出産前後の痔にはご注意!

千載和歌集668の
いかにせん御垣が原に摘む芹のねにのみ泣けど知る人のなき
を訳してください!お願いします!!
また、新勅撰和歌集の現代語訳が載ってるサイトとかあったら教えてくださいお願いします。

A 回答 (1件)

http://blog.livedoor.jp/inishie_miyako/archives/ …

↑のサイトの真ん中当たりに訳と解説があるニャ。
「平経盛」でサイト内を検索してくれニャ。
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Q千載和歌集のとある歌の現代語訳を教えてください。

千載和歌集 雑歌上 より
はかなくもわが世のふけを知らずしていさよふ月を待ちわたるかな   源仲正

上記の現代語訳を教えてください。
可能であれば、その現代語訳が載っているページURLもしくは本の題名もあわせて教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

この歌の詞書には、「月のうたあまたよみ侍りける時、いさよひの月の心をよめる」とあるので、
この場合の「いさよふ月」は、陰暦十六日の夜の月と見て、そこから次の歌の本歌取りと看做して、
「山のはにいさよう月を出でむかと待ちつつ居るに夜そふけにくる 万葉集3-264」

いつ出るかと待ち続けているうちに夜も更(ふ)けてしまっていたというあの歌のように、あっけなくも自分の人生もまた老(ふ)けていっていることに気付かなかったとは、空しくも愚かましいことであることよ。

「いさよふ月」を「待ちわたる」ことでの「夜の更け」と、我が「世の老け」が掛詞で、「はかなくも」の方も「いさよい」の果敢なさ・あっけなさと、我が「世の老け」の空しさ・愚かしさが対照されています。

Qこの世おばわがよとぞ思う望月の 歌の解釈 

「この世おば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」

この歌はたしか学生時代(小学校か中学校で)に習いましたが、
教師に教わった解釈は 満月のようになにも欠けた所がない、栄華を極めたワタシであることよ』というような自慢っぽいものでした。

しかし、ふと思ったのですが

『月が欠けることが無ければ、この世は自分のものだと思えるのに・・・』
という意味、とれるように思うのです。
満月を見て詠んだのではなく、ほんの少し欠けはじめた月をみて詠んだのではないかと。

作者の藤原道長は源氏物語のモデルと言われている人物でしたよね。
たしか光源氏は晩年、さみいしいというか、落ちぶれていくという結末ではなかったでしょうか。

栄華のなかにあって、ふと自分で何かを予感するような、そんな歌のような気がしたんですが・・。

今の国語の解釈ではどうなっていますか?宜しく御願いします。

Aベストアンサー

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞している。
4)「望月の歌」を詠んだ翌年には、出家している。

No3のkogotokaubeweさんの情報と以上の事を踏まえて、
質問者usiodonさんの解釈を敢えて採用するようにしてみるとこんな感じになります。
○病気が多くてそれは道長の悩みだったようで、
 病気がちの道長は晩年「糖尿病」だったそうです。
 自分個人の自信は失いかけていたかも知れません。
 また、「望月の歌」の前後で、役職を辞したり、出家してますから、
 自分の人生の事後処理モードに入っていた=欠けはじめた月の状態にあったとも
 取れます。
 「望月の歌」はそんな中で読まれているので、
 そんな本心の裏返し=強がりとして、酒の酔いにまかせて
 「いままさに栄華の絶頂にある」と詠んだ可能性はあると思います。

 それでも、出家後8年ほど生きていますので、役職は辞していても外戚政治で
 まだ権勢を奮っていたかも知れません。

質問者usiodonさんの解釈には共感できる点もありましたので
ちょっと余計な事まで回答してしまいました。

参考URLは、
「藤原道長の悩み」 http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm
です。

参考URL:http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞し...続きを読む


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