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私はクリスチャンになって4年目です。
新約聖書はすべて通読したのですが、旧約聖書がとても退屈で読みきれません。

特に
レビ記、民数記、申命記、ヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記、列王記、歴代師、エズラ記

ネヘミヤ記、エステル記までが、さっぱりわかりません。

それぞれに関して、簡単に説明できる方いませんでしょうか?

深い話をされてもわかりませんので、簡単にでかまいません。

クリスチャン暦4年目なので、そろそろすべて通読したいと思っております。

ぜひ、よろしくお願いします。

A 回答 (9件)

(直接的な答えでないのであくまでアドバイス程度で聞いてください)




その気持ちはとてもよくわかります。

私も、ほとんどの旧約は楽しく読めるのですが、レビ記だけは苦手でしょうがありません。
延々と律法の説明が続き、含蓄の深い言葉が何もないような印象さえあります。
(私は一年に一回は旧約から新約まで通読することにしています。)

なぜ、それほどまでに聖書を読むことにこだわるかというと、
それを読んでいると、もっとも苦しいときに聖書の、もっとも適切な
一節が、自然に思い浮かんできて、私を救ってくれるからです。

そして、レビ記のような、何の役にも立たないと思われるのに、なぜ読むのかというと、
聖書には基本的に、
「大切なところは字数をかけて、何度も説明される。」
という原則があるからです。
つまり、一部を抜き出して読むのではなく、全体を通読することにより、どこが重要かを
正しい感覚でつかむことができるからです。

(とは、いいますが気に入ったところを何度も何度も読むというのも悪くないと思います。
その人の抱えている人生の課題によって、聖書で必要とされる言葉というものは
変わるし、年齢によっても変わると思います。)


また、「進展していく記述の原則」というのもあり、最初に曖昧に記述されて
いたものが、後になるに従って、その意味をはっきりとつかめる様に記述されます。

これは、クリスチャンの人生にも当てはまると思います。
つまり、最初はその重要性が分からなかった個所も、
年齢を経るに従ってその重要性が分かってくる場合があるのです。

だから、つまらない個所があっても、とりあえずつまらないなりに読めばいいと思います。
そのあとで、少しずつ面白くなってくると思います。

参考まで。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

私は→「それを読んでいると、もっとも苦しいときに聖書の、もっとも適切な
一節が、自然に思い浮かんできて、私を救ってくれるからです。」
上記に期待をして読みたいと思っております。

また、それこそが、クリスチャン人生の醍醐味でもあると
私自身思うからです。

お礼日時:2011/04/09 18:46

zakky74でございます。



>イエスキリストの観点になりきれている?というと難しい面がございます。
>私たちの罪はイエスキリストの死によって購われた。くらいなものです。観点とは言えませんよね?

そうですね。

観点というのは、観察するポイントの事です。
観察する出発ですね。どこから観察しているのか?

ですので、イエスキリストの観点・・・といったときには、イエスキリストになって、観察するという事です。イエスキリストになって、歩く・ご飯を食べる・質問をする・微笑む・・・などです。イエスキリストになる・・・という事が、イエスキリストの観点になっていると言えます。

>一応、新約は通読し、礼拝には通っておりますのでその中で聞く範囲のことしかわかりません・・・。

新約聖書を読むときも、礼拝に通う時も、そうです。

mitu722さんで、新約聖書を読んだり、礼拝に通うのでは、彼の血と汗と涙は分かりません。彼の事は分かりません。真に重要なのは、観点がイエスキリストそのものになる事です。

その状態で、旧約聖書を読んでみます。当時彼がどんな事を思っていたのか、彼が何を観ていたのかが鮮明になります。そうでないなら、暗記の要領で接する事になりますが、それは何とも退屈でしょう(笑)?理解なき暗記ですから、この時代への応用・活用も無理です。

>お答えになっていないですよね。

いえいえ、とても参考になりましたよ。

主題「旧約聖書が退屈です。」に続いて、
>クリスチャン暦4年目なので、そろそろ

と書かれていますが、僕は動機が間違っていると思います。

その出発の心では、旧約聖書は読めませんし、例え読んでも退屈でございましょう。重要な事は、イエスキリストの観点になって旧約聖書と出会う事ではないでしょうか?

また、イエスキリストになって新約聖書と出会い礼拝を行う事ではないでしょうか?

