「竹取物語」の作者には従来・源順などいろいろな説があると思うのですが、最も有力な説はだれなのでしょうか?
また、その人物についてのプロフィールなどあればおしえてください。

A 回答 (2件)

 こんばんわ。


 残念ながら,有力な作者は不明だそうです。
 源 順,僧正遍昭,源 融,紀長谷雄,菅原道真,紀長谷雄,空海,その他の説があります。
 作者は男性であろうと言うことの他は一切不明という他はありませんが,古くは源順(みなもとのしたごう),近代にいたって和歌の作風から僧正遍照(そうじょうへんじょう),その関連から漢文体『竹取物語』を前提として空海,などが取り沙汰されてきました。
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この回答へのお礼

どうもありがあとうございました。

お礼日時:2003/11/03 00:21

「竹取物語」の作者は誰が作者であるとは断定できないようですね。


下記のサイトに大変詳しく解説してありますので、
長いですがお読み下さい。
http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-64.html

参考URL:http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-64.html
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
詳しいですね。随分と。

お礼日時:2003/11/03 00:20

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Q竹取物語

昔、竹取物語の映画(アニメ)をみたことがあるんですが、今ビデオとかで
みれる、竹取物語の映画ってないでしょうか?
なんか、急にみたくなったんです。

Aベストアンサー

東宝で実写映画化された「竹取物語」がビデオ化されているはずですが、レンタルショップで見つかればいいのですけど・・・。

参考URL:http://cinema.media.iis.u-tokyo.ac.jp/movie.cgi?mid=2414

Q作者が批判する人物像を一人称の語り手の持続的対話相手にするのは論理的に不可能?

作者が批判/侮蔑する人物の造形については、三人称の語り手でならばできるとしても、一人称体での語り手の持続的対話相手としてはできない、と論理的に言えるでしょうか? 現実世界でも長く相手にしてはいられない相手ですしね。また、造形できるということは、その人物の存在形式を理解できるということですので、結局、批判はできないということになりますからね。できれば、具体的な反証例作品を示していただけると嬉しいです。

Aベストアンサー

まず、前提として、一人称を用いると、作品全体が「要約」に傾く傾向があります。
たとえばシャーウッド・アンダーソンのいくつかの短篇「卵」「女になった男」「森の中の死」などではほとんどかぎかっこでくくられた会話というものがありません。こういう中では、一人称の話者が、他人の声を吸収し、要約して話をしています。

現実にわたしたちが誰かの話を伝えるとき
「Aさんったら、自分が行くと言っといて、実際にあとで奥さんに聞いてみたらゴルフに行っちゃったんだってさ、ひどいよね」
という言い方をしても、わざわざ
「Aさんはね、『よし、自分が行く』と言ったの。でも、あとで奥さんに聞いてみたら『うちの主人はゴルフに行きましたよ』ですって。ひどいよね」とあまり言わない。これと同じです。

ですから、一人称の語り手=主人公である場合、持続的会話相手をあまり必要としない、と考えることができます。それでも出てくるときは、作者が意図して仕掛けをしている場合です(このケースに関してはのちほど)。

それに対して、シャーロック・ホームズにおけるワトソンのような、『グレート・ギャツビー』におけるニック・キャラウェイとジェイ・ギャツビーのような、主人公≠語り手のケースでは、作中の語り手の目的は、主人公を読者に紹介することにあるのですから、主人公との会話は大きなウェイトを置かれます。

ただし、このときの語り手の役割というのは、小説中の人物を、全能ではない語り手の偏ったレンズを通して眺めさせることによって、まるでその世界が現実であるかのような体験をさせることにあるわけです。徐々にあきらかになっていく手がかりとともに、この語り手は読者とともに発見を続けていくわけです。

こういう小説であれば、この主人公がいったいどのような人間であろうが、造型可能であるように思えます。たとえば、コンラッドの『ロード・ジム』におけるロード・ジム。これは第五章から最後までを受け持つ、語り手であるマーロウ自身が、信頼できない語り手であるために、最後までロード・ジムの人物像は、確定を逃れます。けれども物語はその「行動の卑怯さ」をめぐって進展していく。
あるいはフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』のジェイ・ギャツビー。
考えてみて、一番悪人っぽいのはドストエフスキーの『悪霊』の主人公スタヴローギンでした。

