海外旅行から帰ってきたら、まず何を食べる?

 僕は頑張るという言葉が好きではありません。中学生の時、家で何も勉強せず、テストでいい点をとった時に先生に「よく頑張った。」と言われたことがありますが、何か変な気がしました。逆に高校生の時、一生懸命勉強したのに、悪い点だった時、「もっと頑張れ。」と言われ、内心「これ以上頑張れねーよ。」と思ったことがあります。
 先生からすれば生徒が家でどのくらい勉強してるかわからないから、結果で判断するのはしかたないと思います。社会に出てから、ますますそう思います。でも、もっと適切なコメントはないのかとも思います。

 「頑張れ。」「頑張って。」これは、最も良く使われる言葉のひとつと言っても過言ではありません。みんな(自分を含めて)ボキャブラリーが少ないから、とりあえず「頑張れ」て言っちゃうんだと考えた時期もありました。今では一種のあいさつだと思っています。(というか悟った?)

 それでも、たまに頑張ってと言われて、内心「何をだよ。」と思う時があります。みんな「頑張る」を多用しすぎだと感じたことはありませんか?

A 回答 (13件中1~10件)

こんばんわ。


気になったので思わず見てしまいました。
私は、『頑張ってるのに「頑張って」って言われると追い詰められる』というような話を初めて聞いた時から、「頑張る、って何だろう?」と思いはじめました。
今では「人から見た結果のことじゃなくて、自分がやったと思うか思わないか」が「頑張ったか頑張ってないか」だと思ってその疑問にケリをつけました(笑)。「頑張ったか頑張ってないか」を決められるのは(わかるのは)自分だけってことになったんです(私の中だけで…)。
なので、自分の中で「頑張る」とか「もっと頑張らないと」って思ったりはします。
逆に自分では頑張ったのに「頑張ってない」と言われた時は「頑張ったもん!フーン!!」ってプリプリ怒りながらもすぐ忘れてしまいます(笑)。自分の中で、『「頑張ったか頑張ってないか」を決められるのは自分自身だけだ』と思ったので人に「頑張った」「頑張ってない」と言われることに前ほど重要な意味を感じなくなってしまったみたいで。
こう思った私も、人に対して言うのにはあまりふさわしくない言葉だと思います。でも少し忘れると言ってしまっていると思います。気をつけないとだめですね…。
中学生の時の英語の先生にこんな話を聞いたことがあります。
例えば、部活動の試合に行くこどもを見送る親がこどもにかける言葉は、日本ではお馴染みの「頑張って」だとすると、英語では「take it easy」だそうです。
どちらも「こどもは十分なことをやってきた」とわかっている親の言葉として、伝えたい気持ちは一緒なのに印象はずいぶん違うなと思いました。(でももう昔のことなので、もし間違えてたらすみません…)
日本語と英語、どっちがいい悪いという意味ではなくて、「頑張って」という言葉にも色々な意味があると思いました。
whitejackさんに「頑張って」という言葉をかける人にも伝えたい言葉は「頑張って」ではないけれど言葉が「頑張って」になってしまう人もいると思います。
「頑張って」という言葉はあふれているけれど、全部が「頑張れ」の意味ではないと思って、私はあまり気にしません。
参考にならないような話をながながとすみません…!

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=take&k …
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この回答へのお礼

いえ、大変参考になりました。
・「頑張ったか頑張ってないか」を決められるのは(わかるのは)自分だけってことになったんです(私の中だけで…)。
・ 「頑張って」という言葉はあふれているけれど、全部が「頑張れ」の意味ではないと思って、私はあまり気にしません。
このアドバイスで、僕もこれから気にしないでいることができそうです。ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 15:56

日本語って励ます言葉のボキャブラリーが無いんですよね。


本当に他に思いつきません。

特にスポーツなんかは特に多用し過ぎかなと思いますね。
プロの選手に「頑張れ」は、明らかに言葉としておかしいですから。
プロやのに頑張ってないんかって話ですよ。
どなたかが「掛け声」って言っていましたけど、まさにそれだと思いますね。
言葉としての本来の意味を無くしている「掛け声」でしょうね。
気を引き締める為に使っていると思えば、それ程違和感が無いですね。

勉強に関しては、やっていない事やりたくない事を前提にされているので、頑張れなのかなと思っている。
それに勉強は、努力と比例して成績が出るわけでは無いので、「頑張れ」という言葉の無責任さが大きいです。

私の考えでは、「頑張る」という言葉は自分に対して戒めるときに使う言葉であって、他人に多用すると傷つけやすい無責任な言葉かなと。
他人に頑張れと言っている割りには自分はどうなんだ頑張っているのかっていう話になるんだと思いますね。

努力を重んじる文化だから、多用しても仕方ないかなって思ったりもしますね。
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こんにちは。



わかるわかる!!!
自分も前、思いましたよ。

悩んでたり、ブルーになってたり、疲れてませんか??
「頑張って!」って言わせるオーラが出てませんか??