時間は関係ありません。

生きる姿勢・態度であり、向き合う姿勢・態度です。
読みたいときは、読みたい心が創られているものです。

それは、mitu722さんがご自身で創るのではなく、イエスキリストの観点になるから自然と創られてくるものです。その姿勢・態度が出来上がるまで、僕は無理に旧約聖書に触れない方が良いと思います。

回り道になるからです。

僕からの代案は、イエスキリストそのものになるまで新約聖書・礼拝を行い続ける事ですね。そうするうちに、自然と旧約聖書に心が移動します。彼の観点では、明確に繋がっておりますから。

それこそが旧約聖書への真っ直ぐな道です。

イエスキリストを知るために、旧約と出会うのではなく、イエスキリストだから旧約と出会える、というシチュエーションが宜しかろうと思います。

如何でございましょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

貴殿がおっしゃっているのは、霊的な人間になれ!
そうすれば、おのずと旧約聖書にも導かれるとのことなのでしょうか?

お礼日時:2011/04/09 18:50

あまり勉強しないクリスチャンです。

若いころ教会の婦人会で通読したのだけれどすっかり
忘れています。だいぶ前に読んだ本で、小説聖書「旧約篇」ウオルター・ワンゲリン神学者作
徳間書店中村朋子訳が面白く人間をいきいきと描き、旧約に親しみを持たしてくれます。
詩篇も礼拝で交読文として読むだけでなく、歴史や作者など背景を意識したいと思います。
ご一緒に頑張ります。
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この回答へのお礼

ご意見まことにありがとうございます。

お礼日時:2011/04/09 18:51

カトリックのクリスチャンのものです。



回答になってなくて恐縮ですが、個人的にはこちらの本をオススメします。

『人生に光を―旧約聖書編〈1〉』

『知恵の光を―旧約聖書編2 預言者と教訓書』

ガエタノ コンプリ著


旧約の教えの要点を分かりやすく解説しています。また、新約で実現する預言の解説や福音との関係についても書かれており、とても読みやすいです。
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この回答へのお礼

ご意見、まことにありがとうございます。

読んで見たいと思います。

お礼日時:2011/04/06 15:59

私の英語で綴られた覚書から簡潔に訳しますので、日本語としてはおかしいところもあるかもしれません。

ご容赦願います。

レビ記

A)神聖なる神への礼拝の方法。。。犠牲、神官、一般人、祭壇に関する指導書。
B)神と共に生きる方法。。。。。。。。一般人の生活規範、神官の規範、祭日について。

民数記

A)1:1-10:10...カナンの地へ向かう出発の準備
B)10:11-14:45...人々の信仰の薄さから、約束の地へ入ることが出来ない。
C)15:1-21:35...荒野をさまよう。14,000人がなくなる。
D)22:1-36:13...カナンの地へ近づくが、モアブ人、ミディア人達との対立が起こる。

申命記

A)1:1-4:43...モーゼから人々へのメッセージ(その一) 神は何をしてくれたか。
B)4:44-29:1...    同上   (その二)  十戒から始まる律法の一部。
C)29:2-30-20...  同上   (その三)  神への服従を説く。
D)31:1-34:12...モーゼの最後の日々。彼は生前、カナンの地に入れない。

ヨシュア記

A)1:1-5:12...約束の土地に向かってヨルダン川を渡る。
B)5:13-12:24...約束の土地をめぐっての戦い。
C)13:1-24:33...約束の土地を種族に分け与える。

士師記

A)1:1-3:6...約束の土地を守るための戦略の失敗。
B)3:7-16:31...オサニエル、エハッド、シャムガー、デボラ、バラク、サムソンなどの事象。
C)17:1-21:25..ダン種族の偶像崇拝、ベンジャミン種族との戦い

ルツ記

モアブからとついで来たルツが、夫を失っても義母(ナオミ)と共に住み、土地の有力者(実はジェリコからやってきた娼婦の血筋)のボアズと再婚し、やがてその後胤にイエスを出す。

サムエル記(1)

A)1:1-7:17...サムエルの出生と子供時代;預言者イライ;フィリスタインとの戦い
B)8:1-15:35...サムエルとサウル王:神は不信心なサウルを拒絶する
C)16:1-31:13...サウル王とダビデ:サムエルはダビデを祝福する。ダビデとゴリアテの戦い、サウル王はダビデを殺そうとするが失敗して背走し、死に到る。