ただ、この場合、主人公の造型論とも重なってくるのですが、「作者が批判する人物像」を主人公に据えることができるのだろうか、という疑問が生まれてきます。
たとえそれが社会通念から逸脱する人物であっても(たとえば『ロリータ』のハンバート・ハンバートのように)、むしろその精神においては「好きにならずにはいられない」点があるのではないか。そうして、語り手の発見は、そのプロセスではないか、と考えられるのです。

これに関しては長くなるので詳しくは述べませんが、わたしたちは読書をするときも、現実の倫理的判断を作中人物に当てはめて読んでいくわけです(ここらへんはイーザーの『虚構と想像力』が頭にあります)。作者の側はそれを前提としつつ、造型を行っていく。

ときに、わたしたちの倫理基準が、イデオロギー、特定の時代・特定の社会状況に当てはまるものでしかないことを浮かび上がらせるために、不快な主人公を造型することもありますが、むしろ、問題があるのは、不快なはずの彼よりも、そう見てしまうわたしたちにあるのではないか(たとえばカミュの『異邦人』のように)。あるいはスタヴローギンのように、彼のありようそのものに、当時のロシアにおける知識人(の一部)を象徴させているともいえる。その主人公を通して、わたしたちは当時の情勢や人びとの思想、宗教の問題と向き合っていくわけです。

そういうふうに考えていくと、

> 作者が批判する人物像を一人称の語り手の持続的対話相手にするのは論理的に不可能?

という問いに対しては、
論理的には不可能ではないが、実際にはあり得ない、ということになると思います。

さて、つぎに主人公=語り手である場合を考えてみましょう。

これは可能です。
ピカレスクロマンを考えてみればよいのです。

ピカレスクロマンというのは、「十六世紀スペインに起源をもち、主人公は愉快な浮浪者あるいは無頼漢で、自分の生活と冒険をかなり自由に挿話的な形で語っていく小説」(バーバラ・A・バブコック『さかさまの世界―芸術と社会における象徴的逆転』岩波書店)ですが、かならず「一人称」という形式を取ります。

ピカレスクロマンは諷刺小説の一種ですから、社会規範や制度は、作品においてきわめて重要な役割を果たします(つまり、ピカレスクロマンの作者は、現実の社会規範や制度に対して、きわめて意識的であるということになります。たとえば『時計仕掛けのオレンジ』のアントニー・バージェスのように)。そうして主人公はそこからの逸脱者であるわけです。この意味で、主人公は作者の意図する理想像から最も隔たったところから出発します。

というのも、「正しい」主人公が正しい行動をするような作品は、実際には「道徳の教科書」となってしまうからです。

逸脱者は底辺から出発します。そうして、作品の最後で、新しい向上した地位を得て、社会秩序に合流するのではなく、「半-アウトサイダー」として「真に周辺的な立場をえらぶ」ことになるのです。

その彼にパートナー(ドン・キホーテにおけるサンチョ・パンサのような)がいれば、それは「持続的対話相手」ということになります。ピカレスクロマンにおいては、持続的対話相手もかならず「作者が批判する人物像」ということになります。

実例ということでバブコックもあげているのは、映画の《アウトサイダー》でのジャック・ニコルソンとピーター・フォンダなんですが(もともとピカレスクロマンはスペインが発祥の地なので、その作品の多くはスペインのものなのです)、これを作品にしたものでわたしが思いだしたのは、オーストラリアの作家 Peter Carey の“War Crime”なんですが(オタクっぽい外見を持つ会計士で頭の切れる主人公と、ヘヴィメタの耽美派っぽい格好の相棒が企業を相手に「戦争」を仕掛ける話)、ちょっとこれはマイナーすぎるかもしれません。

そこまでペアというわけではないのですが、チャールズ・ジョンソンの『中間航路』なんかどうでしょうか。
主人公のラザフォード・カルフーンは、ピカロの要素をきちんと備えた人物です。
そうして主人公が乗り込むことになる奴隷船の船長エベニザー・ファルコンがその相手になるかと思います。

ほかには、このピカレスクロマンはいわゆる「純文学」ではなく、エンタテインメント系に受け継がれていっていますから、その分野を探すと結構あるような気がします。

以上長くなりましたが、何らかの参考になれば。

まず、前提として、一人称を用いると、作品全体が「要約」に傾く傾向があります。
たとえばシャーウッド・アンダーソンのいくつかの短篇「卵」「女になった男」「森の中の死」などではほとんどかぎかっこでくくられた会話というものがありません。こういう中では、一人称の話者が、他人の声を吸収し、要約して話をしています。

現実にわたしたちが誰かの話を伝えるとき
「Aさんったら、自分が行くと言っといて、実際にあとで奥さんに聞いてみたらゴルフに行っちゃったんだってさ、ひどいよね」
という言い...続きを読む

Qかぐや姫が主人公のはずなのに『竹取物語』???