「頑張れ」に対する、
日本人のボキャブラリー!?が少ないんですよ。
だからそれはその人、その人のとらえ方しかないんですよね。。。

簡単には応援するような気持ちで言ってるわけじゃないですか、
ようは悪い言葉じゃないんですよね。
だから言われた場合は素直に「ははは、ありがとう」
と言っておきましょう。w

自分は、「無理しない程度にね」とか言っておけばいいんです。
「頑張って」といわれて、うれしい人もいますし、
それで頑張れる人もいるんですよね。

あと、相手にもよると思います。
結局、「オマエに言われたかね~よ」って人に
言われるから気になるんじゃないですか!?
いづれ、子供ができ、「パパ頑張ってね」、
なんて言われたら、何に対してかわからないけど、
頑張るよ!!って気になるかもよ!?w
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この回答へのお礼

「オマエに言われたかね~よ」って人に
言われるから気になるんじゃないですか!?
→そのとおりです。
あと、こっちの事情も知らす無責任にこれを言う人ですね。でも、いままでのご回答からこれからは気にしないでいられると思います。ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 16:19

回答でがんばってください。

⌒(*^∇゜)v
なんてやってるneterukunです。
意味合い的には「もっと頑張れ」とか
「努力足りねえよ」って意味に取られちゃうと
もう水掛け論になってしまいますので
申し上げておきます。

私が言う「がんばってください。⌒(*^∇゜)v」は
今までの考えの方向を見直してくださいということです
算数のテストの前の日に漢字の書き取りを何時間もやったとしていい結果は得られませんよということです

スポーツなんかの頑張れは掛け声・声援じゃないでしょうかねぇ
プロならそういわれてですよ、
「おれもうがんばったし・・・・」なんて
卑屈になってたらそこで負けですよね
「よっしゃ」と気合はいるもんです。

この言葉を遣う人物やTPOにもよりますし
深く悪いように気にしすぎるといい結果はやはり生まれません。私は「がんばれ」っていわれたら嬉しいです
「期待されてる!」って思いますから。

如何なものでしょうか?⌒(*^∇゜)v
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私も以前同じように「頑張れ」って言葉について考えた(考えさせられた)ことがあるので参考までに。

。。

他人の言う「頑張れ」ってその人に「もっと・もっと」って言ってるだけじゃないと思うんですよね。
確かに無責任に「頑張れ」って言ってるだけの人もいるかも知れませんが私が言われた頑張れは「何もしてあげられないけど応援してるよ」とか「見てるからね」ってそういう意味もありました。
そう思って受け取るとなんだか心強くてもっと自分でも頑張ろう、って思えました。
そこまで考えて「頑張れ」って言ってる人も少ないと思うけど何かしら力になりたいってそう思ってるんじゃないかなぁ?って思います。
日本語ってとっても微妙で複雑で難しいですよね。
表に出る言葉以上にもっと含まれてる意味もあると思います。
出来ればそういった気持ちの入った言葉を理解したいなぁ、と自分なりには思ってますがいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

私が言われた頑張れは「何もしてあげられないけど応援してるよ」とか「見てるからね」ってそういう意味もありました。
→こういう「頑張れ」はいいですよね。

表に出る言葉以上にもっと含まれてる意味もあると思います。出来ればそういった気持ちの入った言葉を理解したいなぁ、と自分なりには思ってますがいかがでしょうか?
→はい、難しいけど理解しようという気持ちを持たなきゃと思います。アドバイスありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 16:27

ちょっと大げさな話になりますが、「頑張る」という言葉は「どう生きるか」ということにもつながると思います。



何を目標に頑張るのか?ということです。

よく言われることですが、良い点数をとって、良い高校や大学へ行って、収入の安定した会社に入って・・・

将来のために日々を犠牲に過ごすようなイメージをもっていると、つい相手にも「頑張って!」という言葉を使ってしまうのかもしれません。

私は二人の男の子の父親ですが、彼らには好きな道を見つけてもらって、頑張れと言われなくても自ら熱中できるような人生を送ってもらいたいと願っています。

したがって小学校入学以来、「頑張れ」という言葉をかけたことはほとんどありません。

運動会や発表会、テストの日でも必ず掛けるのは「楽しんでやってきてね!」という言葉。

テストでさえも「楽しんでやる」という言葉には抵抗を感じる方もいらっしゃるでしょうが、義務感を感じて何かをやっても身につかないものです。

whitejackさんも、周りの人の「頑張ってね」という声は、あなたへの暖かな気持ちとしてありがたく受け取り、自分は自分でマイペースで「人生を楽しもう、いかにしたら楽しくやっていけるか考えよう」という気持ちで過ごしたらいかがでしょうか。

そんな気持ちで過ごしていても、人生、壁には突き当たるもの。

でも、自ら何かをやろうという気持ちで生きていくようになれば、いざというときに「頑張ろう」という気持ちが自然と起こってくるような気がしてなりません。

学習塾を長年経営し、たくさんの子供たちと接してきて得た結論です。
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この回答へのお礼

whitejackさんも、周りの人の「頑張ってね」という声は、あなたへの暖かな気持ちとしてありがたく受け取り・・・
→確かに、もっと善意に解釈するという姿勢が必要だと思いました。アドバイスありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 16:23

