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お葬式を見るとテンションが上がるのは私だけ?

お葬式が好きなんです。
喪服を着た人とか、飾ってある大きいお花とか見かけると、
気分が、フワ~ッと楽になる感じで、
うれしくなります。

お葬式のあの雰囲気も好き。
「お葬式」って、何か「悲喜こもごも」ってかんじで
おもしろおかしくて、
なんか笑いたくなってしまいます。


この感じ、何なのかずっと考えてたら、
日々、つらく苦しい毎日を生きていて、
「死」というものを考えた時に「楽」になるんです。

ちょうどため息をつくと、その後は呼吸しなくてもいい
「楽さ」があるかんじですかね~。

お葬式(他人の)を見るとテンションが上がるのは私だけですか?

A 回答 (9件)

たしか、漫画家の蛭子能収さんが似たようなこと(お葬式に出ると可笑しくて笑いたくなる)を言っていましたね。



また、江国香織さんの小説「清水夫妻」(新潮文庫「ぬるい眠り」収録)は、「他人の」葬式マニアの夫妻の話です。ご一読をお勧めします。

台詞の一部を抜粋します。

「お葬式って素晴らしいのよ」
「人間はみんな、そこに向かって生きているわけだから」

こんな感覚でしょうか。少数派だとは思いますが、異常だとは思いません。

生きるのは辛いことですから、時には死に憧れることもアリでしょう。本当に死にさえしなければ。

ただし、知人・身内の葬式では絶対に口に出さないことですね(^^)
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こんにちは。



自分は、お葬式よりは、結婚式という儀式にたいして
可笑しさを感じる方が多いです。

お葬式は、(毎日生まれてくる人もいれば)
亡くなる人も当然いるので、考えない日は
ないです。
たとえば今日誰かが亡くなったとしたら
その誰かの親族(親や子は特に)にとっては、この日というのは
忘れられない一日になるとおもうので
そういう一日一日が誰かにとっての特別な
悲しい日だったり、幸せな記念日だったりするので
そう言うのを考えると、深い気持ちになることは
あります。

自分は、誰かの死や自分の人生や死について、
考えない日は、ほとんど一日もないので
ほぼ毎日、死や生命の終わりについて、何らかの
形で思いをめぐらしているので、特別死というものを
悲しいと、ひとくくりにできない感じはあります。
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子供の「葬式=まんじゅう」に似た感覚と思います。


その他の事にもその感性を活かせたなら、寧ろ有益かも。
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普通の感覚とはとても思えません、ご不幸があった親族の悲しみを推し量った事は無いのですか。

非常に不謹慎、非常識だと思います。
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 今はそういう習慣もなくなりましたが、大阪の下町では私が小学生の頃・・・もう40年くらい前までは、近所の子どもたちにお菓子を配ってました。



 粟おこしが多かったんですが、グリコやポッキーなどの時もありました。
もちろん悲しむべきってことは子供心にも把握してましたが、そのお菓子をもらえることが嬉しくって。
お葬式があるって聞いたらワクワクしてました。

 で、今思えば、近所の子どもたちにお菓子を配るという行為は、亡くなった人のことを明るく賑やかに送るというような部分もあったのではないでしょうか。

 今と昔のお葬式(お通夜)の一番違うところは、昔の(今でももちろんそういう地方は多いんですが)お葬式は、隣組の祭りだったように思います。男性陣は受付に立ち、香典の計算をし、お通夜には一杯呑んで故人を偲びます。また女性陣は割烹着を着て、班長の家に集まりおにぎりを大量に握ります。

 いつの間にかお葬式が本当にセレモニーとなって、悲しい悲しい演出になってしまったことは否めません。 
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ご自分の親しい人のお葬式を体験したことないんですね。

幸せ者ですよ、ある意味。


>お葬式(他人の)を見るとテンションが上がるのは私だけですか?
あなたみたいな存在いることにまず驚きです。
けど、そういう人が1人でもいるってことは、たぶん同じような考えを持つ人が他にもいると思います。

思うのは勝手。ここにそういった書き込みをすること自体、(個人的に)腹立たしいですが、
外で「葬式って楽しいよね♪」なんて絶対に言わない方がいいですよ。頭のおかしい人だって、僕なら距離置きます。
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この回答へのお礼

う~ん。単に「楽しい♪」じゃないんだけど。

言葉にできない可笑しさ。

お礼日時:2010/09/24 23:39

その場には必ず、深い哀しみに沈んでいる方がいると考えて楽しむことは不謹慎だと感じます。


(私は。)

他人の死を楽しむ感覚は某女優が阪神大震災の時に被災者数を友達と賭けの対象にしていたというエピソードと重なりますね。

個人が公言することなく、密かに楽しむ分には葬式だろうが車に轢かれた犬猫散策だろうが自由なのでいいです。
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この回答へのお礼

ここの人たちはまじめくさってて、つまらん(^_^;)

お礼日時:2010/09/24 23:40

あなただけではないかもしれませんが、私は正直うれしくはなりません。


葬式を見ると「あぁ、あそこには「死」があるんだ…」と考えてちょっと沈みます。
葬式では遺体にはほとんど近寄りません。だってそれは「死」そのものみたいな感じがして、ちょっと怖いような感じがするからです。

pepelunaさんは毎日が苦しいですか…。でも私はいくら苦しくたって「死」という道は考えちゃいけないし、選んでもいけないと思ってます。苦しくてもいつかきっと報われる日が来ると思ってます。私たちは生きるために産まれて来たはずですから、pepelunaさんも「死」なんて考えないで前向きに生きていってください。
「死んだら楽」なんてことはないと思いますので…死んだことがないからわかんないんですけど…汗
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>「お葬式」って、何か「悲喜こもごも」ってかんじでおもしろおかしくて


この気持ちは一寸わかりますが笑いたくなる事は無いです。親しい人の場合は、いろいろと思い出して面白おかしくて、切ない、ですね。
単なる知人の場合は、逆に落ち着いているかもですね。

確かに泣いている人だらけではなく、故人そっちのけで同窓会の様な雰囲気になってる場合ってありますよね。それでも、話していれば笑いも出るけれど、やはり涙が出ますよ。
特に年齢が高くなると悲しいと思う気持ちもありますが、何れは自分もと「死」に対して若い頃よりも受け入れ易くなっていると言うか、「生」に対して執着が薄れて来ているのか・・・

私自身はテンションが上がると言うか気持ちが高揚する部分はあると思います。

通りすがりの全くの赤の他人のお葬式だったら何も感じません。
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