・・・竹取物語ってなんで竹取物語でしょう。この物語で「竹取」とよばれるのは例の翁です。主人公はかぐや姫のはずなのに、どうして「かぐや姫物語」ではないの?・・・

竹取物語に関するレポートが出されていて、色々調べ物をしたのですが、ネットでこんな質問を目にしました(どこかの大学のシラバスに書いてありました)。
レポートの内容には含めませんが個人的に気になったので質問させていただきます。
確かにこの質問のとおりですよね?わかる人いらっしゃいましたらご回答お願いいたします。

Aベストアンサー

 むかしの物語には題名がわからないものが多く(なかには失われてしまったものもあるし、もともとないものもある)、しかしそれでは不便なので、通称がつけられています。これが固定化すると現在のような題名になるわけです。
 王朝物語でいちばん多いのは主人公の名前をとったもので、伊勢物語の在五中将物語という古名や平仲物語、源氏物語、狭衣物語、浜松中納言物語などがあります。
 これに対して、物語冒頭の一文をそのまま使って通称をつける場合があります。「夜半の寝覚」などがその典型例ですが、竹取物語もこの一種で、冒頭におじいさんのことが書いてあるので竹取物語という通称が出たのではないかと思われます。
 冒頭の文章で題名を決めるのは漢文によくある方法で(論語の章の名前がこれ)、それが日本にも入ってきたものだと思います。ずっと下って漱石の『吾輩は猫である』もこの類で、漢文が得意で、題をつけるのが苦手だった漱石の苦心の名案のようです。

Q源氏物語と平家物語比較

こんばんは。社会人になって古典に目覚めだしたものです。
私は恥ずかしいことに、中学校くらいまで、源氏物語は源平の戦い、
の源側を書き綴ったものと思い込んでいました。作品を知ったら、
拍子抜けしました。一方は小説、一方は軍記、、。

ところで、上記二大作品について中国人にどちらが日本では評価されているか、と聞かれました。私と同じように考えていたそうです。読者層では前者のような気がしますが、
それぞれのジャンルが異なるので、単純比較できません。

そこで、人格形成、という点ではどちらがより影響の度合いが高いか、という観点で比較してみたらどうかと思いました、ちょっと強引な基準設定ですが、、そう仮定すると、「平家」を選んでしまいます。

私もほとんど読んでいませんが、、「平家」に惹かれています。
平家琵琶の演奏を聴くとなおさら没頭しそうです。

Aベストアンサー

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだけで謙虚な気持ちになるということもありますが、何よりもまず頻出する「死の語り」が平家を推す最大の理由です。

「常々、彼(司馬遷)は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有っていた。これは長い間史実を扱っている中(うち)に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。」(中島敦『李陵』)

これと同じことは「死」についても言えると思います。(ちょっと断っておきますが、ここでいう「死」とは、間近に迫まる避けられない死を意識したときの人間の態度や身の処し方のことです。ぽっくり死ぬとか苦しんで死ぬとかいう死に方の意味ではありません)
よく「死に様(ざま)にはその人の生き様が容赦なく現れる」などと言いますよね。確かにガンの闘病記や終末期医療に携わる人たちの本から、死を間近にひかえた患者さんたちのありようを窺うと、なるほどと実感される言葉なのですが、平家を読んでいてもやはり同様の印象を受けることができます。

もちろん平家は史書ではなく叙事詩に分類される古典ですから、「作者」が(死を記録するのではなく)死に様を描くことによって人物を色付けているとも言えるでしょう。また作者が此岸や彼岸にうるさい中世の人間であってみれば、そう考えるほうが自然だとも言えそうです。
しかしそれならばなおのこと、侍や悪僧の死に際にみられる人間模様がこの古典の読みどころとして際立ってくるのではないかと思います。
言うまでもなく、作者は死に様にその人物像を集約しようと努めるはず、だからです。

「人間は刻々に死につつあるので、別に、死という特定のものがあるわけではない。刻々の死を終える時があるだけだ。従って、刻々の死を意義あらしめるためには、刻々の生を、最善を尽くして生きねばならない。それを全うした者にのみ、よき“終わり”がめぐまれる」(新潮45・編『生きるための死に方』・野口晴哉という整体の先生の言葉)