サムエル記(2)

A)1:1-10:19...ダビデの栄光:版図を拡大する。
B)11:1-24:25...ダビデの挫折:人妻バテシバに懸想し、手に入れる。;家族の不和;国内に一揆が起こる;晩年

列王記(1)

A)1:1-11:43.。。統一王朝:ソロモン王の賢さ;神殿の建設;ソロモン王の繁栄と失脚
B)12:1-22:53...分裂王朝:イスラエルとユダヤそれぞれの王の系譜;預言者エリヤ

列王記(2)

A)1:1-17:41...預言者エリシャ;イスラエル王国の陥落(アッシリアによる)
B)18:1-25:30...ユダヤの王の系譜;バビロン捕囚

歴代記(1)

A)1:1-9:44...イスラエルの種族の系譜;バビロン捕囚からの帰還
B)10:1-29-30...ダビデ王の統治

歴代記(2)

A)1:1-9:31...ソロモン王の統治:神殿の建設
B)10:1-36:23)...ユダヤ王国の王達とバビロン捕囚

エズラ記

A)1:1-6:22.。。ゼルバベルに伴われたバビロンからの帰還と神殿の再建
B)7:1-10:44...エズラに伴われた帰還と近親結婚の禁止

ネヘミア記

A)1:1-7:73...ネヘミアがイスラエルに帰還し、とりでの壁を築く。
B)7:73-13:31...ネヘミアが神との契約を新たにし、政策も担当する。

エステル記

バビロン捕囚の間に、ペルシア帝国の王妃となったエステルが、王の補佐官であるハマンのユダヤ人殲滅の陰謀を、勇気を振り絞って、退けるお話です。



以上、要約でした。ルツ記とエステル記は、私の心の支えです。(女性であるため。)一方、列王記に出てくるイゼベルは悪女の中の悪女で、恐ろしい最期を遂げます。

カタカナの振りが違っているかもしれませんし、ノートのとり違いのこともあるかもしれません。確かめながら、読み進んでみてください。

検討をお祈りします。
























             


       
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

上記を頭に入れつつ読んで見たいと思います。

お礼日時:2011/04/06 17:46

レビ記ってのは祭祀職にまつわる規定。


イエスがエリコの住民を女子供も皆殺しにして土地を奪い、12支族で盗んだ土地を分け合いましたよね。
それぞれの部族はもらった土地で暮らしていた。
ですが、イスラエル人って12+1支族ですよね。
レビ族だけは土地をもらわず、各部族の中に散って、独占で祭祀職をした。
神はレビ族以外のものが、祭祀職をすることを許さなかったので、今でもアフリカの辺境の地のシナゴークでは、祭祀はアロンのDNAの血筋のみらしいです。
そんなことがレビ記に書かれています。

申命記は。。。。うーーん リーダーに関しても取り決めだったような。
ヨシュア記は、、わたし いっつも何で統一しないの って思うんですね。
イエシュアというのがヘブライ語に近い発音、だからヨシュアもジョシュアもイエスも同じ。
まあ 国によってイエスだったりイエズスだったり、ジーザスだったりヨシュアだったりクリスチャンネームの発音が違うのはわかるんですが、なんで日本語訳で、同じ名前を旧約では<ヨシュア>で、新約だと <イエス>って訳に違いをつけているのだろうって思うんです。
バラバ・イエスは父の子イエス または神の子イエスなわけで、、、、、
別人ですが同名で、なんでイエスを神の子イエスと表現して、イエスの変わりに釈放されたイエスは、バラバ・イエスって翻訳したんだろう?って思うんです。
別人って扱いにするため、翻訳を変えたのだと思いますが、、、前者が神の子イエス、後者も神の子イエス 同名でいいじゃん って思う。

イエスが救世主だと期待された理由は、ヨシュア記のイエスのように、強盗して欲しかったから。
ヨシュアのように敵とするものを皆殺しにして、植民地となったユデアを取り戻して欲しかったから。

土師記ってのは、日本でも土師っていました。
帝が崩御したとき、仕えていたものも殺して埋葬されていたので、身代わりの土偶を作って、帝の墓に入れるように提案した人。
立場的には、、、秘書みたいなもん? そのなりたちとか役割について書かれていたと思う。

