プロが教えるわが家の防犯対策術!

幼稚園生ぐらいの頃から、死ぬことが怖くてたまりません。
主に寝る前に、時々発作のように取り乱しては眠れなくなっています。
小さい頃は「死」という未知への恐怖でしたが、今は周りの大好きな友人や恋人と別れることを妄想してしまいます。
病気になって死に別れるまでの日々から、死んだ後、大切な人に遺された場合の3パターンが主な内容です。

「こんなに死ぬのが怖いのは、人間関係に恵まれている証拠だ。死ぬ時は誰にでもくるのだし、生きている間に精一杯周りの人たちを大事にするしかない」
と前向きになるように自分に言い聞かせていますが、止めたくてもどうしても止められません。
一度「死(=好きな人との別れ)」を思い出してしまうと、勝手に妄想してしまうんです。
雪玉が坂を転がるように、どんどん転がって大きくなっていきます。

わかっている一番の解決策は
「死んだ後には死者の国があり、生きている間に知り合った人々と再会し、永遠に一緒に暮らせる」
と確信することですが、もちろんこれはできないということもわかっています。

悩んでも泣いても人生はいつか終わるんだから、いちいち苦しむのは無駄だし損だとわかっているので、この悪い癖を治したいと思っています。
どうにかして抜け出そうとネットで検索していたところ「タナトフォビア(死恐怖症)」という精神の病気を見つけました。
概要を読みましたが、おそらくこれだと思います。

今も妄想してしまい、いてもたってもいられずに質問を投稿させていただいています。

私のパターン(死に別れを妄想してしまう)で、タナトフォビアを克服した例をご存知の方、または実際に克服された方はいらっしゃいますか?
いらっしゃいましたらぜひお話をお聞かせ下さい。

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A 回答 (9件)

「貴方は死んで塵に帰る。

貴方は元々塵だから」・・・聖書の一文です。
親子ほども歳の違う親友が、若干19歳で死んだときに、私は、この言葉を呪文のように唱えて耐えました。

人間は、塵から生まれて塵に帰るのです。人間は、どこから生まれて来たのでしょうか。
それは分りませんが、生まれる前は死んでいたわけです。つまり死ぬと云うことは、本来の自分に戻ることなのです。
生と云うものは一瞬で有り、死が本来のもの。我々の人生は、二泊三日の旅行のようなものです。
旅行が終われば、我が家に帰ります。我が家とは「死の世界」のことなのです。

私の父は、極端なほどの無神論者でした。
「幽霊なんて居るわけが無い。神なんて居るわけが無い。科学的では無い」と云うのが父の自論でした。
しかし、そんな父が亡くなってから、2回も幽霊になって出てきました。
私は、父には悪いけど笑ってしまいました。
「オイオイ、幽霊なんて居るわけが無いのじゃなかったのか?」と言ってやりました。

貴方が死が怖いなら「死んでも成仏しない」ことをお勧めします。
貴方は、幽霊になって永遠に地上で生き続ければよろしい。
私もそうするつもりです。幽霊同士仲良くしましょう。

これでも見て勇気を出してくださいな。
・Bleach Episodes English Subbed
http://4bleach.com/category/bleach
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
なんだかすごく興味深かったというか「へぇー!」と思いました笑

生きている反対、死んでいる状態が本来という考え方は、意表をつかれました。
今は旅行をしているだけ、終わったら我が家に帰る……。
帰る先には、すでに旅行を終えた方もいるのでしょうか。
お父様が幽霊になって出てこられたお話も気になりました笑

家に帰ろうが、幽霊になって家出をしようが、旅行の間に出会えた人々と、いずれ同じ場所に行きたいと思いました。
でもできれば私も地上にいたいので、幽霊になってどこかで出会えたらこちらこそよろしくお願いします笑

お礼日時:2011/11/24 14:53

随分時間が経ってからの回答ですので読まれているかどうか分かりませんが、書かせて頂きます。



私も、寝る前の沈黙の時間は考え事します(^_^)電気を消すと他に興味を引く対象がなくなるので、そうなりますよね。

質問文から、死に対する前向きな意見もちゃ~んと考える事が出来る方なんだと分かります。
ですから、そういった事へのアドバイスは省きますねo(^-^)o

思うのですが、理想的な理論で無理やり恐怖心を片付けて「怖がることを止めて」しまおうとするのが良くないのではないでしょうか。

「~だから怖がるのを止めよう」と結論付けても、頭と気持ちはまた別のものなので起きている限り恐怖の気持ちが湧いちゃいます。…よね?

そこで、色んな心配事に伏線を付け加えて「恐怖する事を終了しなければ」という改善策から、「恐怖から遠ざかろう」という策にでるのはどうでしょう?

例えば…


死ぬの怖い

死んだらどうなるのかな

天国?

ん?天国があったら、もしかしてエルビスプレスリーが居るのでは?

プレスリーのモミアゲが濃くなったのは何歳からかな?

眉毛はそうでも無いのに…ま…眉毛?

眉毛眉毛…あ、ブルースリーもいるかも。

そういえばブルースリーの「燃えよドラゴン」に燃えたドラゴン出て来ないよね?

題名考えた人って、何で「燃えよドラゴン」にしたのかな?

大体、題名は1人が決めてるのかな?

私だったら何てタイトルにしようか…



と言う風に、遠ざかってみると良いかもしれません。

私の場合寝る前は「嫌だった事」を思い出してしまうのですが、下手に自分を説得するよりも、意識を「嫌だった事」から遠ざけるほうが効きました。

なかなか眠れませんが、それでも真剣に悩みはじめてしまうより早く眠くなると思いますよ~(*^o^*)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
読ませていただき、途中思わず笑ってしまいました笑

死が怖くなりメソメソして眠れなくなることが、時たま発作のように現れるのを、もう長いこと繰り返していますので、
そろそろいっちょちゃんと向き合って答えを出すべきかなと思って、この質問をしました。
しかしやはり死から逃れられない以上、逃げ続けるのが得策なのかなとも、回答を拝見して思いました。

私はとても心配症で、一度気になってしまうとちょっとやそっとじゃ抜け出せなくなってしまいます。
心配事や悩み事をうまく遠ざける腕を磨くことは、「死が怖い」という今の悩み以外にも有効そうなので、
やってみようと思います。

お礼日時:2011/11/24 15:17

28歳女性です。



質問者さんと似ている部分があるかもしれません。

私が最初に死を経験したのは9歳の時、祖母の死でした。
それまでは人が死ぬというのは知らなかったように思います。

しかし、その光景は二年生ながら鮮明に覚えています。
お通夜こそあまり記憶にないものの、父親から祖母の死を知らされた時の場所、状況、お葬式、出棺の時に自分が何を喋ったかまで。