もともと生き様が反映されやすい死に様、そして作者(小林秀雄風に言えば「個人を越えた名手」)が健筆にいっそう力を込めたであろう死に際、それが頻出する古典が平家物語である、というのがお題目を念頭に置いた上での私の見方です。
この観点から結論を述べますと、様々な死のあり方(文学的に気取れば「運命のうねり」とでも言いましょうか)を通して、その対極でもあり背中合わせでもある自己の生き様に目を向ける習慣を獲得することが、おしゃるところの「人格形成」に通じるといえば通じるのかなあと考えます。
そのようなわけで平家かなと。


ちなみに私が真っ先に思い浮かべる死に際は「先帝御入水」における平知盛の次の振舞いです。

さる程に、源氏の兵(つわもの)ども、平家の船に乗り移りければ、水手楫取(すゐしゆかんどり・=船頭水夫)ども、或いは射殺され、或いは斬り殺されて、船を直すに及ばず、船底に皆倒れ臥しにけり。新中納言知盛の卿、小船に乗つて、急ぎ御所の御船へ参らせ給ひて、「世の中は今はかうと覚え候。見苦しきものどもをば、皆海へ入れて、船の掃除召され候へ」とて、掃いたり、拭(のご)うたり、塵拾ひ、艫舳(ともへ)に走り廻つて、手づから掃除し給ひけり。女房たち、「やや、中納言殿、軍(いくさ)の様はいかにやいかに」と問ひ給へば、「ただ今、珍しき東男をこそ、御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑はれければ、「何でふただ今の戯(たはぶれ)ぞや」とて、声々に喚(おめ)き叫び給ひけり。【角川文庫版より】

文字通り修羅場なわけですが、このぎりぎりの場面での船内清掃とは妙な行動ではあります。しかし一方で、遺体の清めや死装束・死化粧の施し、あるいはまた、末期ガンを告知された人がするであろう身辺整理、そういったことを想起させる行動ではないでしょうか。
清めた船が「御所の御船」ですから、そんな寓意が込められているのかもしれませんね。
ともかくも、死を、一族の滅亡を目の前にした男が、修羅場でとっさにみせた「死に支度」に武将としての品格を感じさせ、印象的です。

この場面、頼山陽の『日本外史』では漢文らしい簡潔さでこう記されています。

義経、乗輿の在る所を知り、軍を合せて疾(と)く攻む。知盛及ち帝船に赴く。諸嬪迎へて状を問ふ。知盛大に笑つて答へて曰く、「卿(けい)ら当(まさ)に東国男児を睹(み)るべきのみ」と。一船皆哭す。知盛手づから船中を掃除し、尽く汚穢物を棄つ。時子及ち帝を抱(いだ)き、相ひ約するに帯(おび)を以てし、剣璽(けんじ)を挟(さしはさ)み、出でて船首に立つ。帝時に八歳、時子に問うて曰く、「安(いづ)くに之(ゆ)くか」と。時子曰く、「虜(りよ)、矢を御船に集む。故に将(まさ)に他に徙(うつ)らんとするなり」と。遂に与(とも)に倶(とも)に海に投じて死す。【岩波文庫版より】

逆に饒舌な『源平盛衰記』ではこん感じです。

さる程に源氏の兵共、いとど力を得て平家の船に漕ぎ寄せ漕ぎ寄せ、乱れ乗る。遠きをば射、近きをば斬る。竪横散々に攻む。水手(かこ)・かんどり、櫓を捨て、梶を捨て、船を直すに及ばず、射伏せられ、切り伏せられ、船底に倒れ、水の底に入る。中納言は、女院・二殿などの乗り給へる御船に参られたりければ、女房達、「こはいかになり侍りぬるぞ」と宣ひければ、「今はともかくも申すに詞足らず。かねて思ひ儲けし事なり。めずらしき東男共をこそ御覧ぜんずらめ」とて打笑ひ給ふ。手(てづか)ら自ら船の掃除して、見苦しき者共海に取入れ、「ここ拭(のご)へ。かしこ払へ」など宣ふ。「さほどの事になり侍るなるに、閑(のどか)なる戯言かな」とて、女房達声々をめき叫び給ふ。【新人物往来社】

ついでにハーンの『耳なし芳一』から。

More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise―now remembered as Antoku Tenno.