こんにちは



確かにがんばると言う言葉を皆さんよく使われますね

言葉って複雑な気持ちを表すのには向かないものです

がんばれもいう方にははげましても一方にとってはプレッシャーになることも多いですよね

自分もボランティアの活動をしているときに、言葉には気をつけます
特に気持ちが弱いときにはただのプレッシャーになりますから

だからwhitejackさん自身が、他の方と交わす言葉に気をつけてあげればいいのでは?
そうすれば少しずつですが、変わって行きますよ
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おはようございます。

率直にいいます。
「どーでもよくない?んなこたぁ。」
ってな感想です。
ぶっちゃけますと自分も細かい性格で病気にかかったくらいなんでお宅さんのような質問を見ていると「あんまり考えすぎるなよ~病気になるよ~」と思ってしまうんです。
はっきりいって大人は忙しい!!人は多いです。
何の気なしに言葉を口にする人、多いはずです。
「人の言葉ひとつひとつを深く考えるな!!!」
自分もしょっちゅう人から「考えすぎ」と言われます。考えることが好きだからほっとけと思いますが、ある一部の人間にとっては「考える人間」をうっとおしく感じる場合もあります。いじめにつながる場合もありました。
世の中を渡っていくうえで考えるくせ、少し見直してみては・・。
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お気持ちはよくわかります、ただし、



言葉の裏側にあるその人の「気持ち」を感じ取ることができなければ、どんな素晴らしい言葉を用意しても、むなしい気がします。

よく、「どう頑張ればいいのか、具体的に言ってくれ」と言う人もいますが、何をどう頑張ればよいかは自分自身がよく知っている、ということもあるのです。「がんばれ」と言う先生も、「もう、あれこれ言いたくない、やるべきことは本人が一番良く分かっているはずだ」と言う気持ちを、「がんばれ」という言葉にこめていることもあります。それが「励まし」というものなのです。

もちろん、個人の気持ちや事情もしらずに、ただのっけから「がんばれ」としか言えない人もいます。まったく気持ちがこもっていないのですから、ウンザリするのも当たり前の話です。(なお、鬱病など精神疾患にかかっている人に「がんばれ」という言葉はタブーですが、それにも立派な理由があります。)

私は、言葉を大切にするということは、言葉を選ぶということではなく、基本的には、言葉に気持ちを込めることだと思っています。
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この回答へのお礼

最後の文章、考えさせられました。 言葉に気持ちを込める・・・そうですね、大事なことですね。ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 16:04

有ります。



「頑張れ!」は、無責任なのです。要は自分で何とかしろ!って事ですからね。(笑)

だから、最近のスポーツの指導者はむやみにこの言葉は使いませんよ。サッカーならば、「右サイドへの注意を怠るな!」「相手にプレッシャーを掛ける時はボールではなくて相手の体に」などともっと技術的な部分での修正を助言する筈です。大学受験用の学力の場合は、テストの作り方に問題が有って、思考過程が見えないからその人の能力を回答だけで評価せざるを得ないから未だにそんな時代錯誤な言葉しか出てこないのでしょうね。

でも、これももう少しで改善されると思います。公文やベネッセに代表される民間の学習教材の会社が、かなり昔から学力のUPには個々の勉強方法を把握しなければ無理だと判ってやっていますし、効果的な励まし方も試行錯誤しているようです。先に行われた学生への意識調査でも学校よりも塾のほうが楽しいとの結果が出ていますから、政府も重い腰をあげざるを得ませんからね。

しかしながら、僕は子供に「頑張って○○しなさい」って未だに言いますね。(笑) それは、先にも言った通り、ある種無責任なんです。その心は・・・。

「宿題や習い事やスポーツの練習をやろうがやらまいが一向に僕には関係無いけど(金は出してるが)、やった分だけ君のものになるよ。ここで、めんどくさいとかなんとなくって理由でサボったら次もまたやりたくなくなる事を経験上僕ら親は知っている。また、技能などの何を取得するには、その技能が出来るというのは、100%の力を発揮しなくとも80%の力で出来なければ、出来るとは言えない。だから、練習時には100%の力を発揮すべきである。しかし、若い時の100%は、定常ではない。若い時はちょっとしたコツを掴むだけで今までの200%の力を発揮できるようになる事も僕らは知っている。だから、若いときには自分で自分の限界を決め付けるのは間違っている。じゃあ、どうするか?それは自分で考える事だ。自分で考えて行動した時こそ自分の血となり肉となるからだ。人に言われた通りにするのでは、その時は良いが、ほんのちょっと問題が違うだけでどうしてよいか判らなくなってしますからだ。」

てな感じかな。毎回これだけ言うのはとてもクドイし、「自分を律しなさい」てのも堅いし、てな訳で「頑張って」になっちゃうんだよなー。(笑)
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この回答へのお礼

そうですか、今の教育現場は改善されつつあるのですね。
・毎回これだけ言うのはとてもクドイし、「自分を律しなさい」てのも堅いし、てな訳で「頑張って」になっちゃうんだよなー。(笑) ね。←ごもっともです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/21 16:00

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