それから色々な形で死を見てきました。
全然関係ない人の死を偶然見た事もありますし、従姉妹の祖母が亡くなったり、祖父が亡くなったり。

その度に泣いていました。

祖母の死を見てからでしょうか。寝るのが怖くなりました。
昔寝ている間は呼吸をしていないものだと思っていたんですが、勿論そうではないですよね。それを知ってからは『寝たら知らない内に呼吸が止まって死んでしまうのではないか』と思い中々寝付けないんです。
今も。


でも思いますよ。
亡くなってからの世界は亡くなった人にしか分からないですよね。
色々説がありますが、
・亡くなった瞬間に新しい家族の元に誕生する
・家族とあの世で会い仲良く暮らせる
⇒しかも癌が原因で亡くなったとしても病気も完治していて、お金とかにも困ることなく暮らせる
とか。

・今は神様から『修業しなさい』って生かされている最も過酷な場に居る。この頑張りを認められて『もぅ楽していい』となったらこっちの世界は卒業して、天に昇れるんだとも聞きました。


息が止まる、苦しむと思うから怖いですよね。

3番目の『今は生かされている』、認められたら卒業して『天に呼んで貰える』って考えたら少し気が楽になりませんか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに亡くなった人にしかわからない世界だから怖いという部分もあるのですが、
苦しむと思うから怖いわけではなく、孤独になってしまうのが怖いのです。
寝る時もそうですが、人がそばにいても、意識を失ったら一人です(寝てしまえば一人だという意識もないですが)。
眠りはいつか覚めますが、きっと死ぬ時はとても寂しいと思います。
まぁ死ぬ時にも今と同じように、ちゃんと家族や知人がいて、事故でなく病気で死ぬと仮定した話ではありますが。

認められる、というのは何のためでしょうか。
天に呼ばれて地上の仲間から引き離されるなら、私は認められたくはありません。
それなら仲間たちがすべて天に呼んでもらったあとに呼ばれるよう、長生きをすべきなのかもしれませんが、
仲間と別れるのはつらいのでそれも怖いです。

せっかく回答を下さったのに、こんなお礼の仕方で申し訳ありません。
こんなに弱い私は、いつ天に呼ばれてもいいように孤独であるべきなのかもしれませんね。

お礼日時:2011/11/24 15:07

死への不安から逃れる方法はありません。

わざわざ声を大にして言ったりしないけど

多かれ少なかれ誰でも不安を持っています。またそれが精神的に健康な状態です。

もし死をまったく恐れなかったら、死の危機に直面してもなんとも思わず、対策を

とろうとしないので、そんな人は長生きできません。中には、病的に恐怖心を持たない

人がいるらしいのですが、とても危険な状態といえます。

人間は、この世に生を受けたからには、自分の身を守って成長し、結婚して後継者を

つくり、死んでこの世の資源を子孫に引き渡す義務があります。その義務を果たした後は、

この世のすべての悩みと苦痛から解放されます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変わかりやすかったです。
その考え方はどこかに書いてあったのでしょうか?
なんだか宗教でありそうだなと思いました。
回答者様独自の考え方だったら本当にすみません。

お礼日時:2011/11/24 14:42

>「死んだ後には死者の国があり、生きている間に知り合った人々と再会し、永遠に一緒に暮らせる」


と確信することですが、もちろんこれはできないということもわかっています

あら、それじゃあ何がいけないのですか。自分が心の中に信じるのは、自分の自由じゃないですか。

私は洗礼を受けてはいませんが、キリスト教を信じています。しかもその信じ方はキリスト教的にはかなり「間違っている」信じ方です。異端もいいところです。だから、どこの教会でも違和感を感じてしまいます。
でも、どの宗派とも解釈が違うから信じちゃいけないなんて決まりはどこにもありません。だから自分独自にイエス像を理解して信じています。
そのおかげで心の平安も得られていますし、自分自身かなり強くなりました。

聖書の一文に、「明日は炉に投げ入れられる花でさえ神は愛している。ましてやあなたのことを愛さぬわけがないではないか」というのがあります。私はこの一文にずいぶん救われたのですが、信じてない人から見ると「そもそも神様なんて存在しないし、いたとしても君のことなんかいちいち知っているわけがないだろ」と一蹴して終わりだと思います。
でもそれを信じることで私は平安を得られる。自分自身を見失わないでいられる。それなら、信じてもなにも問題はないわけです。

質問者さんが心の平安を得られるのだったら、「死んだら天国でみんなに会える」と信じるのはなーんも悪いことではないと思いますよ。
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この回答へのお礼

なるほど。
3番目の回答者様のご意見にも一部ありましたが、自分なりの安心できる死後を作って信じる、ということですよね。
私も自分なりに作った「死後の世界で再会案」を何回か、信じよう、信じることで落ち着こうとしましたが、
今のところなかなかできません。
再会するには一度死して別れなければいけませんから、例え別れが一時だけでいずれ再会できるとしても、そこで未来の妄想が始まり止まらなくなってしまうのです。
安心を得ようとして逆に不安を膨らませてしまうなんて本末転倒ですよね……情けないと自分でも思います。

……これを書いていて、私は死が怖いというよりも、死によって訪れる別れが怖いのだなと思いました。
どっちにしても避けられないもので、今のところどうしたらいいのかまだわかりませんが、
自分なりに安心できる、信じられる考え方が見つけられるまで、
逃げながら頑張ろうと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/21 10:54

解決しようがない問題でそこまで悩まれるとは…質問者様は暇なんですね。


そんなこと考える暇が無いくらい没頭できる何かを見つけられては?
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この回答へのお礼

そうですね、暇なんでしょう。
いつも寝る直前に布団に入って、さぁ寝るぞってボケっとしているとつい考え始めてしまいます。
私は寝つきが悪く、眠りに落ちるまで時間がかかってしまい、暇なので考えてしまうのです。
いっそのび太くんのように3秒で暇なく眠れたら悩むこともないでしょうね(笑)

お礼日時:2011/11/21 10:22

克服する事など不可能ですよ。

それに意味ないし。
受け入れる事、そして更に後悔しない人生を歩む事。
それしかないんです。

思うようにしている・・もちろんこれはできないということもわかっています・・
要するに貴方は何も信じては居ないんでしょ。
大切にしようと心から考えて行動もしていないから「思うようにしている」だけなんです。
来世があると信じていればダメに決まってなど居ないわけです。