何か長いんですけど、三人しか回答してなのでご勘弁を。

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだ...続きを読む

Q竹取物語について

竹取物語の原文について

竹取物語の原文の読みが自分で考えても一向にわかりません。(現代仮名使い含)

辞書などを使っても、なかなか現代仮名使いまで載ってなかったりします。現代仮名使いはどうやって調べるのがいいんでしょうか?

お願いします。

Aベストアンサー

物語の本文は非常に長いため、どのあたりの文章について知りたいのか、全て必要か、また、読み方だけでなく意味も知りたいのかがわかれば、もっとよい回答をさし上げられると思います。現在アップした分は、物語冒頭から四分の一くらいです。
また、意味がお知りになりたいのでしたら、小学館から出ている「日本古典文学全集」の「竹取物語・伊勢物語・大和物語・平中物語」という巻に現代語訳が載っています。アマゾンで安く買えます。その他にも、竹取物語のみの訳が載っている本は多数あるため、紹介しきれませんが、書店などの高校生向け参考書の「古文」のコーナーで作品別になったものが販売されていますよ。

Q31説とは

韓国で31説とはとはどのような意味ですか?語学学習で単語として出てきたのですがわかりません。どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

三一節ではありませんか?
韓国の独立運動を記念した日のことでする

韓国の独立運動で検索してみてください。いろいろなサイトから、多角的に見ることができます。

韓国語を学んでおられるなら、韓国の独立運動公園(3.1公園)とか、独立記念館などを見学なさるともっとよくわかります。

韓半島は長い間、列強の侵略や植民地化されるという歴史をたどっています。そこから韓半島のいわゆる・「恨」の思想が生まれてきた理由が見えてくるかもしれません。それほど大切にされているのが3.1節です。

Q竹取物語

竹取物語
竹取物語ではかぐや姫が月に昇天しますが、
そういう発想はどこから生まれたのですか?
是非、教えて下さい。

Aベストアンサー

竹取の翁の元で育てられてから数年後、
かぐや姫は月を眺めては泣き悲しむ日々を送りますね。
自分は月の世界の者で、罪を犯したために、一時的に
この世界遣わされた身であり、今年の秋の十五夜には月の世界から
迎えの使者が来る、と。
なので、月がかぐや姫のもともとの住処(すみか)な訳です。
やはり当時、"この世の者ではない"設定にするには、
月が最適だったのでしょう。(^^)

嘆き悲しんだ翁は、かぐや姫がかたみに残した不死の薬を
天に一番近いという駿河国の山頂に持って行って焼いた、と言われていますね。
その煙は今も絶えることなく、山の名を「富士(不死)の山」というようになった
……… というオチがありますね。


参考までにね。

Q桃花源の白文

桃花源の白文が乗っているサイト知っている方いませんか?前よんだんですけど忘れてしまって訳じゃなくて原文の方を見たいのでどなたか知っている方いればおねがいします。

Aベストアンサー

桃花源記ですか?
こちらではないでしょうか?

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r34.htm

参考URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r34.htm

Q竹取物語の求婚について

竹取物語では、5人の貴公子がかぐや姫に求婚し、いずれも難題をもちかけられて失敗しています。
この難題求婚説話の性格をもつ昔話が、竹取物語と今昔物語集の「竹取翁」以外にあったような気がするのですが、まったく思い出せず困っています。
竹取物語より古いものでも新しいものでもかまいません。
ぜひお知恵をお貸しください。

Aベストアンサー

課題婚ですね。
オオクニヌシがスセリヒメと結婚するためスサノオから難題を出される話が有ったように思います。
蛇やムカデの部屋に入れられるとか、焼き殺されそうになるとか。
スセリヒメの助けで危機を脱したはずです。

Q短歌の作者を教えて

次の短歌の作者あるいは関連事項を教えてください。
 「秋来ぬと 目にはさやかに みえねども 
  風の音にぞ 驚かさぬる」
 なお 最後の言葉 ”驚かさぬる”は”驚かされぬる”だったのか
 記憶がさだかではありません。
 以上は わたしの知人から聞かれたもので、いろいろ調べてみたのですが
わかりませんでいた。
 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

藤原敏行の短歌です。「古今和歌集」に入っています。
で、最後の言葉は「おどろかれぬる」ですね。
検索エンジンで、「秋来ぬと 目にはさやかに」のキーワードをいれると、結構ヒットします。


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