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> メフィストフェレスが紙幣の製法を人類に諭した、という内容の虚構
おそらく言われているのは『ファウスト』の「悲劇の第二部」の「皇帝の宮城」の章以下のことであると思います。
まず、この場面は帝国(神聖ローマ帝国がモデルとなっています)の皇帝の間です。
帝国はいま、混乱の極みにあります。宰相、陸軍大臣がそれぞれ世の秩序が乱れていることを嘆き、傭兵も滞る給料を要求するばかり、国が略奪にまかされていることを訴えれば、続いて大蔵大臣が帝国はもはや所有権を有しておらず、国庫はからっぽであることを告げ、さらに宮内大臣がベッドのふとんさえ質に入り、食卓にのぼるパンは借りになっている、と訴えます。それを聞いた皇帝が、メフィストフェレス扮する道化に、「おまえもまだほかに何か難儀を知っているか」と聞く。そこからメフィストが話を誘導していくのです。以下引用は高橋健二訳(河出書房新社)によります。
「メフィスト: 金はゆかからかき集めるわけにはゆきませんが、
それでも、知恵があればどんな深い所からでも取って来ます。
山の鉱脈にも壁の奥にも、
鋳造した金貨や、鋳造していない金が見つかります。(4890)
…
皇帝: ……足りないものは金だ、さあ、金を作ってこい。(4920)
メフィスト: ご入用なものは作ります。それ以上に作ります。
なるほどそりゃたやすいことですが、そのたやすいことがむずかしいのです。
大金はもうそこにあります。が、それを手に入れる、
それがわざです。だれがそれに手をつけることを心得てますかな?
考えてもみてください。あの恐怖時代、
異民族の波が国や民をおぼらした時、
だれや、かれやが、ひどくおびえて、
一ばん大事なものをここかしこに隠しました。
…そういうものがみんな地中にじっと埋まっています。…」
ところがメフィストテレスの謎かけ、この「地中にじっと埋まってい」る「宝」を誰も掘り出すすべを知りません。どうしたらよいか、とつめよる皇帝に、メフィストは天文博士の口を借りて、「まずははなやかな楽しい遊びごと」をすませるようにそそのかします。そこで皇帝は「はめをはずした謝肉祭」を楽しもうと仮装舞踏会を開催します。
つぎの「広々とした広間」の場面は、その仮装舞踏会です。そこに「プルーツス」(実はファウスト)が現れます。
「プルーツス: さあ、宝物を解き放つ時が来た!
先ぶれのむちで錠を打つと、
そらあいた! これを見よ! 青銅の鍋の中で
何かがもりあがって、溶けた黄金が血のようにわき立つ。
まず冠や鎖や指輪などの飾りが出て来た。
黄金がふくれあがり、飾りを溶かして飲みこんでしまいそうだ。
群衆の呼びかわす声: ここを見ろ、ああ、こっちを見ろ! なんと豊かにわき出るんだろう!
箱のふちまであふれる。――
金のうつわが溶ける。
金貨を巻いたたばがころがる。――
ドゥカーテン金貨が鋳られたばかりのように飛び出す。
あれを見ると、胸がわくわくする――……」(5710-5720)
もちろんこれはほんものの金貨などではありません。「先ぶれ」が「仮装舞踏会のたわむれにすぎん」というように。けれども人びとが、ファウストの繰り出す炎の魔術で夢中になっているうちに、実は恐るべきことが進行していたことが、つぎの場面で明らかになります。
つぎの「遊園」という幕は、翌朝の皇帝の間が舞台です。
宮内大臣と陸軍大臣が喜ばしげに、それぞれに借財を返済したことの報告をしにやってきます。どうしてそんな芸当ができたのでしょう。
「知ろうと欲する者にはあまねく知らせる。
この紙片は千クローネに値いする。
その確実な担保にあてられるものは、
帝国内の無数の埋蔵財貨である。
今や、豊富な宝がただちに発掘され、
その補償に役立たせる用意がととのった」(6060)
という親書に、昨夜の舞踏会のさなか、皇帝みずからが署名したのです。
この親書を「奇術師」は千倍にし、「紙幣」とします。あらゆる種類の札に同様に皇帝の名前を押させ、「十、三十、五十、百クローネの札」ができたというのです。
わずか一夜にして流通を始めた紙幣は「いなびかりのような早さで散らばって」いきます。署名した皇帝自身が「これが金貨のかわりに通用するのか」といぶかりますが、皇帝の署名があるゆえに、ただの紙切れが「どの札でも金や銀貨と引きかえ」ることができるようになってしまった。
これが「紙幣」登場のいきさつです。
ところで質問者氏はこれを「虚構」と書いておられますが、これはミシシッピー計画という実際の出来事が背景にあるとされています。18世紀初頭、ルイ15世支配下のフランスで、当時フランス領であったミシシッピー開発を担保として、大量の不換紙幣が発行され、やがてフランスで深刻な金融危機が起こりました。その中心人物であるジョン・ローの存在が、「ファウスト」というおそろしく複雑な人物を構成する歴史的なピースのひとつであるとされています。
この『ファウスト』を「貨幣論」の観点から読解したものとして、仲正昌樹の『貨幣空間』(世界書院)という本がありますので、もし興味がおありでしたら、ご一読を。
この回答へのお礼
お礼日時:2011/07/23 18:17
http://okwave.jp/qa/q6894405.html
http://okwave.jp/qa/q6894168.html
http://okwave.jp/qa/q6892297.html
是等のページでも御教授を賜れますと幸いです。
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