自分が誰かにくっついていないと自分がなくなるかもしれないと思うから怖いんです。
もちろん死を恐怖する事はいいことです。だから人は予防とか注力とかを発揮できるわけです。
近年は死に対する恐怖心はおろか注意力も失っているから携帯をいじりながら赤信号の交差点でも平気で入り込めるんです。
そんな輩に比べれば貴方はマシではありますが、その方向性が問題です。

他人との比較ではなく、自分が満足することってなんでしょうね。
マスはそこから考えて見ましょう。何をしたら満足するかではなく、今まで何をしたとき、周囲の事を一瞬でも忘れて満足感に浸る事ができたか??
思い出せなければこれから先、美味しいものを食べた、美しいものを見た、趣味や体験に夢中になった。どんな事でもいいからそれを見つけてください。
そうしたらそれについて「ここまでやろう」という目標を立ててみてください。あまり高くないほうがいいです。
到達したらまた次を考えればいいのですから。
それをブログにしてもいいでしょう。自分が死んでも一定期間は残ってくれます。別に人の評価など関係ないんです。自分自身の達成度を見るためですから。

信仰でもいいでしょ。別にどこかの宗教に入る必要も無いです。それを突き詰めていけばいいんです、自分なりの死生観を作るだけなんですから。
人のものだから信じるとか信じないとか言う事になるんです。
信仰心の無い連中は、頼るべきものも無いんです。あるいは科学という妄想の塊、流動的な裏切り者を妄想的に信じているに過ぎないから自分が無くなるんです。
ちなみに科学は森羅万象の1%も解明していない、殆ど全て仮説の状態でしかありません。明日には常識がひっくり返るかもしれないんですよ。そんなものに頼るのは愚かです。科学は頼るとか信じるべきものじゃありません。造り上げていくものなんです。
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この回答へのお礼

受け入れるしかない、その通りだと思います。
何をしたって死や別れからは逃れられないことは私もわかります。
しかしどうしても受け入れられない、苦しい気持ちが消えないので、どうにかして受け入れられる考え方、納得して落ち着ける解釈を模索中というところで質問させて頂きました。
わかっているつもりではあるのですが、所詮はつもりで、先に進むには感情が付いて来ないのです。

自分で造り上げるものですか……なるほど。
しかしまだ今の私には難しいかも、というか多分できません……。
変わらない事実を怖い怖いと言って、人の意見にすがり、それすらも中途半端で転げ回っているような弱虫です。
自分で何かを造ろうとしても、いつかは周りの人たちと別れるという変わらない事実に、今のままではすぐに挫けてしまいそうです。
まずは、回答者様の仰っている「満足できること」を探して、目標を立てて一直線に取り組んでみようと思います。
そこからどう変わるかはわかりませんが、とりあえず今のつらさからは脱出できますし、いつかは何かしら変わると信じて頑張ります。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/21 10:18

死を怖がらない人と、非常に怖がる人がいますね。



身内のことですが、絶対死にたくない、自分だけは長生きする、と
必死になってる者もいます。
長生きが目的となってる??感じです。

入院患者でも、末期がんの場合、死を恐れない人と、パニックに陥り自殺してしまう人もいるようです。

私は死を恐れないほうなんですが、
人間関係にはまぁまぁ恵まれてると思います。
身内では、人間関係に恵まれていない人たちが、非常に死を恐れているので、
人間関係とはあまり関係ないのかなぁ??

以前、本で読んだのですが、死を恐れる人は、
自分が死んだあとのことが気になるそうなんです。
自分がどうみられてるか、いつも気にしてる人は、
死んだあと、自分の悪口をいわれるんじゃないか、と不安で不安で、死ねないそうです。

若い人は、ほとんど死にたくないと思うでしょう。
ある程度年齢がくると、別れるかもしれません。

絶対死にたくない、という姑は、75歳です。
私たち子世代のほうが、早く死ぬかも・・・・
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この回答へのお礼

私は死がとても怖いですが、一人だけでも長生きすることが目的ではありません。
例えばちょっと前に予言されていた地球滅亡が本当に起こるとしても、それはあまり怖くはないです。
いっぺんに死んでしまったら、つらいとも寂しいとも感じないと思います。
大切な人を失ってしまう、また遺して別れてしまう死が怖いのです。

自分が死んだ後のことは、例えば遺してしまった恋人(婚約済みですので、このまま結婚後として)のことはとても気になりますが
悪口を言われることは特に気になりません。
むしろそれなら気が楽です。
私のことが嫌いなら、私が死んで悲しむこともないでしょう。

とてもパワフルな姑さんですね。
しかし姑さんはなぜ絶対死にたくないのでしょうか。
理由が気になりました。
ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/21 09:55

こんにちは。


死は誰でも恐れているものだと思うのですが、
質問者さまは、それが病的なものだと思って
いるようですね。
そうでしたら、メンタルヘルスのカテで
相談されたほうがいいのではないでしょうか?
それか、心理療法家など、専門家に頼ってみるとか。
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この回答へのお礼

そのようなカテゴリーがあるとは知りませんでした。
そちらで投稿すればよかったかもしれません。すみません。
次にこの悩みに関して再度質問をする場合はそちらに書かせていただきます。
専門家に頼るのは、時間と金銭的な問題から最終手段にしたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/21 09:40

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Q「老い」「別れ」「死」が怖い

今日で24歳になりました。
祝ってくださいという事ではありませんが
嬉しい嬉しくないどころか
毎年この日が来るのが辛いです。

何故なら自分や家族の老いが悲しくて
いつか別れが来る事を思うと苦しくて
必ず自分が居なくなる事が怖くてたまらないからです。
歳上の方はまだ若いだろうと思うかもしれませんが
歳を重ねる事自体が怖いのです。

みなさんも誕生日にはこんな辛い思いをしてるのでしょうか
いつもは効いている抗不安剤が全く効きません。
動悸が激しく、視界が暗く感じ
受信状況の悪いFMラジオの音量が最大になったような声が聴こえます。
考えたくなくても嫌というほど頭に入ってきます。
なにか方法はないでしょうか

Aベストアンサー

私は12歳のときに「もうこれ以上年を取りたくない」と思いました。
そして、どうしたら良いか考えて考えて、でも、時は容赦なく流れ、現在37歳です(恐ろしい……)。

12歳の私が37歳の私を想像することなんてできたでしょうか。
37歳の私は12歳の私の気持ちを手に取るように思い出すことができます。
そうです。思い出すのです。
普段は忘れています。
ここまで来ると、年なんてどうでもよくなります。
私の場合は17~18歳くらいから段々どうでもよくなってきました。
15歳くらいでは「あれから3年も生きてしまった」などと考えていましたが。

