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男の生きがい、喜びとはなんでしょうか?

個人あるいは人間的(男性的、女性的)な趣向の問題としてではなく

たとえばゴルフが趣味ですとか、
ネットゲームが生きがいですとか
動物をかわいがることが喜びですとか
ましてやスウィーツが好きですとかそうゆうのではなく

男性ではなく男としての生きがい、喜びのようなものが
なんなのか、いまいち分かりません。

紳士的な行為をとることでしょうか?

何らかのイニシアティブをとることでしょうか?
たとえば、仕事、性行為、家庭内で、などのように

イニシアティブに関してはそれを力ずくでアドバンテージを
得ようとするとコミュニティーに亀裂を生みます

結果としてこの方法(イニシアティブをとる)から現代社会では
男(男性ではなく)は不要なものなのでは、、なんて考えにも
発展してしまいます。


私は昨今、言われているような草食系男子なんて
安易にはなりたくありません。

ただ、男、父性といったものが分からない故に、草食系
なんてやつにならざるを得ないのです


そこで、オレこそが漢であると思われている諸兄に
ぜひ男としての生きがい、喜びが何なのかお聞かせいただきたく
おもいます。

ちなみに、子孫をたくさん増やすという答えは私的には
生きがいではなく「役割」という認識でいます

A 回答 (5件)

オレこそが漢であるとは思いませんが、私見を一つ。


金・地位・権力・女などはいきがいではなく欲望・願望の対象でしょう。

イニシアティブをとるのではなくて「責任を負う」ことが私にとっての
「男のいきがい」かも知れません。
身近なところでは妻や子、老いた両親に対しての責任を、仕事の上では
私は経営者ですので従業員やその家族に、リーダーシップとは最終的に
全責任を負う者だからこそ発揮し得るものだと思います。

その責任の負う範囲の枠を、生涯に渡って少しずつ広げていければと願い
ます。町長ならその町の住民に、首相ならその国の国民に対してと負う責任の
対象が大きくなるだけなのかも知れません。
ならば独身者は責任を負わなくて良いのかというと、そうでもありません。
与えられた仕事や任務、あるいは約束に対して責任を負うことです。

たとえ妻と二人であっても、家族という最小単位の中で男はイニシアティブを
とるのではなく責任を負わねばなりません。
家を建てる、結婚をする、仕事を変えるなど大きな決定をする時に、妻に責任を
負わせられましょうか? たとえ失敗したり、目算が狂った時には責任を負える
者が必要でしょ。

男女同権や男女平等など、男が本来負わねばならない責任を女に半分負わせるよう
なもので、女性を決して幸せにはしません。いや別に男はえらそうにしろなんて
言いやしませんよ。むしろ普段はカカァ天下で恐妻家でも構わない。
最後の責任さえ負うのならね。何か大変そうで「生きがい」っぽくない?

いえ、責任を負えば少なくともその対象の者からは頼りにされます。
他人に頼りにされて、その期待を裏切らないこと、これも「男の生きがい」です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

 イニシアティブをとるのではなくて「責任を負う」
なるほどと思いました。
今まで責任という言葉をネガティブにとらえてましたが
回答下さった観点からの責任ってかっこいいと思いました。
 あと他人に頼りにされて、その期待を裏切らないこと、
 これも「男の生きがい」です。
そんな風に言える男に今後なってみたい!と思いました。

お礼日時:2010/10/23 22:17

これはねー…結構深い話なんですよ。


単一的なことじゃないと思うし、父性とか母性とか言うけど、あまり確定したものじゃないと思う。
敢えて言うなら「父性的、母性的」というもので「そう分類される感情」というくらいのカテゴリズムと思ったほうが良いと思うよ。

「甲斐性」って言葉を聞いたことあるかな?。
「男の甲斐性」なんて言うけどね。

それでその「甲斐性」というのを、いろいろな人に聞くと
「夏に上半身裸になれる」とかいうものもあれば、より精神的に「男だからこそ、道を拓けるのだ!」と仰る方も居る。
まるきりレベルの違う話だけど、特性としては同じだし、女性の中には「そんなのどーでもいいじゃん?」といって、話にならない場合もある。
上半身裸が「うらやましいな」と思うような女性もきっと居るはずだ(笑)。
そして、未開の地の開拓にまったく興味を示さない女性も居るだろう。

父性というものは結構「大まか」なものなんですよ。
だから、周りの情報から「そういうのがそうなんだ!」と受け入れることは、あまり良いことじゃないと思う。
そうじゃなくて、先輩たちの行動を見たりして、自分が「ジーン!」と感じるようなものが、つまり君にとっての「父性」であり「漢」なんでしょうね。
そして、それは何度変わっても良いし、刷新されるべき体験だから、どんどん感じていって欲しいな。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

もっともだと思います。
ただ最近のおっさ。。諸先輩方を見て感じ入れるような人が
いないのです。下にある回答に権力、金、女っていうのが
ありましたが、それらは、家庭内暴力、ギャンブル、こっそり
不倫の間違いじゃないのか?と言いたくなります。
その外、小利口にまとめてみる、仕事以外にやることが無いから
仕事が生きがいといってみたりと、、本人がそれが男の生きがいだ
というなら、それでいいんですが、、
すいません。思春期の少年のようなことをいって。。
 回答者様のおっしゃられるように、いざ刷新できるときに、
そうできるよう色眼鏡で人を見ないよう努力したいと思います。

お礼日時:2010/10/23 23:33

自分としては、後世に語り継がれる足跡を残す事です。


歴史的な発見、発明をする。
総理大臣になる。
などなど。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

後世に語り継がれる。これも男心を
くすぐられますね。

お礼日時:2010/10/23 21:35

金、権力、女



自分の力で世界を変えること
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この回答へのお礼

お約束の回答ありがとうございます。

(決して卑下しているつもりではありません。)

お礼日時:2010/10/23 21:32

おとこ、男、漢の・・・生きがい、喜びですね。



それは『何かを極める、
またはそうしようとする気概を持ち続ける』事と
と表現してみたい・・・ですね。

何かを極める、つまり『道』を極める。

武道(柔道、剣道・・・)、芸道、学道(学問)・・・、
具体的にはなんでも結構だと思います。

『道』を『タオ』と呼んでくださっても結構です。

『男道、漢道』なるものも、存在するかもしれませんね。

何れにせよ、それらを極めた時、『達人』です。

しかしそこで終わりではありません。

それらの『臨界点』に達しても、先があります。

その臨界点を超えた時、『超人』です。

超人=人を超えた存在、を意味しますから、
その時点で『ひとでも男でも女でもなくなる』でしょう。

それらには常に克己する事が要求されます。

いつでもどんな状況でも『己に克つ』心持でいられるかどうか?

それらに向かって、例え道半ばで倒れようと、
『ドブの中でも、前のめりにその方向に少しでも手を伸ばして・・・』、
そんな『気概、気持ち』を持ち続ける・・・
それが男であり漢ではないでしょうか?

そして、その状態を『生きがい、喜び』と感じられるかどうかが、
『おとこの真価』なのではないでしょうか・・・?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

超人。。はともかくとして、極める。
という言葉は男心をくすぐられました。

お礼日時:2010/10/23 21:24

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