することができました。
ただ、それを気に入らないという人もいましたが・・・
無理に挽回しようとしても逆効果です。頑張りすぎると周りも引いて逃げてしまいます(これも経験ありです・・・)
一度壊れ欠けたものを元に戻すのは必然と時間がかかるものです。
気持ちは分かりますが焦ってはいけませんよ?

最後に、辛いこと・悩みは寝る前とかに考えましたね。日中とかに考えてしまうとどんどん暗くなってしまいますから。
僕の場合は考えてるうちに気づくと寝ていたってのが多かったので効果が良かったです。
そして、賛否両論ですが人によって(それが友達であっても)仮面を被ることも大事です。
「みんなと仲良くしよう!」
無理な話です。どんなにできた人物でもそれを好む者もいれば嫌う者もいます。

もしも質問の根本が間違ってしまっていればすいません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ございませんでした。過去に、特別なにかがあったわけではないんですよ。。小学校高学年くらいから「輪に入ってない!?」ってな~んとなく思ってたんですけど最近になって「悩み化」しました。今の環境で無理にするのは確かに引かれるかもです。新しい環境を模索してみます・・・。

日中に考え込むのはよくないですよね・・・でも頭から離れなくないですか??(><)なるべく夜に!という姿勢で生きます!

お礼日時:2009/05/22 12:49

>自分を変えたいです。


変更して好転するか悪化するかは五分五分です。
賭けとしてはリスキーと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ございませんでした。おっしゃる通り、まるっきり変更することは賢い選択ではない、むしろ出来ないのではと思うようになりました。

お礼日時:2009/05/22 12:41

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