30歳頃には「いつ死んでもいい」とあっさり思っていました。
ただ親不孝の罪は犯したくなかったので、それだけは守りたいとは思っていました(これは10代の頃から)。

>なにか方法はないでしょうか
考えたくなくても考えてしまうわけですから、不老不死の薬を発明するとか、機械を作るとか、自分で解決する方法を考えてみるのはどうでしょう。
不可能と思われていたことが現実になっている例はいくらでもあります。
せっかく考えてしまうのですから、人より発明発見する確率は高いはず(ふざけているのではなく本気で言っています)。
私も12歳の頃からしばらくはそんなことをよく考えていました(15歳で人生を投げてしまったので何も考えなくなりましたが)。

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人は書くことや話すことによって自分の気持ちが整理され、それだけですっきりすることさえあります。
magatuさんの場合は「それだけですっきり」にはならないでしょうけれど、なぜ怖いのか、恐れるのか、もしかして書くことによって原因(?)のようなものがはっきりしてくるかもしれません。
原因がわかれば、それからどうしたら良いかも見えてくるかも。

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Qもしも大事な人が死んでしまったら・・・と考えてしまう事ありますか?

タイトルの通りなのですが、たまにですが布団に入って眠りにつくまでの間、もしも今恋人や大事な人が死んでしまったらどうしよう。。。と考え泣いてしまう時があります。
それに彼は夜勤なので、夜仕事に行っている間に事故にあっていたらどうしようとか考えて凄く心配になってしまったり。。。

今彼とほぼ毎日会っているのもあり依存している所もあったり、最近親類が亡くなって死に対して敏感になっている事も関係していると思うのですが、こんな縁起でもない事を考えてしまう自分が怖くもあります。

皆さんはこのような事考えてしまう事はありますか?

Aベストアンサー

ありますよ~。
夫を送り出すときや帰宅のとき、車通勤なので事故を心配しますし、普段行かないようなところに出張などで出かけるとき、いろんなことを想像してしまって怖くなって涙ぐんだり、心配でいてもたってもいられなくなったりすることがあります。
確かに、縁起でもないことなのですぐに「大丈夫、大丈夫」と口に出して、悪いことを考えないようにします。
考えても意味のないことで、どうすることも出来ないんだと、自分に言い聞かせて、「何事もありませんように」と念じながら、考えないようにフェードアウトしていきます。
「大丈夫」って口に出してみるだけでも少し楽になります。
多分、想像力が豊かなんだと思います。もちろん、そうなって欲しいなんてこれっぽっちも思っているわけじゃなくて。
親類の方が亡くなられて、死に対して敏感になっているというのもきっとあるでしょう。
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大切なものを持ってしまうと、失うかもしれない不安がこんなに怖いんだということを実感しています。夫を大切に思っている限り、この不安をゼロにすることは私には出来ないと思っています。
そういう気持ちを大事にして、それと上手に付き合って行こうと思っています。

その事が心配で毎日、毎日、なにも手につかない、っていうほどではないのであれば、そういうこともあると思って良いと思いますよ。
あまり深く考えすぎないで、そんなに大切な人に出会えたことに喜びを見出してくださいね。

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Qタナトフォビア(死恐怖症)の症状を抑えたいです。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、何の為に生きているのだろうかとか、宇宙について考えてしまったりして、ここ数日は朝になるまで寝られず、起きている間も考えてしまいます。恐怖や絶望を感じてしまい、食事も無理をして行っている感じがします。情けないですが、自分の部屋で声を殺して泣いてしまうこともありました。

また、母親(60代前半)もいつか死んでしまって、火葬が行われるであろうことも考えてしまい、家で母親の顔を見ただけでも、涙が出そうになってしまいます。ニュースなどで人が死んだことを聞いても、その人について考えてしまいます。

先日、ネットで調べて「タナトフォビア」という言葉があることを知り、自分もそれを発症していると思い、ここのような相談サイトを見て回ったのですが、理論的な理解はできても、感情をなかなか抑えられません。少し落ち着いているときと考え込んでしまうときが交互に来ている状況です。

10代の時に強迫観念症(これが正式名かどうかはわかりません)を複数発症したこともありました。(元々、そのような病気になりやすいのだと思います。)そのときは病院には行かず、程度の差はあれ、自分で症状を改善しました。

心が休まりません。どうすれば、タナトフォビアの症状を抑えられるのでしょうか。

強迫観念症の件で家族には迷惑をかけてきており、また、今回は対象が「死」ということもあり、家族には話していません。なので、ここで質問させていただいた次第です。

長文かつ乱文で申し訳ございませんがよろしくお願いします。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、...続きを読む

Aベストアンサー

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純に感性が鋭い事が原因なんだろうと思いました。
感性が豊かな人なら大なり小なりタナトフォビックであろうとも今は思っています。
死、はいかなる人であれ未知です。
DNAからは死を避ける行動を取るように恐怖という感情を引き起こすよう書き込まれています。
それなので死=恐怖は自然な感情です。ところが死が溢れているがゆえにいつまでも繰り返し
恐怖を引き起こす、どこかで麻痺するのが通常なんでしょうけれど、麻痺しないことが苦痛となる。
麻痺しないことは間違ってはいないと思うので病気だとは考えません。
ただ麻痺しないから困っている現状がある、それをまず客観的に捉えられるようにしました。

そこで繰り返し引き起こされる恐怖への対処法を考え、実行しました。

何をしたかというと、死、の反対を探したんです。
誕生ですね。意識して、意識を向けた結果、溢れる死と同じように
生命の誕生を至る所に感じられるようになりました。
毎日、毎秒、ありとあらゆる生命が生まれている一方で、死んでいく。
繰り返し、繰り返し、です。その感覚を得てはじめて万物流転をきちんと理解できた気がします。
自分の身に起こる死もまた、肉体が解体され、流転する。自然の流れなんだろうと。
そこに魂を信じる気持ちがあれば、輪廻転生も有り得る事とも思いました。

その一方で、死からも学びを得ました。何よりも如何に命が儚いか、です。
だからやはり誠に、生きて存在しているということ事態が奇跡なのだと知りました。
一期一会という言葉の持つ真の意味に触れることが出来たのも、死を思ったが故に。
今は昔、全ての時計に書いてあった言葉だそうです。メメントモリ(死を想え)と。
その昔は今で言うタナトフォビアが当たり前だったのかも知れませんね。
ちなみに朝生まれ、夜死す、それが繰り返されて日々となる、という考えもありますね。
なによりも人は思ったよりも簡単に死んでしまうものなので
限られた日々を一所懸命生きなさい、という智慧なのでしょう。

いつか必ず死にます。死後の世界の話で困るのは、結局死んでみないことには判らないですし、
折角まだ生きているのに、知りたいから今死のう、というのも違います。
なので死後の悩みは死後のお楽しみとしてひとまず置いておきませんか?
死後も意識が継続していましたら、その時にあらためて考える、としておいて
意識が無かった時は諦めよう、としてみましょう。
問題の死への概念ですが、死の意識を振り払うことは大変です。
だったら死に対してポジティブな意識を持つように意識を変えてみませんか?