まあ どうしてそういう決まりになったのかが書かれたもの。

聖書は旧約聖書の簡略版で、意味がわからないときは、旧約のどの部分に当たるか調べればいいわけです。
結局 旧約をわかりやすく身近な例をとって解説したものが新約聖書。

ヘブライ語って、まず解説があるんですね、その後に イコールの言葉が続き、解説の簡略版が騙られる。

A=A' みたいな形式で語られる。
=より前が解説書、=より後が、前を短くしたもの。
イコールの部分が、「はっきりいっておく」という言葉。

新約聖書を読めば そういう構造だってわかると思います。

で、聖書を読むとき、旧約を読んで、それと同じ内容のものが書かれた新約を読みません?
旧約の部分がイコールより前で、新約の方が旧約の簡略版。
内容は同じ。

聖職者として将来なるひとに、教えるとき、身近なたとえ話をして、旧約を解説していたってわけです。
だから、新約聖書は何一つ新しいものは無いんです。
内容は旧約と同じ。

ただし、新約は簡略版なので、旧約全部ではない。
ほんの一部。
ぶあつさがぜんぜん違うでしょ?
で、あまりにも簡略すぎて、新約を読んでもわからないわけで、結局新約で書かれたものを理解するには、旧約ではどのように解説されているかを知るしかないわけです。

新約だけ読んでわかるはずが無い。
旧約を知っている人が新約を読むと、すらすらわかるが、新約しか知らない人は、新約がちんぷんかんぷんになる。

もしかして、福音書ではなく二枚舌でイスラエル人をローマに売り飛ばし神殿を破壊させたパウロの書いたものを読んでいるのなら、あれは裏切りものパウロの新興宗教ですから読むに値しない。
はっきりいってパウロの書はゴミです。猛毒です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

そうですね。
よく、礼拝や祈祷会などでは、新約と旧約を照らし合わせて
説教しているところをよく聞きます。

お礼日時:2011/04/06 18:13

それぞれ、ウィキペディアで調べとけばいいと思います。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%93% …
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この回答へのお礼

なるほど・・・!!そんな方法もあるのですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/06 18:06

新約聖書を通読したのでしたら、新約聖書と旧約聖書との繋がりから読み深める事をおススメしたいと思います。

特に新約聖書は、イエスキリストを外して語れるものではございませんから、イエスキリストの観点をどこまで理解されているかによって旧約聖書の味わい深さも変わってくるかと思います。

そこで尋ねてみたいのですが、mitu722さんはどこまでイエスキリストの観点になりきれていらっしゃいますか?mitu722さんのお応えを受けまして、僕なりに思う事をお伝えしようかと思います。

この回答への補足

イエスキリストの観点になりきれている?というと難しい面がございます。

私たちの罪はイエスキリストの死によって購われた。くらいなものです。
観点とは言えませんよね?

一応、新約は通読し、礼拝には通っておりますので
その中で聞く範囲のことしかわかりません・・・。

お答えになっていないですよね。

補足日時:2011/04/06 18:02
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旧約聖書はユダヤ民族の歴史にもかかわる書物なので、ユダヤの歴史についての基本的な知識は必要かと思います。

そうでないと、そこで語られていることが、全体の中に位置づけすることが困難であったりしますから。
ですから、簡単で大雑把な歴史の解説書を適当に読んでおくことと、旧約聖書に関する通俗的な読み物を読んでおくと、ポイントがつかめて、部分的に興味を覚えたりする箇所が出てくるかもしれません。

私はキリスト教徒ではありませんが、かつて初めて通読した時、なんて退屈な経典なんだろうかと思ったことがありました。
何しろ 「経典」 ですから、小説などとはわけが違うわけです。
無理に全部を読まなくても、興味の持てそうな部分から先に読んでみるという手もあるかもしれません。それには、全体的な見取り図のようなものが頭の中に出来るように、やさしく書かれた書物を手掛かりにした方がいいのではないでしょうか。

また、宗派にもよるかもしれませんが、「経典」 と名のつくものは、なじみにくく読みにくいという面もあるでしょう。
何しろ現代とはかけ離れた古い時代の書物なわけですから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

大変納得しました。

詩編や箴言などは、読んだことがあるのですが・・・。

感謝します。

お礼日時:2011/04/06 18:05

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