私の辿った道のりです。
身近に溢れる命が死んでゆく、その切なく脆い命が故に、命に対しての愛おしさに繋がった。
儚さゆえの愛おしさだとしても、溢れる息吹に感じ入り、懸命に生きる大切さが
死を感じるが故に繰り返し伝わってくる。
その時にはじめて死の概念がそのまま命への慈しみへと変わりました。

残された日々を大切な人たちといとおしみ、生きる。それはかけがえのない日々となるでしょう。
命を見送り、自分の最後の時には、素晴らしい人生を過ごせれた、と悔いなく死ねるでしょう。
思い残すことが無いから安心して自らの命を自然へ帰す。
そんな心を最後の時に持てるよう日々、命を燃やして生きていきたい。
それこそが、死を想うが故に苦しみを生むことに対しての最大の対処法として
僕が今、まさしく実践中の毎日です。

繰り返しますが、命は儚いものです。お母様を想う気持ちは慈しみでしょう。
慈しむ思いがあるのですから、まずはお母様への慈しみの行動を取ってみましょう。
具体的に、日々の感謝の気持ちを手紙としてお渡しするのも良いでしょう。
あなたの笑い顔を見せることも、もちろんとても喜んでくださるでしょう。
何も出来そうになければ、ただ、傍に居る、たったそれだけでもとても大きな喜びでしょう。
愛情こそ、死への恐怖から解き放つ何よりのものではないでしょうか。

私事ばかりで恐縮ではありますが、何か拾えるものがありましたら何よりの喜びです。
長々とお付き合い、ありがとうございました。

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純...続きを読む

Q親が死ぬことについて不安を感じています。

最近親と死別することが怖くてたまりません。

といっても、両親は40代半ばで、まだまだ働き盛りです。

しかし、父親には先天性の心臓疾患があり、母親は最近病院で頻脈気味だと診断され、健康だとは云いがたい状態です。

死ぬような年齢ではありませんが、二人とも心臓疾患がありますので、知らないところで突然死する可能性を意識してしまいます。
そう考えると、今すぐにでも別れが迫っているような心地がして、涙が止まらなくなることもしばしばです。

死んだ後に後悔しないよう、意識して親孝行をしていますが、どうしても不安がぬぐい去れません。

皆さんは、親に限らず、自分の大事な人が"今死んでしまうかも”という恐怖を感じたことはありませんか?
そういう不安でいっぱいなときは、どうしたら楽になれるのでしょうか?

私にはわかりません。どうか教えてください

Aベストアンサー

私は両親ともに「突然死」で亡くしているので、何の心の準備もないまま、ある日突然「その日」を迎えてしまったので、その立場から思うことを言わせてもらいますね。

世間一般的には、親が年をとってくると、介護の心配はするけど、突然死の心配をする人はめったにいません。

親のことだけじゃなく、自分についても、突然死はいつでも起こりえますから、自分や、自分の大切な人が突然死んでしまう危険を常々意識しておくのは、いいことなんだろうと私は思います。

大切な人が死ぬことなんて、考えるのも嫌だし、そんな縁起の悪い話をするのも嫌だから、普通は親と、死について話すことはないんだけど、元気な内にぜひ話しておくべきだと思います。

誰だって、大切な人を残して死んでしまうなら、死ぬ前に伝えておきたい話があるはずです。生きている間には言えないことなら、遺言書を書いておくとか、死ぬときに困らないように、心残りがないようにしておけば、死の恐怖が和らぎ、ストレスが減り、健康に長生きできる・・かもしれません。

ご両親に、二人が死ぬ時のことを考えると、恐くて悲しくて耐えられないって言って、いつかその時がきた時に、どうしたらいいのかって聞いてみたらいいんじゃないですか。

私は両親ともに「突然死」で亡くしているので、何の心の準備もないまま、ある日突然「その日」を迎えてしまったので、その立場から思うことを言わせてもらいますね。

世間一般的には、親が年をとってくると、介護の心配はするけど、突然死の心配をする人はめったにいません。

親のことだけじゃなく、自分についても、突然死はいつでも起こりえますから、自分や、自分の大切な人が突然死んでしまう危険を常々意識しておくのは、いいことなんだろうと私は思います。

大切な人が死ぬことなんて、考えるのも嫌だし...続きを読む

Q彼氏が亡くなりました。

約一年前に五年つきあった彼氏が突然亡くなりました。
未だにどうしていいかわかりません。
「死んだ人はどこに行くんだろう」とか「本当にもう二度と会えないのかな」とかそんな事ばかり考えています。
私に好意を持ってくださる男性もいますが、正直苦痛です。
死んだ彼の事で頭がいっぱいで、他の男性に話しかけられたり触られたりするとものすごく嫌悪感を感じます。
彼に会いたいです。
でもそれはもう叶わない事です。
私はどうやって気持ちを整理すれば良いのでしょうか?
回答よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。
あなたの質問のタイトルに思わず拝見せずにはいられませんでした。
長文になります、お時間のある時に読んでみてくださいね。

1年前、本当に最近ですね。
どうしていいかわからなくて当然だと思います。

勝手ながら、自分の話をさせてください。
私も、決して忘れることのできない人がいます。
彼を亡くして、この冬で16年になりますが、
未だにこの季節になると、彼の面影や当時のことを、街中に探してしまう自分に気づきます。
初めの一年は本当に、彼の死すら現実味が湧かず、どこか夢の中の事のようで、
悲しみや喪失感に向き合うことからすら逃げていました。
彼との別れから10年後に、「亡くなった彼を忘れられない君を受け入れる」と告白してくれた友人と恋人として付き合いましたが、結局自分の中でどこかに彼を重ねたり探したりしていることに耐えられなくなり、お別れしたり。。。

やはり、愛する気持ちのまま、存在ごと失ってしまった人は、永遠になるのだと思うんです。
彼は、物理的にはもう存在しないし、会うことも叶わないけれど、
自分の記憶や心の中には永遠に存在し続ける。

ただ、最近思ったことは、心の中の彼は永遠に16年前の彼のままで、彼を思う「私」も16年前のまま。
そこには決して時が流れないんです。
私の肉体は、あれから16年の年月を生きて、社会的なステータスも、外見も変化しているというのに。
だからふと、彼のことは永遠にこのまま、16年前の私自身の一部として抱き続けて、
私は私の「この先」を生きたらいいのではないか、と思ったんです。

来年、私は、彼ではない人と結婚します。それも、彼とは全く違うタイプの人と。
それまでに彼を忘れるわけもないし、彼を今も大切な人だったと思っていますが、
16年前の私が、そしてその後の16年間私が彼に感じていたような愛情を、
今その人に対して持っています。
それは、私がこんなにも長い年月をかけて引きずってきた後ろ向きでかつ絶対的な愛情を、
過去の自分に任せる決心がついたからではないかなと考えています。

完全に、忘れることなんでできません。
同じように愛することも、また、同じ何かを他の人に求めることもできない。
かつて彼が贈ると約束してくれた物を婚約者がくれようとしたとき、思わず拒否すらしてしまいました。
それでも、今生きている私は、16年前の彼よりも、今隣にいる婚約者を愛せています。

何年かかるかわからないけれど、いつかあなたも、彼に対する愛情を過去のあなたに任せて、
今を生きるあなたが愛したいと思える人を愛せるようになると思います。
それまでは焦らないで、思う存分悲しんでください。
悲しいだけ、あなたは彼を愛して、彼に愛されていたということなのですから。
亡くなった彼に頼ってもいいと思います。
彼には、いつでも会えますよ。
寂しいとき、悲しいとき、嬉しいときでも、ただ想えばいいだけだから。

そうしていつか、彼に愛された事を自分の命に刻んで、幸せになって下さい。

こんにちは。
あなたの質問のタイトルに思わず拝見せずにはいられませんでした。
長文になります、お時間のある時に読んでみてくださいね。

1年前、本当に最近ですね。
どうしていいかわからなくて当然だと思います。

勝手ながら、自分の話をさせてください。
私も、決して忘れることのできない人がいます。
彼を亡くして、この冬で16年になりますが、
未だにこの季節になると、彼の面影や当時のことを、街中に探してしまう自分に気づきます。
初めの一年は本当に、彼の死すら現実味が湧かず、どこか夢の中の事...続きを読む

Q心配性すぎる&他人の死が怖い私。

26歳女です。

昔から心配性ですが、年を重ねるにつれてどんどん酷くなります…。

特に、「他人の死」が怖いです。
祖父のガンが分かった時、10歳の愛犬が足を引きずって歩いていた時、父が『最近物忘れが多いなぁ』と言った時など、
全然大したことない事でも
決まって不安で不安で仕方なく、酷い胃痛がするし、
夜もなかなか寝つけないし、すぐに「もし死んでしまったら…」と考えてしまいます。


こんな事では、本当に誰かの死に直面した時には私はどうなるんだろうか…と思ってます。
(あまり会った事ない祖母、認知症で会話があまり出来なかった曾祖母は10代前半で見送っていますが。)


26歳にもなって本当に情けないです…。結婚して、家族の大切さを改めて実感した時くらいからこのような感じです。

こんな自分を変えたいです。対処法等はありませんでしょうか?

Aベストアンサー

人間は生き物であり、生きている限りは誰でも必ず死ぬ。

人や他人、身内でも、動物でも「死んでいく様」というのはショッキングであり、人間の脳に深く記憶として残るシステムになっている。

これにより脳が学習をして、同じような死に方をしないように「生きよう」と努力する。

たとえば、老人は老後を楽しむ様や、死に様を見せてこそ存在価値がある。
動物だって同じ。

26歳であれば、人間の死んでいくさまをあまり知らないのかもしれないが、
僕の場合は40年以上生きてきて数十回、人の死に直面した。
事故死、溺死、白血病、ガンなど理由は色々。

僕は昔の彼女が若くして白血病で死んだ時は一番心に響いた。
もちろん入院後は、嘘でもキスしたり愛撫したりして思い出を作ってあげたよ。
死ぬ40日前でも、ちゃんと感じて塗れてくれた。

先月は、多くの人が東日本大震災の津波により溺死した。
溺死は苦しく、汚水が肺に入るだけじゃなく、酸素不足で脳障害を起こしケイレンなどの神経症状を伴いながら死んでいく。

我々は、そんな苦しんで死んでいった人の分も生きなければならない。
人の死を嫌うのではなく、今後生きていく為、楽しい人生を送る為の糧にしなければならない。

人間は生き物であり、生きている限りは誰でも必ず死ぬ。

人や他人、身内でも、動物でも「死んでいく様」というのはショッキングであり、人間の脳に深く記憶として残るシステムになっている。

これにより脳が学習をして、同じような死に方をしないように「生きよう」と努力する。

たとえば、老人は老後を楽しむ様や、死に様を見せてこそ存在価値がある。
動物だって同じ。

26歳であれば、人間の死んでいくさまをあまり知らないのかもしれないが、
僕の場合は40年以上生きてきて数十回、人の死に直面した。
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Q死ぬのが怖くてたまらなくなる時があります、、、。

26才主婦です。1才8カ月の息子がいます。
いたって普通の主婦です。小さい頃にもあったんですが
死ぬ事を考えるととてつもなく怖くなって動機がして涙があふれてきて体が震えていてもたってもいられなくなってこのままおかしくなるんじゃないかと思うほどです。普段はなんともないんですがたまにフッとその思いがよぎるんです。
学生や働いていて毎日忙しくしている頃にはありませんでした、結婚して子供ができて家にいるようになってからぼちぼちそういう事があるようになりなんども主人に話を聞いてもらったりしていました。出産後は病院にも半年ほど通いましたが薬を飲んでもあまりよくなっているような気がしなくて、そう先生に言って薬を変えてもらっても同じような感じでした、そのうち子供が動き回るようになり現在は子供が相手になってくれる事もありそんなになくなりましたが今でもたまになります。
身じかな人が最近の数年で何人か亡くなったということもあるとは思います。
だんだんそんな自分に嫌気がさしてきてしまいました。
テレビや本もそういった事からは遠ざけるようにしています。そんな事考える暇がないようになにかやる事を見つけようとは思っています、こんなふうな気持ちになったときどんなふうにぬけだしたらいいのか誰か教えて下さい、、、やっぱり病院に通った方がいいんでしょうか。

26才主婦です。1才8カ月の息子がいます。
いたって普通の主婦です。小さい頃にもあったんですが
死ぬ事を考えるととてつもなく怖くなって動機がして涙があふれてきて体が震えていてもたってもいられなくなってこのままおかしくなるんじゃないかと思うほどです。普段はなんともないんですがたまにフッとその思いがよぎるんです。
学生や働いていて毎日忙しくしている頃にはありませんでした、結婚して子供ができて家にいるようになってからぼちぼちそういう事があるようになりなんども主人に話を聞いてもら...続きを読む

Aベストアンサー

 わたしも、失いたくないものがたくさんあって、それを失うことを想像して
ふと、涙をこぼしてしまうことがよくあります。一人の夜とか、二人の夜とか、
寂しいときとか、、、。好きな人たちが死んでしまうことや、自分が死んで
みんなが悲しむ姿を想像したりして泣くことも、今の年になっても結構あります。

 その時、身近な人に「大丈夫だよ」って言ってもらえると、根拠はなくても
安心します。「絶対大丈夫なんてこの世にはない」って、理屈のわたしは
考えているのですけど、心は安心するのです。

 あまり悲しみに襲われる頻度が高く、毎日過ごすのが辛いようでしたら、
やはり皆様の言われるとおり心療内科が助けになってくれると思います。
 また、書物や音楽も心のなぐさめになってくれると思います。

 それから、考え事は明るいうちに、または誰かが周りにいてくれる環境でする方が、気持ちが暗くなりにくいです。
 わたしの母親が「夜に書いた手紙は朝読み直せ」とよく言っていました。
「夜は心に『魔』がさすから」だそうです。もちろん、比喩ですが、
人間の心に朝夜のサイクルも少なからず影響があるようですから、
環境面もちょっと工夫されてみてはいかがでしょうか。
 あまりご自分を追い込まないで下さい。同じことを考える人は
たくさんいると思いますよ。

 わたしも、失いたくないものがたくさんあって、それを失うことを想像して
ふと、涙をこぼしてしまうことがよくあります。一人の夜とか、二人の夜とか、
寂しいときとか、、、。好きな人たちが死んでしまうことや、自分が死んで
みんなが悲しむ姿を想像したりして泣くことも、今の年になっても結構あります。

 その時、身近な人に「大丈夫だよ」って言ってもらえると、根拠はなくても
安心します。「絶対大丈夫なんてこの世にはない」って、理屈のわたしは
考えているのですけど、心は安心するのです。
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Q彼氏が自殺しました。

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は 彼氏がバイトもしないで奨学金で専門学校に通ってることに無償にいらいらしてたり
彼氏の恰好が v系寄りで少々派手だったり 彼の愛情が重く感じたり
そんな理由でした。

一度本気で別れようといって連絡をとらなくしました
そしたら 着信が90くらい来たり メールのあらしが来て
最後のメールで

俺はお前がいなきゃ生きてけない ごめん 死にます
という文面で 首吊りのロープの写真がはられてました

私は怖くなって 怖くなって警察に連絡しました

警察から後ほど連絡きたら そのときは大丈夫だったそうでした


それから話し合うことになって 会って話し合いました
その時も彼の部屋で話し合ったのですが、
私は命をかけごとに使うことはおかしい と言いました 彼は別れたくないし 俺が死んだってお前には連絡いかないから大丈夫だよ^^
言ってました・・

それからまた寄りを戻すことにしました
そのころは、ただ死なれるのが怖かったんです 本当に死なれる気がしてどうしょうもなかったのです。

一回目の自殺予告のまえに
ミクシーのほうで 死にたいとか もとから身長175cmで体重45キロくらいのかなり細身な体だったのに 首をつって余計なものが出ないように断食をする!って書いてあり その結果40キロまで落としてました その様子で 家族に精神病院にまでつれていかれたそうです。


正直自分でも ただの死なれるからどうしよう という思いで付き合っていても
連絡は取る気になれなくなって めーるの文面もつめたい雰囲気になり
どうしてつめたいの?
俺なんかしたかな?

などと聞かれるのも億劫になって

私は寄りを戻した後 また別れたいと メールを送りました

どうして?俺お前がいなきゃ生きていけないよ?
どうして?

メールをシカトして逃げると

また逃げるの?臭いものには蓋?
会って話し合おう

けれど 会って話し合っても変わらないのはわかってて
私は逃げてメールをシカトして ミクシーのつぶやきもみたくなくて
マイミクをはずして
なにもかも逃げました



そして彼は前見たくは メールも着信もなくて 
ミクシーのにっきでは
最初は死にたいっておもったけど いまおもったらあんなやつのために死ぬのはもったいないわwwwwwwwwwwwwwwwwクリスマスは長門だなwwwwwwwwwwww
って書いてあり 安心しました

けれど二日後 彼氏の友達から 相談のってたんだけど 昨日の深夜に死ぬっていってて ありがとうってメールが来た後 連絡がつかない 俺はいま東京にいるしどうもしてられないから 頼むから探してくれ
というめーるが仕事の休憩中にきました
休憩が終わる五分前で
家族の電話番号もしらないし どうしようとおもって
けれど仕事にもどって けど不安になってどうしようもなくて 一時間後にロッカーにもどって
携帯をひらいたら彼氏からメールがきていました




○○が自殺しました

遺言のほうに伝えてほしい方が書いてあったのでその方に連絡します

兄より



でした 私は彼氏の携帯に電話して そしたらお兄さんがでて
現実を知り泣き崩れました。






私には何も遺言はありませんでした
ただ 遺体には ポケットに私とのプリクラを入れて
手にはペアリング
それだけの持ち物でこんな寒い深夜に山で首をつりました


そしてミクシーのにっきに 
彼女を責めないでください すべて弱い自分に原因がある
お酒のせいですこし気がらくだ
やっぱり世界一かわいい さすが俺が愛した人だ



それだけ書いてありました


後悔しかありません
そして今ではこんなにも引きずって
なぜ振ってしまったのか こんなに自分を愛してくれてた人を どうして捨てたのか
どうして救ってあげられなかったのか
後悔だらけです
そしてできればあとをおいたい。
会いたい
ただそれだけです

これからさき一生このきもちをひきずっていくかとおもうと もう人生を終わりにしてもいいかなと思います


だれかのアドバイスをききたいです
また同じような経験をして今 どうやって暮らしているのか・・

できるかぎり質問にもこたえます
よろしくお願いします

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は ...続きを読む

Aベストアンサー

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりなさい。
辛さを経験しただけ、大きくなりなさい。
人の弱さや辛さがわかった今回を、忘れろとは言いません。

バネにして、誰かを愛した時、その人をありのままあなたの綺麗な目で見て、尊重してあげてください。

甘やかす事がすべてではありませんよ。

時には厳しく突き放す事が愛でもあります。

あなたは、この事を彼にしましたよね?

今は辛い、自分を責めるのも理解できます。
でも、あなたの人生はあなたが創るべきです。
厳しく書きましたね。ごめんなさい。
ただ命を粗末にして、後悔しているのは彼自身でしょう。
あなたまで悩むと、彼はますます辛くなりますよ。
彼への供養は、あなたらしく生きること。

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりな...続きを読む

Q恋人が死んでしまったらどうしようと不安になります。

彼と同棲して、約4年。
これ以上の人はいない程心が繋がっている人です。
喧嘩もちょくちょくしますが、親友であり恋人であり
最高の人に出会えたと思っています。

結婚も将来も毎日のように二人で話しています。

そんな幸せな日々に
たまに、ふっ と

もし彼が事故で死んじゃったらどうしよう



彼がいない世界で行きて行けない自分を想像して
すごく落ち込んで怖くなってしまいます。

こんな事を考えている自分が嫌になってしまうのですが
本当に不安になってしまうのです。

彼を失うのが不安で不安で怖くて怖くて仕方ありません。

わたしは精神的にかなり彼に依存しているのでしょうか?

それとも、こういう不安は誰にでもある事なのでしょうか?

非常に悩んでいます。ご回答よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

逆にいえば、それだけ幸せなんですね。 よかったですね。

たとえ結婚しても、2人は1人にはなれません。

結婚は、片方が死ぬまで添い遂げようという約束です。
いつかなんらかの形で・・・別離かもしれないし、片方の死かもしれないし、お別れがきます。

もし片方が死ぬまで添い遂げられたら、
2人の愛が遂げられたという意味では、すごいことだと思います。

Q身近な人の死を体験した人の心理状態

親友が先月、母親を病気で亡くしました。

1ヶ月ほどたった昨日、突然メールが来て、「人は何のために死ぬんだろう?」と一言だけ書いてあり、私は「生命の重さと愛の深さを伝えるため」ということなどを含め、丁寧に返信してあげました。

すると、「ありがとう。救われた気がする」という返信は来たのですが、ちょうど私がメールを送信した頃に途中まで打っていたというメールを、あとで参考のために送信してきたのを見て、驚いてしまいました。

そこには、「母親の闘病生活の中で、医者から覚悟しておいたほうがいいと言われて、その時点で生命の重さは十分に分かったはずなのに、なぜ私だけがこんな目にあわなければいけないの?世の中にたくさんいる犯罪者や親不孝者が、なぜのうのうと生きているの?その人たちこそ悲しみを味わうべきよ!」という内容のことが書いてありました。

たまたま私が先に送ったメールで落ち着いたというものの、世間に対する恨みや怒りが湧き上がってくるのは、感情的になりすぎているような気がしました。
何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。

世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。

大切な人を亡くしてしまうと、こういう心理状態になってしまうものなのでしょうか?
だとすれば、私にできることって何なんでしょう?

親友が先月、母親を病気で亡くしました。

1ヶ月ほどたった昨日、突然メールが来て、「人は何のために死ぬんだろう?」と一言だけ書いてあり、私は「生命の重さと愛の深さを伝えるため」ということなどを含め、丁寧に返信してあげました。

すると、「ありがとう。救われた気がする」という返信は来たのですが、ちょうど私がメールを送信した頃に途中まで打っていたというメールを、あとで参考のために送信してきたのを見て、驚いてしまいました。

そこには、「母親の闘病生活の中で、医者から覚悟してお...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
18歳の時に父親を亡くしました。(6年前)ですので、経験者として回答させていただきます。

さて、ご友人に対してpuentedecorazonさんがしてあげられることについてですが、ご友人の心の状態をしっかり見つめて支えていくことが今は大切なんじゃないんでしょうか?
できれば
>何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。
>世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。
というような気持ちは押えて、彼女の不安定な感情を受け止めてあげてほしいな、と思います。

もしもpuentedecorazonさんが「世の中にはもっと不幸なひともいるんだよ?」とご友人に説明しても、「そうか、私はまだまだ幸せなほうなんだ。」とは思わないと思います。
むしろ「やっぱり私にしかこの気持ちは分からないんだ」と、心を閉ざしてしまう可能性もあります。
実際、私はそうでした。

私の父も9ヶ月の闘病生活の上で亡くなりました。心構えもしっかりできていたつもりです。
でも、父の心臓が止まった瞬間のことは未だに忘れられません。
足元が本当に崩れて、自分が砂になってボロボロこぼれてるような感覚でした。
悲しい、なんてものじゃ表現できないような感情なんです。
その時の感情は。。。やっぱり表現できませんね。不安や怒り、悲しみ、ものすごく辛い気分になったり、投げやりな気分になったり…とにかくいろんな感情が渦巻いていたような気がします。
私の弟は、父に対して怒りをぶつけていました。
感情をどう表現したらいいのか分からなかったのでしょう。「死にやがって!」と言いながら、よく壁を殴っていました。

>たまたま私が先に送ったメールで落ち着いたというものの、世間に対する恨みや怒りが湧き上がってくるのは、感情的になりすぎているような気がしました。
普段はそうでないご友人が、世間に対し恨みや怒りを抱いてしまうということは、それだけ悲しくて仕方がないのだ。とは思えませんか?
ご友人の話を心から聞いてあげてください。それがどんなに理不尽な事を言っていても、です。
私は、そうやって話を聞いてくれた友達のおかげで立ち直ることができました。

失礼な事も申し上げたかもしれません。お気を悪くなさらないでください。
参考にしていただけたら幸いです。
puentedecorazonさんも、ご友人のためにがんばってあげて下さい。

こんにちは。
18歳の時に父親を亡くしました。(6年前)ですので、経験者として回答させていただきます。

さて、ご友人に対してpuentedecorazonさんがしてあげられることについてですが、ご友人の心の状態をしっかり見つめて支えていくことが今は大切なんじゃないんでしょうか?
できれば
>何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。
>世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。
というような気持ちは押えて、彼女の不安...続きを読む


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